あめりか物語

Part 6

Chapter 6 20,272 words Public domain Markdown

公園の入口に下車すると直樣二人は水邊の木蔭に步み寄り柔い靑草の上に腰を下す。見渡す眼の前の景色は白い夏雲の影を映した平かな入江を隔てゝ、夏木立の低く茂る間から農家の屋根や風車。まるで平和な和蘭畫を見るとしか思はれぬ。

自分は無暗と幸福の念に打たれ、半は身を草の上に橫へながら、更に眼を靜な水の上に注ぐと、湖水に等しい入江の唯中に一葉の眞白な小舟《ボート》が飄然として中空から舞下りたローヘングリンの白鳥かとも怪しまれた。然し乗手は若い女と男の二人ぎりらしく、男は其の强い腕に力を籠めて漕ぎ行くと見え、舟は見る〳〵中に一方に突出た蘆の洲の茂りの蔭に隱れて了つた。自分はハタと草の上に倒れ全く寢床の上に臥るやうに身を伏ると自分の眼の高さは丁度水の面と並行するやうになるので、滿々たる潮は忽ち身を浸すやうに思はれ、靑い楓の葉越に見える夏の空は平常よりも更に高く、更に廣く見えながら、懶く動く白雲は其に反して次第〳〵に我身を包むべく下りて來るやうに思はれた。軈て四邊は模糊として霧の中に隱れるが如く、折々水面を渡つて來る微風《そよかぜ》の靜に面を撫て行くのを感ずるばかり。身體中は骨も肉も皆溶けて氣體となり殘るものは繊細な皮膚ばかりとなつて、遂に水と雲の間に自分は魚よりも鳥よりも輕くふはふは浮び出した………あゝ白日《ひる》の夢。 ミシガン州の片田舎に居た頃、丁度五月の末であつた。楓《メープル》、楡《エルム》、檞《オーク》なぞの大樹の若葉は鬱蒼として村落を包み、野草は萋々《せい〳〵》として牧場を蔽ひ、林檎、桃、櫻の花は小丘《をか》を攀《よ》づる果樹園に、紫色のライラツク眞白な雪球花《スノーボール》、紅の薔薇は人家の小庭に咲き亂れる北國の春の半。南方から春夏を此地に集ひ來る駒鳥《ロビン》と黑鳥《ブラツクバード》は庭と云はず墓場と云はず街と云はず村と云はず、樹のある處、花咲く處には、聲を限りに長閑な歌を歌ひ續ける。然し大陸の常として日和續きの日中は、日本ならば最う七月の暑かとも思はれる强い日の光に、自分は狹い居室の氣を晴す爲め、村はづれから起伏する小丘の間を、鐵道の線路に沿ひ、次第々々に人無き檞の森林に迷ひ入り、白い雛菊《デージー》や黃金色なすバタカツプスの咲き亂るゝ野草の中に身を投入れると、幾多の栗鼠は物音に驚いて、草の中を四方に逃げ散り、逸早く檞の梢から梢を渡つてキヽと鳴く。

一卷の詩集は例の如く衣嚢の中に携へて居たものゝ、奇しき自然の前に對しては、如何なる美術も如何なる詩篇も、要するに怪異と誇張と時には全く虛僞としか見えぬので、其樣人工的のものには手を觸るゝ氣もせぬ。思ふが儘に身を延して、高い梢越の空を仰ぎ、濕つた土と草の香を嗅ぎつゝ、鳥の歌、栗鼠の叫びに耳を澄まして居ると、自分は全く世間を見捨てた或は世間から見捨てられたやうな氣になる。日本であると隨分遠い山里に行つても、土地は多く開拓され盡して居るので、何となく浮世の風の通つて居る氣がするけれども、さすがは新大陸の廣漠たる、町から二哩出るならば、何處へ行つても此う云ふ無人の境が現れ、此れに異郷の寂寞と云ふ主觀的の情趣を加味して見るので、樹木の茂り、水の流、空行く雲の有樣は、凡て自分には一種云ひ難い悲愁の美を感じさせる。空想は泉の如く湧起り自分は放浪の生活の冷い快味を思ふにつけ、一層の事アラビヤの女と駱駝と並べて砂漠を步み、天幕の下に眠つて見たらば如何であらう、かと思ふと、忽ち旅で病にかゝり日光の照さぬ裏町の宿屋に倒れるやうな運命に出逢つたら………と今度は覺えず慄然《ぞつ》として明日にも日本に歸り度いやうな、極端から極端の事に思を走せ、遂には氣疲れして其のまゝ混惑の夢に落ちて了ふのである。

異郷の晝の夢。單調な我が生涯に嘗て經驗した事の無い盡せぬ情味を添へてくれたものは此の晝の夢である。今日も又端無く大西洋の潮流れ入るプレザントベーの邊に臥して、自分は夢の中に忽ち美妙の音樂を聞つけて目を覺した。公園の端の料理屋で樂隊《オーケストラ》が何やら靜かなクラシツクの一曲を奏し出したのである。

然し、自分は猶暫く睡後の意識の朦朧として居る處から眼前の入江から森、雲までを、もう十年も過ぎた會遊の地を望む如き心持で、何とは無しにしげ〳〵眺め入つたが、やがて後の方に近く跫音を聞き付けたので振向くとM君であつた。彼も今方目を覺して、歸りの汽船の時間を聞きに波止場まで行つて來たのだと云ふ。

二人は木蔭を出で音樂を奏して居る公園の料理屋に入り冷した果物と生薑《しやうが》酒《しゆ》に咽喉を潤した後、夕の五時過に船に乗つた。

途中で日は落ちたので、大西洋上に燃る夕榮の美しさを見盡し、徐《おもむろ》に紐育の港口に近づく頃には、逸早くかの自由の女神像の高く差上げた手先に、皎々《かう〳〵》たる燈明の輝き初めるのを認めた。續いて夕波高く漲る彼方に、山脈のやうに空を限る紐育の建物、ブルツクリンの大橋、無數の碇船舶、引つゞく波止場々々々燈火の一齋に煌《きらめ》き渡るさま、日の中に眺めた景色よりも更に偉大に更に意味深く見える。

汽船の波止場についた時は丁度八時、二人は晚餐を準《とゝの》へる爲め、夜は殊に賑ふ十四丁目通りの唯《と》有《あ》る佛蘭西の料理屋《カツフヱー》に這入つた。 (明治卅八年七月)

夜半の酒場

紐育市役所の廣場を前にして、いつも人馬の雜沓するブルツクリン大橋の入口から高架鐵道の通つて居る第三大通《サードアベニユー》を四五丁ほども行くと、チヤタム、スクヱヤーと云つて、此處から左へ這入れば猶太《ジユー》街《まち》、右手に曲れば支那街から、續いて伊太利亞街へと下りられる廣い汚い四辻に出る。

一口にポアリーと稱して、各國の移住民や勞働者の群集するところ。同じ紐育の市内ではありながら新世界の大都會を代表すべき「西側《ウエストサイド》」からは自と一劃の別天地。彼方は成功者の安息地であるならば、この「東側《イーストサイド》」の別天地は未成功者もしくは失敗者の隱れ場所であらう。 されば路行く人も地下鐵道の車中で互に衣服の美を爭ふ「西側」とはちがひ、女は帽子も戴かず、汚れた肩掛《シオール》を頭から被り、口一杯に物を頰張りながら步く。男は雨曝しの帽子に襟《カラー》もなく、破けた下襯衣から胸毛を見せ、ズボンのポケツトには燒酎《ウイスキー》の小壜を突込んで、處嫌はず黃い嚙煙草の唾を吐き捨てゝ行く。で、步道《サイドヲーク》の面は此等の人々の痰唾でぬる[#「ぬる」に傍点]〳〵して居る上に、得體の知れぬ怪し氣な紙屑やら、襤褸片やら、時としては破けた女の靴足袋が腐つた蛇の死骸見たやうにだらり[#「だらり」に傍点]と橫はつて居る事さへある。車道は何處も石を敷いてあるが重い荷車《ワゴン》の車輪で散々に曳き崩され、乾く間のない荷馬の小便は其の凹み〳〵に溜つて蒼黑く濁り淀んで居る。

街の兩側に物賣る店の種々あるが中に、西洋にも此樣ものがあるかと驚かれるのは電氣仕掛にて痛みなく文身《ほりもの》仕り候―――と硝子戶に看板を掛けた文身師の店である。其處此處と殆ど門並目に付くのは如何はしい寶石屋と古衣屋とで、其の薄暗い帳場の陰から背の屈つた猶太人の爺が、キヨロ〳〵眼で世間を眺めて居るかと思へば、路傍の食物店に伊太利亞の婆が靑蠅のぶん〳〵云ふ中を慾德無さゝうに居眠りして居る。

此樣工合に何處を眺めても、引續く家屋から人の衣服から、目に入るものは一齋に暗鬱な色彩《いろ》ばかり。空氣は露店で煮る肉の匂、人の汗、其の他云はれぬ汚物の臭氣を帶びて、重く濁つて、人の胸を壓迫する。で、一度此の界隈へ足を踏入れると、人生の榮華とか歡樂とか云ふ感念は全く消え失せ、胸は只だ重苦しい惡夢にでも襲れて居るやうな心地になるのである。

或時―――冬の夜の事である。自分は猶太町に在る猶太人の芝居を見物した歸りぶら〳〵此の邊を步いて見た。もう十二時過と見えて、古衣屋も寶石屋も、その他の店も皆燈を消して居て、街の角々にある酒場《サルーン》ばかりが今こそと云はぬばかり、時を得顏に電燈を輝かして居た。

自分は突と戶を押して這入ると、カウンターに身を倚せながら勞働者の一群が各コツプを片手に高聲で話合つて居たが、ふと自分の耳に付いたのは、奧深い彼方から幽に聞える破れピアノに女の騷ぐ聲々。で、其の儘、突當りの戶を押試みると身は流るゝ如く扉と共に眞暗な廊下へと滑り込んだ。

女の笑ふ聲は更に五六步先なる戶の中と覺しいので、自分は臆せずに進んで此の二番目の戶口へ近寄ると跫音を聞き付けてか、此の度は内から戶を開けてくれたものがある。鍵穴から見張をして居た番人で、自分が這入ると再び戶をばつたり閉めた。

外部から此樣《こんな》處に此樣廣いホールがあらうとは誰あつて思ひ付かう。室の周圍の壁に近寄せて、數多の食卓と椅子を据ゑ、其の片隅には古ぼけたピアノが一臺。胴着《ちよつき》一枚になつて汚れた襯衣から腕を見せた大男が折々片手で汗を拭きながら、此のピアノをひいて居ると、その側に坐つて居る瘦せた背蟲の男が靑白い橫顏を見せながらバイオリンを彈く。食卓の男女は、一組二組と立つて室中を迂曲《うね》り迂曲り舞步いて居るではないか。

何れを見ても此れはと思ふ風采《みなり》のものは一人もない。太いズボンの水兵連中に交つて、中にはせい〴〵美裝《めか》したつもりで、汚れぬ襟に襟飾を付けて居るものもあるが、子供の腕よりも太さうな其の指と、馬の蹄見たやうな厚底の靴とで、日中は道普請をしたり煉瓦を運んだりして居る輩《てあひ》である事が直ぐ分る。

女はと見れば、年齢の多少も分り兼るものばかり。顏中白粉をこて[#「こて」に傍点]〳〵塗立てた上に頰紅を濃くし、下睫《したまぶち》へ墨を入れて居るものもある。着古して皺だらけになつたスカートに、洗晒しの夏物を着て居ながらも、尙都の華奢《くわしや》を學ぶ心か舞臺にでも出さうな踵の高い細い靴を穿き、鬘を冠つたやうに入毛《いれげ》をした髮の間や、頸、腕、指なぞには、無暗と硝子製のダイヤモンドを輝して居る。 ピアノとバイオリンの奏樂進むにつれて、此等の女と抱き合ひながら、水兵や勞働者の入りつ、亂れつ床の塵と煙草の煙と酒の匂とで電燈の光も黃く朦朧となつて居る中を狂するやうに舞ひ踊るさま、自分は已に淺間しいと云ふ嫌惡の境を通越して、何とも云ひがたい一種の悲哀―――嘗て故郷で暗い根岸の里あたりから遠い遊廓の絃歌を聞いた時のやうな、その悲哀を感ずるのであつた。

舞蹈《ダンス》の曲は止んだ。男女は各元のテーブルに歸ると白いジヤケツトを着た給仕人が、注文を聞いて廻る。最う腰も立たぬ程に醉つて居ながら、猶ウイスキーを煽る水兵もあれば、女ながらも其の劣らず强いブンチをがぶ〳〵やりながら、時にはテーブルを叩いて大聲に云罵るのを聞けば、凡そ劣等な中にも劣等なる言語。スエヤーの數々。

自分は片隅のテーブルに一人ビールを傾けつゝこの奇異なる四邊の光景から、軈て汚れた板張の壁に掛けてある額なぞを眺め廻した。 たぶんフツトボールを營業にして居る女の一組と覺しく、逞しい筋肉を其のまゝ見せた肉襦袢の四五人が手を取り合つて立つて居る一枚の寫眞に續いては、鬼のやうな顏をした拳闘家《ボクサー》が兩手を前にいざと身構へして居る肖像畫があり、向側の壁には察する處此の近邊を繩張内にして居るものであらうか、制服を着けた消防夫の寫眞が二三枚並べて掛けてある。

忽然、二人連の女が自分の占めて居るテーブルの空椅子に腰を掛けた。自分は好奇心の誘《いざな》ふ儘に此の社會に限つて通用する合圖の目瞬きをして見せると、金にさへなると見れば人種の差別なぞは一向に頓着しない連中と見えて、早速椅子を自分の方へぴつたり引寄せたばかりか、其の片肱を自分の肩の上に頰杖をして、「卷煙草《シガレツト》は無くツて。」と云ふ。

自分は一本の卷煙草を渡した後通過る給仕人《ウエーター》を呼ぶと、女はカクテールをを命じた。自分は更にビールの一盞を新しくさせて、さていろ〳〵と冗談話の中から此の人逹の身の上を聞出さうと絕えず注意したが、一向に要領を得ない……… 「名前も何にもありやアしない。キッチー………黑髮のキッチーて云へば、それで通つて居るんだよ。」 「家は何處だい。」 「家は………紐育でもブルツクリンでも宿屋と云ふ宿屋は皆な私の家さ。」 「色男はあるのかね。」と聞くと、 「ほゝゝゝほ。」と笑ひ出して、「お金のある奴は皆な色男………。」 と云ひながら突然、自分の頰に接吻した後頭から肩を左右に搖りながら―――will you love me in December, as you do in May ―――と鼻歌を歌ひ出した。

折から又もやピアノとバイオリン、連中は以前の如くに踊り出す。

女は突と握つて居る私の手を引寄せ、「今夜………いゝんでせう。」 「何が………」と態と不審さうに聞返すと女は甚く不興な顏付になつて、 「分つてるぢや無いか………ホテルさ。」 自分は微笑んだ儘答へなかつた。 「不可ないの。さう………。」と云つて女は一寸兩肩を搖上げて橫を向いたかと思ふと、忽ち舞蹈の音樂に合はせて再び鼻歌を續けたが、遠くのテーブルから目瞬せする水夫の連中を見付けて、其の儘すた〳〵立去つて又もウイスキーを煽つて居る。

軈て自分も席を立ちかけた途端、彼方の戶口からホールへ這入つて來た二人連の音樂師がある。 「おゝ、ジヨージだ、イタリアン、ジヨーだ。」と給仕人の一人が乞食の音樂師を見て叫ぶと、其の邊のテーブルに居た地廻りらしい男が、 「暫く姿を見せなかつたぢや無えか。いゝ儲口でもあつたのか。」 「大した事も無えが、暫く田舎を步いて居た………。」とその儘ピアノの傍に進寄つて、空椅子に腰を掛け、頸から襷掛にしたバンジヨーと云ふ樂器を取下して壁に倚せ掛けると他の一人は小形のマンドリンをば膝の上に抱へたまゝで、 「どうだね、親方………。」と此度は此方からピアノ彈に挨拶をする。 「相變らずよ。」と胴着一枚に腕卷りのピアノ彈は皺枯れた聲で、「どうだ、まア一杯やりねえ。」 給仕人がビールを近くのテーブルに持運ぶ。 「ありがてえ、頂かうよ。」と二人の伊太利亞人は早速飮干すと洋琴彈は如何にも親方然と、 「お禮にや及ばねえ、好鹽梅にお客樣も大勢だ………早速いつもの咽喉を聞かしねえ。」 伊太利亞人は各バンジヨーとマンドリンとを取りあげ、ピアノの橫へ直立し、さて歌出すのは自分には意味の分らぬ南歐の俗歌である。

然し歌の節は東洋風に極く緩かで、聲は錆のある顫ひを帶びた何處にか一種の輕い悲みを含んで居る。泥醉した水夫も女郞も職人も丁度廓で新内を聞くと云つたやうに、皆な恍惚として少時は場中水を打つたやう。

彼方此方から五仙十仙と、祝儀の銀貨が床の上に投出されるので、自分もポケツトから廿五仙銀貨を奮發した。いや、自分は四邊の人目を牽く事さへ厭はなかつたなら五十仙、一弗位は惜みはしなかつたのだ。あの多く母音で終る伊太利亞語そのものが、自分の耳には云ひがたく快いのに、乞食の音樂師がゆがんだ帽子に天鵞絨の破衣、眞赤な更紗模樣のハンケチを頸に卷いた風體から、房々と額へ垂らした黑い縮れた頭髮、黑い睫毛、薄い口髯、それから南歐の暖《あつ》い太陽に燒かれた其の顏色が絕えず思ひを南國に馳せて居る自分には何と云ふ譯もなく深い詩興を呼起させたからである。

二人は歌ひ了つて床の上に投出された祝儀の銀貨を拾ひ集めながら、やがて自分のテーブル近くまで來たので、 「お前さん、伊太利亞は何處から來たんだね。」 彼は人種の異つて居る自分の顏を見上げたが驚きもせず怪し氣な英語で、 「島から、シヽリー島からです。」 「何年ばかりに成る。」 「まだやツと九ケ月にしか成りませんや、初めは金儲をするつもりで來たんですがね、北の歐羅巴から來た奴等のやうに地の底や火の中で那樣手ひどい家業が出來るものか、怠惰者《なまけもの》は何處へ行つても同じ事、恁して處々方々、歌つて步いて居るんでさ。でもまア神樣のお助けツて云ふんでせう、どうにか此うにか其の日のパンにやあり付きまさア。」 舞蹈の音樂が又奏し出される。男や女は再び夢の世の人の如くに煙草の烟の中を、彼方此方《あちこち》と舞ひ步く。 すつかり祝儀を拾ひ集めた二人の伊太利亞人は片隅のテーブルに引退いて又二三杯のビール。自分は重い空氣の中に長く閉込められて居た苦しさに冷い深夜の風に吹かれやうと靜に席を立つた。 (明治卅九年七月)

落葉

アメリカの木の葉ほど秋に脆いものはあるまい。九月の午過の堪へがたい程暑く、人はまだ夏が去り切らぬのかと喞《かこ》つて居る中、其の夜ふけ露の重さに、檞《オーク》や楡《エルム》や菩提樹《リンデン》や殊に碧梧のやうな楓樹《メープル》の大きな葉は夏のまゝなる其の色さへ變へずして、風もないのにばさりばさりと重さうに懶氣《ものうげ》に散り落ちる。

自分は四邊がすつかり秋らしくなつて、朝夕の身にしむ風に枯れ黃ばんで雨の如く飛ぶ落葉を見るよりも、如何に深い物哀れに打たれるであらう。譯もなく早熟した天才の滅び行くのを見るやうな氣がする。

自分は夕暮に一人、セントラル、パークの池のほとりのベンチに腰をかけた。日曜日の雜沓に引變へて平常の日の靜けさ。殊に丁度今頃は時間の正しい國の事とて何處の家でも晚餐をして居る時分であらう。馬車自動車は無論、散步の人の跫音も絕えて、最後の餌をあさり了つて栗鼠《りす》の鳴く聲が梢に高く聞えるばかり。灰色に曇つた空は夜にもならば雨か、夢見る如くどんよりと重く暮れはてゝ行く。湖のやうな廣い池の面が黑く鉛のやうに輝き、岸變一帶を蔽ふ繁りは次第々々に朧になつて、その間からは黃い瓦斯燈が瞬きしはじめた。

絕えずあたりの高い楡の木の梢からは細い木の葉が三四枚五六枚づゝ一團になつて落ちて來る。耳を澄ますと木の葉が木の葉の間を滑り落ちて來るその響が聞きとれるやうに思はれる。木の葉同士が互に落滅を誘ひ囁き合ふのであらう。

或ものは自分の帽子、肩、膝の上。あるものは風が誘ふのでもないのに、遠く水の上に舞ひ落ち流れと共に猶も遠くへ遠くへと行つて了ふ。 ベンチの背に頰杖をついて自分は何やら耽る物思ひの中に、ふと詩人ヴヱルレーンが「秋の歌」と云ふのを思ひ出した。 Les sanglots longs Des violons De l'automne Blessent mon cœur D'une langueur Monotone. 「秋の胡弓の咽《むせ》び泣く物憂き響きわが胸を破る。鐘鳴れば、われ色靑ざめて、吐く息重く、過し昔を思出でゝ泣く。薄倖の風に運ばれて、こゝかしこ、われは彷徨《さまよ》ふ落葉かな。」と人の身を落葉に比ぶる例は新しからぬだけ、いつも身にしむ思ひである。殊に今旅の身の上を思出せば………あゝ自分は早や何處に何度異郷の地に埋るゝ落葉を眺めたであらう。

上陸したその年の秋を太平洋の沿岸に、其の翌年はミゾリの野ミシガンの湖邊又ワシントンの街頭に、やがてこのニユーヨークの落葉も旣に二度目である。

去年始めてこの都會の落葉を見た頃には、自分は如何に傲慢で得意で幸福であつたらう。自分は新大陸の各地方の異る社會異る自然をすつかり見盡して了つたつもりで、これからは世界第二の大都會の生活を觀察するのだと、無意味に自分を信用して、日曜日每に、この池のほとりに來ては散步の人の雜沓を打ち眺めた。 やがて木の葉は落盡した。寒い風が枝を吹き折つた、雪が芝生を蔽ひ盡した―――藝界社交の時節が到來した。

自分はシエーキスピア、ラシーンからイブセン、ヅーデルマンに至る種々な舞臺を見て、世界古今のドラマを鵜呑みにした氣になつた。ワグナーの理想もヴエルヂの技術も盡く味つて其の意を得たと信じたばかりか、自分は早くも將來日本の社會に起るべき新樂劇の基礎を作る一人である。あらねばならぬ樣な心地がした。自分は管弦樂を聽いて、クラシツク音樂の繊細美麗な處から、近代ロマンチツクの自由なる熱情を味ひ、更に破天荒なるストラウスの音樂の不調和無形式を讃賞した。猶これのみには止まらず、折々は美術館の戶口を潜つてロダンの彫刻マネーの畫を論じた事もあつた。

自分の机はプログラムやカタログの切拔の新聞紙の山をなしたが、それをば整理して行く間もなく季節は過ぎて、淋しい梢は若芽と咲く花に飾られ、重い外套の人は輕い春着の粧ひに變じた。自分も世間の人と同じやうに新しい衣服新しい半靴新しい中折帽を買つた。然しアメリカの流行は商業國だけあつて形が俗である。自分は飽くまで米國の實業主義には感化されないと云ふ事を見せたいばかりにいろ〳〵苦心した結果は「愛《ラム》の詩《ルーズ》」を書いた時分の若いドーデの肖像か、もしくは寧そバイロンをまねたいものだと每朝頭髮を縮し太い襟かざりをばわざ〳〵無造作らしく結ぶのである。

人は定めし自分の愚を笑ふであらうが、自分獨りは決して愚とも狂とも思つては居らぬ。自分はかのイブセンが世を去つた當時、ボストンの或る新聞で見た事であるが………イブセンは眞白になつた頭髮をば一度も櫛を入れた事がないと云ふ樣に、わざ〳〵搔亂し、國王から贈られた勳章を胸にさげて鏡に向つて喜んだと云ふ意外の弱點があつたとやら。

虛言《うそ》か眞《まこと》か問ふ處ではない。よいも惡いも泰西詩人の事と云へば隨喜の淚に暮れるあまり、人眞似せずには居られない。自分はわざとこれも無造作らしく帽子を斜に冠り櫻の枝の杖を片手に詩集か何かを小脇にして、稍しばらく己れの佇む姿を鏡に映して見た後、漸く外に出て、春の午後人の出盛る公園に赴くのである。例の如く池のほとりを一廻り步み了れば、必ずシエーキスピーヤ初めスコツトやバーンズなぞの銅像の並んで居る廣い並木道に出で、ベンチに腰を下して、銅像と向合ひに悠然と煙草の煙を吹く。 すると、何時ともなく暖い春の日光《ひかげ》に照される身のうつとり夢心地になるや否や、自分も已にそれ等不朽の詩聖の列に加られたやうな氣になつて了ふ。自然と口の端の筋肉が緩んで來て深い笑靨《ゑくぼ》がよる。遂には自分ながら妙に氣まりが惡くなつて、そツと身のまはりを見まはせば道の兩側に並ぶ大樹の若葉の美しさ。その梢から透き見える大空の靑さ、晴れやかさ。道の左右に海の如く廣がつて居る芝生の綠りの濃さ、爽快《さわやか》さ、何處から流れて來るとも知れぬ花の香の優しさ懷しさ。恐らく、自分の一生涯、この時ほど幸福な事はなかつたであらう。

眼の前には絕間なく輕裝した若い女が馬車を馭したり、馬に乗つたりして行過ぎるが、何れも皆自分の方を眺めては微笑んで行くとしか思はれない。

自分は若い中にも猶若く、美しい中にも猶美しい女の笑顏を眺めると、譯もなく幸福な戀を空想するのである………自分は麗しい英文で何か著作をする、それを讀んだ女が作者の面影を慕つて訪ねて來る。人生を語る、詩を語る、遂には互に祕密をかたる。何時か自分は結婚して了つて、ロングアイランドか、ニユーゼルシーの海邊あたり、ニユーヨークからは汽車で一二時間位で往來の出來る田舎に家庭を作る。小さいペンキ塗の村莊《カツテーヂ》で、そのまはりには櫻や林檎の果樹園があり、裏手の森を拔ければひろ〴〵した牧場から、ずツと遙かに海が見える。自分は春や夏の午後、秋の日暮前、冬の眞晝なぞ、窓際の長椅子に身を橫へて、讀書につかれたまゝ、居眠《まどろ》むともなく居眠む。と、隣の室からは極く緩かなリツストのソナタのやうなものが可い。妻の彈ずるピヤノの曲にはつと目覺むれば………自分はこゝに初めて夕暮の冷い風に面を吹かれてベンチの上なる現實の我れに立返るのであつた。 かやうな夢に耽つた春の日も一夏を過ぎて………今は早や秋、飛散る木の葉を見ればさながら失へる戀の昔を思ふにひとしい。

木葉もやがて落ち盡すであらう。寒い北風と共に劇界樂界の時節も再び廻つて來るであらう。街の辻々停車場の壁は到る處劇場の廣吿畫や音樂者の肖像に飾られるであらう。然し自分は去年のやうに大膽な無法な幸福な藝壇の觀察者として存在する事が出來るであらうか。また來る春には再びかゝる烟のやうな夢に醉ふ事が出來るであらうか。

夢、醉、幻、これが吾等の生命である。吾々は絕えず、戀を思ひ、成功を夢みて居ながら、然し、それ等の實現される事を望んで居るのではない。唯だ實現されるらしく見える空《あだ》なる影を追うて、その豫想と豫期とに醉つて居たいのである。 ボードレールは云ふ。―――醉ふ、これが唯一の問題である。人の肩を壓《おさ》へて地に屈ませやうとする「時」と云ふ恐ろしい荷の重さを感じまいとすれば、人は躊躇する事なく醉つて居ねばならぬ。酒、詩、德、何でもよい。若し、宮殿の階段、谷間の草の上、或は淋しい室の中、時として、醉が覺めてわれに返る事があつたら、風、波、星、鳥、又時計、凡そ飛び、動き、廻り、歌ひ、語る諸有るものに向つて、今は如何なる時かと問ふがよい。風は、波は、星は、鳥は、時計は答へるであらう、醉ふべき時だ、酒でも、詩でも、美德でも、何でもよい、もし「時」と云ふものゝ痛しい奴隷になるまいとすれば、絕ゆる間なく醉うて居ねばならない………。 *** 四邊は早や夜である。森は暗く空は暗く水は暗い。自分は猶もベンチを去らず木間に輝く電燈の火影に頻と飛び散る木の葉の影を眺めて居た。 (明治卅九年十月)

夜の女

ブロードウヱーの四十二丁目と云へば、高く塔の如くに聳ゆるタイムス新聞社の建物を中心にして、大小の劇場、ホテル、料理屋、倶樂部から、酒場《サルーン》、玉場、カフエーなんぞ、夜を徹して人の遊び步く處である。されば又人並の遊びには猶物足らぬ人間の更に耽つて遊びに行く處も尠くは無い。 ニユーヨーク座と云つて何時も木戶口に肉襦袢などきた艶しい舞娘《をどりツこ》の看板を幾枚も出し、相當の劇場が休業する炎暑の時節にも大入で打通す例になつて居る小芝居の角を曲ると俄に寂とした橫町に出る。

卽ちブロードウヱーから高架鐵道の走つて居る第六大通《シキスアベニユー》へと拔ける裏町で、直ぐ目に付く建物は角のニユーヨーク座と裏合《うらあはせ》に立つて居るハドソン座の樂屋口。其の筋向には見付の惡からぬライシユーム座の表口から少し離れては、夜深に女役者や舞娘がお客を連れ込む小綺麗なホテルが二三軒、硝子張の屋根がある其の門口には大きな鉢物の植木が置いてある。其の他上町で見るやうな近代風の高いアツパートメント、ハウスの三四軒立つて居る外は、兩側とも皆六七十年前の形式《かたち》の五階造の貸長屋ばかりで、其の窓々には殆ど門並に Ladies' Tailor (女物仕立所)又は印度渡來の Palmist (手相判斷)、音樂指南なぞ種々の小札が、下宿人を捜す明室《あきま》の廣吿と共に相交り、時には支那料理の赤い提灯も見える。

此の橫町、日中は殆ど人通りが絕えて居るが、夕暮頃からは長いレースの裾から踵の高い靴を見せ、陸に上つた水禽《みづとり》見たやうにしなしな腰を振つて步く女の往來漸く繁く、夜半過になると端から端まで相乗の小馬車で一杯になつて了ふ。

立ち續く此の貸長屋の中には面白い處があるんだと、倶樂部あたりの若いものは皆知つて居る。然し紐育の市中は警察が喧しいとの事で、戶口には人目を惹くやうなものは一ツも出して無い。唯何番地と戶口に掲げてある番號で云ひ傳へ聞き傳へて知るものは知つて居り、知らざるものと見れば大通りに居る辻馬車の馭者が、過分の祝儀を目的に無理にも案内してくれる。

表付は古い貸長屋の事で見る影もないが、這入ると下座敷は天鵞絨の帷幕《カーテン》で境した三間打通しの廣い客間で、敷物も壁も黑みがゝつた海老色《えびいろ》を用ひ、天井は稍薄色にして金色の唐草を描き、椅子も長椅子も同じ重い海老色の天鵞絨張、其處へ天井から大な金色の花電燈が下げてあるので、一見何となく嚴めしく、何やら田舎芝居で見る公爵《ヂユーク》某が宮庭《パレース》の場とも云ひた氣な樣子である。

表の客間の壁一面には幾多の女が裸體にされた儘抱合ひ今にも猛獸の餌《ゑば》になるのを待つて居る羅馬《ローマ》時代基督敎徒迫害の大畫が掛けてあり、次の間には裸體の女《ニンフ》が四五人白鳥と戲れながら木蔭の流れに浴みして居る、此れも非常な大作で、人物は實物程の大さもあらう。室の隅々には眞物《ほんもの》らしく植木鉢に植ゑ付けた造り物の椰子の葉が靑々として居る。

此の家の内儀《マダム》、名をミツセス、スタントンと云ふ。何處の生れやら誰も知るものはない。何でも極く若い時分から女郞屋に下女奉公をして居る中、知らず〳〵此の道の呼吸を覺え、ハウスキーパーと云つて家内中の賄方となり、市俄古、費府《フイラデルフイヤ》、ボストンと女郞屋から女郞屋を稼ぎ步き、小金を蓄めた曉、紐育に出て來て獨力で現在の店を開き、今日でもう三十餘年商賣をして居るのださうだ。 ぶく〳〵肥つて腰の周圍なぞはホテルの廣間に立つ大理石の柱ほども有らうかと思はれる。口の大い、目の小い、四角な顏で、髮の毛は眞白だが、何時も白粉をつけ、一の字形の眉毛に黛《まゆずみ》を引いて居る事さへある。

若い時から男は好きだが、其の爲めに金なぞ使つた事はない。道樂は寶石を買集める事が第一だと自ら吹聽して居る。成程五本の指殘らず指環を穿め、人と話をする時にはキチンと膝の上に其の手を置き、絕えず手巾で寶石を磨《こす》る癖がある。指環の外に内儀が生命同樣の寶物として居るのは金剛石《ダイヤモンド》の耳飾で、其の價一對で二千弗したとか、然し日常耳朶に下げて居ると、餘りに人目を引き、何時ぞや舞蹈の歸り途三度も追剝に後を尾けられたのに、すつかり膽を冷し、其の後は二重の錠を下してトランクの底に藏つてある――この有名な物語は家中の女ども知らぬものは一人もない。

往來に面した二階の一室が、内儀の居間と寢部屋を兼ねた處で、天井から日本製の日傘と赤い鬼灯《ほゝづき》提燈《ぢやうちん》とを下げ、戶口に近く矢張日本製と覺しい黑地に金鷄鳥を繡取つた二枚折の屛風が置いてあるので、それ等の花々しい東洋風の色彩が古びた蠟石の煖爐と大な黃銅《ブラス》製の寢臺とに對して、一種驚くべき不調和を示して居る。

室の中央には何時も「ジヤアナル」に「紐育プレツス」と云ふ繪入の新聞を載せた小さいテーブル、其の上に立派な鸚鵡の籠が置いてある。中なる鸚鵡はこの家に住む事旣に十年、此の社會でのみ使用される下賤な言語をすつかり聞き覺え、朝から晚まで棲木《とまりぎ》を啄《つゝ》いては黃色い聲で叫びつゞけて居ると、其の傍の安樂椅子の上にはトムと呼ぶ鼠ほどの小さな飼犬が耳を動し、人の來て抱いてくれるのを待つて居る。

内儀は午後の一時過に漸く目を覺ますと、第一に此のトムを抱き上げて接吻し、鸚鵡の鳴き立てるのを叱りながら、黑奴《ニグロ》の下女が持運ぶ朝餐《あさめし》を濟して、新聞を讀み、窓際に置いた植木の世話に半日を送つて、夕暮の六時になるのを待つて居る。此れからが漸く此の家の夜明けである。下女が合圖の銅鑼鐘を叩くや否や、内儀はしづしづトムを抱いて、地下室《ベーズメント》の食堂に下り、仔細らしく主人席に坐ると、其れからどや〳〵と二階、三階、四階の部屋々々に寢て居た女供が、靴足袋一つの裸體身の上に緩かなガウンを引纏はせ、何れも何時頃だらうと云ひさうな怪訝な眼をしながら下りて來て各《おの〳〵》席につく。其の同勢五人。

内儀の右側に坐る第一がイリスと云ひ第二がブランチ、第三番目がルイズ左側にはヘーゼルとジヨゼフイン。

此の五人各それ相當の經歷と性格とを持つて居るのである。

第一のイリスと云ふのはアイルランド人の血統で南部ケンタツキー州の生れとやら。年は二十三四。圓顏で、この人種特徵の頤は短く、瞳子の碧い目は小く、髮は光澤のある金色である。撫肩の何處か弱々しい姿をして居るが、腰から足の形の美しい事は自分ながらも大の自慢で、其の證據には二度程美術家のモデルになつた事があると云つて居る。家は地方で相當の財產家《ものもち》、十六七まではカソリツク敎の學校に居たとやら云ふ事で、折々飛んでも無い時に何を思出してか、口の中で讃美歌を歌つて居る事がある。一體に浮かぬ性質《たち》と見えて男を相手に酒を呑んでも別に騷ぎはせず、さうかと云つて病氣や何かの時でも大して鬱《ふさ》いだ顏もした事がない。 これに反して隣に坐つて居るブランチと云ふのは親も兄弟もなく、紐育の往來端で犬と一緖に育つた生付いてのお轉婆者。もう三十になると云ふが極めて小柄な處から、其の瘦せた血色の惡い顏に厚化粧をして、入毛澤山の前髮に赤いリボンでも付けると、夜目には十六七の娘に化けてまんまと男を欺す。大の酒喰ひで而も手癖が惡く、お客の枕金を掠《くす》ねて「島」の監獄へ送られた事もあつたとやら。寄席へ出る藝人と辻馬車の馭者をして居る黑奴二人までを色男にして居ると云ふので、仲間のものからは白人種の感情から一層嫌惡されて居る。 さて三番目のルイズと云ふのは頭髮も眼も黑い小肥《こぶとり》の巴里《パリー》娘《こ》で、年はかなりに成ると云ふが、本場の化粧法が上手な所爲《せゐ》か何時も若く見える。二年前、亞米利加は弗の國と聞いて情夫《をとこ》と一緖に出稼ぎに來たので、金になると云へば、何樣事でも平氣で男の玩弄物《おもちや》になる。其代り自分の懷では酒一本買つた事がないとて、此れも仲間から可くは云はれて居らぬ。

左側のヘイゼル。此れは英領カナダ生れの頑丈な大女で、鞠を入れた樣な其の胸から、逞しい二の腕や肩の樣子如何にも油ぎつて、傍近く寄ると肌の臭と身中の熱氣を感ずるかと思はれる。身體の割合に恐しく小い圓顏の口に締りもなく眼も銳からず、昔は牧場で牛の乳でも搾つて居た田舎者とも思はれて一同|好人物《おひとよし》だと馬鹿にして居るが、いざウイスキーに醉ふとなると、其の逞しい腕に恐れて、一同冷嘲半分に機嫌を取るのが例である。

最後のジヨゼフイン。これは姿も容色《きりやう》も家中での秀逸であらう。年もまだ二十を越したばかり。兩親は伊太利亞の獅子里島から移住して今でも東側の伊太利街で露店の八百屋をして居るとか。南歐美人の面影を偲ばせる下豐《しもぶくれ》の頰は桃色して、眼は黑い寶石のやうな潤んだ光澤を持ち、眉毛は長く描いたやう。十四五の時からイーストサイドの寄席や麥酒《ビーヤ》ガーデンなぞに出て流行歌を歌つて評判を取り、其の後は一時コーラスガールになつてブロードウヱーの芝居に出た事もあつたが、つい身を持崩して病氣にかゝり、大事の咽喉を潰して了つた。尤も病院を出た後は元の聲には成り得たが、もう怠惰癖がついて、漸次色の巷に身を下して了つたのだ。けれどもまだ浮世の底を見透す樣な苦勞と云ふ苦勞も知らず、同時に死んで見たいと思ふ程な情夫《まぶ》の味も覺えた事なく、唯だ〳〵綺麗な衣服を着て、若い男と巫山戲て居たい眞盛り、惡い事と云へば何でも面白い年頃なので、浮いた今の身は理想の境遇。寢て居る時と、物喰うて居る時の外は、夜晝の別なく、一時本職にした流行歌を歌ひつゞけ、さらずば可笑しくもない事をキヤツ〳〵と云つて笑ひ、家中狹しと步廻つて居る。 この五人、每日いづれか一度、物爭ひをせぬ事はない。が、暴風の過ぎるやうに、一時間も經つと何も彼も忘れて了つて又友逹になり、一緖に口を合して更に又他のものゝ陰口に日を送つて居る。

晚食はいつも極つたロースビーフか然らずばロースポークと馬鈴薯。クラムベリー、ソースにセレリー。其れが濟んでデザートに一片のパイかプツデングに紅茶の一杯。めい〳〵は部屋に戾つて長々とお化粧に取り掛つて夜の十時、内儀が家中の呼鈴を鳴らすと此れを合圖に一同は下の客間に下りて、來るべき客を待つ。流石商業國の女だけあつて此れから一夜を皆々|營業時間《ビジネスアワー》と云つて居る。 で、この刻限になると、家中五人の外に内儀と特約して每夜外から出張して來る女も四五人はあつて、つまり十人以上の人數が或者は白いウヱーストに襟飾した素人風、或者は夥しいレースの飾をつけた夜會服の裾長く、貴族の舞蹈會もよろしくと云ふ樣で、手に扇さへ持ち、各客間の彼方此方に陣取るのである。

十一時が過ぎて、近所の劇場《しばゐ》の閉場《はね》時《どき》、往來は一|時《しきり》、人の跫音、車の響、馭者の呼聲喧しく、やがて十二時が鳴つて寂《しん》とすると、これから一時二時頃までが、料理屋、倶樂部、玉突場歸りの連中の繰込む時分。今方何處かの商店員らしい三人連の若者をば、手癖の惡いブランチと佛蘭西生れのルイズと、夜だけ外から稼ぎに來るフロラと云つて、電車の車掌の女房で、もう二人の子持、亭主と相談づくで金儲をして居る其の女とが各二階三階の部屋へ連込んだが、すると其の後直樣戶口の鈴が再びチリン〳〵と鳴つた。 マリーと呼ぶ黑奴の下女が戶を開ける。半白の番頭らしい肥つた男と後には地方の商人らしい三人。金になる客と見て内儀自ら出迎へ表の客間へ通した。

番頭らしい男はいゝ年をして此れも友逹の義理だと云はぬばかり、いやに沈着きながら椅子に坐る前、一座の女供を見渡したが、早くも藝人上りの若いジヨゼフインの姿を見るや、こいつ堀出物と忽ち耻を忘れ、自ら進寄つて同じ長椅子に坐り、「どうだ、一ツ三鞭酒と行かうか。」と膝の上に女の手を引寄せる。

他の地方出の三人は客間へ這入るが否や、正面に掛けた基督敎徒迫害の大裸體畫―――意外な處に意外な宗敎畫を見出して膽を潰したらしく、一同並んで椅子に付きながら、美術館でも見物する樣子で少時は畫面を見詰めたまゝ默つて居る。その席に居た女は勿論、次の客間からも二人三人境の帷幕《カーテン》を片寄せて進み出で、各三人を取卷いて其の邊の椅子に着くと、黑奴がシヤンパンの大罎二本とコツプを持出して注ぎ廻る。 「さあ緣起に一杯………。」と白髮の番頭が第一に杯を上げ、一口飮んだコツプを其の儘ジヨゼフインの唇に押付けてグツと飮干させた。

内儀は杯《コツプ》を手にした儘佇立み三人の方を見て「何れかお氣に召しましたら。」と客の氣合を伺つたが三人とも少してれ[#「てれ」に傍点]氣味で唯ニヤニヤ笑つて居る………折から客間の外の廊下で「左樣なら、お近い中に。」と云ふ聲、接吻の響も聞えて二階のお客を送出した女。ブランチは鼻歌を歌ひ腰を振りルイズは後毛を氣にして撫でながら、フロラは態とらしく俯向いて客間へ這入つて來た。

二人は其の儘離れた片隅の椅子に着いたが、ブランチはお客と見るや、他の朋輩には遠慮もなく、猶も鼻歌を歌ひながら一人の客の傍に進み寄り、突然《だしぬけ》に其の膝の上に腰をかけ、 「御免なさい。」と目に情を含ませ指先に挿んだ卷煙草を一服して靜に男の顏に吹き付ける。

此の樣子に男は今がた一杯シヤンパンを引掛けた後の漸く元氣づいた處なので、片手に女の啣へた卷煙草を取つて一服し、同時に片手では其の膝から滑り落ちぬやうにと女の腰をば引抱へた。

此れを見て他の一人も今は躊躇せず、一番柔順しい女と見立てゝ金髮のイリスの方へ、まだ醉ひもせぬのに肩を寄せ掛ける。殘りの一人は誰れ彼れの選好みはせぬ貪欲ものと見え、右から左り左りから右と、一座の女の顏は見ずに、衣服の上からも推測される胸の形や夜會服の白い肩のあたりのみを打目戍つて、獨り賤しい空想に耽ける樣子。

此に於て一座の形勢已に定つたと見て、第一に席を去つたのは加奈陀生れの大女ヘーゼル、其の他のもの此れにつゞいて一人二人と幕越しなる次の客間へと引き退つたが、椅子に坐るとヘーゼルはさも憎く〳〵しく舌打して、「呆れて了ふぢや無いか、あの手長のブランチたら………後から遣つて來やがつて馴染でもないお客の膝に馬乗になつてデレ付くなんて、私ア眞個《ほんとう》に呆れ返つ了つたよ。」と云へば、其の傍に居た女が、 「何しろ、黑人《ニツガー》を情夫《いろ》にして居る恥知らずだもの………。」と相槌を打つ。

此樣な風で每夜お客の取り遣りから起る悶着が其の翌日迄も引續いて陰口の種となり、遂に噂された當人が聞込んで默つて居られず、口喧嘩に花を咲すが例である。

然し今の處は幸にも隣の噂は醉つた男の太い笑聲に打消されて聞えぬ最中。ブランチは男の膝の上に馬乗りになり絹の靴足袋をした兩足をブラ〳〵させ、兩手に男の肩を捕へて船《ボート》漕ぐ樣に前身を動し、 「もう二階に行きませう。」と短兵急に早く埒を明けて了はうと迫つた。 「時は金」の格言を身の守護《まもり》とする金の都の女供、短い時間に多くを得やうとすればべん〳〵と一人の男の心任せに大事の時間を潰すは大の禁物である。處が又内儀に取つては酒代は全部其の所得になるので、呑む客と見れば一分なりと客間に引止めて酒を賣らねば成らぬ。此に於て往々内儀と女供の間には利益の衝突を免れず………昨夜も私《わたい》の腕でシヤンパン五本も拔いて遣つた癖に唯た一週間宿賃が待てないんだとさ………抔云ふ不平は常に絕る時がない。

内儀は今二度目のシヤンパンを注いで廻つた後、座をつなぐ爲めにと自ら洋琴を彈き初め、 「ジヨゼフイン。一ツ何かお歌ひな。」と先刻から長椅子の上で半白の番頭を相手にして居た伊太利種のジヨゼフインを顧ると、舞娘《をどりツこ》上りのジヨゼフインは年も若く慾も少く、相手構ず騷ぐ性質《たち》とて自分から手を叩き、 I like your way and the things you say, I like the dimples you show when you smile, I like your manner and I like your style, ............I like your way! と聲一杯に歌ふと其れにつゞいて番頭も調子を合した。 ブランチは此の樣に稍焦れ込み、「私、もう醉つて苦しいわ。」と三十以上の婆の癖に鼻聲を作り、男の胸の上にピツタリ顏を押當てて大く息を付けば、金髮のイリスも此れに模《なら》ひ、 「二階へ行つてゆつくり話しませう、ね、ね。」と男の指を握つて引張る。

番頭この樣を見て、「いや其方の方ぢや、もう眞猫《しんねこ》をきめて居るんだな、内儀さん、其れぢや最う一本でお開きとするか。」 内儀得たりと洋琴から飛離れ、「マリー、早く。シヤンパンの御用だよ。」 流石のブランチも今は絕望して運を天に任すと云ふ風で、「大變な御元氣ですね。」と力なく云へば番頭一人で悅に入り葉卷の烟を濃く吹いて、 「酒に女にお金がありやア何時でも此の通り………ジヨゼフイン、最う一遍先刻の歌を聞して吳んな。」 I like your eyes, you are just my size, I'd like you to like me as much as you like, I like your way! 折柄又もや戶口のベルが鳴る。丁度最後のシヤンパンを持ち出したマリー、慌忙《あわ》てゝ御免下さいとお酌を内儀に任して廊下へ飛出した。 どや〳〵お客が次の客間へと這入る氣勢。つゞいて其の場に居た大女のヘイゼル、佛蘭西から來たルイズが可笑しな發音の英語………やがて皺枯れた男の聲で、「シヤンパンなんぞ拔く金は無えや。」と怒鳴るのが聞えた。

入れ替り立ち替り人の出入絕間なく、夜も旣に三時過ぎになつて一しきり客足が止つた。

女供一同流石每夜を明し馴れた眼も稍疲れ、知らず〳〵醉ふシヤンパンや麥酒やハイボールの混飮《ごたの》みに頭も重くなつて、元氣のジヨゼフインも今は流行歌唄ふ勇氣もなく、ピアノに片肱ついて生欠伸をし、ブランチは隅の方で下つて來る靴足袋を折々引上る振をしては其の中に揉込んだ紙幣《さつ》の胸算用をして居るらしい。 イリス、ヘーゼル、ルイズ、フロラ、皆々長椅子へ並んで坐り繡眼鳥《めじろ》が押合ふ樣に、互に肩と肩とを凭合せ、最う話の種噂の種も盡き果てた模樣。今は絕間なく喫す煙草にも飽きたらしく折々互に顏を見合せる。其の中には、「あゝ、お腹が空いた。」と云ふものもあるが、然し「それぢや何か買はうか。」と進んで發議するものは一人もない。

突然、呼鈴が家中の疲れを呼覺した。

元氣を付ける爲めか、マリーを待たずして、内儀自ら戶口に出ると高帽《シルクハツト》に毛裏付の外套白手袋に洋杖《ケーン》を持つた二人連、何處から見ても間違の無い交際場裡の紳士と云ふ扮裝《いでたち》に内儀は恭々しく先次の客間に案内し、「皆さんお客樣ですよ。」と呼ぶ。

大女のヘイゼル最初に立上り次の間に進入る前に女供の癖として物になりさうな客か否かと境の幕から盗見したが忽ち怪訝な顏をして後を振り返り、「シツ」と一同を制した。 「一件かい。」と一同は直に了解した樣子で顏を見合せる中進出でたのはブランチ、同じく幕の間から見透して、 「うむ、さうだよ。」と最う拔足して一同の傍に立戾り、「探偵だよ。夜會服《ドレツス》なんぞ着やがつて………内儀さんは氣が付かないのかね。私やアちやんと顏に見覺えがある。」 此の一言に流石は泥水を吸ふ女供、紐育の警察が月に一度は必ず酒類の脫稅販賣と夜業の現行犯を取押へる爲めに客に仕立てゝ探偵を入込す、このお灸には何れも一度や二度の經驗のないものはないので皆騷がず慌忙ず拔足差足、廊下《ホール》から地下室《ベーズメント》の食堂に逃れ出で或者は裏庭から隣の庭へと忍入り、或者はいざと云へば往來へ逃る用意で、地下室の戶口に佇立んだ。

内儀は二度まで一同を呼んだが誰も出て來ぬので此の社會は萬事悟が早く、さうかと腹で頷付きシヤンパンをと男が命ずるのを利用して、自ら大罎を取つて波々と注いだ後、「旦那、いけませんよ。御冗談なすつちや………。」と云ひながら靴足袋の間から二十弗紙幣二枚ばかりも掴出して、其の儘男のポケツトに揉込み、「罪ですよ。」と笑ふ。

此に於て探偵二人我意を得たと云ふ樣子で、「はゝゝゝは。此れも勤めぢや、其れぢや又近い中に………。」と立上つた。 「どうぞ、よろしく。」 妙な挨拶。内儀は漸く送出して戶をばつたり。其の儘客間の長椅子に酒樽を轉した樣にどしりと重い身體を落し、「あゝ、畜生奴ツ。」と大聲に怒鳴つた。

其れなり暫くの間家中は寂となつて物音を絕したが、軈てチリンチリンと頸に付けた鈴を鳴しながら飼犬のトム、幕の間から顏を出し心配さうに内儀の顏を打目戍る。續いて食堂から上つて來たブランチ、同じく客間を一寸差覗き、「内儀さん………。」と一聲。

然し内儀は最う落膽して返事をする勇氣もないらしい。 「内儀さん、それでも今夜はよく柔順しく歸つたねえ。」 「さうともね、」と内儀は稍腹立しく、「二十弗紙幣三四枚も掴ましたんだもの………。」 「二十弗三四枚………。」と敏捷いブランチ、必ず掛價を云つて居ると見て、態とらしく、「お氣の毒でしたね。」 この時どや〳〵と裏庭へ逃出した連中が、「おゝ寒い、凍死《こゞえし》ん了はア………。」と云罵りながらもう怖物なしと見て、客間へ駈入る。ブランチは意地惡く又も話を大袈裟に、 「内儀さんは二十弗紙幣七八枚も掴したんだとさ。」 「まア………。」と皆々内儀の顏を見た。

内儀は女供が同情と驚嘆の聲に一層いま〳〵しくなつたと見え、忽然椅子に凭れた半身をキツと起し、一同を見渡して、 「何も其樣に驚く事はないよ、五十年此方叩上て來た腕だアね。鳥渡一目見れア、此奴は五弗で默つて歸るか、十弗で目を潰るか………其の邊の見つもりはまだ〳〵お前さん逹は修行が肝腎さ。何しろ五十年と云ふ月日だよ。大統領ルーズベルトもマツキンレーもまだ鼻ツ垂しの時分からだ。」 「五十年………。」と誰かゞ繰返すと、他の一人が、 「其の時分にはカーネギーも一文なしの土方でせうね。」と訊く。 「さうだらうよ。私も其の時分には指環一ツ無しで暮したもんだ。」 一同返す語なく口を噤む。内儀は意氣昂然と身を反し、「全くの話さ。五十年前は指環一ツなし………。」と自ら過去の經歷を回想し、人生に打勝つた目下の成功に云ひ知れぬ得意を感じたらしく、しづ〳〵椅子から立上り女供を尻目に睨んで二階に上つて行つた。 で、その裾の音が聞えなくなるかならぬ中に、最う堪へ兼て、長椅子の上に轉つて笑ひ出したのは無邪氣のジヨゼフイン。 「大統領ルーズベルトも未だ鼻垂しの時分から………。」とブランチが口眞似をすると、ヘイゼルが、 「五十年前は指環一ツなし………。」 「ほゝゝほゝゝゝほ。」と一同は吹出して笑つた。

何處かの室で時計が鳴つた。車掌の女房フロラは聞澄して、「もう四時だ、今夜は緣起でもない。私やそろ〳〵歸らうよ。」と此れも外から稼ぎに來るジユリヤと云ふのを顧みた。 「さうだね。ぢやア行かう。」 二人は三階へ上り夜の裝束を脫捨てゝ外出《そとで》の小ざつぱりした風に着換へ、帽子を冠りベールから襟卷の仕度を濟して内儀が室の戶を鳥渡叩き、 「四時過ましたから歸りますよ、又明晚、さよなら。」 ばた〳〵駈下りて廊下の外から一同に、さよ――なら、と長く聲を曳いて往來へ出ると、出合頭に佛蘭西から一緖に手を引合つて稼ぎに來たルイズの情夫、自動車の運轉手をして居る奴が、 「今晚は。」と歐洲風の妙な手振で鳥打帽を取り、「ルイズは………。」と訊く。 「客間に居るよ。お樂みだね。」 夜明の五時近くからが情夫どもの繰込む時刻である。色男は其の儘石段を上つて戶口のベルを押した。 「おゝ寒い。」と態とらしく身を顫してフロラとジユリヤは六番通の方へと行き掛ける。もう十二月の半とて市中を馳る電車の響は岸打つ波の如くに消えつ起りつ絕間なく聞えながら、何處やら深い寂しさの身に浸みわたり、角の芝居小屋の間からひろ〴〵と見えるブロードウヱーの大通は初夜《よひ》の儘に明く照されながら、其の街燈の光は月よりも蒼く水よりも冷く見え、流石の大都も今が寂しい眞盛りである。

二人は云合した樣に身を摺寄せ、四五間も行掛けると例のコーラスガール抔が泊込むホテルの前、二三輛客待をして居る辻馬車の影から、 「今夜は大分早いぢや無えか。」と大きなパイプを啣へた一人の男が立現れた。ジユリヤは四邊の火影に見透して、 「おや、掛け違つて、久振だねえ。」 電車の車掌をして居るフロラの亭主である。每夜四時の交代に近所の停留場から制帽制服の儘何時でも此の邊で女房の歸りを待受けて居るのだ。フロラは輕く接吻して、「探偵《いぬ》が這入つたんで緣起でもないから、四時きつかりに切上て了つたんだよ。」 「さうか。でも可成出來た方か。」と恥を知らぬ亭主。女房も平然としたもので、 「さうだね。大した事もなかつたが、それでも皆なそれ〴〵忙しかつたよ、ねえ。」とジユリヤの方を見返ると、 「うむ。」と頷付き、「一番上手なのは矢張ブランチだね、私にや、然しあゝは行かないよ。」 「フロラ、お前も少し見習ふが可いぢやないか。」 「何だつて。よけいなお世話だ。」 「深切に云つて遣るんぢやねえか。」 「いゝよ。」とフロラは手にした暖手套《マツフ》で亭主の顏を打つ。 「はゝゝゝは。怒るない。」 六番通へ出て表戶の火は消して居るが内は夜通明いて居る酒場の前まで來た。ジユリヤの亭主は此の酒場の給仕人である。車掌夫婦は、「それぢや、あばよ。」と行掛けるのをジユリヤは呼止めて、「其樣に急《いそが》ないだつて可いぢやないか、時《たま》には私《わたい》の可愛い人の顏も見て遣るもんだよ。」 「ちげエねえ。」 ジユリヤが先に立つて車掌夫婦共々 Familiy Entrance と書いた目立たぬ裏手の戶を押して内へ這入つた。

冬の夜の明けるには猶間があらう。人通りの絕えた六番通の彼方から醉つて居るのか、或は寒氣をまぎらす爲めか、中音に歌つて來る男の聲……… ......I wish that I were with you, dear, to-night; For I'm lonesome and unhappy here without you, you can tell, dear, by the letter that I write. 突然、遠くから街を震動しつゝ襲來る高架鐵道の響。犬が何處かで吠出した。 (明治四十年四月)

ちやいなたうんの記

何うかすると、私は單に晴渡つた靑空の色を見た丈けでも自分ながら可笑しい程無量の幸福を感ずる事があるが、その反動としては何の理由何の原因もないのに、忽如《こつじよ》として闇の樣な絕望に打沈む事がある。 たとへば薄寒い雨の夕暮なぞ、ふと壁越に聞える人の話聲、猫の鳴く聲なぞが耳につくと、もう齒を喰ひ縛つて泣き度いやうな心地になり、突如《いきなり》、錐《きり》で心臟を突破つて自殺がして見たくなつたり、或は此の身をば何とも云へぬ恐しい惡德墮落の淵に投捨て見たいやうな、さま〴〵な暗黑極る空想に惱される。 かうなると、最う何も彼も顚倒して了つて、今まで世間も自分も美しいと信じて居たものが全く無意義に見えるばかりか厭はしく憎くなり、醜と云ひ惡と云はるゝものが、花や詩よりも更に美しく且つ神祕らしく思はれて來る。凡ての罪業惡行が一切の美德よりも偉大に有力に見え、眞心から其れをば讃美したくなる。

丁度世間の人が劇場や音樂會へでも行くやうに、私は夜が來ると云へば其の夜も星なく月なき眞の闇夜を希《こひねが》ひ、死人や、乞食や、行倒れや、何でもよい、さう云ふ醜いもの、悲しいもの、恐しいものゝあるらしく思はれる處をば、止みがたい熱情に驅られて夜を徹してゞも彷徨《さまよ》ひ步く。 されば紐育中の貧民窟と云ふ貧民窟、汚辱《をじよく》の土地と云ふ土地は大槪步き廻つたが、この恐るべき欲望を滿すには人の最も厭《い》み恐れるチヤイナタウンの裏屋ほど適當な處はないらしい。然しチヤイナタウン――其の裏面の長屋《テネメント》。こゝは乃《すなは》ち人間がもうあれ以上には墮落し得られぬ極點を見せた惡德汚辱疾病死の展覽場である……… 私はいつも地下鐵道に乗つて、ブルツクリン大橋《ブリツヂ》へ出る手前の小い停車場に下る、と、この四邊《あたり》は問屋だの倉庫續きの土地の事で日中の騷ぎが濟んだ後は人一人通らず、辻々の街頭の光に照されて漸く闇を逃れて居る夜の空には、窓も屋根もない箱の樣な建物が高く立つて居るばかり。中部ブロードウヱーの賑かな夜ばかりを見た人の眼には、紐育中にも此樣《こんな》淋しい處があるかと驚かれるであらう。路傍には貨物を取出した空箱が山をなし、馬を引放した荷馬車が幾輛となく置捨てゝある。其の間を行盡すと其處がもう貧民窟の一部たる伊太利亞の移民街で、左手にベンチの並んで居る廣い空地を望み、右手は屋根の歪んだ小家續き、凸凹した敷石道を步み、だらだら坂を上れば、忽ちプンと厭な臭氣《にほひ》のする處、乃ちチヤイナタウンの本通りに出たのである。

街は彼方に高架鐵道の線路の見える表通りから這入つて、家續きに迂曲《うきよく》して二條に分れ、再び元の表通りへと出て居る誠に狹い一區劃ではあるが、初めて入つた人の眼には、凸凹した狹い敷石道の迂曲する工合が、行先き知れず、如何にも氣味惡く見えるに違ひない。家屋は皆な米國風の煉瓦造りであるが、立並ぶ料理屋、雜貨店、靑物店など、その戶口每に下げてある種々の金看板、提灯、燈籠、朱唐紙《べにたうし》の張札が、出入や高低《たかびく》の亂れた家並の汚なさと古さと共に、暗然たる調和をなし、全體の光景をば誠に能く憂鬱に支那化さして居る。

夜になつて、橫町の端れから支那芝居の喧《かしま》しい銅鑼鐘《どらがね》の響が聞え、料理屋の燈籠には一齋に灯がつくと、日中は遠く市中の各處に勞働して居た支那人も追々に寄集つて來て、各自《てんで》に長煙管を啣へながら、路傍で富籤や賭博の話に熱中して居る。其の樣子が西洋人には如何にも不思議に思はれると見えて、何事にも素早い山師が CHINA TOWN BY NIGHT――なぞと大袈裟な幟《のぼり》を立て、見物のオートモビルに好奇の男女を載せ、遠い上町から案内して來るもあり、又は立派な馬車でブロードウヱー邊の女郞を引連れ、珍し半分、支那料理屋で夜を更かさうと云ふ連中もある……… 然し要するに、此れはチヤイナタウンの表面に過ぎぬ。一度料理屋なり商店なり、其れ等の建物の間を潜つて裏へ拔けると、何れも石を敷いた狹い空地《ヤード》を取圍んで、四五階造りの建物が、其の窓々には汚い洗濯物を下げた儘、塀の如くに突立つて居る。

私が夜晚く忍び行く所はこの建物―――其の内部は蜂の巢のやうに分れて居る裏長屋である。