Part 7
此處へ這入込むには厭でも前なる狹い空地を通過ぎねばならぬ。空地の敷石の上には四方の窓から投捨てた紙屑や襤褸片《ぼろきれ》が蛇のやうに足へ纏付《からみつ》くのみか、片隅に板圍ひのしてある共同便所からは、流れ出す汚水が、時によると飛越し切れぬ程池をなして居る事さへあり、又、建物の壁際に沿うては、ブリキ製の塵桶《ごみをけ》が幾個《いくつ》も並べてあつて、其の中からは盛に物の腐敗する臭氣が、只さへ流通の路を絕れた四邊の空氣をば、殆ど堪へがたい程に重く濁らして居る。で、一度、こゝに足を踏入れさへすれば、もう向うの建物の中を見ぬ先から、………丁度線香の匂をかいで寺院内の森嚴《しんげん》に襲はれると同樣、淸濁の色別《いろわけ》こそあれ、遠く日常の生活を離れた別樣の感に沈められるのである。 で、折に觸れた一瞬間の光景が、往々にして、一生忘れまいと思ふほど、强い印象を與へる事がある。………確か晴れた冬の夜の事、私は例の如く帽子を眉深《まぶか》に外套の襟を立て、世を忍ぶ罪人のやうに忍入ると、建物と建物の間から見える狹い冬の空に、大きな片割月の浮いて居るのを認めた。光澤《つや》の無い赤い其の色は、泣腫《なきはら》した女の眼にも譬《たと》へやうか。弱々しい其の光は、汚れた建物の側面から滑つて遙か下なる空地の片隅に云はれぬ陰慘な影を投げた。扉や帷幕《カーテン》を引いた窓の中には火影の漏れながら人聲一ツ聞えぬ。すると、何處から出て來たとも知れぬ大きな黑猫が一匹、共同便所の板圍ひの上をのそ〳〵と、其の背を圓く高めながら、悲し氣な落月の方に顏を向けて一聲、二聲、三聲ほども鳴續けて、其れなり搔消すやうに姿を隱してしまつた。私はこの夜ほど深い迷信に苦しめられた事は無い………。
又、或時は夏の夜、一日太陽に照された四方の壁は、容易に熱氣を冷さぬのみか、吹く風を遮つて、この空地の中は油の鍋も同樣である。流れ溢るゝ汚水からは生暖かい臭氣が眼にも見える烟のやうに、人の呼吸《いき》を閉すかと思はれたが、然し、建物の内なる狹い室の苦しさは其れ以上と見えて、悉く明放した四方の窓々からは何れも半ば裸體になつた女供が、逆さになる程身を外に突出して居る。明るい燈影が其の肩を越して漏れ出づるので、冬の夜とは全く違ひ、空地の上に落ちる夜の色は明く光澤がある。向合せの窓と窓からは、罵るのやら、話すのやら、人の耳を裂くやうな女の聲の響き渡るが中に、高い建物の屋根裏では、其樣物音には一向構はず、大方支那人が彈くのであらう、齒の浮く胡琴の響が、キイ、キイ………と單調な東洋的の旋律《メロデイ》を休まずに繰返して居た。私は四邊の臭氣と熱度に弱り果て聞くともなしに佇立むと、あゝこの調和、この均齋、私はこれほど痛ましく人の身の零落破滅を歌つた音樂を聞いたことはないと思つた。
空地を行盡すと扉のない戶口がある。這入れば直樣狹い階段で、折々|啖唾《たんつば》の吐き捨てあるのを、恐る〳〵上つて行くと、一階每に狹い廊下の古びた壁には、薄暗い瓦斯の裸火が點いて居て、米國中他の場所では夢にも嗅げぬ煮込の豚汁や玉葱の臭氣《にほひ》、線香や阿片の香氣《かをり》が著しく鼻を打つ。
見れば、ペンキ塗の戶口には、「李」だとか、「羅」だとか云ふ苗字やら、其の他緣起を祝ふ種々な漢字を筆太に書いた朱唐紙がベタベタ張付けてあり、中では猿の叫ぶやうな支那語が聞える。が、然らざる戶口には、蝶結びにしたリボンなぞを目標にして、べつたり白粉を塗立てた米國《アメリカ》の女が、廊下に響く跫音を聞付けさへすれば、扉を半開に、聞覺えの支那語か日本語で、吾々を呼び止める。 この女供は米國の社會一般が劣等な人種とよりは、寧ろ動物視して居る支那人をば唯一の目的にして―――其の中には或る階級の日本人も含んで―――此の裏長屋の中に集つて來たものである。人間社會は、如何なる處にも成敗上下の差別は免れぬ。一度、身を色慾の海に投捨てゝも、猶ほ其の海には淸きあり濁れるあり、或者は女王の榮華に人を羨ますかと思へば、或者は盡きた手段の果が、かくまでに見じめ[#「見じめ」に傍点]な姿を曝す。
彼等は、何れも其身相當の夢を見盡して、今は唯だ「女」と云ふ肉塊一ツを、この奈落の底に投げ込み、最う悲しいも嬉しいも忘れて了つた、慾も德もなくなつて了つた。其の證據には戶口へ佇む男を呼び止めても、いきなりに最後の返事を迫め問ふばかりで、世間普通の浮女《うかれめ》の樣に、媚を含む言葉使ひ、思せ振の樣子から、次第に人を深みに引入れやうとする、其の樣な面倒な技巧を用ひはせぬ、もしや男が否とも應とも云はずに、素見《ひやかし》半分、戲ひでもしたならば、其れこそ大變、彼等は忽ち病犬《やまいぬ》の如くに吼《たけ》り狂ひ、諸有る暴言雜語の火焰を吐く。
實際、彼等は、譯もないのに唯だもう腹が立つて立つて堪へられぬのらしい。喧嘩をしたくも相手のない時には、幾杯となく傾ける强い火酒《ウイスキー》に、腸《はらわた》を燒きたゞらせ、床の上に身を踠《もが》いて、大聲に自分の身の上を云罵り、或は器物を破し、己れの髮毛を引毮つて居るなぞは珍しからぬ例である。然し、或者に至つては、早や此の狂亂の時期さへ經過して了つて、折さへあれば鴉片の筒を戀人の如く引抱へ、すや〳〵と虛無の平安を樂しんで居るものも少くはない。 あゝ毒烟の天國――ある佛蘭西の詩人は PARADIS ARTIFICIELS (人工の樂土)と云つた――この夢現の郷《さと》に遊ぶまでには、人は世の常ならぬ絕望、苦痛、墮落の長途を經なければならぬ、が、一度、此處に至れば全く煩悶未練の俗緣を脫して了ふ事が出來るのであらう。見よ、彼等の眠りながらに覺たる眼の色を。私は恐る恐る打目戍る度每に、自分は僅ばかり殘つて居る良心に引止められて、何故一思にこゝまで身を落す事が出來ないのかと、勇氣と決心の乏しいのに云はれぬ憤怒を感ずるのである。
裏長屋の中には、此れ等、惡の女王、罪の妃、腐敗の姬のその外に、明い日の照る處には生息し得ず、罪と惡の日蔽の下に、漸と其の安息地を見出して居るものは、猶二三に止まらぬ。
女供を上得意にして、盜品や贋造物《いかさまもの》のさま〴〵を賣りに來る猶太《ジユー》の爺《おやぢ》がある。肩にかけた小箱一ツを生命に、一生涯を旅から旅にと彷徨ふ白髮の行商人がある。萬引を渡世に、其の品物を捨賣にして步く黑人《くろんぼ》の女がある。日本の遊廓あたりで、「使屋《つかひや》さん」と云ふ樣な、女郞の雜用をして居る親なし宿なしの惡少年がある。然し、其の中にも、殊更哀れと恐しさを見せるのは、明日は愚か今日の夕の生命さへ推量られぬ無宿の老婆の一群である。
吾々はかの女郞の身の上をば、此れが人間の墮ち沈み得られる果の果かと即斷したが、其の又下には下があつた。あゝ最後の破滅、最後の平和に到着するまでに、人は幾度、如何に多く、惡運の手に弄ばれねば成らぬのであらう。
彼等は其の捻曲つた身をばやつと裸體にせぬばかり、襤褸を引纏ひ、腐つた牡蠣《かき》のやうな眼には目脂《めやに》を流し、今はたゞ虱の爲めに保存してあると云はぬばかり、襤褸綿に等しい白髮を振亂して、裏長屋の廊下の隅、床下、共同便所の物蔭なぞに、雨露を凌いで居て、折々は賴まれもせぬのに、女郞の汚れ物を洗つたり、雜用をたしたりして、やつと其の日の食にありついて居るのである。然し彼等は此の方が、社會の慈善と云ふ束縛、養老院と云ふ牢獄に收められて了ふよりも、結句安樂で自由であると信じて居るのであらう、若しや此の穴倉へ巡査の靴音の響く恐れでもあると豫知すれば、不思議な程敏活に、其の姿を隱して了ふ、が、然らざる時は、往々にして、天下を橫行せんず勢を見せ、夜陰に乗じて彼方此方と、女郞の室々を巡つて物乞をする。これには流石の女供も敵し得ない。若し腹立ちまぎれに打つか蹴るかしたならば、直ぐと其の場で死んで了ふかと思はれるので、僅に戶の外へ突出せば終夜大聲を出して泣き叫んだり、又は惡たれて其の場に行倒れたまゝ鼾をかいたりする。或時、私は此樣厭がらせを云つて居るのを聞いた。 「いゝよ、さう因業《いんごふ》な事を云ふんなら、もうお情は受けますまい。その代り、お前さんも、もう直きだ、みじめを見た曉に想知るだけの事だ………。お前さんはまだ若くつて、いくらでも商賣が出來るつもりだらうが、瞬く中だよ。ぢき乃公《おら》見たやうになつちまふ。鏡なんぞ見る心配はいらねえ、何時背負ひ込んだとも知らねえ毒が、何時か一度は吹出さずにや居ねえ。顏の皺なんかよりや、頭の毛が御用心。鼻が塞る、手が曲らア、顫へて來らア。足が引ツつれて腰が曲らア。物は試しだ、乃公の手を見なせえ………。」 鏡に向つて夜の化粧をして居た女は、覺えずアツと叫んで兩手に顏を蔽ひ、其の儘寢床の上に突伏した。乞食|老婆《ばゝあ》は氣味惡く「ヒヽヽヽヽ」と笑つてよろ〳〵と女の室から廊下へ出て來たので、戶口から内の樣子を覗いて居た私も、急に物恐しくなつて、慌忙てゝ其の場を逃げ去つた事がある。
思出すのはボードレールが Ruines! ma famille! ô cerveaux congénères! (殘骸! わが親族! わが腦漿!)と叫んでユーゴーに贈つた LES PETITES VIEILLES (小老婆)の一篇である。
私はチヤイナタウンを愛する。チヤイナタウンは、「惡の花」の詩材の寶庫である。私は所謂人道慈善なるものが、遂には社會の一隅から此の別天地を一掃しはせぬかと云ふ事ばかり心配して居る。
夜あるき
余は都會の夜を愛し候《そろ》。燦爛たる燈火の巷《ちまた》を愛し候。
余が箱根の月大磯の波よりも、銀座の夕暮吉原の夜半を愛して避暑の時節にも獨り東京の家に止り居たる事は君の能く知らるゝ處に候。 されば一度ニユーヨークに着して以來到る處燈火ならざるはなき此の新大陸の大都の夜が、如何に余を喜ばし候ふかは今更申上るまでもなき事と存じ候。あゝ紐育は實に驚くべき不夜城に御座候。日本にては到底想像すべからざる程明く眩き電燈の魔界に御座候。
余は日沈みて夜來ると云へば殆ど無意識に家を出で候。街と云はず辻と云はず、劇場、料理屋、停車場、ホテル、舞蹈場、如何なる所にてもよし、かの燦爛たる燈火の光明世界を見ざる時は寂寥に堪へず、悲哀に堪へず、恰も生存より隔離されたるが如き絕望を感じ申候。燈火の色彩は遂に余が生活上の必要物と相成り申候。
余は本能性に加へて又知識的にこの燈火の色彩を愛し候。血の如くに赤く黃金の如くに淸く、時には水晶の如くに蒼きその色その光澤の如何に美妙《びめう》なる感興を誘ひ候ふか。碧《みどり》深き美人の眼の潤ひも、滴るが如き寶石の光澤も、到底これには及び申さず候。
余が夢多き靑春の眼には、燈火は地上に於ける人間が一切の慾望、幸福、快樂の象徵なるが如く映じ申候。同時にこれ人間が神の意志に戾《もと》り、自然の法則に反抗する力ある事を示すものと思はれ候。人間を夜の暗さより救ひ、死の眠りより覺すものはこの燈火に候。燈火は人の造りたる太陽ならずや、神を嘲りて知識に誇る罪の花に候はずや。 さればこの光りを得、この光に照されたる世界は魔の世界に候。醜行の婦女もこの光によりて貞操の妻、德行の處女よりも美しく見え、盜賊の面も救世主の如く悲莊に、放蕩兒の姿も王侯の如くに氣高く相成り候。神の榮え靈魂の不滅を歌ひ得ざる墮落の詩人は、この光によりて初めて罪と暗黑の美を見出し候。ボードレールが一句、 Voici le soir charmant, ami du criminel, Il vient comme un complice, à pas de loup; le ciel Se ferme lentement comme une grande alcôve, Et l'homme impatient se change en bête fauve. 「惡徒の友なる懷《いと》しき夜は狼の步み靜に共犯人《かたうど》の如く進み來りぬ。いと廣き寢屋《ねや》の如くに、空|徐《おもむろ》に閉さるれば心焦立つ人は忽ち野獸の如くにぞなる………」と。余は昨夜も例の如く街に灯の見ゆるや否や、直に家を出で、人多く集り音樂湧出るあたりに晚餐を食して後、とある劇場に入り候。劇を見る爲めには非ず、金色に彩りたる高き圓天井、廣き舞臺、四方の棧敷に輝き渡る燈火の光に醉はんが爲めなれば、余は舞姬多く出でゝ喧《かしま》しく流行歌など歌ふ趣味低きミユーヂカル、コメデーを選び申候。 こゝに半夜を費し軈て閉場のワルツに送られて群集と共に外に出るや、冷き風|颯然《さつぜん》として面を撲《う》つ………余は常に劇場を出でたる此の瞬間の情味を忘れ得ず候。見廻す街の光景は初夜の頃入場したる時の賑さには引變へて、靜り行く夜の影深く四邊《あたり》を罩《こ》めたれば、身は忽然見も知らぬ街頭に迷出でたるが如く、朧氣なる不安と、それに伴ふ好奇の念に誘はれて、行手も定めず步み度き心地に相成り候。
然り、夜|深《ふけ》の街の趣味は、乃ちこの不安と懷疑と好奇の念より呼び起さるゝ神祕に有之候《これありそろ》。旣に灯を消し、戶を閉したる商店の物陰に人佇立めば、よし盜人の疑ひは起さずとも、何者の何事をなせるやとて窺ひ知らんとし、橫町の曲り角に制服いかめしき巡査の立つを見れば、譯もなく犯罪を連想致し候。帽子を眉深《まぶか》に、兩手を衣嚢《かくし》に突込みて步み行く男は、皆賭博に失敗して自殺を空想しつゝ行くものゝ如く見え、闇より出でゝ、闇の中に馳過《はせすぐ》る馬車あれば、其の中には必ず不義の戀、道ならぬ交際《まじはり》の潜めるが如き心地して、胸は譯もなく波立ち、心頻に焦立つ折から、遙か彼方に、ホテルやサルーンの燈火、更けたる夜を心得顏に赤々と輝くを望み見れば、浮世の限りの樂みは此處にのみ宿ると云はぬばかり。入りつ出でつ搖《ゆらめ》く男女の影は放蕩の花園に戲れ舞ふ蝶に似て、折々流れ來る其等の人の笑ふ聲語る聲は、云難き甘味を含む誘惑の音樂に候はずや。
恐しき「定め」の時にて候。この時この瞬間、宛ら風の如き裾の音高く、化粧の香を夜氣に放ち、忽如として街頭の火影に立現るゝ女は、これ夜の魂、罪過と醜惡との化身に候。少女マルグリツトの家の戶口に惡魔《メフイスト》が呼出す魔界の天使に御座候。彼女等は夜に彷徨ふ若き男の過去未來を通じて、その運命、その感想の凡てを洞察し盡せる神女に候。 されば男は此處にその呼び止《とむ》る聲を聞きその寄添ふ姿を見る時は、過ぎし昔の前兆を今又目前に見る心地して、その宿命に滿足し、犧牲に甘んじて、冷き汚辱の手を握り申候。
余は劇場を出でゝより更け渡りたるブロードウヱーを步み〳〵て、かのマヂソン廣小路に石柱の如く聳立《そばだ》つ二十餘階の建物をば夢の樓閣と見て過ぎ、やがて行手にユニオン廣小路とも覺しき樹の繁り、その間を漏るゝ燈火を望み候。近けば木蔭の噴水より水の滴る響、靜き夜に恰も人の啜り泣くが如くなるを聞き付け、其のほとりのベンチに腰掛け、水の面に燈影の動き碎くるさまを見入りて、獨り湧出る空想に耽り候。
余は何者か、余に近く步み寄る跫音、續いて何事か囁く聲を聞き候ふが、少時《しばらく》にして再び步み出せば、………あゝ何處にて捕へられしや。余はかの夜の惡女と相並びて、手を引るゝまゝに、見も知らぬ裏街を步み居り候。
見廻せば、兩側に立續く長屋は塵に汚《まみ》れし赤煉瓦の色黑くなりて、扉傾きし窓々には灯も見えず、低き石段を前にしたる戶口の中は、闇立ち迷ひて、其の緣下《ベーズメント》よりは惡臭を帶びたる濕氣流れ出でて人の鼻を撲つ。女は突然立止まりて、近くの街燈をたよりに、少時余が風采《みなり》を打眺め候ふが、忽ち紅したる唇より白き齒を見せて微笑み候。
余は覺えず身を顫はし申候。而も取られし手を振拂ひて、逃去る決斷もなく、否、寧ろ進んで闇の中に陷りたき熱望に驅られ候。
不思議なるは惡に對する趣味にて候。何故に禁じられたる果實は味|美《うるは》しく候ふや。禁制は甘味を添へ、破壊は香氣を增す。谷川の流れを見給へ。岩石なければ水は激せず、良心なく、道念なければ、人は罪の冒險、惡の樂しみを見出し得ず候。
余は導かるゝ儘に闇の戶口に入り、闇の梯子段を上り行き候。梯子段には敷物なければ、恰も氷を踏碎くが如き物音、人氣なき家中に響き、何處より湧き出るとも知れぬ冷き濕氣、死人の髮の如くに、余が襟元を撫で申候。
二階三階、遂に五階目かとも覺しき處まで上り行き候ふ時、女はかち[#「かち」に傍点]〳〵と鍵の音させて、戶を開き、余をその中に突き入れ候。
濃き闇は此處をも立罩め候ふが、女の點ずる瓦斯の灯に、祕密の雲破れて、余の目の前には忽如として破れたる長椅子、古びし寢臺、曇りし姿見、水溜れる手洗鉢なぞ、種々の家具雜然たる一室の樣、魔術の如くに現れ候。室は屋根裏と覺しく、天井低くして壁は黑ずみたれど、彼方此方に脫捨てたる汚れし寢衣、股引、古足袋なぞに、思ひしよりは居心好き家と見え候。されど、そは諸君が寢藁打亂れたる犬小屋、若しくは糞にまみれし鳥の巢を覗見たる時感じ給ふ心地好さに御座候。
眺め廻す中に、女は早や帽子を脫り、上衣を脫ぎ、白く短き下衣《シユミーズ》一ツになりて、余が傍《かたへ》なる椅子に腰掛け、卷煙草を喫し始め候。
余は深く腕を組みて、考古學者が砂漠に立つ埃及《エヂプト》の怪像《スフインクス》を打仰ぐが如く、默然として其の姿を打目戍り候。
見よ。彼女が靴足袋したる兩足をば膝の上までも現し、其の片足を片膝の上に組み載せ、下衣の胸ひろく、乳を見せたる半身を後に反し、あらはなる腕を上げて兩手に後頭部を支へ、顏を仰向けて煙を天井に吹く樣。これ神を恐れず、人を恐れず、諸有る世の美德を罵り盡せし、慘酷なる、將《は》た、勇敢なる、反抗と汚辱との石像に非ずして何ぞ。彼女が白粉と紅と入毛と擬造《まがひ》の寶石とを以て、破壞の「時」と戰へる其の面は孤城落日の悲莊美を示さずや。其が重き瞼の下に、眠れりとも見えず、覺めたりとも見えぬ眼の色は、瘴煙《しやうえん》毒霧《どくむ》を吐く大澤の水の面にも譬ふべきか。デカダンス派の父なるボードレールが、 Quand vers toi mes désires partent en caravan, Tes yeux sont la citerne où boivent mes ennuis. 「わが慾情、隊商《カラバン》の如く汝が方に向ふ時、汝が眼は病める我が疲れし心を潤す用水の水なり。」と云ひ、又、 Ces yeux, où rien ne se révèle De doux ni d'amer. Sant deux bijoux froids où se mêle L'or avec le fer. 「嬉し悲しの色さへ見せぬ汝が眼は、鐵と黃金を混合《まじへ》たる冷き寶石の如し。」と云ひたるも、この種の女の眼にはあらざるか。
余は已に小春の可憐、椿姬マルグリツトの幽愁のみには滿足致し得ず候。彼等は餘りに弱し。彼等は習慣と道德の雨に散りたる一片の花にして、刑罰と懲戒の暴風に萎《しを》れず、死と破滅の空に向ひて、惡の蔓を延し、罪の葉を廣ぐる毒草の氣槪を缺き居り候。 あゝ惡の女王よ。余は其の冷き血、暗き酒倉の底に酒の滴るが如く鳴りひゞく胸の上に、わが惱める額を押當る時、戀人の愛にはあらで、姉妹の親み、慈母の庇護を感じ申候。
放蕩と死とは連る鎖に候。何時も變りなき余が愚をお笑ひ下され度く候。余は昨夜一夜をこの娼婦と共に、「屍《しかばね》の屍に添ひて橫る」が如く眠り申候。 (明治四十年四月)
六月の夜の夢
放浪《さすらひ》の此の身を今北亞米利加の地より歐羅巴の彼岸に運去らうとする佛蘭西の汽船ブルタンユ號は、定めの時間にハドソン河口の波止場を離れた。
七月の空に怪しき雲の峯かとばかり聳立つ紐育の高い建物、虹よりも大きく天空に橫はるブルツクリンの大橋、水の眞中に直立する自由の女神像―――此の年月見馴れ見馴れた一灣の光景は次第〳〵に空と波との間に隱れて行く………と、船はやがて綠深いスタトン、アイランドの岸に添ひサンデーフツクの瀨戶口から今や渺茫《べうばう》たる大西洋の海原に浮び出やうとして居る……… 亞米利加の山も水もいよ〳〵此の瞬間が一生の見納めではあるまいか。一度去つては又いつの日いづれの時、再遊の機會に接し得やう。
自分は甲板の欄杆《てすり》に身を倚せかけ、名殘は盡きぬスタトン、アイランドの濱邊の森なり、村の屋根なりと、今一度見納めに見て置きたいものと焦り立つた。彼の島の濱邊に自分は船に上る昨日の夜半まで、まだ過ぎ去らぬ今年の夏の一ケ月あまりを暮して居たのである。然るを七月午前の烈しい炎暑は鉛色した水蒸氣に海をも空をも罩め盡し、森や人家と共にかの小高い丘陵《をか》をも雲か霞のやうに模糊《もこ》とさせてゐる。
名殘、未練、執着――嗚呼こんな無慙な堪難い苦悶《くるしみ》が又とあらうか。只さへ心弱いこの身のましてや一人旅、もしや今夜にも悲しい月の光の靜に船窓を照しでもしたなら、自分は狂亂して水に身を投ずるかも知れぬ………。泣きたい時には泣くより外にしやうはない。悲しい時にはその悲しみを語るがせめての心遣りであらう。自分は大西洋上、波に搖れながら筆を執る………。 **** 思返すと日本を去つたのは四年前。亞米利加は今わが第二の故郷となつた。忘れられぬ事、懷しい事の數ある中にも、殊更忘れ兼ねるのは昨夜別れた少女《をとめ》の事である、愛らしいロザリンが事である。
此年の夏の初め果樹園に林檎の花の散盡した頃であつた。自分は此の四年間米國社會の見たい處調べたい處も、先づ大槪は見步いたので、此の秋の末頃には國許から歐洲渡航の旅費の屆くまで、紐育市中の暑さを避ける爲め灣口に橫はるスタトン、アイランドの濱邊に引移つたのであつた。 スタトン、アイランドと云へば一夏を紐育に滯在して居た人は誰も知つて居やう。サウスビーチだのミツドランドビーチだのと其處彼處に海邊の見世物場涼み場|遊泳場《およぎば》などのある島で。然し自分が靜養すべく選んだ處は(同じ島の中ではありながら)土曜日曜位に市中から極く釣好きの連中が來るばかり、其の他のものは恐く其の地名さへも知らない位な極く邊鄙な不便な海邊の一小村であつた。
屋形船のやうな楕圓形の平い大きな渡船で海を橫ぎり、彼方の岸に逹すると直ぐ汽車で三十分ばかりの距離《みちのり》である。日頃靑いものを見る事の出来ぬ紐育の市中から、突然この島に上ると四邊の空氣の香しさ、野の色の美しさに、人は只だ夢かとばかり驚くであらう。殊更に自分を驚喜せしめたのは、米國の田園と云つても例の大陸的の漠とした單調な景色に倦《あぐ》み果てゝ居た曉、この島の景色が全く其の反對で、如何にも小さく愛らしく、そして變化に富んで居る事であつた。汽車道を境にして片側には小い林や小流のある靑い野を越して一帶に靜な内海が見え、片側には綠の濃い雜木林を戴いた小山が高く低く起伏して居る樣子、何となく逗子鎌倉あたりの景色を思出させる樣な處がある、かと思へば又平地一帶を眼の逹《とゞ》く限り、黃白《くわうはく》の野菊が咲き亂れて居る繪のやうな牧場や、葦《よし》、蘆、がま[#「がま」に傍点]、河骨《かうほね》なぞさま〴〵な水草の萋々《せい〳〵》と繁茂して居る氣味の惡い沼地なぞもある。
飽ずにかう云ふ景色を見送りながら、小い木造の停車場四五箇所も通り過すと、やがて自分の下るべき村の停車場に到着する。板敷のプラツトフオームに降りると直ぐ、往來の兩側には、向合せに獨逸人の居酒屋が二軒、其の前には何時も濱邊の宿屋から案内の乗合馬車が出張して居る。で、この近所は人家も稍建て込んで居て、荒物屋、八百屋、肉屋、靴屋なぞ、村中の日用品を賣捌く小店も見え、赤子や子供の叫ぶ聲、女房逹の罵る聲も聞えるが、此處から一本道を右なり左へなりと、繁つた楓の並木の下を二三町も行くと、兩側ともに曾て斧を入れた事もないらしい雜木林や、野の花の美しく、靑草の茫々と生茂つた岡があつて、其の蔭にちらばらと汚れた板葺の屋根が見えるばかり。四邊一面絕え間もなく囀る小鳥の歌につれて、折々犬の吠る聲鷄の鳴く聲が遠く遠くの方へと反響する。
自分が下宿した家と云ふのは更でも靜な此の本道から、凸凹した小山を超えて遂には遙か彼方の海邊へと通じて居る曲りくねつた小路のほとりに立つてゐる緣側附の二階家である。前方《まへ》には高い雜草や灌木が風も通さぬ樣に繁つた藪をなし、後一帶はこんもりとした檞《オーク》の林で圍はれて居る。緣先には屋根を蔽ふ櫻の老木が二本、少し離れた芝生の上には此れも二株、大きな林檎の樹が低く枝を廣げて居る。
主人は五十ばかりの頭髮の赤い小男で、この島の鐵道會社に彼れ此れ二十年近くも雇はれ、每朝汽車で本局の事務所へ通つて居る。亞米利加人としては割合に口數をきかぬ靜かな男であつたが、自分が或人の周旋で下宿する約束を濟し、初めて市中から引越して來た時には、まるで十年會はなかつた親類を迎へるやうな調子で、容貌《きりやう》の惡い齒の汚い其の妻と共に家内は殘らず裏の菜園から鳥小屋までも案内し、スポートと呼ぶ飼犬までを自分に紹介してくれるやら、此の島スタトン、アイランド全體の地理を說明するやら、さて最後には客間に飾つてある二十年ほども以前のウエブスター大辭書を取出して來て、英語で分らぬ事があつたら此の字引を使ふがよいと注意してくれた。
自分は裏手の檞の森に面した二階の一室を借り、午前の中だけはこの年月シカゴや、ワシントン、セントルイスなど、米國の彼方此方を通過ぎた折々、取集めた儘にしてあつた種々《さま〴〵》の目錄やら書類やら其樣ものゝ整理をした後、午後は緣先の櫻の木蔭で海の方から小山越に吹いて來る涼風を浴びながら、讀書と午睡に移り行く日影のやがて散步すべき夕方になるのを待つのであつた。
家族と共に晚餐を濟すと丁度七時半頃である。自分は杖を片手に何時も家の前の灌木と雜草の間を通ずる小徑を辿り、小高い岡を超えて海邊の方へと下りて行く。と、波打際一帶は濕《し》けた牧場で紐育本州の海岸のやうに怒濤の激する岩や石なぞは一ツもない。そして沼か澤のやうに葦《よし》の繁つて居る一條の長い浮洲《うきす》が濃い藍色の海原に突出て居る。この浮洲の輪廓はいかにも柔かく曲線の緩《ゆるや》かな事は最初一目見た時自分は何と云ふ譯もなく歡樂の夢に疲れた裸美人の物懶《ものう》げに橫はつて居るやうだと思つた。
浮洲の陰には日頃内海の隱な上にも潮の流の猶急ならぬを幸ひ、近村の釣船や小形のヤツトや自動船《モトーボート》なぞが幾艘となく繫がれてゐる。それ等の舟は何れも眞白に塗り立てゝあるので丁度公園の池に白鳥《スワン》の浮いて居るやう。日の落ちた黃昏の頃には夕照《ゆふやけ》の紅色《くれなゐ》と暮れ行く水の靑さとが、この浮洲一帶の綠の色と相對して形容の出來ない美しい色彩を示すのである。
最早や島中の他の勝地妙景を探り步く望みも餘裕もなくなつた。自分は每日同じ處に佇んで同じ入江と浮洲ばかりを飽ずに打眺めるのであつたが、やがて四邊は次第に暗くなつて最後に殘る彼の眞白な小舟《ボート》の色さへ、黑ずむ水と共に見えなくなると、亞米利加の黃昏は消え去る事早く、何時の程にか靜で明い六月の夏の夜となる…。 あゝ六月の夏の夜。何たる空想夢現の世界であらう。日增しの暑さに四邊は夥《おびたゞ》しい蚊であるが、同時に野一面森一面、無數の螢が雨のやうに亂れ飛ぶ。夕潮が生茂る葦の根に啜泣く。水楊や楓の葉が夜風に私語《さゝや》く。蟋蟀《こほろぎ》と蛙《かはづ》の歌の絕えざる中に何とも知れぬ小鳥が鳴く。空氣は一夜の中に伸びたいだけ伸びやうとする野草の香に滿ちて居る。自分は放浪の身のよしや一度は詩人と云ふ詩人が夢に見る瑞西《スヰス》の夏伊太利亞の春の夜に逢ふ事があるとしても、然しこのスタトン、アイランドの夏の夜の樣ばかりは如何なる時とても忘れる事は出來まいと思つた。何故なれば自分は今眠れる海を前にし、憩へる林を後にし、高き野草の中に半身を埋め、無限の大空に無數の星を打仰ぎ、諸有る自然の私語を盜み聽き、殊には蒼然として物凄じい螢の火の雨を見遣つて居ると、此の身は何時ともなく冬の來るべき北亞米利加の大陸に居るやうな心地はせず、所謂デカダンス派の詩人の歌う夢の郷《さと》「東の國《オリアン》」の空の下にでも彷徨ふやうな一種の强い神祕と恍惚とに打れるからである………。
この島に引移つてから丁度一週間目の夜の事である。自分は例の如く黃昏の浮洲を眺め飽した後、家の方へ歸行くとも心付かず、足の導くがまゝに元と來た草徑を辿つて岡の麓まで來た。
多分氣候の所爲であつたらう。螢の火は常よりも蒼く輝き、星の光もまた明に、野草の薰《かをり》も一際高く匂ひ渡るので、自分は日頃よりも一倍深く、あゝ此れこそ眞個《ほんとう》の愉快な夏の夜だ。地上には花の枯萎む冬も嵐も死も失望も何にもなく、身は魂と共に唯夏と云ふ感覺の快味に醉ふばかりだと感じた………同時に自分は兎か狐のやうに、四邊を蔽ふ雜草の中に寢られるだけ安樂に眠つてしまひたいやうな氣が起り、杖にすがつて今更の如く星降る空を遠く打仰ぐ………其の時突然前なる小山の上の一軒家からピアノの音につれて若い女の歌ふ聲が聞えた………。
自分はハツとばかり耳を澄したが、するとピアノの調《しらべ》は露の雫の落ちて消ゆるが如く消え失せ、歌も亦ほんの一節、つれ〴〵の餘に低唱したものと見えて、途絕えたなり、後は元の明く蕭然《しめやか》な夏の夜であつた。蟲の聲ばかり、蛙の聲ばかり。
自分は群れ集る蚊をも忘れて久しい間草の上に佇んだ末は、遂に腰まで下してぢツと岡の上なる家の方を眺めて居た。
歌はもういくら待つて居ても、二度聞える望はない。木蔭を洩れる窓の灯が不意と消えた、かと見れば、二聲ばかり犬の吠る聲、つづいて垣根の小門をばカタリと開る音がした。
自分は初めて空想から覺め早足に岡を越えて、曲りくねつた草徑をわが家の方へと辿つて行つたが、すると突然四五間先に動いて行く眞白な物の影を見た、………小作な女の後姿である。夏の夜の空の明り星の輝き螢の火に自分はその女が蚊を追ふために折々日本製の團扇《うちは》を動かす細い手先と、眞白な衣服につれて白い布の半靴まで、薄暗いながらにはつきりと見分ける事が出來た。幽暗朦朧の中には却て微細なものゝ見分けられる事がある。
女の姿は一度草徑の曲る處で、其の背丈よりも高い雜草の中に隱れたが、同時に何か口の中で歌ふ歌が聞えて、遂に其の行き盡した處は意外にも自分の泊つて居る家の前であつた。
自分は驚いて四五間此方に立止る。其れとも知らぬ女は家の外から若い甲高な聲で、ホ、ホ―――と冗談らしく呼び掛けると、何事にも禮式のない無造作な處が米國生活の特徴で、内からは女房が大聲で―――Come《カム》 in《イン》―――と叫んだ。然し女は室内《なか》へは入らずハニーサツクルの蔓草咲き匂ふ緣側の上口に腰を下した。
この女こそ彼の歌の主、この女こそ自分が今忘れやうとしても忘れられぬロザリンである。
然し初めて宿の妻から紹介された時には、自分は夢にも此樣ことにならうとは思つて居なかつた―――いや單に懇意な友逹になり得やうとも思はなかつた位である。何故なれば自分は此の年月の經驗で、米國の婦人とは如何しても自分の趣味に適するやうな談話をする事が出來ない。彼女等は極端な藝術論や激しい人生問題の話相手とするには餘に快活で餘に思想が健全過るので自分は折々新しい場所で新しい婦人に紹介されても、其後は單に語學の練習と人情觀察の目的以外には、決して純粹の座談笑語の愉快は期待しない事にして居るのであつた。 さればその夜、初對面のロザリンに對しても例によつて例の如く、若い婦人に對する若い男の禮儀として、嫌ひなオートモビルの話でも、又は敎會《チヤーチ》の話でも、何でもして見るつもりで居た。處が劈頭第一に、自分はオペラが好きか何うかと云ふ意外な質問に會ひ、つゞいてプツチニの「マダム、バターフライ」の事、今年四五年目で再び米國の樂壇を狂氣せしめたマダム、メルバが事、其れから今年の春初めて亞米利加で演奏されたストラウスの「シンフホニヤ、ドメスチカ」の事など、意外な上にも意外な問題に宛ら百年の知己を得たやうな心地で、殆ど嬉し淚が溢れて來さうであつた。
自分は白狀するが實際西洋の女が好きである。自分は西洋の女と、英語であれ、フランス語であれ、西洋の言語で、西洋の空の下、西洋の水のほとりに、希臘《ギリシヤ》以來の西洋の藝術を論ずる事が何よりも好きである。つまり自分が妙に米國の婦人を解釋して了つたのも最初あまりに豫期する事の多かつた結果に外ならぬのであらう。
宿の妻は餘に話が高尚なのと又一ツには此の國の習慣として、若いもの同士の談話が興に入ると見れば、母親でも敎師でも成りたけ其の興味の妨げをせぬやうにと、座をはづすが常とて、何かの物音を幸ひに裏手の鷄小屋の方へと出て行つた。
話はいつか日本の婦人の生活流行結婚の事などに移つて居たので、自分は極く無頓着に、ロザリン孃は米國婦人の例として矢張獨身論者ではあるまいかと質問して見た。 すると彼の女は「一般」と云ふ平凡な例の中に數入れられたのを、非常に憤慨したらしい樣子で、一寸、ドラマチツクな手振をなし、「私は決して獨身主義ではない、けれども屹度獨身で了らなければならないと思つて居る。それも決して消極的の結果ではないから絕望した悲慘な憂鬱なフランスの寡婦《やもめ》のやうなものにもならず、さうかと云つて米國の褊狹《へんけふ》な冷酷な老孃《オールドメイド》にもなりはしない。私はアメリカの敎育は受けたが五歲の年まではイギリスに育つて、兩親とも昔から純粹のイギリス人です。イギリス人は斃《たふ》れるまでも笑つて戰う。だからもしや一生獨身で暮すやうな事になつても、私は死ぬまで此の通り何時までも此の通りのお轉婆娘でせう。」 云切つたその言葉には英語に特有の强い調子が含まれて居ると共に、成程動しがたい英人の決斷が宿つて居るらしく聞えたが、然し自分にはロザリンの弱々しい小作りの姿を見ると、其の語調の强烈なるだけ深く何とも知れぬ一味の悲哀を感ずるのであつた。夏とは云ひながら餘りに美しく靜な夜の所爲であつたかも知れぬ。
自分は軈て彼女に問返されるまゝ、此度は自分の主義を述べる事になつた。然しそれは主義主張意見なぞ云ふよりは全で夢か囈言《うはこと》のやうな空想であらう――自分の胸には夢より外に何物もない。
自分は結婚を非常に厭み恐れると答へた。此れは凡ての現實に絕望して居るからである。現實は自分の大敵である。自分は戀を欲するが、其の戀の成就するよりは寧ろ失敗せん事を願つて居る。戀は成ると共に烟の如く消えて了ふものである。されば得がたい戀失へる戀によつて、自分は一生涯をばまことの戀の夢に明してしまひたい―――此れが自分の望みである。ロザリン孃よ。レオナルド、ダ、ヴインチとジオコンダの物語を御存じかと自分は尋ねた。
宿の妻が裏の井戸から冷い水をコツプに入れて再び座に戾つたので、自分もロザリンも云合したやうに話を他に轉じたが、間もなく機會を見てロザリンは時間を訊きながら椅子から立つた。夜は早や十一時を過ぎたと云ふ事である。
然し宿の主人《あるじ》は村人の催すポカと云ふ骨牌《かるた》の會にと、宵の口に出て行つたなり未だ歸つて來ない。家中に男は自分一人の事とて義務としても、彼の女を其の家まで送つて行くべき場合である。自分は宿の妻が點してくれた小な提灯《ランターン》を片手に輕くロザリンの腕を扶《たす》けて、かの海邊にと通ずる草徑を辿つて行く。
劇場の舞臺ならぬ現實の生活に此のやうな美しい役目《ロール》が又とあらうか。自分はアメリカに來た後とても夜の道花の陰をば若い女と步いた事は幾度もあるが、今夜に限つて如何したものか、最初《はじめて》の經驗の如くに無暗と心が亂れて來てならなかつた。
唯さへ靜な島の夜は小夜ふけて餘りに靜な爲めか。或は驟雨《ゆふだち》の來るやうに木の葉や草の葉の折々妙に物凄く打戰《うちそよ》ぐ所爲か。或は蟲の聲蛙の聲の云ふに云はれず鮮に星降る空に反響して天地には今や全く自分とロザリンと此の二人しか覺めて居らぬと云ふ意識の餘に强く心を打つが爲か。自分は何とも知れぬ心の亂れをば理由もなく相手に悟られまいと焦り立つて居た。で、片手に提げた提灯の火が凸凹した足許を照す光に、自分はもしや顏を見られはせぬかと、それとなしに空のみ仰ぎながら步いて行つたのである。 ロザリンも默つて何れかと云へば早足に步みながら次第に坂道を上つて行つた。やがて高く生茂る草の上に彼の女が家の屋根が見えるあたりまで來ると二人の前には忽ち大空が一際廣く打廣がり、眞暗な海上瀨戶内の彼方此方には燈臺の火が幾個となく數へられ、又遠く大西洋の出口サンデーフツクの方に當つては終夜危險なる内海一帶の航路を照すサーチライトが望まれた。自分の後と直ぐ目の下には村の夏木立が眞黑に橫はつて居る。
自分は覺えず立止ると彼の女は夢に物云ふ如く――Beautiful night, isn't it? I love to watch the lights on the sea. と云つたが、自分の耳にはこの語が非常に快い韻を踏んだ詩のやうに聞きなされた。
何と答へやう。自分は唯頷付いたなり首《かうべ》を垂れたが其の時彼女はあわたゞしく自分の袖を引いて―――鳥が鳴いて居る。何だらう、駒鳥ぢやないか知らと云ふ。
成程、細くて高い笛のやうな優しい聲が一度途切れて又續いた。
自分はこの度は躊躇はず――ロメオが忍會ふ夜に聞いた「夜の鶯」であらう。Nightingale と云ふやうな夜に歌ふ小鳥は亞米利加には居ないと聞いて居たが現在あの優しい鳴音《なくね》はどうしても詩に歌はれた其れに違ひは無い。と斷定した。
實際、この國に育つたロザリンもさだかには鳥の名を知らなかつたのだ。二人は別に異論もなく、「ロメオの聽いた鳥」と云ふ事にしてしまひ、さて改めてもう一聲なり二聲なり、其の鳴く聲を聽かうとしたが、早や何處へやら飛び去つてしまつたらしい。
自分は小山の頂からほん[#「ほん」に傍点]の五六步下りかけた道の右側にある彼の女の家まで送つて行き、廣い芝生《ローン》と花園を圍んだ垣根越に輕い握手と共に good night の一語。かくして其の夜は別れて歸つたのであつた。
自分は次の日、目を覺ますと前夜の事がどうしても夢であるやうな氣がしてならなかつた。現實にあつた事としては餘りに詩的である。餘りに美し過ぎる。同時に自分の生涯にはもう二度とあのやうな美しい事は起るまいと妙に果敢《はか》ない氣もした。
午飯の時に宿の妻が問ひもせぬのに、いろ〳〵とロザリンの事を話してくれた。父親は元英吉利の商人で一度家族をつれて亞米利加へ來た後、ロザリンをば宗敎學校の寄宿舎に預けて更に南亞弗利加のケープタウンへ赴き、其の地でかなりの財產を作つて七八年前に歸つて來た。そして今の處に別莊を構へて隱居して了つたので、ロザリンは全く親の手を放れて育つたも同樣、その爲か極く氣の勝つた淋しい性質らしく、今日まで此れと云つて親しい友逹も作らず、又何につけ物事をば兩親はじめ誰にも相談なぞする事はなく、何時も〳〵己れ獨りきりで決斷分別をつけ、然も別に淋しい顏付悲しい樣子なぞ見せた事もないと云ふ事である。
食事を濟すと、自分は例の通り櫻の木蔭に赴き讀み掛けたマラルメの散文詩を開いたが、すると其の興味に引入れられるまゝ、次第に昨夜の事も、世の中の事も、自分の身の上も、皆も忘れてしまつて、芝生の上に橫はる木の影道の上に落る眩《まばゆ》い日の光のみ目に映じて、あゝ夏は美しいと思ふばかりであつた。夕方になつていざ散步の折、自分は初めて今宵かの浮洲を見に行くには一本道の是非にもロザリンの家の前を行き過るのだと心付いた位である。
自分は逢ひたいやうな又逢ひたくないやうな、極めて朦朧とした考で、いつもの草徑を步んで行つたが、まだ小山の頂まで逹せぬ中烟のやうに暮れかゝる野草の蔭から、―――Hallow! here I am!―――と云ふ雲雀《ひばり》の樣なロザリンの聲を聞き付けた。彼の女は今宵も(自分にとは明かに云はなかつたが)自分の宿の妻を訪ねに行く處だと話した。 で、其の夜も晚くまで話をして、昨夜の如く夜道をば提灯を片手に、再び名の知れぬ夜の鳥の囀る聲を聞き、彼女が家の垣根際まで見送つて行つたが、また其の次の日の午前には圖《はから》ずも村の本道で、彼の女が郵便局へ行くとやら云ふ途中に出會ひ、そのさしかざす日傘の下に步調《あしなみ》を揃へて步いた。
何しろ、狹い村の事、道は多からず、散步する時間も大抵はきまつて居るので、その後は殆ど每日のやうに、自分は一日の中、何處かで一度、顏を見ぬ事はないやうになつたのである。その結果として或日二日ばかり雨が降通して何處へも出られず、從つてロザリンの姿を見る事の出來ない場合に遭遇したが、すると、自分は寂しくて寂しくて、燈下に唯一人田舎家の屋根を打つ雨の音をば聞澄して居るには忍びないやうな心地になつた。―――尤もこれは紐育に居た三年間、靜な雨の音なぞ聞いた事が無かつた所爲でもあらうが―――遂に自分は每晚夜寢る時には、窓から空の星を仰ぎ見て、どうか明日も散步に出られるやうな好い天氣になるやうにと、心ひそかに念ずるのであつた。
旱《ひでり》の夏は自分の願つた通り、時々日の中に驟雨《ゆふだち》の降過ぎるだけで每日の天氣つゞき。殊に夜は月が出るやうになつた。自分はこの年、この夏ほど每夜正しく新月の一夜一夜に大きくなつて行くのを見定めた事はない。
今となつては却て此の月の光が恨である。月の光さへなくば、夜の鳥、蟲の聲、草の薰、木の葉の囁《さゝめ》きに、夏六月の夜は如何に美しくとも、自分は………ロザリンは………二人はかくも輕々しく互の唇《くち》をば接するには至らなかつたであらう。
自分はこの島の靑葉が黃く、また紅くなりをはらぬ中、いづれアメリカを去らねばなるまいと云ふ事は、前から已にロザリンには打明けて居た。又、或時には自分は此四年が間アメリカの生活をした紀念に、せめては長く手紙のやりとりをするやうなブロンドの友逹が欲いものだ………と云へば、ロザリンも笑つて讀みにくいルーズベルト新式の綴字《スペリング》で手紙を書いて送らうと答へた位であつた。されば二人は唯だ愉快に此の美しい夏の夜を遊んで暮さうと、初めから明かに互の地位境遇を知り拔いて居た筈である。
然し夏の夜は若いものが唯遊んで暮さうと云ふには、餘りに美し過ぎた。月は糸の樣な其の頃から一夜も缺《かゝ》さず靜な其の光に二人が語る肩を照し、自然々々知らぬ間に、われ等が魂を遠い〳〵夢の郷《さと》にと誘《おび》き入れて了つたのである。
自分はどうしても自分の意思をば弱いものであつたとは云ひたくない。最後まで自分はロザリンを愛する事は出來ぬ、縱へ心の底はどうあつても、それをば若い娘に打明けべきでは無い、と意識して居たからである。
丁度十五夜の滿月をば夜半過ぎまで眺め明し、亞米利加では月の面に人の顏があるとロザリンが云へば、日本では兎が立つて居るのだと答へて、その何れが正しいかと他愛もない議論をした、其の翌日の事、自分は意外にも早く故郷からの音信に接し、秋を待つ間もなくこの二週間以内には是非とも歐羅巴に向はねばならぬ事情に立ち至つた―――其の事情をも自分は殆ど何の躊躇もする事なく鳥渡紐育の市中へでも遊びに行くやうに、極く簡單に無造作に打明けて了つた。 するとロザリンも同じく左程に驚いた樣子もせず、行先はフランスかイタリヤか、何日頃に出發するかなど質問して、宿の夫婦ととも〴〵客間で平日通りに雜談して居たでは無いか。
然し十時を過ぎた後、每夜の如く自分は彼の女を送つて外へ出ると、今宵は卽ち十六夜《いざよひ》の昨日にも勝る月の光。夜每眺め飽す身にも餘りの美しさに、二人は何とも言交す語さへなく草徑を岡の近くまで步いて來たが、其の時自分は忽然何とも知れぬ悲しさが身に浸み渡つて來るやうな氣がした。ハツと心を取直さうとする刹那、ロザリンは道傍の石に躓いたらしく突如自分の方に倚り掛つた………自分は驚いて其の手を取ると彼の女は其のまゝひし[#「ひし」に傍点]とばかり自分の胸の上に顏を押當てゝ了つた。
半時間あまりも、夜露に衣服の重くなるまでも、二人は何の語もなく相抱いたまゝ月中に立竦《たちすく》んで居たのである。實際何とも云ひ出す言葉はない。二人とも何程戀しいと思つた處で、自分は旅人、彼の女は親も家もある娘、永く幸福の夢に醉ふ事の出來ぬ事情は已に云はず語《かたら》ず知り合うて居たからで。さればこの上に申出づべき事は唯二つあるのみである。自分は故郷の關係をすつかり斷つてしまつて獨力で生活の道を永遠に此の國に求めやうか。或はロザリンをして兩親の家と此れまで育つた亞米利加の國土を出奔せしめるか。此の二つだけである。然し自分は如何に切なくとも、到底そこまでは進んで云ひ出し兼る。ロザリンとても亦男の身に戀の爲め浮世の凡てを打捨てゝくれよとは、如何して云ひ切れやう。
二人は遂に常識の人であつたのかも知れない。亞米利加と云ふ周圍の力が知らず識らず恁《か》く爲しめたのであらうか。或は吾々の戀が未だそれまでに至らなかつたのであらうか。否、自分等二人の戀は命を捨てたロメオやパウロやジユリヱツトやフランチエスカの其れにも劣らぬものと信じて疑はない。二人は今此處で一度別れては何日又逢ふか分らぬ身と知りながら―――一瞬間の美しい夢は一生の淚、互に生殘つて永遠《とこしへ》に失へる戀を歌はんが爲め、其の次の日からは每日の午後をば村はずれの人なき森に深い接吻を交したのであつたものを………。
船は早くも大西洋を橫斷《よこぎ》り盡して程なくフランスのル、アーブル港に着くと云ふ事だ。今朝方アイルランドの山が見えたと人が話して居る。もう、長く筆を執つて居る暇はない。僅か一週間と云ふ日數の中に我が身は今如何に遠く彼の女から離れてしまつたのであらう。
遠く離れゝば離れるほど彼の女の面影はあり〳〵と目に浮ぶ。彼の女は稍黑みを帶びた金髮《ブロンド》であつた。西洋人には稀に見らるゝ程長く濃い其の金髮をば、何時も無造作に束ね、額に垂れる後毛をば絕えず指先で搔上げる樣子の如何にも情味が深い。並んで立つと丁度自分の頤《おとがひ》ほどしかない―――アメリカの女としては極く小作りの方であつたけれど、然し肉付がよいのと、何時も極端に直立の姿勢を取つて居るので、どうかすると非常に丈け高く、大きく見える事もあつた。湖水《みづうみ》の樣な靑く深い眼と、細くて稍尖つた其の容貌《おもざし》は、熱心に話でもする折には、どうしても神經の過敏を示すだけ、ぢツと沈着《おちつ》いて居る時には、云ふに云はれない威嚴と强くて勇しい憂鬱を現す。―――卽ち明い鮮な輪廓の繪にもしたいやうな妖艶な南歐の美人とは全く反對で、何處か銳い處に一種の悲哀があり、その悲哀の中に女性特有の優しさが含まれて居る北方アングロサキソン人種に能く見られる類型《タイプ》の一であつた………。
突然上甲板の方に人の騷ぐ聲が聞える。ル、アーブル港の燈火が見え始めたのだと云ふ。船室《へや》の外の廊下をば―――Nous《ヌー》 voilà《ボアラ》 en《アン》 France《フランス》―――(佛蘭西に着いたぞ。)と云つて駈けて行くものがある。甲板の方では男や女が一緖になつて、 Allons enfants de la patrie Le jour de gloire est arrivé と歌ふ「マルセイヱーズ」が聞え出した。自分は遂にフランスに着したのだ。
然しこの止みがたき心の痛みを如何にしやう。自分は思ひ出すともなくミユツセがモザルトの樂譜に合せて作つた一詩――― Rappelle-toi, lorsque les destinées M'auront de toi pour jamais séparé .................... .................... Songe à mon triste amour, songe à l'adieu suprême! .................... Tant que mon cœur battra, Toujours il te dira: Rappelle-toi. 「思ひ出よ。もし運命の永遠《とこしへ》に、我を君より分 ちなば、我が悲しき戀を思ひ出でよ。別れし折を思ひ出でよ。
心の響消えざらば、とこしへに心は君に語るべし、思ひ出で よ思ひ出でよと。」 心の中に口ずさみながら初めて見るフランスの山に自分は敬意を表する爲めにと、一|步《あし》一步甲板の方に步いて行つた。 Rappelle-toi, quand sous la froide terre Mon cœur brisé pour toujours dormira; Rappelle-toi, quand la fleur solitaire Sur mon tombeau doucement s'ouvrira. Tu ne me verra plus; mais mon âme immortelle Reviendra près de toi comme une sœur fidèle. Ecoute dans la nuit, Une voix qui gémit: Rappelle-toi. 「思ひ出でよ。冷き土に永遠《とこしへ》に、わが破れし心 眠りなば、思ひ出でよ。淋しき花の徐《おもむろ》に、わが 墳墓《おくつき》に開きなば、君は再びわれを見じ。されど 朽ちせぬわが魂《たま》は、親しき妹《いも》が如くに、君 が傍《かたへ》に返り來ん。心澄して夜に聞け。さゝやく聲 あり、思ひ出でよと。」 (明治四十年七月)
Transcriber's Notes
本テキストは昭和四十二年講談社刊「日本現代文學全集33 永井荷風集」(第七刷)を底本にした。近代デジタルライブラリー所収1908年博文館発行の版と比較して以下の訂正を施した。
原文 橫顏をばひ[#「ばひ」に傍点]たと 訂正 橫顏をばひた[#「ひた」に傍点]と 原文 木枯を搖する風 訂正 枯木を搖する風 原文 瘴煙《しやうどく》毒霧《えんむ》 訂正 瘴煙《しやうえん》毒霧《どくむ》 ●文字・フォーマットに関する補足