Part 2
千九百四年の夏、聖路易市《セントルイスし》に開始された萬國博覽會を見物するのに、私には望んでも得られぬ程な好い案内者があつた。 それはS――と呼ぶアメリカ人で去年《さるとし》市俄古《シカゴ》の町端れの同じ下宿に泊り合した事から、懇意になつた畫家であるが、今度の博覽會にはその作をも出品して居ると云ふ上に、去る頃から丁度セント、ルイスに程遠からぬミズリ州のハイランドと云ふ田舎に住んで居つたので、私はその男に電報を打つて置いた後、やがて北方のミシガン州から汽車で十五六時間の旅路―――途中の景色と云へば米國大陸の常として唯廣漠たる玉蜀黍の畠と、折々は家畜が水を飮んで居る小川の邊や二三軒百姓家が立つて居る岡の上なぞに、果樹園らしい樹の茂りを見るばかり。それでも私は唯一人でいろ〳〵と愉快な空想に左程|倦《う》み勞《つか》れもせずイリノイス州を橫斷し盡すと、もうイースト、セント、ルイスの町からミスシツピーの大河に架けられたイーヅ、ブリツヂと云ふ有名な橋をも後にした。
汽車の窓から河向うにセント、ルイス市の街端れの屋根が見え出す頃になると、北米新大陸の諸所方々から此の中部の都會を終點として集り來る鐵道の線路は蜘蛛の巢を見るが如く、到底《とても》その數を讀む事は出來ない位である。砂塵と石炭の烟が渦卷いて居る中に種々雜多な物音が一ツになつて唸るやうに湧返つて居る停車場の敷地へ這入ると、山のやうな大きな機關車が幾輛ともなく黑烟を吐いて行きつ戾りつして居る。其間をば此れは東部の方へ出發するのであらう二列の汽車が相前後しつゝ、我々の列車と擦れ違つたかと思ふと、向うの端の線路には、又我々と同じ方向に進んで行くのもある。諸有《あらゆ》る米國鐵道會社の列車は此の中央大停車場のプラツトフオームに並んで着するのである。
私は列車を下りて群衆と共に長いプラツトフオームを行き盡し、高い鐵柵の戶口を出ると、其處は高い屋根、下はセメント敷の廣場に、男女の帽子は海をなして居る。私を出迎ひに來てくれた彼のS氏はかう云ふ混雜には能く馴れて居るアメリカ人の事とて、早くも私の姿を見付けて駆け寄り、「How do you do」と元氣の可い聲で私の手を握つた。
私は挨拶などは扨《さ》て置いて直樣如何云ふ作を出品したのかときくと、彼は如何にも滿足したやうにサンキユーを二度も繰返したが、其れは後の樂みにゆつくり話さうから何れにしても彼の住んで居るハイランドまで來るがよい。市中の旅館《ホテル》は此の暑さに加へて上を下への混雜。とても居られたものでは無いと云ふ。私は導かれる儘に宏大な石造りの停車場を出で、照り輝く夏の日光に馬車《くるま》や人が押合つてゐる往來をば二丁程步いて行くと、S――氏は、 「あの靑く塗つてある電車《カー》に乗るのだ。一時間ばかりでハイランドの僕の家の向う角で止る。」と云ひながら、軈て行過ぎる一輛の電車に乗り、セント、ルイスの賑やかな街を離れた。
汚い小屋と居酒屋《サルーン》や木賃宿《ロツヂング》なぞが大きな煉瓦造りの製造場と入り亂れて居る街端れを通り過すと、靑々した野草の上に繁り合ふ楓と檞の林が、電車道の兩側に現れて、行けども〳〵更に盡る時がない。重合つた細い木の葉に射し込む日の光と、折々枝の間から透いて見える靑空の色の美しさは何ともいひやうの無いほどである。飜つてかのカスケード山ロツキー山或は北米の西北岸一帶の地を占領して居る暗黑な濕つた大深林が唯人をして恐怖の念のみを起させる事を思出すと、此のミゾリ州の林は實に何と云ふ優しい愛嬌を持つて居るのであらう。
私は此の林を愛すると叫ぶと、S――氏は嬉しさうな顏をして、「僕の住んで居る處は恁う云ふ楓樹の林の中に立つて居る小な村で、靑々とした草とリボンの樣な水の流、何時も靑い空、此れより外には何にも無い所だ。然し私の宿つて居る家の女房《おかみ》さんはいゝ牝牛と羊を飼つて居るから手製の甘いクリームを御馳走しやう。」と云ひながら鳥渡時計を引出して見て、「もう直きだ。此れからカークウツドと云ふ林の間に村がある。それを一ツ通り越しさへすればすぐハイランドなんだから。」 云ふ中に大方その村の事であらう。矢張靑々とした樹の間に、石造の大きな寺院が聳えて居る人家の間を過ぎて、道は緩《ゆるやか》に上つたり下つたり。暫くするとS――氏は私の肩を叩いて、「此處だ此處だ。」と云ふ。
下りて見ると、成程|藍色《あゐいろ》の空と靑い木の葉を眺めるばかりの靜な村である。セント、ルイスを始め繁華な市街では百度以上の激しい暑さも、此處は木の葉に囁く風の涼しさ。林を越して見晴す牧場の方では夏の午後をばさも懶氣《ものうげ》に鳴く牛の聲が聞え、近く人家の裏畠では鷄が鳴いてゐる。先刻一時間前に通過ぎたセント、ルイス市中の喧騷を思起すと夢のやうな心地である。 「博覽會《フエーヤー》へ行くのには少し遠いが、然し電車に乗れば四十分ばかりで行ける。僕と一諸に此邊に宿を取る事にしては…………。」 S――氏が此う云ふのに何で私は反對しやう。丁度此邊の村では市中《まち》からの避暑客、殊に今年は博覽會の見物人をも目當に何れの百姓家でも一番綺麗な室をば貸間にと準備して居るので、私はS――氏の室借りをして居る家から一軒置いて隣りへ逗留する事とした。 その翌日からは早速博覽會の見物である。先づ第一にS――氏の出品を訪はねばならぬ。
私は彼と共に電車で博覽會の裏門に着し、林の間を潜り拔けると直樣三棟に分れて居る美術館に逹する。中央の一棟が合衆國の出品陳列場で此の中に彼の作品も陳列されて居ると云ふ。私は直樣その場への案内を賴むと、彼は先に立つて陳列室を幾室も素通りした後、やがて稍狹く細長い一室に這入つて、鳥渡立止りながら此方を振向き、 「あれです。」と西側の壁に掛けてある一面の裸體畫を指した。
埃及《エジプト》か亞剌比亞《アラビヤ》あたりの女をモデルに爲たのであらう、頭髮と眼の黑い肥えた女が、長椅子の上に仰向きに橫はり、僅に顏だけを此方に揉《ね》ぢ向け、其の手には半分ほどになつた葡萄酒の杯を持つて居る。洞然《ぱつちり》とした大きな黑い眼は陶然たる微醉に早や瞼も重たげになつて居ながら猶何物をか見詰めて居るらしく云ふに云はれぬ表情を示して居る。S――氏は暫く無言で自作の裸美人に對して居たが、やがて、 「私の一番苦心したのは無論この微醉《ほろゑひ》の眼だが、然し其れよりも猶苦心したわりに餘り人が注意して吳れないのは有色人種の皮膚の色だ。私の心では酒の暖氣《あたゝかみ》が全身に漲り渡ると共に有りと諸有る血管中には所謂暖國の情熱が湧起つて來る―――其の意味を私は眼の表情よりは寧ろ燈火の光を浴びた此の皮膚の色で現したつもりなんだが、如何です、さう見えませんか。」 私は何れとも答へられずに猶無言で見入つて居ると、彼は直ぐ言葉を續けた。 「尤も此う云ふ題目は美術の中に這入るべきもので無いかも知れん。私は以前懇意だつた佛蘭西人の實驗からふと此う云ふ作品を試みやうと云ふ考へを起した………。」 猶語り續けやうとしたのであるが、此の時室の中には五六人の女連が高聲に話し合ひながら這入つて來たので、彼は鳥渡その方を振向きながら、 「どうです。そろ〳〵見て步きませう………參考品の陳列場にはミレーやコローを始め英佛の大家の作も少しは集めてあります。」 我々は其の方へと步いて行つた。遂に中央館の出品も大槪は見了つたので、今度は東側の建物に這入り、此處に陳列せられた英吉利《イギリス》、獨逸《ドイツ》、和蘭《オランダ》、瑞典《スヰデン》なぞの出品を見步いて居ると、時間の經つのは驚くばかり早く、閉場時間の六時も間近くなつたので、西側の建物に陳列せられた佛蘭西、白耳義《ベルギー》、墺太利《オーストリヤ》、伊太利、葡萄牙《ポルトガル》、日本なぞの出品は他日に讓る事として、我々は群衆と共に東側の美術館を出で、正面に廣い三條の階段と大な水盤から漲《みなぎり》落つる瀑布をひかへた大音樂堂の下の腰掛に勞れきつた腰を下した。
此處は周圍七哩以上もある會場中最も壯觀を極むる處である。遙か彼方の正門から、高い記念碑と幾多の彫像の立つて居る廣場を望み、宏壯な各部の建物が城のやうに並び立つて居る間に湖水とも見ゆる廣い池が、我々の頭上に聳ゆる高い水盤から、階段の間を流れ流れて落ち込む瀑布の水を受け、凄じい噴水の周圍に種々の小舟や畫舫《ゴンドラ》を浮べて居る樣まで、一目に見下されるのである。 やがて夕日は場内の何處かで打出す鐘の音と共に後方の森に沈み盡すと、望む限りの眞白い建物は一樣に靑く赤く取り〴〵のイルミネーションに飾られる。すると蒼白い空の下に立並んで居る無數の裸體像は燈火の光を浴びて、階段の周圍や各館の屋根の上から、今しも其の眠りより覺め、彼方此方で奏し出す折からの音樂《バンド》につれて、浮き出して踊るが如くに思はれた。 S――氏は口の中で頻と嚙煙草を嚙み碎きながら、階段を上つて來る群衆の姿をば一人〳〵眺めやる中にも、殊に若い綺麗な婦人《をんな》が通り過ぎると、獨りで頷付いては其の後姿までを精密に見送つて居る。 「モデルになる樣なのがありますかね。」と訊くと、彼は噛煙草の唾をば無遠慮に吐き捨てながら、 「滅多に有るものぢや無い。然しモデルにはならないまでも、兎に角肉付の可い若い女を見るのは非常に愉快なものだ。此の愉快は我々が神樣から授與《さづか》つた大特權の一つなんだから、我々男性は一生を女の硏究に委ねる義務があるです。其處へ行くと流石は佛蘭西人ですね、私の極く懇意な友逹に、佛蘭西から出張して居た新聞記者があつたが、その男は一體男性の身體は女性からして、何れだけの愉快を感得する事が出來るものかと云ふ硏究の爲めに、到頭中途で若死をして了つたのですよ。身を犧牲にしました。もう餘程以前の事ですがね、私は此の男の實驗談の一つを、どうかして、何時か一度自分の作品に現して見たいと思つて居たが、漸く今度あゝ云ふものを描いて見たのです。畫題をお話しましたかね。微醉の裸美人………あれは『夢の前の一瞬間』と云ふ題ですよ。」 私は云ひ置く事を忘れたが此のS――氏は非常な佛蘭西好きの男である。然し未だ佛蘭西へ行つたこともなし、その國語も其れ程深く知つては居ないが、彼は一世紀程前に新大陸に移住した純粹の佛蘭西人の血統を受け、殊に其の祖父なる人が佛蘭西から來た女優と結婚したと云ふことを以て、彼は確に美術家たるべき血液を持つて居ると信じて居る。そして意志の强い、頭腦の餘りに明瞭な亞米利加人は、決して美術に成功すべきものでは無いと獨斷して居るのである。
彼は噛煙草を吐きすてゝ、今度は葉卷《シガー》を取りだし、私にも一本差出して、 「あの男の硏究は我々には實に價値あるものでした。モツシユー、マンテローと云ふ男でしたがね、亞米利加へ來た當座は此樣殺風景な國には到底居られたものではない。意氣な作りの女なぞはさて置き鼻の突尖ツた猶太人と唇の厚い黑坊《くろんぼ》ばかりで、晚餐《デンナー》一ツ心持よく食へる處もないなぞと頻に不平を云つて居ましたが、その中に不思議も不思議、黑人の血が交つて居る雜種の婦人に熱中し始めたです。
如何した原因《いはれ》かと云ふと、或晚町の料理屋《レストラント》で夕飯を濟した後、一人ぶら〳〵散步して居る中ふと汚い小芝居の前を通り過ぎた。入口には彩色した種々の看板や寫眞が出て居る中で、一人小肥りの婦人が片足を高く差上ながら踊つて居る畫があつた。此樣畫は本場の佛蘭西では鳥渡往來へ出さへすれば、一時間の中に何百枚何千枚眼にするか知れない。だからマンテロー君は無論深い注意を拂ひはしなかつたが、然し其の儘通過ぎもせず、切符を買つて内へ這入つたです。 アメリカの街には何處にでもある寄席《ボードビル》で、輕業、道化踊り、種々な樂器の曲弾《きよくびき》なぞ、軈て其れ等が濟むと、表の看板に出してある其の主人公であらう。大分黑人の血が交つて居る一人の女が短く切つた頭髮を眞中から分け半身を現はした裾の短い衣裳を着け舞臺へ駈出るや否や盛に踊り初めたです。然し彼の眼には何の珍しい事もない。忽ち咽喉許へ込上げて來る叭《あくび》を漸と呑込んで居たものゝ、まさか外の方を向いて居る譯には行かないので、據所ないやうに茫然と舞臺の方を眺めて居たが、する中に彼は不圖、黑人の娘の特徵とも云ふべきでツぷり[#「でツぷり」に傍点]した肉付の如何にも豐であるのに氣が付き、續いて一體白人の女の肉付とは何う云ふ點が違つて居るのか知ら。いままでは別に注意して居なかつたが之れは硏究すべき重大の問題であらう………と次第に其の方へ氣を奪はれて來ると、舞臺の女は踊りの一段每に、鳥渡身體を休める度々、大きな黑い眼に情を持たせて、見物人の方を眺めるのが、又もや彼の新しい注意を引いた。あの眼付はどうも我々文明の人間の眼付でない。動物の眼付だ。馴れた家畜が主人に食物を請求《ねだ》る時の眼付である、と思ふと、マンテロー君は好奇心を押へる事が出來なくなつて來た………否此う云ふ好奇心は强ひても呼起さうとする彼の事とて、其れから三晚ばかりは每夜その寄席へ行き續けると、何の譯もない話。互に最初の握手をしてから一時間と經ぬ中もう馴れ〳〵しく腕を組んで、一諸に女の宿つて居る家へと遊びに行つたのです。
彼は此處で容易く此う云ふ事を發見しました。此の雜種の婦人は文明國の婦人の樣に種々技巧的な身振や樣子、又は思はせぶりな談話の中に餘韻を殘して男の心を飜弄し、而して自ら愉快とするやうな望みは少しも持つて居なかつたが、其の代りに、身體中の神經が感じ得られる愉快は餘す處なく睫毛の細かい戰ぎから微妙な指の先の働きに至るまで、出來得る限り强い愉快を感じやうと企てゝ居ることでした。
其の晚は丁度寒い冬の事で、彼女は其の室をばすつかり[#「すつかり」に傍点]と閉め切り、火をドン〳〵焚きます。そして其の傍近く天鵞絨張《びろうどばり》の柔い長椅子を引寄せ、男と二人で長々と身體を延ばし、先づ第一に靴と足袋を取つて了つた素足の指先から足の裏を暖め、次には後頭部《あたま》を抱へる樣に兩手を後に組み、身體の全體が段々に暖められるに連れて、幾度か欠伸《のび》をする樣に力を入れて、彼方此方に身體を捻つて見、此れで最う充分に全身の筋肉が柔くなつたと思ふと、最後に最う一度、手の先から足の指までに滿身の力を籠めて見る。それからホツとばかり大きな息を吐くと共に、忽ちグツタリとなつて男の上に半身を投倒し、さて徐々と極く香の强い土耳古《トルコ》煙草を燻しつゝ、その靑い烟が、薄紅な火筒《ほや》を掛けた燈火の影に、動きもやらず棚曳く樣を、餘念もなく打眺めるのです。
已にして、彼女は男と二人して一二本の卷煙草をも喫み了ると、今度は、彼女の身にとつては寶石よりも尊い三鞭酒《シヤンパン》をば、一杯グツと飮み干す。すると忽ち、銘酒の暖氣は身體の中から、煖爐の火は其の外部から、一時に彼女が全身の血潮を、出來得る限りまで激しく湧返らして了ふので、彼女は最う瞼も重氣に、半ば其の眼を開くのさへ退儀らしく、而もぢつと男の姿から四邊の室中を眺め遣る。然し其れも僅の間で、彼女は身中の骨々がすつかり拔けて了つたと云ふ樣に、だらりと其の片手を長椅子の上から、床の上に投落したまゝ、うと〳〵と夢に入るのですが、此の夢に入る瞬間は、乃ち彼女が此の現世の上の天國と信じた處です。 マンテロー君は此の珍奇な發見に對して大に滿足する所があつたのでせう。三月ばかりの間は一晚とても缺した事なく其の室を訪れて居ましたが、然し此う云ふ男の常としてふいと氣候が變り出すと同時に、何か知ら他に變つたものが見たくなつて來たのです。で、彼女を見るのも、いよ〳〵今夜ぎりで止めて了はうと決心したばかりでは無い、彼は明瞭《はつきり》と彼女に向つて、 「當分の中仕事が急しいから遊びには來られない。」 と云ひ置いて歸つて來たが、さて翌日の夜になつて每も晚餐を準へる料理屋まで行つて見ると街の燈火に行きかふ婦人の姿が晝間よりは更に風情あり氣に見られる。彼は唯有《とあ》る四辻の角に佇んで居た。すると忽ち今迄覺えた事の無い、妙に氣が急くやうな心持がして、何處と云ふ目的《あて》もなく頻と早足に步き出したが、やがて不圖心付いて見ると、此は如何に、何時の間にか彼の女の宿つて居る家の前に來て居るのです。
恁うなつては今更引返す譯にも行かない。其の儘女の室の戶を叩くと出迎へた彼女はもう今夜ぎり來られないと云つた彼の言葉に對して、少しは驚くか或は喜びでもするかと思ひの外、平素《いつも》の通りに直樣例の二人して坐る長椅子へと、男の手を取つて連れて行く。其の樣子は如何しても最前からチヤンと彼の來るのを知り拔いて居たものとしか思はれ無い。 さてこそ前夜もう來られないと云つた時別に殘り惜しいと云ふ樣子もせず如何にも沈着《おちつ》いた風で、「はい、さうですか。」と答へたのだ。其の時已に自分が此處へ來べきものたる事を知り拔いて居たのだと思ふと、彼は譯もなく無暗と空怖しくなつて一層室から飛出さうかと危く腰掛から立上らうとした途端、女は彼の手を握るや否や重い半身を彼の膝の上に投掛けました。
女の身體の熱い事まるで燃える火のやうです。彼はその熱度をば握り締められた手で直接に一分間とは感ぜぬ中に、其の胸は忽ち息苦しい程|喘《はず》んで來るばかりか、己れの身體中の熱度まで、次第〳〵に女の方へ吸取られて了ふやうな心持がする。その時女は其の大な眞黑《まつくろ》な瞳子《ひとみ》を定めてぢーツと彼の顏を見入りながら、 「今夜ぎりお出でになら無いんですか。」と極めて沈着いた聲で云ひましたが彼はもう答へる氣力が有りません。 ぢーツと見詰めた其の眼には明かに、お前は如何に逃げやうと急つても私が一度見込んだからには何處までもお前を自由にせずには置かないのだから………と云ふやうに思はれ、彼は全身を通じて顫を感ずると共に、もう何樣事をしても駄目である。自分は此の女の餌《ゑじき》である―――鼠が猫の前に出たやうな或は狼の前に子羊が立ちすくんだやうな果敢ない犧牲《いけにへ》の覺悟が、我知らず心の底に起つて來るのでした。
哀むべし。マンテロー君は最初の中こそ、自分は男である、主人であると云ふ自信を持つて、彼女をば馴れた柔順な家畜として愛し戲れて居たのですが、何時の間にやら、知らず〳〵、彼女の身體を包んで居る怪しい見えざる力の下に壓せられて、それから脫する事が出來ないものとなつて了つた。此う云ふ話は貴君も已に御存じかも知れない、波斯《ペルシヤ》や土耳古なぞの昔話に動物が若い綺麗な妃を見込んで到頭それを取殺して了つたなぞと云ふ事もある。して見ると此の佛蘭西の紳士も人間よりは動物の血を澤山に持つて居る黑人の娘にすつかり[#「すつかり」に傍点]見込まれて了つたとでも云ふのでせう。
彼は如何かして彼女から遠かりたいと絕えず悶えて居ながら、依然として其の傍へ引寄せられて居る中、さうです、一年ばかり過ぎた後の事でせう。非常に健康を害して米國の寒い冬を避ける爲め一先佛蘭西へ歸り、伊太利の暖地へ行きましたが、不圖砂漠の風が持つて來る熱病にかゝつたので、衰弱しきつて居た身體では到底たまりません。到頭其處で死んで了ひました。」 S――氏は語り了ると共に微笑みながら私の顏を眺めて、 「君は如何思ひます、マンテロー君は軍人が戰爭で死ぬと同じく、己の好む道に斃《たふ》れたのですから、私は彼を悲しむと共に賞讃しますよ。もう大分晚くなりました。今夜は彼の主義にならつて舌の神經が感じ得られる限りの美《うま》い肉美い酒を味はうぢや有りませんか。何處の料理屋が可いか知ら。まアそろ〳〵下りて見ませう………。」 S――氏は久しく腰を下した腰掛《ベンチ》から立上つたので、私もそれに續いて、とも〴〵に廣い階段を一段々々大な裸體像の並んだ下を降りて行つた。
夏の夜の涼しさに池の邊や廣場の木影には幾組の男女その數を知らず、今やイルミネーシヨンに耀き渡る不夜城は諸有る音樂と諸有る歓喜の人聲に湧返つて居る最中である………。
長髮
春來れば花咲き鳥歌ふ田園とは事變り、石と鐵、煉瓦とアスフアルトで築き上られた紐育では、帽子屋《ミリナリー》の硝子戶に新形の女帽が陳列せられるのを見て人は僅に春の近きを知るのである。
風の吹く三月は過ぎ折々|驟雨《ゆふだち》の降り來る四月、其の昇天祭が更衣《ころもがへ》の日と云ふ例になつて居るので、よしや順ならぬ時候の少し位寒い事は有つても、この日を遲しと待つて居る氣早い紐育の女連中は飾りの多い冬着を捨てゝ、洒々《しや〳〵》たる薄衣の裾輕く意氣揚々と馬車自動車を走らせる。
自分は色彩の變化に富む此の國の流行を喜ぶ一人なので、晴れた日を幸ひに出盛る人々を眺めやうと、午後《ひるすぎ》の三時頃|第五大通《フイフスアベニユー》から中央公園《セントラルパーク》の並樹道を步いて見た。幾輛とも數限りなく引續く馬車や自動車の長閑《のどか》な春の日光を浴びつゝ徐《おもむろ》に動き行くさま、繪に見る巴里のボア、ド、ブーロンユの午後《ひるすぎ》も實《げ》に此くやとばかり。
並樹道の兩側に据付けたベンチには此の豪奢の有樣をば見物の人々列をなす中には自分も軈て席を占め、一輛々々と過行く車の主を眺めて、そが流行の選擇嗜好の善惡《よしあし》に一人盡きせぬ批評を試みて居た。 する中、遠くの彼方から四つの車輪と御者の衣服《きもの》から帽子までをば一齊に濃い藍色にした一輛の車が靑々した木蔭を縫つて進んで來る。
他所《よそ》ならばいざ知らず、此の華美な藍色が晴れた春の靑空と明い深綠の色に調和して誠に好く人の目を惹くので、自分はその近付くを待ち車の主こそは如何なる人かと眺めると、帽子を飾る駝鳥の毛をば同じ藍色に染めそれに釣合ふ華美な衣裳―――然し年は左程若からぬ一婦人で、其の傍に相乗したのは何處の國民とも知れず、眞黑な頭髪を宛ら十八世紀の人の如く肩まで垂し、短い赤い口髯にリボン付の鼻眼鏡を掛けた若紳士である。
居並ぶ腰掛の人々は何れも奇異の思に驅られたらしく、「あの男は一體何處の國の人だらう。」 「メキシコ人ぢや有るまいか。」 「あの眞黑な毛の色合はどうしても西班牙《スペイン》の種だから大方南亞米利加からでも來た人だらう。」 と云合ふ者もあつた。
車は馭者の打振る鞭の下に近く眼の前を行過ぎて、直樣後から引續く車と車の間に隱れて了つた。
見物の人々の話題《はなし》も轉々窮りなき目前の有樣につれて次から次へと移り行くのであつたが、自分ばかりは最一度あの藍色の車を見たいと、その行過ぎた大路の彼方を見送つたまゝであつた。かの黑い頭髮の紳士と云ふは最初一寸見た瞬間こそ、自分の眼にも等しく異樣に思はれたものゝ、間近く目前を行過ぎる中によく〳〵見れば如何に風采を粧ふとも、爭はれぬは眉と眼の間の表情で分明に自分と同人種の日本人たる事を證明して居たからである。 そも如何なる日本人であらう。車を共にして居た金髮《ブロンド》の婦人は其の妻であらうか。或は單に親しい友逹と云ふに過ぎぬか知ら。
幸ひにも一週日ならずして自分はこの抑へ切れぬ好奇心を滿足させる事が出來た。それは或處で去頃コロンビヤ大學を卒業し今では紐育の或新聞社に關係して居る日本人の一友に出遇ひいろ〳〵雜談の末に、何氣なく其の事を話すと、彼の友はさも豫期して居たと云はぬばかりの語調で、 「さうでしたか、あの男を御覽になつたのですか、全く鳥渡見には日本人とは見えますまい。」 「如何云ふ人ですか、御存じですか。」 「よく知つてゐます。丁度私と一緖の船でアメリカへ來たのですし、其後私がコロンビヤ大學に這入りました時も矢張一緖になりましたから………。」 自分は次の樣な物語を聞いた。
かの男、その名を藤ケ崎國雄と云ひ資產ある伯爵家の長男です。米國に留學してコロンビヤ大學に這入りましたが、然し敎場へ出るのは、ほん[#「ほん」に傍点]の義理一遍で、米國の華美な自由な男女學生間の交際を專門に、春はピクニツクや馬乗、冬は舞蹈や氷滑りと、遊ぶ事のみに日を送つて居たのです。
一年二年と過ぎ三年目の夏休みが來た。私は學費を充分に有たぬ身分故、夏休中に講師某博士の家の藏書畫を整理して幾何の報酬を得る事にしたが、さう云ふ必要のない國雄は北米大陸の瑞西《スヰス》とも云ふべきコロラド山中の溫泉場から世界七勝の一に數へられてあるイエロー、ストーン、パークを見物にと出掛けて行きました。
間もなく秋になり大學は再び開始され學生は四方から歸つて來たが、國雄は何處へ行つたのやら音沙汰が無い。
私は想像した。國雄はもう學校が厭になつて了つたに違ひない。彼の性質としては其れも無理はない。讀書する事よりは遊ぶ事が好き―――遊ぶと云ふよりは寧ろ安逸無為に時間を消費する事が好きな男である。私は日頃彼が其の居室の長椅子もしくは木蔭の靑芝の上に身を安樂に橫たへ葉卷の烟をゆつたりと燻《くゆら》しながら、何を考へるともなく、何を爲すともなく、悠然空行く雲を眺めて居るのを見る時、あゝ、此の世に此樣怠惰な人間があらうかと思ふ事が度々でした。
忠告しても無論|效《かひ》は無いと思つたが又何樣|機會《はずみ》で復校する氣になるかも知れないと、私は誠實な手紙をば二通ほど、然し旅行から歸つて來たのやら來ぬのやら居處が不明なので、止むを得ず夏休前の寓居に宛てゝ郵送しました。
併し一向に返事がないので、私は稍失望しつゝも或日の夕方散步がてらに其の家を訪問すると、出て來た宿の主婦から國雄は二週間ほど以前に、一先歸つて來るや否や、直樣公園西町の○○番地へ轉居したとの話に力を得て、早速その番地をたよりにして行くとセントラル、パークに面した十階ほどの高いアツパートメント、ハウスに行き當つたです。
私は紫色の制服《ユニホーム》に金釦を輝かした黑奴の門番《ポルター》に訊くと、日本の紳士は八階目の室に居るとの事で、昇降機《エレベーター》に乗つて其の戶口の鈴を押して見た。
廣い建物の事とて外の物音は一切遮られ、廊下の空氣は大伽藍の内部のやうに冷に沈靜して居るので、私の押した鈴の音が遠く室の彼方で鳴響いてゐるのが能く聞取れます。稍暫く取次を待つて居たが一向人の出て來る氣勢《けはひ》もない。此の度は稍長い間ベルを押試みるとやがて靜な跫音が聞え一人の婦人が其の顏ばかりを見せるやうに戶を細目に開けた。
私は帽を脫つて丁寧に禮をなし、「藤ケ崎と云ふ日本人に面會したいのですが………。」 すると婦人は私を客間《パーロー》へと案内してくれたが、狹い廊下を行く時何か氣遣し氣に見て見ぬやうに私の顏を窺見《ぬすみゝ》しました。
婦人はさうです………年頃はもう二十七八かとも思はれます。括《くゝ》り頤の圓い顏で、睫毛の長いパツチリした碧の眼には西洋婦人の常として云はれぬ表情があるが、ブロンドの頭髮をば極く緩かに今にも其の肩の上に崩落るかとばかり後で束ねたのと、豐艶《ふくやか》な肩と腕とが見える室内用の寛《ゆる》いアフターヌーン、ガウンを着た爲めであらうか、その姿は私の眼には厭らしく艶《なまめ》かしく見えた。
案内された客間に一人殘されて私は國雄の來るのを待つて居ると、隣の室で大方國雄に語るらしい婦人の聲が聞えた。やがて戶をあけて、「どうも失禮しました。」と國雄は一寸私の顏を見て何か氣まづさうに俯向いた。私は極く無頓着な調子で、 「さぞ御愉快でしたらう旅行は………。時に如何です、學校の方は。」 「ア、學校ですか。つい行きそびれて了ひました。もう止めです。」 「今お止めになつちや惜しいものです。もう後一年か二年も敎場にさへ出て居れば兎に角學位ぐらゐは取れるぢやありませんか。」 「私も此れなり退學して了ふ心ぢやないのですが、つい朝………つい朝晚くなつて了ふものですから………。」 私は云ふべき語を失つて其儘默つた。薄い霞のやうなレースカーテンを引いた窓越には公園の黃み掛けた木立に午後の日光が靜かにさしてゐる。忽ち隣の室で如何にも徒然らしく洋琴《ピヤノ》の彈ずると云ふよりはたゞ鍵《キー》を弄ぶ響が聞えたが、五分と立たぬ中にハタと止んで、あたりは又元の靜寂《しづけさ》。
國雄は聞くともなく聽き澄まして居たが忽ち何か決心した樣に、「君の御深切は全く疎《おろそか》には思ひません、御手紙も拜見したです。然し當分………又その中に復校するかも知れませんが、先づ當分は學校は休むつもりです。」 「さうですか。其れなら私も强ひてとは云はないですが、然し君、一體如何して其樣決心をされたのです。」 何氣なしに云つたのであるが、私の「決心」と云ふ語が、彼には深く意味あるものに聞えたと見え、彼は少時《しばし》驚いたやうに私の顏を見詰めて居たが、又何やら思返したらしく、 「いや、別に決心した譯でもないです。唯少し讀書にも飽きましたから、保養がてら暫く遊んで居たいと思ふんですよ。」 此の日は其の儘歸宅したが四五日過ぎて、晴れた秋の夕暮、私はハドソン河畔の大通りを散步して居ると、偶然にも彼と其の家の婦人とが一輛の馬車に相乗しつゝ行くのを見た。
此の國では男女の相乗などは何の珍しい事もないのであるが、私は殆ど何と云ふ意味もなく若しや二人の間に何かの關係がありはせまいか。國雄の廢學した原因も其の邊に潜んでは居まいかと、疑ふともなく、ふと此樣事を疑つて見ると、誰しも一種の好奇心に驅られるが常で、私は自分の疑心が作り出した事實を確かめたいばかりに、其の後はそれとなく引續いて國雄を訪問しました。
度重る此の訪問は國雄には定めし迷惑であつたかも知れないが、私に取つては頗る興味がある。私の推察の當らずとも遠からざる事が次第々々に確められて來るやうです。
私は何時も取次に出て來る黑奴《くろんぼ》の下女に案内せらるゝまゝ、或日の事、其の客間に這入ると、公園を見晴す窓際の長椅子に、二人が犇《ひし》と相寄つて坐つて居るのを見たし、又、或時は、二人が一つの盞《グラス》から葡萄酒を呑み合つて居るやうな處へ行き合した事もあつた。
二人が戀して居る事だけは明瞭になつた。
私は進んで、其の事の原因《おこり》と婦人の身分、此の二事《ふたつ》を知りたいと思ひ、機を見て國雄を責めると、彼も今は最初ほどには臆せず、夏休の旅行中、山間のホテルで懇意になつたのが始まりで、女の身分は離婚された富豪の寡婦である事を話した。 「何して離婚《デボース》されたんです。」 私は更に問を進めると、 「畢竟《つまり》不品行だつたから………。」と彼は止むなく其の知つて居る限りを話しました。 「一口に云へば浮氣性とでも云ふんでせう。小說などを讀んで面白いと思ふと、直ぐ自分も其樣身の上になつて見たくて堪らないと云ふんですからね。結婚してから一年も經たない中にポーランドから來た韃靼種《だつたんだね》の音樂家に迷つて密會したのが、つい夫の耳に這入つたので、到頭夫の財產の四分の一を貰つて、離婚と云ふことになつたのださうです。一度世間へ耻を曝出して了つてはもう上流のソサイエテーには顏出しが出來ませんからね、つまり、いくら金があつて容色がよくツても世間からは日陰のものです。斯うなると、誰でも却つて自暴自棄になるもんで、夫人は其れからといふもの、隨分、種々雜多な男を玩弄《おもちや》にしたさうですよ。」 私は意外の驚きに打たれ、「君、君は………其樣不德な婦人と知つて居ながら、平氣で彼の女を愛して居るんですか。」 國雄は無論だと云はぬばかりに默つて微笑む。私はいよ〳〵驚いて、 「一體、君はあの女から愛されて居ると思つて居るんですか。其樣怖しい女なら………一步讓つて愛されて居るとしても、ほんの一時で、直に又、他の男に手を出すかも知れないぢやありませんか。」 「其ア何とも請合へません。併し、私には一時でも關《かま》は無い。其の一時が苦しい事なら兎も角、スヰートな事である以上には五分間でも一分間でも關ひませんよ。つまり愉快な夢を見たゞけ德ぢやありませんか。」 彼は再び微笑して讀書ばかりして居る私には學問以外の事が何で分るものかと寧そ蔑むやうに私の顏を見ました。
私は全く解釋に苦みました―――聞くも恐しいやうな夫人の身の上を知りながら國雄は如何して愛情を催す事が出來るのであらう。
他日私はドーデーのサツフオーなどを讀んで、男と云ふものは或る事情の下には隨分淺間しい經歷の女をも、非常な嫌惡の情と共に、又非常に熱烈な情を以て愛し得るものである事を知りましたが、國雄の彼の夫人に對するのは其れとは又全く趣を異にして居るやうです。
私は彼を見る度々種々なる方面から遂に其の眞相を探り得た。一時私は一種厭な感に打たれて彼の面に唾したいやうにも思つたが、更に一步深く觀察した後には一轉して私は世にも不幸な性情に生れ付いた男であると、同情の淚を禁じ得ないやうになつたのです。
國雄には堂々たる强い男性的な愛の感念が微塵も無い。全く男女の地位を反對にして男の身ながら女の腕に抱かれ、女の庇護の下に夢のやうな月日を送りたいと云ふ、俗に男妾《をとこめかけ》とも稱すべき境遇、此れが國雄の理想なのです。
日本に居た時分に彼は多くの靑年が誘惑されると同樣に丁年に逹せぬ前から早く狹斜の地に足を蹈み入れた。金は有り家柄はよし、其れに美男と來て居るから、隨分向から熱心になる若い美しい女もあつたけれど、彼は其等には見向きもせず、己をば弟か何かのやうに取扱つてくれる或老妓の情人になつて得々として居た。
世には金錢上の慾心から年上の女に愛されたいと思ふものが多いが、彼のみは富よりも猶高價な名譽と地位とを擲《なげう》つてまで、其の奇異な一種の望みを遂げやうとする。彼は一時家名を汚した罪で勘當同樣の身となつたが、之れは結句、其の望む所、彼は春雨の朝晚く女の半纏を肩に引かけ朝風呂に出掛けるやうな放逸な生活を樂しんだ。
此れではならぬと伯爵家では遂に彼をば外國へ追ひやるに如くは無いと決して、此處に國雄は米國に遊學したのである。然し運命の惡戲とでも云はうか。伯爵の若殿は幾千哩の外國まで來て再び美しい魔の捕虜になり、其の身は愚今は家をも國をも忘れて了つたのです。
私は繰返して運命の惡戲と云ひませう。國雄はもうかれこれ二年ほども、彼の夫人の下に養はれて居ますが、其の間絕えず彼が如何に飽かれまい、見捨てられまいと苦心しつゝあるか。笑止と云ふよりは寧そ淚の種です。
私は云ふに忍びない話を澤山知つて居ますが、此處に其の一つを話せば貴君が公園で御覽になつたと云ふ彼の長い髮の理由です。
一體女と云ふものは男が下手に出れば出る程暴惡に專制に成り易いものであるが、殊に彼の夫人のやうに世間から排斥され、云はゞ長く逆境に在ると神經が過敏になつて、理由《わけ》もないのに腹立つて、日頃は非常に大切にして居る器物や寶石を壊して見たり、或は非常に愛して居る自分の戀人を打擲したりする事がある。
然し國雄は何事をも忍びます。或日夫人は例の如く國雄を散々に苛んだばかりか、遂には自分の美しく結んだ頭髮までを滅茶々々に毮つて、挿した寶石入りの櫛を足で踏碎いた。其の時の心地は何とも例へられぬ位、丁度夏の日に冷水を浴びたやうであつた………ふい[#「ふい」に傍点]と此れから思付いたのであらう、夫人は國雄にヘンリー四世の像のやうに其の頭髮を長くして見せてくれと云ひました。
國雄は光澤ある黑い髮を房々と肩近くまで延し其の先をば美しく卷縮らした。
貴君は車上の彼が姿を御覽になつて、あの長髮をば定めし極端なハイカラ好みとでも思はれたかも知れぬが、其の實は夫人が癇癪を起した時、彼はその長い髮を引毮《ひきむし》らせ、そして狂亂の女に一種痛刻な快味を與へる爲めなのです。 (明治卅九年五月)
春と秋
市俄古《シカゴ》紐育《ニューヨーク》間の鐵道が西から東へと一直線にミシガン州の南部を橫斷して居るその沿道の小い田舎町にK――《なにがし》と云ふ大學《ユニバシテー》があつた。少からぬ男女の學生中には日本人も三人交つて居た。二人は男子《をとこ》一人は婦人《をんな》である。山田太郞と呼ばれたのは女生徒の竹里菊枝と同じく神學科の生徒で、各自日本の或る敎會から派遣されて居るのであつたが、他の一人大山俊哉と云ふのは宗敎には關係の無い身分で政治科に學籍を置いて居るのであつた。
三人は同じ年に渡米して、偶然にも此の學校へ來合せたので、初めて顏を見合せた時には互に眼を見張つて暫《しばし》は挨拶もせずに居た程であつた。殊に法學生の俊哉には此の萬里の異郷に髮と瞳子の黑い同人種の女を認めた事が、殆ど在り得べからざる程不思議に感ぜられたのである。彼は學校の廊下や食堂なぞで菊枝の姿を見る時には、何と云ふ譯もなく其の方へ頸を向けずには居られ無かつたので、一月とたゝぬ中彼は頭から足の先まで菊枝の姿は悉く心の中に暗記《そらん》じて了つた。然し彼は決してかの姿を賞讃して居る譯ではなく絕えず批評を加へて居るのであつた。年紀《とし》は十九か猶二十を越しては居まい。頭髮は黑く光澤《つや》があるが、前髮に癖があり、生際が亂れて居る。色は日本人にしては白い方で、低からぬ鼻と締りのある口許の愛嬌だけが其の特徵であるが、何と云ふ圓大《まんまる》な顏、何と云ふ小い眼、何と云ふ薄い眉毛であらう。日本製と覺しい粗末な洋服を着た狹い肩のあたりの肥え過ぎて、何か重い荷物でも背負つて居るやうに、半身を前に屈まして居る姿勢は何と評しやうか。その太くして短い腕、芋蟲のやうに形を失つた指の形。俊哉は仔細に品評し來つて、日本の女學生と云ふものには、如何して此のやうな模型《タイプ》の女が多いのであらう。日本の女の智能と生理上の關係はよろしく科學者の硏究すべき重大の問題ではあるまいかと、何やら深い息をついて彼は女學生の往來する本郷や麹町《かうぢまち》あたりの街の有樣を思ひ浮べ出したが、其の中に知らず〳〵此度は自分の過去の事に思を移してしまつた。
彼は其の當時、世間の風潮につれて、大學と改稱した或る法律學校を卒業したものゝ、思はしい職業を得る事が出來ない處から、相當の資產ある家に生れた身を幸に米国へ渡つたのである。嘗て土曜日の晚と云へば必ビヤホールや牛肉屋の二階で女中に戲れた事やら、寄席へ出る女藝人の批評に口角泡を飛ばした事、向島の運動會の歸りに初めて吉原へ繰込んだ時の事、牛込の忘年會から初めて待合へ泊つた時の事、それから、自分の爲めに開かれた送別会の大騷ぎ………。遂に飜つて現在の有樣に思到れば、來た當座こそ學校の敎場、學生の會合、往來の樣子から、街端れの田園《ゐなか》の景色まで、皆珍しからぬ物は無かつたが、日を經るまゝに見馴れてしまふと、所謂「異郷に於ける異郷人」。俊哉は何一つ適當な娯樂を見出す事の出來ない淋しさに、讀書にも倦む折々詮方無しに神學生の山田を訪れるのであつた。すると山田は每《いつ》も默讀して居る聖書を閉ぢ丁寧に、 「お掛けなさい。如何です、英語はなか〳〵困難ですな。」 俊哉は無造作に、「何か面白い事は無いかね。」 「今夜演說があります。」山田は相手の質問に對して最も適當な返答であると信じてゐるらしく卽座にかう答へて、 「流石クリスト敎の國だけに好い牧師の演說が聞けるのが、私には何よりの樂みです。今夜は市俄古のB――と云ふ長老が、下町の敎會で說敎するさうですから、あなたも是非如何です。アメリカでも有名な牧師です。」 俊哉には宗敎上の事は少しも趣味がないので、 「然し僕には分りますまいから………殊に神學上の演說は………。」 「そんな事はありません。」と山田は稍熱心な調子になり、足の短い割に、ヅングリした胴の長い半身を前に出して、「今夜のは別に宗敎上の演說と云ふ譯では無い。禁酒と禁烟について何か話されるのださうですから、誰れが聞いても分ります。學校の生徒逹も皆な出掛けるやうです………。」 「生徒も皆な………竹里さんも行きますかね。」俊哉は返事に窮して意味もなく問うたのである。 「竹里さん………行かれるに違ひありません。女の生徒逹も無論出掛けるのですから。」 「男の生徒が各自に一人々々女の生徒を誘つて行くのでせう。米國流にあなたも一ツ、竹里さんを誘つて、腕を組んで出掛けちや如何です。はゝゝゝは。」 「然し、どうも私には………。」山田は切口上で、少しく顏さへ赧めたが、俊哉は此樣《こんな》冗談を云つて居る中、突然菊枝を誘出して、アメリカ人のやうに腕を組んで步いて見たいやうな氣がしだして、どうやら抑制する事が出來なくなつた。
山田は傍らから、猶も頻と講演を聞きに行くことを勸める。講演を聞く聞かないは兎も角、只會堂へ這入つて、風琴《オルガン》の音を聞くだけでも精靈に偉大の感化を與へるものであると、誠を籠めた調子で勸められ、俊哉も今はほとんど否とは斷り兼ねた。 どうせ行くものならば是非にも菊枝を誘つて見ねばならぬ―――俊哉はいよ〳〵其の日の夕暮男女の學生が兩方の寄宿舎から晚餐の食堂に集まる時、菊枝の來るのを靜に呼止めて、 「あなた、今夜下町の敎會へお出になりますか。」と訊くと菊枝は唯、 「はい、參ります。」 「いらつしやるんですか。私も行くつもりですから、それぢやお誘ひします。別に御迷惑な事はありますまい。」 菊枝は案の定返答に窮したらしく、もぢ〳〵して俯向いて了ふ。 「學校の生徒も皆誘ひ合つて行くさうですから、日本人は日本人同士で出掛けて見たいのです。山田さんにも其の話をしたら大に賛成だと云ふ事なんですから、ね、竹里さん、どうせいらつしやるなら、別に御迷惑ぢやありますまい。」 全く別に迷惑と云ふ程の事ではない。唯菊枝は男女の交際を禁止されて居る日本の習慣上意味もなく安からぬ氣がするだけなので、到頭其の夜の八時を約束に迎ひに來る俊哉に誘はれて寄宿舎を出る事になつた。
敎會までは三十分ばかりの道のり、冷かな十月半の夜は閑靜《しめやか》である。菊枝は絕えず安からぬ樣子で四邊を見廻すと、後にも先にも同じ學校の女生徒が各自男の生徒と腕を組み、早や黃葉しかけた並樹の下に明い電燈の光を浴びながら步調をそろへ、靴音高く敷石を踏鳴らす。中には口笛でマーチを奏しながら行くのもある。俊哉は犇と寄り添ひ菊枝の手を取つて、 「御覽なさい。竹里さん。皆あの通り愉快にそろつて行くぢやありませんか。」 やがて敎會に這入つた。神學生の山田は先に來て居たので、三人は後側の腰掛を占め、高い天井の模樣、奧深い階段の上のパイプオルガン、隅々の窓の繪硝子なぞを見廻して居る中に、間もなくフロツクコートを着た此の敎會の牧師と鼻の先へ眼鏡をかけた大きな禿頭の白い髯のある長老が現れて、牧師が聽衆に向つて當夜の演題を紹介すると、老人は直樣、Ladies and gentlemen と呼びかけて講演を始めた。
俊哉は近くの席に坐つて居る若い女の容貌の美醜《よしあし》から、帽子や上衣、頭髮や襟飾の結び方まで、仔細に眺め廻して居たが、長い講演の續き行く中には、それにも飽きてしまつて、今度は遣り場の無い眼を、熱心に聞き入つて居る菊枝の顏に移した。何時も見る通りの圓い〳〵顏である、が、然しあの小い眼をもう少し大くし、眉を濃くしたなら、高い鼻と締つた口許の愛らしさに、或人は美人の名を許すかも知れない………と一々に容貌の缺點と特徵とを分析して居た後、さらに一步を進めて萬一、自分は此の女から愛されて居るとしたら、自分は如何なる態度を取るべきものであらうと、此樣途法もない空想に耽り出した途端、演壇の上の長老は忽然聲を强めてハタと卓を叩いた響に、俊哉は喫驚して空想から覺める。と、自分は今外國に來て居るのだ。何處を見ても異つた人種ばかり、自分の所有物と云つては自分の着て居る物より外には何にもない。日本に居た時、下宿屋の二階から往來を通り過る娘を批評したのとは、境遇を異にして居る。測らずも此に恁《かう》して日本の女生徒と並んで腰掛けて居られるとは、何たる不思議の運命であらう。自分は一も二もなく運命の前に平伏して、その賜物を感謝しつゝ受けねばなるまい。俊哉は暫く眼を閉ぢ更に明い電燈の光に菊枝の顏を見たのである。
二時間ばかりで演說は終つた。俊哉は來た時のやうに菊枝の手を取り、山田も共に打連れて、各その部屋に立戾つたが、寝床へ這入つてからも俊哉は何やら取り止めのない空想に耽つた。彼はいつか菊枝と面白い間《なか》になつて了つたやうな心持になると、淋しい此の頃の生活が俄に活氣づき、日曜日の午後なぞ、二人で牧場の草の上に坐つて戲れる有樣が目にあり〳〵と見えて來る。そして急に明日が日曜日であるやうな氣も爲出す。獨で思はずはゝゝゝゝと笑つて寢床《ベツド》の上に寢返りを打ち、何か決心したやうに獨で頷付いた。
俊哉は全く決心したのである。すると直に成功するかどうか知らと云ふ疑問が起つて來る。彼は此の疑問を更に二分して見て、全然成功は不可能であるか、或は單に容易でないと云ふに過ぎないか。俊哉は過去の經驗から第一の疑問は否定する事が出來たが、第二に移り成功は容易でないとすると、如何なる程度を意味するのであらう。意味が廣いだけに彼は大に此の返答には窮して了つた。で、まづ理論を離れ、自分の知つて居る實例の方面から解釋するに如くは無いと思立ち、日本に居た時分|某《なにがし》が西洋料理屋のお何を手に入れた道筋、某《それがし》が女義太夫に失敗した逸話、誰それが思掛ない事から看護婦を得た奇譚。其の他|嘗《かつ》て讀んだ戀愛小說中の事件なぞ數限りなく想起して見たが、その中に作者も題目も忘れ果てゝ居る一篇の短い飜譯小說の趣向が此の場合大いに參考すべきものであると氣付いた。
何でも磁石力の理論から說き起して、或る男が久しい間或女を思込んで居たが、どうも迫つて見る機會がない。一夜圖らずも戀の成立つた夢を見たので、男は驚き目覺めたが、如何にしても思に堪へやらず、折好くも出合はせた女の姿を見るや、前後の思慮もなく、矢庭に駈寄つて物も云はずに、女の手を握り締めると、不思議や女は久しい以前から已にその男の情婦《もの》であつたやうに柔順《すなほ》に男の心に從つたとやら。俊哉は篇中の主人公に對して非常に羨しく又妬しくも感じたが、さて此の主人公が得た女と云ふのは、一體何樣性質の女であつたのか知ら。菊枝とは人種が違つて居るとすれば深く參考の材料にはならないかも知れない………夜は何時かふけそめて寄宿舎中は寂々として物音なく、運動場の樹木に風の戰ぐ音と、遠い汽車の響が聞えるばかり。俊哉はいろ〳〵と考へて見た末手紙をやるにしても時期がまだ少し早過る。とすると先づ第一に取るべき手段は絕えず近寄つて相互《たがひ》の間を親しくさせるより外はないと、極々平凡な結論に到着し、自分ながらもどかしく腹が立つて來て、夜具の毛布《けつと》を足でハタと蹴返した。 *** 秋も早や行かうとする。俊哉が初めて此の地へ來た夏の盛の頃には、高い楓の並樹が靑々とした大きな廣い葉で、靜な學校の門前の往來をば左右から蔽ひ冠せて居たが、今は朝夕の冷かな霧に見る見る黃葉して、いさゝかの風にもばさり〳〵と重さうに散りかける。寄宿舎の高い窓から裏手の田舎を見渡すと、小丘《をか》の半腹へと斜に上りかける果樹園も道端なる農家の生垣も齊しく落葉して、取り殘された林檎の實のみが夕陽の光で宛で大きな珊瑚の玉のやうに輝いてゐる。牧場には野草がまだ靑々と生茂つてゐるが、その間を流れる小川のほとりの白楊《みづやなぎ》はもう細い枝ばかり。
俊哉は每週土曜日と日曜日には必ず菊枝を誘ひ出して、自然の美を愛し田園の風趣を味はうと云ふので、なりたけ人の見えない靜な野邊を選んで步くのであつたが、菊枝も今は慣れるに從つて親しくアメリカの男女間に行はれる交際を見ると、全く日本の習慣とは違つて、案外健全で神聖である事が分るので、俊哉に手を引かれる事をば最初ほどには恐れぬやうになつた。
十一月の第二日曜の頃、俊哉は例の如く、牧場の端れへ菊枝を誘ひ出し、かすかな音して流れる小川のほとりの柔かな野草の上に腰を下した。
此國ではインデアン、サンマーといふ通り、空は限りなく晴渡り、午後の日光は眩く輝渡つて居たけれど、野面《のもせ》を渡る風は靜ながら、もう何となく冷い。裏手の小山から處々に風車の立つて居る村の方を顧ると、檞樹《オーク》の林が一帶に紅葉して居て、其の間から見える農家の高い屋根には無數の渡鳥が群をなして、時々一團々々に空高く舞ひ上る。程なく來べき冬を豫知して南の暖い地方へ歸つて行くのであらう。
菊枝は餘念もなく此の長閑な風景を眺めやる中、突然何處からともなく、からん〳〵と靜な鈴の音が聞え出してつい四五間先の茂つた草の間から、一頭の大きな牝牛がその頸につけた鈴を振り動しながら、のそ〳〵步み出した。
菊枝は日本の女性の常とて、喫驚して我を忘れ俊哉の方に寄添ふ。俊哉は早くもこの機に乗じて菊枝の手を取つたが、然しさあらぬ調子で、 「大丈夫ですよ。此の近所の農家の乳牛でせう。馴れて居ますから大丈夫ですよ。」 牝牛は柔和な眼で二人の方を眺めたが、何か思出したと云ふ風で、再び頸にぶらさげた鈴をばからん〳〵と音させながら、元來た方へ立去つて軈て又ごろりと臥《ね》て了つた。
菊枝は始めて安堵したらしく息をついたが、自分の手が堅くも男に握締められて居るのに氣が付き以前よりも更に驚いた。手をば振拂ふ勇氣もなく顏を眞赤にして俯向きつゝ息をはずます。
俊哉も今は胸の騷ぎを押へ得ない。何と云はう。何と云つて百|尺《せき》竿頭《かんとう》に一步を進めやう。
彼は火のやうな女の耳に口を寄せ、日本語によらずして英語で囁いた。すると菊枝は聲をも立て得ず、極度の恐怖《おそれ》と驚愕《おどろき》に襲はれたと見え、眞靑な顏になり總身をぶる〳〵顫はせたばかりか、兩眼から淚をはら〳〵。
俊哉は流石途法に暮れた體。然し其の握つた手は猶も放さずに、「菊枝さん〳〵。如何したのです。」と態《わざ》と沈着《おちつ》した聲音を作る。
菊枝は其の場に俯伏して猶身を顫はして忍泣くのである。
以前の牝牛が又步み始めたのであらう。寂とした牧場の草の間で鈴の音が聞え始めた。 *** 最初の失敗には懲りず、俊哉は如何かしてもう一度菊枝を靜な野に誘ひ出したいと、一心にその機會を求めたが、以後菊枝は俊哉の姿さへ見れば直樣それとなく逃げて了ふ。
次の日曜日は空しく過ぎその次の日曜日は待つかひもなく雨であつた。
十一月の末一度空が曇つて雨になればもう郊外に出づべき秋は全く去り、一日〳〵と增《まさ》り行く寒氣《さむさ》と共に枯木を搖する風は次第に强く、間もなく灰を撒く樣な雪が此の風にまじつて降つて來る。冬の天地は以後三ケ月間と云ふもの積るが上にも積る雪の中に埋盡されて了ふのである。
俊哉の望も共に埋め去られて了つた。然し一度燃えた若い胸の火は每日氷點以下の寒氣―――北方の大湖《レーキ》地方から押寄せて來る寒氣にも消え遣らず、彼は日課の如くに手紙を菊枝の許に書き送つた。
遂に書くべき文句の盡きた時には書棚の上に載せてある詩集の中の一篇をその儘寫し取つて送つた事もある。然し何の返事も無い。俊哉は何通手紙を書いたか、自分ながらも覺えが無いやうになつた。餘りの事と遂に彼は自暴《やけ》半分、我が燃ゆる千度百度の接吻を御身が冷たき頰の上に………と云ふ文句だけを大く英文で書いてやつた事もある。返事は猶更ない。
俊哉は遂に窮して元氣を失つた。馬鹿らしいと笑つた。そして忘れたやうに手紙を書く事をよして了つた。する中或朝ふツと空が靑々と晴れ渡り、日光が微笑み、南の風が吹いて、岩よりも堅く凍つて居た雪が解け始めた。
冬が過ぎて春が來たのである。
牧場には去年のまゝに野草が靑々と茂出す。小山を昇る果樹園には林檎や桃の花が咲き亂れ若芽の輝く檞《オーク》や楡《ヱルム》の林には駒鳥が歌ひ始める。北國の冬と春との違ひほど著しいものは有るまい。
若い男は若い女の手を引いて再び野の花を摘みに行くでは無いか。然し俊哉はもう菊枝の此の世にある事も忘れたかのやう。
或日の夕暮、例の如く食後の散步から歸つて來た時、彼は机の上に置いてある一通の手紙を見て不審さうに其の封を切つた。 「やツ、菊枝さんの手紙だ。」 彼は遠い〳〵昔の事でも思返す樣に腕組をして、さて其の手紙を讀むと、菊枝は去年から何通とも知れぬ男の手紙に對して返事をしなかつた詫言を繰返した後、重り重る男の手紙男の熱情を思返すと、彼女は最早や自分を制する事が出來なくなつた、愛の力は何物よりも强い。今は只御身の腕に我身を投げやうとの意味を長々と書いたのである。
俊哉は時ならぬ頃に此の豫想外の返事を得たので、暫くは呆返つて、夢ではないかと思つた。二度三度女の手紙を讀み返した後早速返書を送つた。
彼は翌日の午後去年の秋の末に二人腰を下した牧場の小川の畔に、再び菊枝の手を取つた。 その翌日、又その翌日、俊哉は每日の午後には必菊枝と共に村の小道や小山の果樹園、又は學校から程遠からぬ墓地などを步いた。森の中で日が暮れ、栗鼠がきゝ[#「きゝ」に傍点]と鳴く老樹の梢に星が輝き初めた時、俊哉は夕風が寒いからとて菊枝を己れの外套の中に抱きすくめた事もあるが、菊枝はもう拒む力がない。二人して野にさく菫の花を摘んだ時、男は其の一束を襟にさして遣るとて、顏を近寄せる拍子にその頰に接吻して見たが、女はそれさへもたゞ恥し氣に顏を赧めたばかり。俊哉は一ケ月ならずして、久しく夢みて居た通な幸福の人となつた。幸福―――それは若い新婚者のみが竊《ひそか》に神に謝し運命に謝する幸福である。
二年の月日は過ぎ後一年で卒業すべき前の年の夏、俊哉は暑中休暇の間紐育ボストンあたりを旅行するとて學校を去つたが、それなり秋の開校期になつても歸つて來なかつた。
只一通の手紙をば菊枝の許に―――小生都合|有之《これあり》東部の大學に轉校し此處にて學位を得明年は歸國するつもり今日まで數ならぬ小生に對して御厚情の段深く〳〵感謝する處に有之候――― *** 一年又一年。
俊哉は歸國して後、或會社の有望なる社員になつて居たが、或時新橋の停車場で偶然在米當初の學友山田太郞と云ふ神學者に出遇つた。
山田は牧師となり菊枝を妻にして居ると云つた。菊枝は俊哉に見捨てられたと云ふよりは一時の慰み者にされた事を知つた當時は全く狂氣となり、冬の或夜―――ミシガン州の怖しい雪嵐の夜に森の中に彷徨つて自殺しやうとしたのを、圖らず山田に助けられ事の始末を懺悔した。山田は惡魔の餌《ゑば》となつた菊枝の身の上をば深くも憐れに思ひ、どうにかして菊枝をば此の暗黒な絕望から救ひ出し、元の幸福な女性にしたいと誠を盡していたはつた。
彼は學位を得てから菊枝と共に歸朝した後、二人の屬して居る或|寺院《チヤーチ》の長老に計り遂に十字架の前で神聖に結婚した。 「大山さん。私は今日では決してあなたの罪を咎めは致しません。菊枝さんは神の惠と私の力で昔の罪から救はれ、以前の通りの溫良な婦人となり、善良な妻となりました。ですからあなたも眞情《まごゝろ》から神樣に對して感謝なすつて下さい。」 俊哉はその後會社などで若い者供の間に、クリスト敎は好いとか惡いとか云ふ議論が出ると必ず恁う云ふ。「兎に角クリスト敎は決して世に害を爲すものでない事だけは明瞭だ―――。」 そして彼は常に啣《くは》へて居る葉卷《シガー》の烟を一吹するのである。 (明治卅九年五月)
雪のやどり