Category: Science-Fiction & Fantasy

火星の記憶

新聞記者は病院にたいしても客観的にならなければならない。記者の仕事は他人の心を揺さぶることで、自分の心をかき乱すことではないのだ。しかしそんなことを言ったって、いまはなんの意味もない、とメル・ヘイスティングスは思った。この病院のどこかで、アリスが生死の境をさまよっているというときには。 アリスが手術室に入ってから長すぎるほどの時間がたった。なにかまずいことが起きたのだ。彼はきっとそうだと思った。時計を見る。外はもうすぐ夜明けだろう。メル・ヘイスティングスにとって、それは大切な、取り返しのつかない時間の経過を示すものだった。アリスはもうとっくにあの白...

Summary

新聞記者は病院にたいしても客観的にならなければならない。記者の仕事は他人の心を揺さぶることで、自分の心をかき乱すことではないのだ。しかしそんなことを言ったって、いまはなんの意味もない、とメル・ヘイスティングスは思った。この病院のどこかで、アリスが生死の境をさまよっているというときには。 アリスが手術室に入ってから長すぎるほどの時間がたった。なにかまずいことが起きたのだ。彼はきっとそうだと思った。時計を見る。外はもうすぐ夜明けだろう。メル・ヘイスティングスにとって、それは大切な、取り返しのつかない時間の経過を示すものだった。アリスはもうとっくにあの白い洞窟のような手術室から出ていなくてはならないのに。 メルは重たい椅子にさらに深く沈みこんだ。ゆっくりと忍びよる死が彼にもその触手をのばしてきたかのように、彼はおとなしく観念した。突然はるか遠くのほうで轟音がとどろき、空を横切る一筋の光りが窓から見えた。観光宇宙船マーシャン・プリンセス号だ、と彼は思い出した。

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