Part 6
…土間《どま》の十一に居《ゐ》た。右左《みぎひだり》から誰《だれ》の腕《うで》だかに直《ひた》と身《み》を挾《はさ》まれながら、周圍《まはり》を見廻《みまは》はすと、ズツと向《むか》ふまで一|面《めん》に凝《ぢツ》と据《す》ゑた人《ひと》の首《くび》が薄暗《うすぐら》い中《なか》に列《なら》んでゐるのが、舞臺《ぶたい》の火影《ほかげ》を受《う》けて微《ぼツ》と赤《あか》く見《み》える。かうした狹《せま》い處《ところ》に此樣《こんな》に人《ひと》が詰《つ》まつてゐるのを見《み》てゐると、次第《しだい》に怖《おそ》ろしくなつて來《く》る。皆《みな》默《だま》つて舞臺《ぶたい》の臺詞《せりふ》を聽《き》いてゐる、――或《あるひ》は何《なに》か餘所事《よそごと》を考《かんが》へてゐるのかも知《し》れぬが、多人數《たにんず》なので、默《だま》つてゐても、俳優《はいゝう》の大《おほ》きな聲《こゑ》よりも能《よ》く聞《きこ》える。咳《せき》をする、涕《はな》を拭《か》む、衣摺《きぬずれ》の音《おと》に足《あし》を踏易《ふみか》へる音《おと》がする。深《ふか》い荒《あら》い息氣《いき》遣《づか》ひの音《おと》さへ判然《はツきり》聞《きこ》えたが、此《この》息氣《いき》遣《づか》ひの爲《ため》に空氣《くうき》は生溫《なまあたゝ》くなるのだ。かうしてゐる人《ひと》が皆《みな》死人《しにん》になる時《とき》にはなる、皆《みな》の頭《あたま》も狂《くる》つてゐる、――と思《おも》ふと、身《み》の毛《け》が彌竪《よだ》つ。丁寧《ていねい》に梳《とか》した頭《あたま》を白《しろ》い堅《かた》いカラーの上《うへ》に確《しか》と据《す》ゑて鳴《なり》を鎭《しづ》めてゐる處《ところ》に、狂氣《きやうき》の暴風雨《あらし》が今《いま》にも吹起《ふきおこ》りさうな氣味《きみ》がある。
隨分《ずゐぶん》の人數《にんず》だつたが、これが皆《みな》怖《おそ》ろしい人逹《ひとたち》で、加之《しか》も私《わたし》の居《ゐ》る處《ところ》から出口《でぐち》迄《まで》は餘程《よほど》ある、――と思《おも》ふと、指《ゆび》の先《さき》まで冷《つめ》たくなつた。皆《みな》落着《おちつ》いてゐるけれど、若《も》し大聲《おほごゑ》に、「火事《くわじ》だ! …」といつたら…と思《おも》ふと、慄然《ぞツ》とする。薄氣味《うすきび》が惡《わる》いけれど、何《なん》だか切《しき》りに然《さ》う言《い》つて見《み》たくて耐《たま》らなくなる。今《いま》でも其時《そのとき》の事《こと》を憶出《おもひだ》すと、指《ゆび》の先《さき》迄《まで》冷《つめ》たくなつて冷汗《ひやあせ》が出《で》る。言《い》はうと思《おも》へば、言《い》へん事《こと》はない。起上《たちあが》つて、背後《うしろ》を振向《ふりむ》いて、大聲《おほごゑ》に斯《か》ういふのだ、 「火事《くわじ》だツ!
迯《にげ》ろ〳〵、火事《くわじ》だツ!」 さうしたら、今《いま》は那麽《あゝ》落着《おちつ》いてゐる手足《てあし》に急《きふ》に狂氣《きやうき》が取付《とりつ》いて慄《ふる》ひ出《だ》す。皆《みな》躍《をど》り上《あが》り、叫《さけ》び出《だ》し、畜生《ちくしやう》のやうに、哮《たけ》り立《た》つて、妻《つま》や姉妹《あねいもうと》や母親《はゝおや》の居《ゐ》るのも忘《わす》れて、不意《ふい》に盲目《めくら》になつたやうに、彼方此方《あちこち》と彷徨《うろ〳〵》し、氣《き》も坐《そゞ》ろになり、果《はて》は香水《かうすゐ》の馨《かほり》の高《たか》いあの白《しろ》い手《て》で互《たがひ》の咽喉《のど》を締出《しめだ》す。燦《ぱツ》と塲内《ぢやうない》を明《あか》るくして、誰《だれ》だか眞蒼《まつさを》な面《かほ》をした者《もの》が舞臺《ぶたい》から何《なん》でも有《あ》りません、火事《くわじ》でも何《なん》でも有《あ》りませんと呼《よば》はると、戰《おのゝ》くやうに斷續《だんぞく》した樂聲《がくせい》が思切《おもひき》つて花《はな》やかに起《おこ》るけれど、もう其樣《そん》な物《もの》に耳《みゝ》を假《か》す者《もの》はない。ドタバタと互《たがひ》の咽喉《のど》を締《し》め合《あ》ひ、或《あるひ》は婦人《ふじん》の頭《あたま》を打《う》つ、手數《てすう》を掛《か》けて巧《たく》みに結上《ゆひあ》げた髮《かみ》をポカ〳〵と打《う》つ。互《たがひ》に耳《みゝ》を引捥《ひンもぎ》り、鼻《はな》を喰缺《くひか》く。衣服《きもの》も何《なに》も引裂《ひきさか》れて赤躶《まるはだか》になるけれど、氣《き》が狂《くる》つてゐるから、恥《はぢ》を恥《はぢ》とも思《おも》はない。平生《ひごろ》は吾神《わがかみ》と崇《あが》める、淚脆《なみだもろ》い、優《やさ》しい、美《うつく》しい婦人逹《ふじんたち》が泣聲《なきごゑ》立《た》てて、足元《あしもと》に便《たよ》りない身《み》を悶《もだ》え、かねての男氣《をとこぎ》を賴《たの》みにして膝《ひざ》に縋付《すがりつ》くのに、その美《うつく》しい面《かほ》を擧《あ》げた所《ところ》を忌々《いま〳〵》しさうに撲曲《はりま》げて、自分《じぶん》は出口《でぐち》へ出《で》やうと焦心《あせ》る。男《をとこ》はいつでも人殺《ひとごろ》しを行《や》りかねぬ。その長閑《のどか》に上品《じやうひん》めかしてゐるのは、食《しよく》に飽《あ》いた動物《どうぶつ》が命《いのち》に懸《かゝ》る大事《だいじ》もないと安心《あんしん》して落着《おちつ》いてゐるのに過《す》ぎぬ。 で、見物《けんぶつ》の半分《はんぶん》は死骸《しがい》になつて、ぼろ〳〵した服裝《なり》の人逹《ひとたち》が一塊《ひとかたま》り、出口《でぐち》の處《ところ》にわな〳〵と、畜生《ちくしやう》が恥《はぢ》を搔《か》いたやうな面《かほ》をして慄《ふる》へながら、苦笑《にがわらひ》をしてゐる時《とき》、私《わたし》が舞臺《ぶたい》へ出《で》て、斯《か》ういつて笑《わら》つてやるのだ。 「みんな私《わたし》の兄《あに》を殺《ころ》した報《むくひ》だと思《おも》ひなさい。」 ね、かういつて笑《わら》つてやるのだ、 「みんな私《わたし》の兄《あに》を殺《ころ》した報《むくひ》だと思《おも》ひなさい。」 何《なに》か大聲《おほごゑ》で私《わたし》が獨言《ひとりごと》を言《い》つたと見《み》えて、此時《このとき》右隣《みぎどな》りの人《ひと》が忌々《いま〳〵》しさうに身動《みうご》きをして、 「シッ!
邪魔《じやま》になつて聞《きこ》えやしない。」 私《わたし》は氣《き》が浮々《うき〳〵》する。串戯《ふざ》けて見《み》たくて堪《たま》らない。事有《ことあ》りげな、生眞面目《きまじめ》な面《かほ》を作《つく》つて、其方《そのはう》へ持《も》つて行《ゆ》くと、 「何《なん》です?
何故《なぜ》其樣《そんな》に人《ひと》の面《かほ》を視《み》るのです?」 と其人《そのひと》が胡亂《うろん》さうに聞《き》く。 「靜《しづ》かに」、と私《わたし》は唇《くちびる》ばかりを動《うご》かして咡《さゝや》く。 「甚《ひど》くキナ臭《くさ》いでせう?
火事《くわじ》ですぜ。」 者奴《しやつ》中々《なか〳〵》の氣丈者《しつかりもの》で分別《ふんべつ》の有《あ》る奴《やつ》と見《み》えて、聲《こゑ》は立《た》てなかつた。さツと顏色《かほいろ》を變《か》へると、牛《うし》の膀胱程《ばうくわうほど》な大《おほ》きな眼球《めだま》が飛出《とびだ》して頰《ほゝ》へ振《ぶ》ら垂《さが》る程《ほど》になつたけれど、それでも聲《こゑ》は立《た》てなかつた。そつと起上《たちあが》つて、私《わたし》には禮《れい》も言《い》はずに、わく〳〵して蹌踉《よろ》けながら、それでも急《せ》かずに出口《でぐち》の方《はう》へ行《ゆ》く。此中《このなか》で迯出《にげだ》して命《いのち》を助《たす》かる價値《ねうち》の有《あ》るのは自分《じぶん》ばかりと己惚《うぬぼ》れて、他《ほか》の者《もの》が火事《くわじ》に氣《き》が附《つ》いてその迯路《にげみち》を塞《ふさ》ぐを恐《おそ》れてゐたらしい。
私《わたし》は氣色《きしよく》が惡《わる》くなつて來《き》たから、矢張《やはり》芝居《しばゐ》を出《で》て了《しま》つた。此處《こゝ》で正體《しやうたい》を顯《あら》はすのはまだ早《はや》いとも思《おも》つたので。で、外《そと》へ出《で》て戰地《せんち》の方角《はうがく》を眺《なが》めてみると、空《そら》は森《しん》として、火影《ほかげ》の黃《き》に映《うつ》る夜《よる》の雲《くも》が長閑《のどか》に徐《しづ》かに漾《たゞよ》つてゐる。空《そら》も町《まち》も餘《あま》り閑《しづ》かなのに欺《だま》されて、「皆《みんな》夢《ゆめ》で、戰爭《せんさう》も何《なに》も有《あ》るんぢやないのかも知《し》れん」、と私《わたし》は思《おも》つた。 が、曲角《まがりかど》から子供《こども》が飛出《とびだ》して、何《なん》だか嬉《うれ》しさうに大聲《おほごゑ》で、 「そーら滅茶苦茶《めちやくちや》な大戰爭《だいせんさう》!
大變《たいへん》な討死《うちじに》だい!電報《でんぱう》買《か》つてお吳《く》んな。今夜《こんや》の電報《でんぱう》だぜ。」 街燈《がいとう》の火影《ほかげ》で讀《よ》むで見《み》ると、戰死《せんし》四千とある。芝居《しばゐ》の見物《けんぶつ》だつて千|以上《いじやう》は無《な》かつたらう。家《うち》へ歸《かへ》る途々《みち〳〵》も、四千の死骸《しがい》〳〵と、始終《しじゆう》其事《そのこと》ばかりを思《おも》つてゐた。 かうなると、ガランとした家《うち》へ入《はい》るのが氣味《きみ》が惡《わる》い。鍵《かぎ》を孔《あな》に押入《おしい》れて、何《なに》も言《い》はぬ平《たひ》らな戶《と》を眺《なが》めたばかりで、もう人《ひと》も住《す》まぬ眞暗《まツくら》な部屋《へや》々々《〴〵》が殘《のこ》らず心《こゝろ》に浮《うか》ぶ。今《いま》其中《そのなか》をキョロ〳〵しながら帽子《ぼうし》を冠《かぶ》つた者《もの》が一人《ひとり》通《とほ》る所《ところ》だ。不知《ふち》案内《あんない》の通路《かよひぢ》ではないけれど、まだ梯子段《はしごだん》を登《のぼ》る時《とき》から、マッチを擦《す》つて、手燭《てしよく》を見付《みつ》ける迄《まで》、點《とぼ》し續《つゞ》けてゐた。兄《あに》の書齋《しよさい》へはもう行《ゆ》かぬ。書齋《しよさい》は在形《ありがた》の儘《まゝ》全然《そツくり》直《ひた》と締切《しめき》つて、錠《ぢやう》が卸《おろ》してある。私《わたし》は食堂《しよくだう》へ引越《ひツこ》してゐたが、今夜《こんや》も其《その》食堂《しよくだう》に寢《ね》るのだ。食堂《しよくだう》の方《はう》が居心《ゐごゝろ》が好《い》い。話聲《はなしごゑ》や、笑聲《わらひごゑ》や、食器《しよくき》の鳴《な》る賑《にぎや》かな音《おと》がまだ太氣中《たいきちう》に籠《こも》つて居《ゐ》さうに思《おも》はれる。時々《とき〴〵》乾《かわ》いたペン先《さき》のさら〳〵と紙上《しゞやう》を走《はし》る音《おと》が判然《はつきり》聞《きこ》える事《こと》もある。寢臺《ねだい》へ橫《よこ》になると…
(斷篇第十五)
…愚《ぐ》にも附《つ》かぬ夢《ゆめ》だけれど、怖《おそ》ろしい夢《ゆめ》だ。宛然《さながら》葢《ふた》の骨《ほね》を剝《は》がれて、腦《なう》が覆《おほ》ふ物《もの》もなく露出《むきだ》しになつたやうに、物狂《ものぐる》ほしい血羶《ちなまぐさ》い今日《けふ》此頃《このごろ》の慘《むご》たらしさを、吸《す》はせられる儘《まゝ》に吸《す》ひ込《こ》んで飽《あ》くことを知《し》らぬ。縮《ちゞ》んで寢《ね》れば、身《み》は二アルシンを塞《ふさ》ぐに過《す》ぎぬけれど、心《こゝろ》は世界《せかい》をも包《つゝ》む。所有《あらゆる》人《ひと》の目《め》で觀《み》、所有《あらゆる》人《ひと》の耳《みゝ》で聽《き》き、戰死者《せんししや》と共《とも》に死《し》に、負傷《ふしやう》して置去《おきざ》りにされた者《もの》と共《とも》に泣《な》き悲《かな》しみ、人《ひと》の流《なが》す血《ち》に私《わたし》も痛《いた》みを感《かん》じて惱《なや》む。無《な》い物《もの》までも有《あ》るやうに、遠《とほ》い物《もの》さへ近《ちか》く顯然《まざ〳〵》と見《み》えて、曝《さら》した腦《なう》の苦痛《くつう》に際限《さいげん》がない。
子供《こども》々々《〳〵》、小《ちい》さな子供《こども》、まだ罪《つみ》を知《し》らぬ子供《こども》。 その子供等《こどもら》が町中《まちなか》で戰爭《さんさう》ごツこをして、逐《お》ひつ逐《お》はれつしてゐる中《うち》に、誰《だれ》だか細《ほそ》い稚《をさ》ない聲《こゑ》でもう泣《な》く者《もの》がある。私《わたし》は怖《おそ》ろしさも怖《おそ》ろしく、厭《いや》な厭《いや》な氣持《きもち》になつて、何《なに》か胸《むね》が躍《をど》るやうに覺《おぼ》えた。家《うち》へ歸《かへ》れば、夜《よる》になつて、夜火事《よくわじ》のやうに炎《も》える夢《ゆめ》に、このいたいげな罪《つみ》の無《な》い子供等《こどもら》が、小《ちひ》さな人殺《ひとごろ》ろしの惡黨《あくたう》の群《むれ》になつたと見《み》た。
何《なん》だか眞赤《まツか》な太《ふと》い火焰《くわえん》を擧《あ》げて物凄《ものすご》く燃《も》える烟《けむり》の中《うち》に、首《くび》は大人《おとな》の、加之《しか》も惡黨《あくたう》らしく、胴《どう》は不具《かたは》の子供《こども》の變化《へんぐゑ》らしい物《もの》が蠢《うご》めく。山羊《やぎ》の子《こ》が戯《たはむ》れるやうに、身輕《みがろ》くピョン〳〵跳廻《はねまは》つてゐる癖《くせ》に、病人《びやうにん》のやうな苦《くる》しさうな息氣《いき》遣《づか》ひをする。蟇《ひき》か蛙《かへる》のそれに似《に》た口《くち》を、パクリと開《あ》いては顫《わなゝ》かせ、躶身《はだかみ》の透徹《すきとほ》るやうな皮越《かはご》しに赤《あか》い血《ち》の流《なが》れるのが見《み》えて、その子供等《こどもら》は遊《あそ》び戯《たはむ》れながら、討《う》ちつ討《う》たれつする。小《ちひ》さくて何處《どこ》へでも潜《もぐ》り込《こ》むから、此程《これほど》無氣味《ぶきみ》な物《もの》を私《わたし》は曾《かつ》て見《み》た事《こと》がない。
私《わたし》が窓《まど》から覗《のぞ》いてゐるのを、小《ちひ》さい一人《ひとり》が認《みと》めるや、莞爾《にツこり》して、内《うち》へ入《はい》りたさうな目色《めつき》をしながら、 「其處《そこ》へ行《い》くよ。」 「來《き》たら取殺《とりころ》すだらう?」 「其處《そこ》へ行《い》くよ。」 忽《たちま》ち諷《さツ》と顏色《かほいろ》を變《か》へて、白壁《しらかべ》を攀登《よぢのぼ》る所《ところ》は宛然《まるで》鼠《ねずみ》だ、饑《う》えた鼠《ねずみ》だ。落《お》ちてチゝと鳴《な》く、又《また》ちよこちよこと壁《かべ》を走《はし》る。その變化《へんくわ》の烈《はげ》しいこと、遽《あはた》だしいこと、見《み》る眼《め》も迷《まよ》ふばかりだ。
戶《と》の下《した》からなら、潜《もぐ》り込《こ》める、――と思《おも》つて私《わたし》が慄然《ぞツ》とすると、さう思《おも》ふ人《ひと》の心《こゝろ》を讀《よ》むだやうに、鼠《ねずみ》は身《み》を細長《ほそなが》くして、尻尾《しツぽ》の先《さき》をひらめかしながら、表口《おもてぐち》の戶《と》の下《した》の暗《くら》い隙間《すきま》へ潜《もぐ》り込《こ》む。私《わたし》が夜着《よぎ》を被《かぶ》つて隱《かく》れてゐると、小《ちひ》さな奴《やつ》が小《ちひ》さな素足《すあし》の音《おと》を偸《ぬす》み〳〵、暗《くら》い部屋《へや》々々《〴〵》を尋《たづ》ね廻《まは》る音《おと》がする。そろり〳〵と、躇躊《ためら》ひがちに、私《わたし》の部屋《へや》へ忍《しの》び寄《よ》つて、遂《つひ》に中《なか》へ這入《はい》つて來《き》たが、それぎり久《しば》らくはガサともゴソとも言《い》はないから、寢臺《ねだい》の側《そば》に何《なに》が居《ゐ》やうとも思《おも》へぬ。忽《たちま》ち誰《だれ》だか小《ちひ》さな手《て》で夜着《よぎ》の端《はし》を捲《ま》くる者《もの》がある。室内《しつない》の冷《つめ》たい氣《き》がヒヤリと面《かほ》に觸《ふ》れ、胸《むね》に觸《ふ》れる。私《わたし》はしかと夜着《よぎ》を抑《おさ》へてゐたが、夜着《よぎ》は止度《とめど》なく其處《そこ》ら中《ぢう》から剝《めく》れて、足《あし》が水《みづ》へでも涵《つか》つたやうに、急《きふ》に冷《つめ》たくなる。頓《やが》て兩足《りやうあし》とも冷《つめ》たい暗《くら》い部屋《へや》の中《なか》に便《たよ》りなく橫《よこた》はれば、鼠《ねずみ》はそれを眺《なが》めてゐる。
壁《かべ》一重《ひとゑ》隔《へだ》てゝ庭《には》で犬《いぬ》の啼聲《なきごゑ》がして、ト罷《や》むと、鎖《くさり》のぢやら〳〵といふ音《おと》がして、犬《いぬ》は小舎《こや》へ潜《もぐ》り込《こ》むだやうだ。鼠《ねずみ》は默《だま》つて私《わたし》の素足《すあし》を眺《なが》めてゐる。それが側《そば》に居《ゐ》るのは自《おのづか》ら知《し》れる。堪《たま》らなく怖《おそ》ろしくて、死神《しにがみ》に抱窘《だきすく》められたやうに、身體《からだ》が竦《すく》み、石《いし》の墓《はか》か何《なん》ぞのやうに、寂《ぢツ》と動《うご》かなくなるにつけても、それは知《し》れるが、若《も》し大聲《おほごゑ》を立《た》てる事《こと》が出來《でき》たら、私《わたし》は此市《このまち》どころか、世界中《せかいぢう》を呼覺《よびさま》したかも知《し》れん。只《たゞ》聲《こゑ》が中途《ちうと》で立消《たちぎ》えをして出《で》て來《こ》ぬので、大人《おとな》しく凝然《ぢツ》としてゐたが、小《ちひ》さい冷《つめ》たい手先《てさき》がむづ〳〵と身體中《からだぢう》を這廻《はひまは》つて、咽喉元《のどもと》へ逼《せま》る。 「堪《たま》らん!」と片息《かたいき》になつて、喚《わめ》いて瞬《またゝ》く間《ま》に目《め》を覺《さま》す。夜《よ》は深々《しん〳〵》として靈《れい》あるが如《ごと》く、暗《くら》くても能《よ》く見《み》えたが、私《わたし》は又《また》眠入《ねい》つたらしかつた… 「何《なに》も心配《しんぱい》する事《こと》はないよ」、と兄《あに》が寢臺《ねだい》の端《はし》に腰《こし》を卸《おろ》した。亡者《もうじや》でも重《おも》たくて、寢臺《ねだい》がギシ〳〵といふ。「何《なに》も心配《しんぱい》する事《こと》はない。皆《みな》夢《ゆめ》だ。咽喉《のど》を締《し》められるやうな氣《き》がするので、お前《まへ》は實《じつ》は誰《だれ》も居《ゐ》ない眞暗《まつくら》な部屋《へや》でグッスリ寢込《ねこ》んでるのだ。ね、私《わたし》は書齋《しよさい》で書《か》いてるのだ。何《なに》を書《か》いてるのか一|向《こう》知《し》らんもんだから、お前方《まへがた》は私《わたし》を狂人《きちがひ》扱《あつか》ひにして失禮《しつれい》な眞似《まね》をしてゐるけれど、もう斯《か》うなりや打明《うちあ》けやう。私《わたし》は實《じつ》は赤《あか》い笑《わら》ひの事《こと》を書《か》いてるのだ。お前《まへ》に見《み》えるか?」 何《なに》やら大《おほ》きな眞紅《まツか》な血《ち》だらけの物《もの》が私《わたし》の上《うへ》に覆《かぶ》さつて、齒《は》のない口元《くちもと》でゲタリと笑《わら》つてゐる。 「これが赤《あか》い笑《わらひ》だ。地球《ちきう》が狂氣《きちがひ》になると、かういふ笑方《わらひかた》をするものだ。お前《まへ》知《し》つてるだらう、地球《ちきう》の氣《き》の違《ちが》つた事《こと》は? もう花《はな》も歌《うた》もなくなつて、地球《ちきう》は圓《まる》い、滑《すべツ》こい、眞紅《まツか》な、皮《かは》を剝《む》いた頭《あたま》のやうな物《もの》になつて了《しま》つた。見《み》えるか?」 「見《み》えます。今《いま》笑《わら》つてます。」 「地球《ちきう》の腦髓《なうずゐ》がえらい事《こと》になつて了《しま》つたから、御覽《ごらん》。眞紅《まツか》なところは血《ち》の粥《かゆ》とでも謂《い》ひさうだ。滅茶々々《めつちや〳〵》になつて了《しま》つた。」 「何《なに》か喚《わめ》いてる。」 「痛《いた》いのだ。もう花《はな》も歌《うた》もないからな。さあ、己《おれ》がお前《まへ》の上《うへ》へ乗《の》つかるぞ!」 「乗《の》つかつちや、重《おも》たい、氣味《きみ》も惡《わる》い。」 「死《し》んだ者《もの》なら、生《い》きてる者《もの》の上《うへ》に乗《のツ》かるべき筈《はず》だ。溫《あツた》かいだらう?」 「溫《あツた》かです。」 「好《い》い心持《こゝろもち》か?」 「死《し》にさうだ。」 「目《め》を覺《さま》してワッといへ。目《め》を覺《さま》してワッと。己《おれ》はもう行《ゆ》く…」
(斷篇第十六)
戰鬪《せんとう》が始《はじ》まつてから、もう八|日目《かめ》になる。過《すぐ》る週《しう》の金曜《きんえう》に始《はじ》まつて、土曜《どえう》、日曜《にちえう》、月曜《げつえう》、火曜《くわえう》、水曜《すゐえう》、木曜《もくえう》と過《す》ぎて、又《また》金曜《きんえう》が來《き》て其《それ》も過《す》ぎたが、まだ戰鬪《せんとう》は止《や》まぬ。兩軍《りやうぐん》の兵數《へいすう》十|萬《まん》、それが相對《あひたい》して一|步《ぽ》も退《ひ》かずに、凄《すさ》まじい音《おと》を立《た》てゝ、息氣《いき》をも續《つ》がず破裂彈《はれつだん》を打《う》ち合《あ》ふので、刻々《こく〳〵》に生人《せいにん》が死人《しにん》になつて行《ゆ》く。段々《だん〳〵》轟々《ごう〳〵》と絕《た》えず空氣《くうき》を撼《ゆす》る其《その》砲聲《はうせい》に、空《そら》も動搖《どよ》んで眞黑《まツくろ》な夕立雲《ゆうだちぐも》を呼《よ》び、雷霆《らいてい》は頭《あたま》の上《うへ》で磤《はた》めくけれど、敵《てき》も味方《みかた》も此處《こゝ》を先途《せんど》と討《う》ちつ討《う》たれつしてゐる。人《ひと》は三|晝夜《ちうや》眠《ねむ》らんと、病《やまひ》を得《え》て物《もの》も覺《おぼ》えぬやうになるといふのに、况《ま》して是《これ》はもう一|週間《しうかん》も眠《ねむ》らずに居《ゐ》るのだから、皆《みな》狂氣《きちがひ》になつてゐる。であるから、苦《くる》しいとも思《おも》はない、退《ひ》かうともしない、一人《ひとり》殘《のこ》らず討死《うちじに》して了《しま》ふ迄《まで》は、奮鬪《ふんとう》せんとするのだ。風聞《ふうぶん》に據《よ》ると、某隊《ぼうたい》では彈藥《だんやく》が盡《つ》きて、石《いし》を投《な》げ合《あ》ひ、拳《こぶし》で毆《う》ち合《あ》ひ、犬《いぬ》のやうに咬《か》み合《あ》つたと云《い》ふ。若《も》し此《この》戰鬪《せんとう》の參加者《さんかしや》で生還《せいくわん》する者《もの》があつたら、狼《おほかみ》のやうに牙《きば》が生《は》えてゐやうも知れぬが、恐《おそ》らく生還者《せいくわんしや》は有《あ》るまい、皆《みな》狂《くる》つてゐるから、一人《ひとり》殘《のこ》らず討死《うちじに》して了《しま》はう。皆《みな》狂《くる》つてゐる。頭《あたま》の中《なか》が顚倒《てんたふ》して何《なに》も分《わか》らなくなつて居《ゐ》るから、若《も》し急《きふ》にグルッと方向《むき》を變《か》へさせられたら、敵《てき》と思《おも》つて味方《みかた》に發砲《はつぱう》しかねまいと思《おも》はれる。
奇怪《きくわい》な噂《うはさ》がある…奇怪《きくわい》な噂《うはさ》で、怖《おそ》ろしくもあるし、只《た》だ事《こと》でないと虫《むし》が知《し》らせたから、皆《みな》蒼《あを》くなつて、ひそ〳〵と咡《さゝや》く。あゝ、兄《あに》に聞《き》かせたい、皆《みな》赤《あか》い笑《わらひ》の噂《うはさ》だ。聞《き》けば、幻《まぼろ》しの部隊《ぶたい》が現《あら》はれたと云《い》ふ。いづれも何《なに》から何迄《なにまで》生人《せいじん》と些《ちつ》とも違《ちが》はぬ亡者《もうじや》の集團《しふだん》だ。夜《よ》は狂《くる》つた人逹《ひとたち》が霎時《しばし》の夢《ゆめ》を結《むす》ぶ時《とき》、晝《ひる》は晴《は》れた日《ひ》も黃泉《よみ》と曇《くも》る戰《たゝかひ》の眞最中《まツさいちう》に、忽然《こつぜん》と現《あら》はれて、幻《まぼろ》しの砲《はう》で發砲《はつぱう》して、怪《あや》しの砲聲《はうせい》に空《そら》を撼《ゆす》ると、生《い》きてはゐるが、氣《き》の狂《くる》つた人逹《ひとたち》が、事《こと》の不意《ふい》なのに度《ど》を失《うしな》つて、死物狂《しにものぐる》ひに其《その》幻《まぼろ》しの敵《てき》と戰《たゝか》ひ、怖《おそ》れて取逆上《とりのぼ》せて、一|瞬《しゆん》の間《ま》に白髮《しらが》になり、紛々《ふんぷん》と死《し》んで行《ゆ》く。幻《まぼろ》しの敵《てき》は忽然《こつぜん》として現《あら》はれて、又《また》忽然《こつぜん》として消《き》え失《う》せる。と、寂然《しん》となつた跡《あと》を見《み》れば、散々《さん〴〵》に形《かたち》の害《そこな》はれたまだ生々《なま〳〵》しい死骸《しがい》が、狼藉《らうぜき》と地上《ちじやう》に橫《よこたは》つてゐる。敵《てき》は果《はた》して何者《なにもの》だつたらう?
敵《てき》の果《はた》して何者《なにもの》だつたかを、私《わたし》の兄《あに》は知《し》つてゐる筈《はず》だ。
二|度目《どめ》の戰鬪《せんとう》も終《をは》つて、四下《あたり》は寂然《ひツそり》となる。敵《てき》は遠方《ゑんぱう》だ。それだのに、闇夜《やみよ》に突然《とつぜん》ドンと一|發《ぱつ》怯《おび》えたやうな筒音《つゝおと》がする。それツと跳起《はねお》きて、皆《みな》暗黑《くらやみ》の中《なか》へ發砲《はつぱう》する、――久《しば》らく、何時間《なんじかん》といふ間《あひだ》、寂《しん》として音沙汰《おとさた》のない暗黑《くらやみ》の中《なか》へ發砲《はつぱう》する。暗中《あんちう》に何《なに》を認《みと》めたのか?
怖《おそ》ろしくも物狂《ものぐる》ほしい無言《むごん》の姿《すがた》を現《げん》した無氣味《ぶきび》な者《もの》は抑《そもそ》も何者《なにもの》だ?
之《これ》を知《し》つてる者《もの》は兄《あに》と私《わたし》とだけで、まだ他《ほか》の人《ひと》は知《し》らない、只《たゞ》感《かん》ずるだけは感《かん》じて居《ゐ》ると見《み》えて、蒼《あを》くなつて此樣《こん》な事《こと》をいふ、「如何《どう》して斯《か》う狂人《きちがひ》が多《おほ》いのでせう?
此樣《こん》なに澤山《たくさん》狂人《きちがひ》の有《あ》つた事《こと》はまだ聞《き》いた事《こと》がない。」 「此樣《こん》なに澤山《たくさん》狂人《きちがひ》の有《あ》つた事《こと》を聞《き》いた事《こと》がない」といつて、皆《みな》蒼《あを》くなる。今《いま》も昔《むかし》も變《かは》らぬと思《おも》つて居《ゐ》たいのだ。遍《あまね》く人《ひと》の良智《りやうち》を無理《むり》に抑《おさ》へて居《ゐ》る力《ちから》は銘々《めい〳〵》の果敢《あへ》ない頭《あたま》の上《うへ》へは及《およ》ばぬと思《おも》つてゐたいのだ。 「昔《むかし》だつて、何時《いつ》だつて、戰爭《せんさう》はあつた、しかし曾《かつ》て此樣《こん》な事《こと》はない。戰爭《せんさう》は生存《せいそん》の理法《りはふ》だ」、と斯《か》ういつて皆《みな》澄《すま》して落着《おちつ》いてゐるけれど、其癖《そのくせ》皆《みな》蒼《あを》くなつてゐる、皆《みな》眼《め》で醫者《いしや》を捜《さが》してゐる、皆《みな》狼狽《うろた》へた聲《こゑ》で、水《みづ》を、早《はや》く水《みづ》を、と叫《さけ》んでゐる。
人《ひと》は皆《みな》内《うち》に動《うご》く良智《りやうち》の聲《こゑ》を聞《き》くまいとして、無意味《むいみ》な事《こと》に爭《あらそ》ひ負《ま》けて其《その》分別《ふんべつ》の鈍《にぶ》り行《ゆ》くのを忘《わす》れやうとして、ならば白痴《たはけ》になりたいと思《おも》ふ。戰地《せんち》では刻々《こく〳〵》に人《ひと》の死《し》に行《ゆ》く今日《けふ》此頃《このごろ》、私《わたし》は如何《どう》しても安閑《あんかん》としてゐられぬから、其處《そこ》ら中《ぢう》世間《せけん》を駈廻《かけまは》つて、人《ひと》の話《はなし》も隨分《ずゐぶん》聞《き》いた、なに、戰爭《せんさう》は遠方《ゑんぱう》だ、我々《われ〳〵》には關係《くわんけい》はないといつて、故意《わざ》とらしく微笑《びせう》する人《ひと》の面《かほ》も隨分《ずゐぶん》見《み》た。が、それよりも多《おほ》く出逢《であ》つたのは、虛飾《きよしよく》を去《さ》つた眞實《しんじつ》の恐怖《きようふ》である。心細《こゝろぼそ》い苦《にが》い淚《なみだ》である、「この狂暴《きやうばう》の殺戮《さつりく》はいつ止《や》めるのだ!」といふ、絕望《ぜつばう》の物狂《ものぐる》ほしい叫聲《さけびごゑ》である。人《ひと》が大《おほい》なる良智《りやうち》に力《ちから》一杯《いつぱい》膓《はらわた》を絞《しぼ》られて、最後《さいご》の祈禱《きたう》、最後《さいご》の呪咀《じゆそ》を唱《とな》へ出《だ》す時《とき》、能《よ》く此《この》叫聲《さけびごゑ》を發《はつ》する。
久《ひさ》しいこと、或《あるひ》は數年《すうねん》になるかも知《し》れぬが、足踏《あしぶ》みしなかつた去方《さるかた》で、狂氣《きやうき》になつて後送《こうさう》せられた一|將校《しやうかう》に出逢《であ》つた。同窓《どうさう》の友《とも》だのに、私《わたし》は見違《みちが》へた位《くらゐ》で、產《う》みの母《はゝ》さへ分《わか》らなかつたと云《い》ふ。一|年《ねん》も墳穴《つかあな》に埋《うま》つてゐて再《ふたゝ》び此世《このよ》に出《で》て來《き》たとて、かうはあるまいと思《おも》はれる程《ほど》の變《かは》り樣《やう》で、頭《あたま》も白《しろ》く、全《まつた》く白《しろ》くなつて了《しま》つてゐた。面貌《かほだち》は餘《あま》り變《かは》つてもゐなかつたが、默《だま》つて聽耳《きゝみゝ》を立《た》てゝゐる其《その》面色《かほつき》は世離《よばな》れして、人間《にんげん》とは緣遠《えんどほ》く怖《おそ》ろしげなので、言葉《ことば》を掛《か》けるさへ無氣味《ぶきび》になる。如何《どう》して氣《き》が違《ちが》つたのだといふと、親戚《しんせき》の聞込《きゝこ》んだ所《ところ》では、彼《かれ》の隊《たい》が豫備隊《よびたい》となつて、隣《とな》りの聯隊《れんたい》が突貫《とつくわん》した事《こと》がある。大勢《おほぜい》が駈《か》けながら、ウラー、ウラーと喚《わめ》く。大聲《おほごゑ》に喚《わめ》くので、殆《ほとん》ど銃聲《じうせい》も聞《きこ》えなくなつた程《ほど》だつたが、其中《そのうち》にふと銃聲《じうせい》が止《や》む、――ウラーが止《や》む。寂然《しん》と墓《はか》の如《ごと》く靜《しづ》かになつたのは、敵《てき》の陣地《ぢんち》に走《はし》り着《つ》いて、彌〻《いよ〳〵》白兵戰《はくへいせん》が始《はじ》まつたのだ。彼《かれ》は此時《このとき》寂然《しん》となつたのに堪《た》へなかつたのだと云《い》ふ。
今《いま》では側《そば》で話《はなし》をしたり、叫《さけ》んだり、騷《さわ》いだりしてゐると、落着《おちつ》いて聽耳《きゝみゝ》を立《た》てゝ何《なに》かの聞《きこ》えるのを待《ま》つてゐるが、一寸《ちよツと》でも閑《しづ》かになると、我《われ》と我頭《わがあたま》に挘《むし》りつくやら、壁《かべ》や家具《かぐ》へ駈上《かけあが》らうとするやら、癲癇《てんかん》めいた發作《ほつさ》を起《おこ》して藻搔《もが》く。親戚《しんせき》が多《おほ》いので、其等《それら》が交《かは》る〴〵病人《びやうにん》を取卷《とりま》いて騷《さわ》いでやつてゐるが、それでも夜《よる》がある、長《なが》い音《おと》のせぬ夜《よる》があるから、父親《ちゝおや》が夜《よる》を引受《ひきう》ける。これも矢張《やツぱり》白髮《しらが》頭《あたま》の少《すこ》し氣《き》の變《へん》な親仁《おやぢ》だが、チクタクの音《おと》の高《たか》い時計《とけい》を幾《いく》つとなく壁《かべ》に掛連《かけつら》ねて、たがひ違《ちが》ひに間斷《しツきり》なく時《とき》を打《う》たせてゐたが、近頃《ちかごろ》では絕《た》えずパチパチといふやうな音《おと》を出《だ》す輪《わ》を仕掛《しか》けてゐるさうな。まだ二十七だから、全快《ぜんくわい》すると思《おも》つて、望《のぞみ》を將來《しやうらい》に繫《か》けてゐるから、今《いま》では家内《かない》が寧《むし》ろ陽氣《やうき》である。軍服《ぐんぷく》は着《き》せないが、瀟洒《さつぱり》した服裝《なり》をさせて、見《み》ともなくないやうに仕《し》て置《お》いてやるから、白髮《しらが》でこそあれ、面相《かほだち》はまだ若々《わか〳〵》しく、擧動《きよどう》も力《ちから》の脫《ぬ》けたやうに悠然《ゆツたり》と品《ひん》が好《よ》く、物思《ものおも》ひ貌《がほ》に凝《ぢツ》と注意《ちうい》してゐる形《かたち》は寧《むし》ろ美《うつく》しい。
始終《しじう》の話《はなし》を聽《き》いて、私《わたし》は側《そば》へ行《い》つて、その男《をとこ》の蒼白《あをじろ》い、萎《な》え〳〵とした、もう刃《やいば》を揮翳《ふりかざ》すこともない筈《はず》の手《て》に接吻《せつぷん》したが、之《これ》には誰《たれ》も目《め》を側《そばだ》てる者《もの》もなかつた。唯《たゞ》友《とも》の若《わか》い妹《いもうと》が目《め》に微笑《びせう》を含《ふく》むで私《わたし》を見《み》たばかりだつたが、それからは其《その》娘《むすめ》が、許嫁《いひなづけ》でもあるやうに、私《わたし》の跡《あと》を追廻《おひまは》して、此世《このよ》に掛易《かけがへ》のない男《をとこ》のやうに私《わたし》を慕《した》ふ。餘《あま》り慕《した》はれるので、私《わたし》も不覺《つい》眞暗《まツくら》なガランとした家《うち》に、獨居《ひとりゐ》よりも厭《いや》な思《おもひ》をしてゐる事《こと》を話《はな》さうとした程《ほど》だつたが、人《ひと》の心《こゝろ》といふものは愛想《あいそ》の盡《つ》きる物《もの》だ。何時《いつ》だつて絕望《ぜつばう》してゐる事《こと》はない。娘《むすめ》の計《はか》らひで差向《さしむか》ひになつた時《とき》、其人《そのひと》が優《やさ》しく、 「まあ、貴方《あなた》のお顏色《かほいろ》の惡《わる》いこと!
眼《め》の下《した》に環《わ》が出來《でき》てますよ。お加減《かげん》でも惡《わる》いのですか? それともお兄樣《あにいさま》がお可哀《かわい》さうでならないの?」 「兄《あに》ばかりぢやない、人間《にんげん》が皆《みな》可哀《かわい》さうです。尤《もツと》も少《すこ》し加減《かげん》も惡《わる》いが…」 「私《あた》し貴方《あなた》が兄《あに》の手《て》に接吻《せつぷん》なすつた譯《わけ》を知《し》つてますよ、――皆《みんな》は氣《き》が附《つ》かなかつたやうですけど。あの、何《なん》でせう、兄《あに》が狂氣《きちがひ》だから、それでゞせう?」 「さうです。狂氣《きちがひ》だから、それでゞす。」 娘《むすめ》は凝《ぢツ》と思案《しあん》に沈《しづ》む、――その樣子《やうす》が兄《あに》に酷肖《そツくり》であつた、――只《たゞ》逈然《ずツ》と若《わか》いばかりで。 「私《あた》し」、と娘《むすめ》は言淀《いひよど》むでサツと赤面《せきめん》したが、伏目《ふしめ》にもならないで、「私《あた》し貴方《あなた》のお手《て》に接吻《せツぷん》したいわ。許《ゆる》して下《くだ》すつて?」 私《わたし》は娘《むすめ》の前《まへ》に膝《ひざ》を突《つ》いて、 「祝福《ブレツス》して下《くだ》さい。」 娘《むすめ》は聊《いさゝ》か顏色《がんしよく》を變《か》へて身《み》を引《ひ》いたが、唇《くちびる》ばかりで囁《さゝや》くのを聞《き》くと、 「私《あた》し信者《しんじや》ぢやないわ。」 「私《わたし》だつてもそれは然《さ》うだ。」 娘《むすめ》の手《て》が一寸《ちよツと》私《わたし》の頭《あたま》に觸《ふ》れた。それが濟《す》むと、 「私《あた》し戰地《せんち》へ行《い》つてよ。」 「それも好《い》いでせう。しかし到底《とて》も耐《た》へられまい。」 「それは如何《どう》だか知《し》れないけど、だつて貴方《あなた》も兄《あに》も然《さ》うだけど、戰地《せんち》の人《ひと》だつて打遣《うツちや》つて置《お》く譯《わけ》には行《い》きますまい?
罪《つみ》も何《なに》もない人逹《ひとたち》ですもの。貴方《あなた》、私《わたし》を忘《わす》れちや下《くだ》さらない?」 「决《けツ》して。貴孃《あなた》は?」 「私《あたし》もそんなら、御機嫌《ごきげん》よう!」 「もう二|度《ど》とはお目《め》に掛《かゝ》れまい。御機嫌《ごきげん》よう!」 死《し》にも狂氣《きやうき》にも尤《もつと》も畏《おそ》るべき處《ところ》がある、――それを私《わたし》は經過《けいくわ》したやうな心持《こゝろもち》がして、ホッとした。氣《き》も落着《おちつ》いた。久《ひさ》し振《ぶり》で昨日《きのふ》は、怖《おそ》ろしいとも何《なん》とも思《おも》はず、平氣《へいき》で家《うち》へ入《はい》つて、兄《あに》の書齋《しよさい》の戶《と》を開《あ》けて、其《その》筐《かたみ》の机《つくえ》に對《たい》して、久《しば》らく椅子《ゐす》に倚《よ》つてゐた。夜中《よなか》にドンと何《なに》かに衝《つ》かれたやうな心持《こゝろもち》でふと目《め》を覺《さま》すと、乾《かわ》いたペン先《さき》が紙上《しじやう》を走《はし》る音《おと》がしたが、私《わたし》は驚《おどろ》かなかつた。殆《ほとん》ど微笑《びせう》せぬばかりの心持《こゝろもち》になつて、心《こゝろ》の中《うち》で、 「澤山《たんと》お書《か》きなさい。ペンも乾《かわ》いたのぢやない、――生々《なま〳〵》しい人間《にんげん》の血潮《ちしほ》を含《ふく》んでゐる。原稿《げんかう》も白紙《はくし》のやうに見《み》えやうが、其方《そのはう》が寧《むし》ろ好《い》い。何《なに》も書《か》いてないだけに無氣味《ぶきみ》で、聰明《さうめい》な人逹《ひとたち》が種々《いろん》な事《こと》を書立《かきた》てるよりも、戰爭《せんさう》や理性《りせい》に付《つ》いて多《おほ》くを語《かた》る。お書《か》きなさい、〳〵、澤山《たんと》お書《か》きなさい。」 …今朝《けさ》新聞《しんぶん》を讀《よ》むで見《み》ると、まだ戰闘《せんとう》が止《や》まぬので、私《わたし》はまた薄氣味惡《うすきみわる》くなつて來《き》て、心《こゝろ》が落居《おちゐ》ず、宛然《さながら》腦《なう》の中《なか》で何《なに》かガタリと落《お》ちたやうな心持《こゝろもち》がした。その何《なに》かゞ向《むか》ふから來《く》る、近《ちか》くなる、――もうガランと明《あか》るい家《うち》の敷居《しきゐ》に立《た》つてゐる。あゝ、彼《か》の人《ひと》が懷《なつ》かしい、何卒《どうぞ》私《わたし》の事《こと》を忘《わす》れて吳《く》れるな。私《わたし》は氣《き》が違《ちが》ひさうだ。戰死《せんし》三|萬《まん》、戰死《せんし》三|萬《まん》…
(斷篇第十七)
…市内《しない》も何《なん》となく血羶《ちなまぐさ》い。判然《はつきり》した事《こと》は分《わか》らぬけれど、何《なん》だか怖《おそ》ろしい噂《うはさ》がある…
(斷篇第十八)
今朝《けさ》新聞《しんぶん》を見《み》ると、澤山《たくさん》の戰死者《せんししや》の姓名《せいめい》が出《で》てゐる中《なか》で、一人《ひとり》知《し》つた名前《なまへ》がある。それは私《わたし》の妹《いもうと》の許嫁《いひなづけ》の一|將校《しやうかう》で、亡兄《ばうけい》と一|緒《しよ》に召集《せうしふ》された人《ひと》だ。一|時間後《じかんご》に配逹夫《はいたつふ》が投込《なげこ》んで行《い》つた手紙《てがみ》を見《み》ると、兄《あに》へ宛《あ》てたもので、表書《うはがき》の書風《しよふう》で分《わか》つたが、その戰死《せんし》した妹《いもうと》の許嫁《いひなづけ》から來《き》たのだ。死人《しにん》が死人《しにん》へ手紙《てがみ》を寄越《よこ》したのだ。けれども死人《しにん》が生《い》きてる人《ひと》に文通《ぶんつう》したよりまだ勝《まし》だ。これは私《わたし》が現《げん》に逢《あ》つた去《さ》る婦人《ふじん》の身《み》の上《うへ》だが、その息子《むすこ》が砲彈《はうだん》に粉韲《ふんさい》されて無殘《むざん》な最後《さいご》を遂《と》げたのを新聞《しんぶん》で知《し》つてから、全《まる》一ケ|月《げつ》の間《あひだ》每日《まいにち》其《その》息子《むすこ》から手紙《てがみ》が來《く》る。優《しほ》らしい息子《むすこ》で、手紙《てがみ》にはいつも優《やさ》しい事《こと》を書《か》いて母《はゝ》を慰《なぐさ》めて、何《なに》か幸福《かうふく》を得《う》る望《のぞ》みあり氣《げ》な若《わか》い愛度氣《あどけ》ない事《こと》ばかり言《い》つて寄越《よこ》す。此世《このよ》の人《ひと》ではないけれど、これが惡魔《あくま》の几帳面《きちやうめん》といふものか、每日《まいにち》缺《か》がさず此世《このよ》の事《こと》を書《か》いて寄越《よこ》すから、母親《はゝおや》は遂《つひ》に伜《せがれ》は戰死《せんし》したのでないと思《おも》ひ出《だ》した。が、ふと音信《おとづれ》が絕《た》えてから、一|日《にち》二日《ふつか》三日《みつか》と過《す》ぎ、それからも死默《しもく》に入《い》つて、何時迄《いつまで》待《ま》つても音沙汰《おとさた》がないので、母親《はゝおや》は兩手《りやうて》で古風《こふう》な大形《おほがた》のピストルを取上《とりあ》げて、胸《むね》へ丸《たま》を打込《うちこ》んだと云《い》ふ。助《たす》かつたやうにもいふが、私《わたし》は能《よ》くは知《し》らぬ。判然《はつきり》した事《こと》を聞《き》かずに了《しま》つた。
私《わたし》は久《しば》らく封筒《ふうとう》を眺《なが》めてゐたが、考《かんが》へて見《み》ると、此《この》封筒《ふうとう》も曾《かつ》て故人《こじん》の手《て》に觸《ふ》れた事《こと》があるのだ。何處《どこ》でか之《これ》を買《か》はうとして、錢《ぜに》を持《も》たせて從卒《じゆうそつ》を、何處《どこ》かの店《みせ》へ遣《や》つたのだ。故人《こじん》は此《この》手紙《てがみ》の封《ふう》をしてから、或《あるひ》は自分《じぶん》でポストへ入《い》れたかも知《し》れぬ。で、郵便《いうびん》といふ複雜《ふくざつ》な機關《きくわん》が運轉《うんてん》し出《だ》して、手紙《てがみ》は森《もり》や野《の》や市街《しがい》を餘所《よそ》に見《み》て、只管《ひたすら》目的地《もくてきち》を指《さ》して走《はし》る。最後《さいご》の日《ひ》の朝《あさ》、手紙《てがみ》の主《ぬし》が長靴《ながぐつ》を穿《は》いた時《とき》、手紙《てがみ》は走《はし》つてゐた。主《ぬし》が戰死《せんし》した時《とき》にも、手紙《てがみ》は走《はし》つてゐた。主《ぬし》が穴《あな》へ投込《なげこ》まれて死骸《しがい》が土《つち》の下《した》になつた時《とき》にも、消印《けしいん》を帶《お》びた灰色《はいゝろ》の封筒《ふうとう》の中《なか》に身《み》を忍《しの》ばせて、靈《れい》ある幻《まぼろし》の如《ごと》く、手紙《てがみ》は森《もり》や野《の》や市街《しがい》を餘所《よそ》に見《み》つゝ走《はし》つて、かうして今《いま》私《わたし》の手中《しゆちう》に在《あ》るのだ。
手紙《てがみ》の文句《もんく》は下《しも》の通《とほ》り。鉛筆《えんぴつ》で幾片《いくひら》かの紙《かみ》の切端《きれはし》に書《か》いたもので、結末《けつまつ》も附《つ》いてゐない。何《なに》か邪魔《じやま》が入《はい》つたものと見《み》える。 ⦅…今《いま》となつて始《はじめ》て戰爭《せんさう》の大《おほい》に樂《たの》しむべき所以《ゆえん》を知《し》つた。利口《りこう》な、狡猾《かうくわつ》な、裏表《うらおもて》のある、肉食《にくしよく》動物《どうぶつ》中《ちう》の肉食《にくしよく》動物《どうぶつ》より、遙《はる》かに味《あぢ》のある人間《にんげん》といふやつを殺《ころ》す樂《たの》しみは、古風《こふう》な原始的《げんしてき》な樂《たの》しみで、鎭長《とこしなへ》に人《ひと》の生命《せいめい》を奪《うば》ふといふ事《こと》は、行星《かうせい》なんぞを抛《な》げてテニスを行《や》るよりも、愉快《ゆくわい》なものだ。君《きみ》は哀《あは》れだ。僕《ぼく》は君《きみ》が僕等《ぼくら》と倶《とも》に在《あ》ることを得《え》ずして、無味《むみ》な平凡《へいぼん》な日《ひ》を送《おく》つて、無聊《むりよう》に苦《くる》しむ身《み》の上《うへ》になつたのを悲《かな》しむ。君《きみ》が高尙《かいしやう》な精神《せいしん》から、安《やす》きを偸《ぬす》んで居《ゐ》られずして、永《なが》く求《もと》めた所《ところ》のものは、死地《しち》に入《はい》つて後《のち》、始《はじめ》て獲《え》られる。血《ち》に醉《ゑ》ふといふこと、比喩《ひゆ》は稍《やゝ》古《ふる》めかしいが、眞實《しんじつ》は反《かへつ》て這裏《しやり》に在《あ》る。僕等《ぼくら》は膝《ひざ》まで血《ち》に蘸《ひ》り、此《この》赤葡萄酒《あかぶだうしゆ》に醉《ゑ》つてチロ〳〵目《め》になつてゐる。赤葡萄酒《あかぶだうしゆ》とは名譽《めいよ》ある僕《ぼく》の部下《ぶか》の兵《へい》が戯《たはむ》れに命《めい》じた名《な》だ。人《ひと》の生血《いきち》を飮《の》むといふ風習《ふうしふ》は、人《ひと》の思《おも》ふ程《ほど》、馬鹿氣《ばかげ》たものではない。古人《こじん》も承知《しようち》して行《や》つた事《こと》だ…⦆ ⦅…鵶《からす》が啼《な》いてゐる。君《きみ》に聞《きこ》えるか、鵶《からす》が啼《な》いてゐるぞ。何處《どこ》から此樣《こんな》に飛《と》んで來《き》たのだらう!
空《そら》も黑《くろ》む程《ほど》だ。天下《てんか》に可畏物《こはいもの》なしの僕等《ぼくら》と列《なら》んで、鵶《からす》は宿《とま》つてゐる。何處《どこ》へ行《い》つても隨《つ》いて來《く》る。いつも僕等《ぼくら》の頭《あたま》の上《うへ》に居《ゐ》るから、黑《くろ》レースの傘《かさ》を翳《さ》してゐるやうで、又《また》葉《は》の黑《くろ》い木《き》の動《うご》く蔭《かげ》に居《ゐ》るやうだ。一|羽《は》僕《ぼく》の面《かほ》の側《そば》へ來《き》て突《つゝ》つかうとした。彼奴《きやつ》僕《ぼく》を死人《しにん》と間違《まちが》へたのだらう。鴉《からす》が啼《な》いてゐる、少《すこ》し氣《き》になる。何處《どこ》から此樣《こん》なに飛《と》んで來《き》たのだらう?⦆ ⦅…昨夜《ゆうべ》僕等《ぼくら》は睡耋《ねぼ》けた敵《てき》を鏖殺《みなごろ》しにした。鴨《かも》を仕留《しと》める時《とき》のやうに、窃《そつ》と、足音《あしおと》を偸《ぬす》んで、巧《うま》く、用心《ようじん》して這《は》つて行《い》つたから、死骸《しがい》に一つ躓《つまづ》かず、鳥《とり》一|羽《は》起《た》たせなかつた。幽靈《いうれい》のやうに、忍《しの》んで行《ゆ》く、それを又《また》夜《よる》が隱《かく》して吳《く》れる。哨兵《せうへい》は僕《ぼく》が片付《かたづ》けてやつた、突倒《つきたふ》して置《お》いて、聲《こゑ》を立《た》てぬやうに咽喉《のど》を締《し》めたのだ。少《すこ》しでも聲《こゑ》を立《た》てられたら、百|年目《ねんめ》だからなあ、君《きみ》。しかし聲《こゑ》を立《た》てなかつた。殺《ころ》されると思《おも》つてゐる暇《ひま》が無《な》かつたやうだ。
篝《かゞり》がぷす〳〵燻《いぶ》つてゐる。敵《てき》は其側《そのそば》に眠《ね》てゐた。我家《わがや》で寢臺《ねだい》に臥《ね》たやうに、安心《あんしん》して眠《ね》てゐた。其處《そこ》を僕等《ぼくら》は一|時間餘《じかんよ》も屠《ほふ》つたのだ。斬《き》らぬ中《うち》に眼《め》を覺《さま》したのは幾人《いくたり》もなかつたが其樣《そん》な奴等《やつら》は悲鳴《ひめい》を揚《あ》げて、無論《むろん》赦《ゆる》して吳《く》れといつた。喰付《くひつ》きもした。一人《ひとり》の奴《やつ》なんぞ、僕《ぼく》が頭《あたま》を引摑《ひツつか》むと、摑《つか》みやうが惡《わる》かつたので、左《ひだり》の手《て》の指《ゆび》を咬《か》み切《き》りをつた。指《ゆび》は咬《か》み切られたが、其代《そのかは》り見事《みごと》に首《くび》を引捻《ひンねぢ》つてやつた。如何《どう》だ、君《きみ》、これなら帳消《ちやうけ》しになるまいか?いや、皆《みな》能《よ》く眠込《ねこ》んで居《ゐ》やがつたよ!
骨《ほね》を斬《き》れば、ポキンといふな、肉《にく》を斬《き》れば、ザクッといふのだ。それから丸裸《まるはだか》にして置《お》いて、お四季施《しきせ》の分配《ぶんぱい》をやつたが、君《きみ》、串戯《じやうだん》いふと思《おも》つて怒《おこ》つちや不好《いけない》ぜ。君《きみ》は小《こ》六かしいから、それぢや野武士臭《のぶしくさ》いといふかも知《し》れんが、仕方《しかた》がないさ。僕等《ぼくら》だつて殆《ほとん》ど裸《はだか》だもの。全然《すツかり》着切《きゝ》つて了《しま》つたのだ。僕《ぼく》は疾《と》うから何《なん》だか女《をんな》の上衣《うはぎ》のやうな物《もの》を着《き》てゐるのだ。これぢや常勝軍《じやうしようぐん》の將校《しやうかう》ぢやなくて、何《なに》かのやうだ。 それはさうと、君《きみ》は結婚《けつこん》した樣《やう》だつたな?それぢや、此樣《こん》な手紙《てがみ》を見《み》ちや、惡《わる》かつたらう。しかし…なあ、君《きみ》、女《をんな》に限《かぎ》るぞ。えい、糞《くそ》、僕《ぼく》だつて靑年《せいねん》だ、戀《こひ》に渇《かつ》してゐるンだ!おツと――君《きみ》にも約束《やくそく》した女《をんな》が有つたつけな?君《きみ》は何處《どこ》かの令孃《れいぢやう》の寫眞《しやしん》を僕《ぼく》に示《み》せて、これが僕《ぼく》の婚約《こんやく》した女《をんな》だと曰《い》つた事《こと》があるぜ。寫眞《しやしん》には何《なん》だか悲《かな》しい、非常《ひじやう》に悲《かな》しい、哀《あは》れな事《こと》が書《か》いてあつたつけ。而《さう》して君《きみ》は泣《な》いたぜ。何《なに》を泣《な》いたのだつけな?
何《なん》でも非常《ひじやう》に悲《かな》しい、非常《ひじやう》に哀《あは》れな、小《ちひ》さな花《はな》のやうな事《こと》が書《か》いてあつたつけが、何《なん》だつけな?
君《きみ》は泣《な》いたぜ、――泣《な》いて〳〵、泣《な》き立《た》てたぜ… 見《みツ》ともない、將校《しやうかう》の癖《くせ》に泣《な》くなんて!⦆ ⦅…鴉《からす》が啼《な》いてゐる。君《きみ》、聞《きこ》えるだらう?鴉《からす》が啼《な》いてるぞ。何《なん》だつて彼樣《あんな》に啼《な》くのだらう?…⦆ 此後《このあと》は鉛筆《えんぴつ》の跡《あと》が消《き》えてゐて、署名《しよめい》も讀《よ》めかねた。 ****** 不思議《ふしぎ》だ。此人《このひと》の戰死《せんし》したのが知《し》れても、私《わたし》は些《ちつ》とも哀《あは》れと思《おも》はなかつた。面《かほ》を憶出《おもひだ》すと、判然《はツきり》浮《うか》ぶ。優《やさ》しい、しほらしい、女《をんな》のやうな面相《かほだち》で、頰《ほゝ》は桃色《もゝいろ》、眼中《がんちう》は淸《すゞ》しく、朝《あさ》の如《ごと》く潔《いさぎよ》くて、髯《ひげ》は柔《やはら》かなむく毛《げ》で、これなら女《をんな》の面《かほ》の飾《かざ》りにもなりさうに思《おも》はれた。書物《しよもつ》や、花《はな》や、音樂《おんがく》を好《この》み、總《すべ》て粗暴《そぼう》な事《こと》が嫌《きら》ひで、詩《し》など作《つく》つてゐた。批評家《ひゝやうか》の兄《あに》が中々《なか〳〵》巧《たく》みだといつてた位《くらゐ》だ。が、此《この》人《ひと》について私《わたし》の知《し》つてゐる所《ところ》を憶《おも》ひ出《だ》したのでは、どうもこの鴉啼《からすな》きや、夜襲《やしう》の血《ち》の海《うみ》や、死《し》と調和《てうわ》せぬ。 …鴉《からす》が啼《な》いてゐる… ふツと、瞬《またゝ》く間《ま》、調子《てうし》外《はづ》れの何《なん》とも言《い》ひやうもない嬉《うれ》しい心持《こゝろもち》になつてみると、今迄《いまゝで》の事《こと》は皆《みな》僞《うそ》で、戰爭《せんさう》も何《ない》も有《あ》りはせん。戰死者《せんししや》もなければ、死骸《しがい》もない。思想《しさう》の根底《こんてい》が搖《ゆる》いで便《たよ》りなくなるなぞと、其樣《そん》な怖《おそ》ろしい事《こと》も有《あ》るのではない。私《わたし》は仰向《あふむけ》に臥《ね》て、子供《こども》のやうに怖《おそ》ろしい夢《ゆめ》を見《み》てゐるのだ。死《し》や恐怖《きようふ》に荒《あら》されて寂然《しん》となつた無氣味《ぶきび》な部屋々々《へや〳〵》も、人《ひと》の書《か》いた物《もの》とも思《おも》へぬ手紙《てがみ》を手《て》に持《も》つた私《わたし》も、皆《みな》夢《ゆめ》だ。兄《あに》は生《い》きてゐて、家内《かない》の者《もの》は皆《みな》茶《ちや》を飮《の》むでゐる。茶器《ちやき》の物《もの》に觸《ふ》れて鳴《な》る音《おと》も聞《きこ》える。 …鴉《からす》が啼《な》いてゐる… いや、矢張《やはり》事實《じじつ》だ。不幸《ふかう》な世《よ》の中《なか》――それが事實《じじつ》では有《あ》るまいか?
鴉《からす》が啼《な》いてゐる。理性《りせい》を失《うしな》つた狂人《きやうじん》や、無事《ぶじ》に苦《くる》しむ文士《ぶんし》などが、安直《あんちよく》の奇《き》を求《もと》めて思《おも》ひ付《つ》いた空言《そらごと》ではない。鴉《からす》が啼《な》いてゐる。兄《あに》は何處《どこ》に居《ゐ》るか。氣品《きひん》の高《たか》い、溫順《おんじゆん》な、誰《だれ》にも迷惑《めいわく》を掛《か》けまいと心掛《こゝろが》けてゐた人《ひと》だ。兄《あに》は何處《どこ》に居《ゐ》る? さあ、忌々《いま〳〵》しい解死人《げしにん》めら、返事《へんじ》をしろ!
呪《のろ》つても足《た》らぬ惡黨《あくとう》めら、牛馬《ぎうば》の屍肉《しにく》に集《たか》つた鴉《からす》めら、情《なさ》けない愚鈍《ぐどん》な畜生《ちくしやう》めら、――さあ、手前逹《てまへたち》は畜生《ちくしやう》だ、――世界《せかい》の人《ひと》の面前《めんぜん》で手前逹《てまへたち》に聞《き》いてるのだぞ!
何咎《なにとが》あつて兄《あに》を殺《ころ》した?手前逹《てまへたち》に面《かほ》があるなら、頰打《ほゝうち》喰《く》はしてやる所《ところ》だが、手前逹《てまへたち》には面《かほ》はない。手前逹《てまへたち》のそれは肉食動物《にくしよくどうぶつ》の鼻面《はなづら》といふものだ。人間《にんげん》の風《ふう》をしてゐても、手套《てぶくろ》の下《した》から爪《つめ》が見《み》えるでないか?
帽子《ばうし》の下《した》から畜生《ちくしやう》のひしやげた惱天《なうてん》が見《み》えるでないか?
幾《いく》ら利口《りこう》さうな口《くち》を利《き》いても、手前逹《てまへたち》の言《い》ふ事《こと》には狂氣《きちがひ》じみた所《ところ》があるわ。繍錠《さびぢやう》のぢやら〳〵いふ音《おと》がするわ。己《おれ》は己《おれ》の悲《かな》しみ、憂《うれ》ひ、侮辱《ぶじよく》せられた思想《しさう》の力《ちから》の有丈《ありたけ》を盡《つく》して、手前逹《てまへたち》を呪《のろ》ふぞ、この情《なさ》けない愚鈍《ぐどん》な畜生《ちくしやう》めら!
(最後の斷片)