第二十四章
次の日の朝、ドミニーが苦心して編成した狩猟隊は解散することになった。王子は車に荷物を積みこむあいだ、主人の腕を取って脇に引き寄せ、しばらく話をした。型通りの感謝の言葉を述べたあと、ぐっとくだけた調子で話しはじめた。 「フォン・ラガシュタイン、先日の話をもう一度思い出してほしいんだが」 ドミニーは頭を振って後ろをちらりと振り返った。 「ここでのわたしの名前は一つだけです、王子」 「じゃあ、ドミニーと呼ぼう。君はすっかり役になりきっているな。わたしは生まれてからずっとイギリス紳士を見ているが、君の演技は実に堂に入ったものだ。しかし聞きたまえ。君を中心とするこの計画に、わたしが賛成していないことは話したね」 「承知しております」 「それはわたしの個人的な見解だ。しかしこれから言うのは公務上のことだ。昨晩ベルリンから公文書が急送されてきた。君に関係した内容だ」 ドミニーの身体がほんの少しこわばった。 「どんなことでしょう」 「こういうことだ。わたしがあり得ないと考えている例の破局、あれが生じたときのみ、君は事実上存在が認められる。こうもはっきり書いてあった。いかなる時であれ、君の正体が暴露された場合、君の偽装は君一人が企てたことであり、本国の政治的活動とは一切関係がないとみなされる」 「そこまでは今までと何の変わりもありませんね」 「さらに君は戦争の際、極秘のうちにわたしの仕事を継ぐことになっており、そのつもりで君を待遇せよとのことだ。君とは親密に交際し、全幅の信頼を寄せ、不幸な結果が訪れた場合は、未完了の仕事のうち内密につづけられるものをすべて君の手にゆだねるようにと言われた。わたしの言い方はちょっと分かりにくかったかな」 「よく分かりました。当局はわたしに対する最初の方針を変えたんですね。わたしに一切疑惑がかからないようにし、戦争の際は、イギリス上流階級と親しく交わる、熱烈な愛国的ドイツ人という、たぐいまれな立場に置こうというわけですね。これは忙しくなりそうだ」 「お互い納得がいったようだね。そういうわけだから、このあとすぐロンドンに来て、わたしの屋敷カールトン・ハウス・ガーデンズで君を歓待する機会を与えてほしいと思う」 「ご親切にありがとうございます、王子。わたしは、こちらで足場をしっかり築いたら――これはもう大丈夫と思うのですが――さっそくロンドンに赴き、命令を待つよう、指示を受けています。何よりもまず、先日お話に出た回想録を読ませていただければと思います」 「もちろんだ。そうしてくれればわたしも大いに嬉しい。この国の大臣たちと会見したり、協議したことがありのままに記録されている。平和を望み、平和をめざす気持ちにあふれていて、君を驚かせると思う。さて、次は少々微妙な問題なんだがね」彼はテラスを逆戻りしはじめたとき、急に話題を変えた。「ドミニー夫人も一緒に来るんだろうね?」 「分かりません」ドミニーは慎重に答えた。「失礼ながら、王子、あなたが彼女のことを深く思いやっていらっしゃることは分かっています。ご安心ください。わたしの立場は微妙なものですが、彼女がエヴェラード・ドミニーの妻だということは決して忘れません」 ターニロフは心のこもった握手をした。 「それが聞きたかったのだ。君は他の男とは違うと直感していたよ。しかしわが民族の男のなかにも、情欲や政略のためなら、女性を犠牲にして一顧だにしないという手合いも大勢いるからね。ドミニー夫人は魅力的な方だと思うよ」 「彼女はわたしが必ず守ります」ドミニーは断言した。 さらに別れの挨拶があり、そのすぐあとに車が短い列をなして走り去った。ロザモンドもみずからテラスに出て客たち全員に別れを告げた。彼女がドミニーの腕にしがみついたのは、二人ががらんとした広間に戻ったときだった。 「なんていい人たちなのかしら、エヴェラード!もっと会う機会があればいいのに。公爵夫人はとてもやさしかったわ。それにターニロフ王子みたいに素敵な人は見たことがない。あなたもあの人たちがいないと寂しいでしょう?」 「ちっともさ。これから猟銃を抱えて牧草地を抜け、荒れ地を歩いてこようかと思っているんだ。一緒に来るかい?それともきれいなガウンを着て、下でお昼ご飯のお相手をしてくれるかい?二人だけで食事をするのは久しぶりだね」 彼女はどこか悲しそうに首を振った。 「一緒に食事なんて、したことがないわ。知ってるくせに、エヴェラード。わたしには分かっているの。でもわたしたち、お芝居をつづけていくのよね」 彼は彼女の手を取りキスをした。 「好きなだけ芝居をすればいいんだよ、ロザモンド。君の望むことはわたしの望むことなんだから。ほらほら、泣かないで」彼女が背を向けたとき、彼は急いでこうつけ加えた。「忘れないでほしい。今の君には幸せしかない。わたしが誰であろうと、君の幸せだけがわたしの人生の目的なんだ」 彼女は彼の手を強く握り、それでは足りないと思ったのか、突然両腕を首に回しキスをした。 「わたしも行くわ。あなたをはなしたくないんですもの。おとなしくしている。十分だけ待ってちょうだい」 「もちろん」 彼は銃器室に行き、しばらく暖炉の側に立っていたが、ふと中庭に出た。ミドルトンと二人の勢子が犬を従えて待っていた。しかし彼らのほうに一歩踏み出そうとして彼はぎくりと立ち止まった。驚いたことにシーマンがいた。脇に寄るようにして立ち、召使いたちの部屋の窓をじっと見上げている。 「やあ、君か!サーズフォードから朝の汽車で帰ったんじゃなかったのかい」 「二分差で乗り遅れたんだ」シーマンは勢子を一瞥しながら言った。「十一時発のは満員だろうから、午後まで待つことにしたよ」 「今までどこにいたんだね」 シーマンは傍らに寄り添い、他の者に話を聞かれないよう場所を移動した。 「昨日の晩、ヨハン・ヴォルフが急に出発した謎を解こうと思ってね。並木道をちょっと散歩しよう」 「じゃあ、本当にちょっとだけだよ。ドミニー夫人を待っているんでね」 二人は細い鉄の門を抜け、屋敷の裏口に通じる道の一つを歩いた。 「軽率と思わないでくれよ。誰にも知られないように戻ってきて、みんなが出発するまで隠れていたんだから。前にも言っただろう、理解できないことが起きると、わたしは不安になるんだ。しかし、見たまえ、わたしは午前中に、ヴォルフの突然の出発がますます怪しいという証拠をつかんだ」 「つづけてくれ」 「今朝、偶然に分ったことがある。ペラムの召使いは勘違いしたか、わざとわたしに嘘を言ったのだ。ヴォルフは君の執事と一緒に駅に行ったりしなかった」 「どうやってそんなことを探り当てたんだ」 「そんなことはどうでもいい。肝心なのは、この屋敷の召使いたちが、どういうふうにヴォルフがここから出ていったのか、隠そうとしているということだ。いやいや、黙って聞いてくれ。もう溶けてしまったが、今朝早く雪が降ったのだ。例の鍵が掛かった部屋の窓の外には足跡と小型の車のわだちが残っていた」 「そこから何を推理したのだ?」 「この近所にヴォルフの仲間がいる。さもなければ――」 「うむ」 「これは突拍子もない仮定だよ。しかし、何もかも理解できないことだらけなのでつい言いかけたのだが――彼は力ずくでさらわれたんじゃないか」 ドミニーが静かに笑った。 「ヴォルフはそう簡単に拉致されるような男じゃない。そう考えるべき、どんなにまことしやかな理由があったしてもね!実を言うと、シーマン」彼はロザモンドが並木道に立っているのを見て、急にその場でくるりと向きを変えた。「ヨハン・ヴォルフの一件は重要視するに及ばないと思う。彼がスパイだとしても放っておけばいい。こっちはこっちで落ち度もなく、立派に仕事をしているんだ。君もわたしも上層部に隠さなければならないような秘密はこれっぽっちもない」 「ある意味でそれは正しいな」とシーマンは認めた。 「じゃあ、元気を出したまえ。一緒に散歩をしよう。パーキンスが昼食用にあの年代物のバーガンディーを見つけておいてくれるかもしれない。どうかね」 「散歩はごめんこうむるよ。君が戻るまでここにいるほうがいい」 「あの男の失踪に興味を示しすぎると、召使いたちが噂をはじめ、かえってまずいことになる」 「気をつけよう。しかし自分を抑えられないこともあるのだ。わたしはいつも直感に従う。わたしの直感ははずれたことがないんだ。もう君の召使いを問いただしたりはしないが、しかしヨハン・ヴォルフが突然出発した背景には何か謎がある」 一時頃に戻ってきたドミニーとロザモンドはシーマンの置き手紙を見つけた。ドミニーはロザモンドが火の前で足を暖めているあいだに封を切った。たった数行の手紙だった。
思いついたことがあり、ロンドンに行く。二、三日したらあちらで会おう。 S
「本当に帰ったの?」 「ロンドンに行ったようだ」 彼女は幸せそうに笑った。「それじゃ、結局二人きりでお昼がいただけるのね。嬉しいわ。願いがかなった!」 ドミニーの顔はみるみる紅潮したが、それは即座に抑えつけられた。 「わたしの願いがかなう日は来るのだろうか」そう言う彼の声は奇妙に引きつっていた。