Part 2
…蛇《へび》のやうに絡《から》み付《つ》く。現《げん》に其《その》友人《いうじん》が見《み》て來《き》ての話《はなし》に、鐵條網《てつでうもう》の一|端《たん》がプツリと切《き》れて、ピンと跳返《はねかへ》つて、クル〳〵と兵《へい》三|人《にん》に絡《から》み付《つ》いた。齒《は》が軍服《ぐんぷく》を突拔《つきぬ》いて肉《にく》に喰込《くひこ》むから、兵《へい》は悲鳴《ひめい》を揚《あ》げて、狂氣《きやうき》の如《ごと》く轉《ころ》げ廻《まは》つてゐる中《うち》に、一人《ひとり》は死《し》んで了《しま》つたが、其《その》死骸《しがい》を跡《あと》の二人《ふたり》が引摺《ひきず》つて轉《ころ》げ廻《まは》る。やがて生《い》きてゐるのは一人《ひとり》となる。生殘《いきのこ》つたのが、二人《ふたり》の死骸《しがい》を突離《つきはな》さうとするけれど、死骸《しがい》は附纏《つきまと》つて來《き》て、一|緒《しよ》に轉《ころ》がり、三人|《にん》の體《からだ》が上《うへ》になり下《した》になりしてゐる中《うち》に、ふと一|度《ど》にパタリと動《うご》かなくなつて了《しま》つたさうだ。
友《とも》の話《はなし》だと、此《この》鐵條網《てつでうもう》一《ひと》つで二千からの戰死者《せんししや》を出《だ》したと云《い》ふ。皆《みな》鐵條網《てつでうもう》を截《き》らうとして、蛇《へび》に卷付《まきつ》かれたやうに、進退《しんたい》の自由《じいう》を失《うしな》つてゐる處《ところ》を、大小《だいせう》の彈丸《だんぐわん》を雨《あめ》の如《ごと》く間斷《かんだん》なく浴《あび》せ蒐《か》けられたのだ。怖《おそ》ろしいとも何《なん》とも云樣《いひやう》がない。若《も》し逃《に》げる方角《はうがく》が分《わか》つてゐたら、臆病風《おくびやうかぜ》に吹卷《ふきまく》られて此時《このとき》の攻擊《こうげき》は總崩《そうくづ》れになつたらうが、何《なに》しろ十重二十重《とへはたへ》鐵條網《てつでうもう》を張渡《はりわた》してある。必死《ひつし》になつて其《それ》を破《やぶ》ると、今度《こんど》は底《そこ》に杭《くひ》を打込《うちこ》んだ狼穽《らうせい》が幾《いく》つとなく掘《ほ》つてあつて、是《これ》が又《また》迷宮同樣《めいきうどうやう》とあるから、皆《みな》度《ど》を失《うしな》つて了《しま》つて、逃《に》げる方角《はうがく》が附《つ》かなかつたのだと云《い》ふ。
或者《あるもの》は全《まつた》く盲目《めくら》のやうになつて、漏斗形《じやうごがた》した深《ふか》い坑《あな》に踏《ふ》ん込《ご》み、尖《とが》つた杭《くひ》の先《さき》に芋刺《いもざし》になつて、虚空《こくう》を掴むで藻搔《もが》く。宛然《さながら》玩具《おもちや》の道化人形《どうけにんぎやう》が踊《をど》るやうだ。其上《そのうへ》へ又《また》來《き》ては突刺《つゝさゝ》るから、まだ溫味《ぬくみ》のある、或《あるひ》は冷《ひ》え切《き》つた、血塗《ちみどろ》の體《からだ》がうよ〳〵と盛上《もりあが》つて、直《ぢ》き坑《あな》一|杯《ぱい》になつて了《しま》ふ。其處《そこ》にも此處《こゝ》にも腕《うで》が如龜々々《によき〳〵》と突出《つきで》てゐて、痙攣《けいれん》を起《おこ》してヒク〳〵してゐる指先《ゆびさき》で何《なん》にでもしがみ付《つ》く。一|度《ど》陷《おち》たら、最《も》う出《で》られない。剛《こは》ばつて蟹《かに》の鋏《はさみ》のやうになつた數百《すひやく》の指《ゆび》が、無性《むしやう》に足《あし》を引掴《ひつゝか》み、服《ふく》を引掴《ひつつか》み、己《おの》が上《うへ》へと引倒《ひきたふ》して置《お》いて、眼肉《がんにく》を抉《ゑぐ》り、首《くび》を締《しめ》る。が、大抵《たいてい》は酒《さけ》にでも醉《よ》つてゐるやうに、正面《まとも》に鐵條網《てつでうもう》を目蒐《めが》けて駆出《かけだ》し、引掛《ひつかゝ》つて喚《わめ》き叫《さけ》んでゐる中《うち》に、彈丸《たま》に中《あた》つて往生《わうじやう》して了《しま》ふ。 さうはいふものゝ、醉漢《ゑひどれ》のやうになるのは一|般《ぱん》の事《こと》で、鐵條網《てつでうもう》に手《て》や足《あし》を絡《から》められゝば、誰《だれ》でも大《おほい》に罵《のゝし》つたり、或《あるひ》は笑《わら》つたりする。而《さう》して其儘《そのまゝ》死《し》んで了《しま》ふ。この話《はなし》をした男《をとこ》も、朝《あさ》から飲《の》まず食《く》はずでゐたのださうだが、不思議《ふしぎ》な氣持《きもち》で、怖《おそ》ろしい怖《おそ》ろしいで目《め》が眩《くら》む最中《さなか》に、一寸《ちよつと》の間《ま》無性《むしやう》に愉快《ゆくわい》になる――怖《おそ》ろしいのが愉快《ゆくわい》なのだ。誰《だれ》だか隣《とな》りで歌《うた》を唄《うた》ひ出《だ》したから、一|緒《しよ》になつて唄《うた》つてゐると、頓《やが》て其處《そこ》らの者《もの》が皆仲間《みなゝかま》へ入《はい》つて立派《りつぱ》な合唱《がつしやう》になる。拍子《ひやうし》が中々《なか〳〵》好《よ》く揃《そろ》ふ。何《なに》を唄《うた》つたか、覺《おぼ》えがないが、何《なん》でもかう愉快《ゆくわい》な舞踏歌《ぶたううた》のやうな物《もの》だつたと云《い》ふ。で、唄《うた》つてゐると、其處《そこ》らが血塗《ちみどろ》に眞紅《まつか》になる。空《そら》まで眞紅《まつか》に見《み》えて、天地間《てんちかん》に何《なに》か一|大變異《だいへんい》、奇怪《きくわい》な變化《へんくわ》が起《おこ》つたやうな氣勢《けはひ》で、物《もの》の綾色《あいろ》も分《わか》らなくなる。水色靑《みづいろあを》などゝいふ穩《おだや》かな目《め》に慣《な》れた色《いろ》は消《き》えて了《しま》つて、太陽《たいやう》が眞紅《まつか》にベンガラ色《いろ》に炎《も》える。 「赤《あか》い笑《わらひ》だ」 と私《わたし》は言《い》つたが、相手《あひて》は其意味《そのいみ》が了解《のみこめ》んで、 「さう、笑《わら》ひもした。今話《いまはな》した通《とほ》りだ。宛然《まるで》皆酒《みンなさけ》に醉《よ》つてるやうだつた。いや、舞踏《ぶたう》も行《や》つたらう。何《なん》でも何《なに》か行《や》つた。少《すくな》くも其《その》三|人《にん》の兵《へい》の藻搔《もが》く所《ところ》は、宛然《まるで》舞踏《ぶたう》のやうだつた。」 今《いま》でも判然《はつきり》覺《おぼ》えてゐるさうだが、此男《このをとこ》が胸《むね》に貫通創《くわんつうさう》を受《う》けて倒《たふ》れてからも、失神《しつしん》する迄《まで》は、舞踏《ぶたう》で誰《だれ》かと足拍子《あしびやうし》を揃《そろ》へるやうに、足《あし》をピク〳〵と行《や》つてたさうだ。今《いま》となつて此日《このひ》の攻擊《こうげき》を憶出《おもひだ》すと妙《めう》な氣持《きもち》がして、怖《おそ》ろしい事《こと》は怖《おそ》ろしいが、最《も》う一|遍《ぺん》彼樣《あん》な思《おもひ》をして見《み》たいやうな氣《き》もすると云《い》ふ。 「而《さう》して又《また》胸《むね》へ一|發《ぱつ》喰《く》ひたいのか?」 と私《わたし》がいふと、 「馬鹿《ばか》言《い》へ!
出《で》る度《たび》に彈丸《たま》を喰《く》ふとは極《きま》つとりやせん。そんな事《こと》いふけど、君《きみ》、目覺《めざま》しい働《はたら》きをしてさ、勲章《くんしやう》貰《もら》ふのも惡《わる》くないぞ。」 さういふ其身《そのみ》は鼻《はな》が尖《とが》つて、顴骨《くわんこつ》が出《で》て、眼《め》が凹《くぼ》むで、黄《きい》ろい顏《かほ》をして仰向《あふむ》きに臥《ね》て、てもなく死人《しにん》だのに、まだ勲章《くんしやう》を夢《ゆめ》に見《み》てゐるのだ。もう化膿《くわのう》し出《だ》して、甚《ひど》い熱《ねつ》で、三日《みツか》經《た》てば穴《あな》の中《なか》へ轉《ころ》がし込《こ》まれて、死人《しにん》の仲間《なかま》へ入《はい》らなければなるまいに、臥《ね》ながら目《め》を開《あ》いて夢《ゆめ》を見《み》て、莞爾々々《にこ〳〵》して、勲章《くんしやう》の噂《うはさ》をしてゐるのだ。 「それは然《さ》うと、阿母《おツか》さんの所《とこ》へ電報《でんぽう》打《う》つたか?」 と私《わたし》は聞《き》いて見《み》た。 すると、ハッとした樣子《やうす》で、險《けは》しい眼色《めつき》で忌々《いま〳〵》しさうに私《わたし》の面《かほ》を眺《なが》めたなり、相手《あひて》は默《だま》つて了《しま》つたから、私《わたし》も默《だま》つてゐた。負傷者《ふしやうしや》が呻《うめ》いたり、譫言《うはごと》いつたりするのが耳《みゝ》に附《つ》く。軈《やが》て私《わたし》が起上《たちあが》つて出《で》て行《ゆ》かうとすると、友《とも》は熱《ねつ》は有《あ》つても未《ま》だ力《ちから》の脫《ぬ》けぬ手《て》で、緊《しツか》り私《わたし》の手《て》を握《にぎ》つて、肉《にく》の落《お》ちた炎《も》えるやうな眼《め》で、悲《かな》しさうに凝《ぢツ》と私《わたし》の面《かほ》を視詰《みつ》めて、如何《いか》にも途方《とはう》に暮《く》れたといふ體《てい》で、 「君《きみ》一|體《たい》如何《どう》したつて云《い》ふンだらう? え、君《きみ》?如何《どう》したツて云《い》ふンだらう?」と恟々《おど〳〵》しながら手《て》を引張《ひツぱ》つて、切《しき》りに答《こたへ》を逼《せま》る。 「何《なに》が?」 「何《なに》がつて、一|體《たい》…今度《こんど》の戰爭《せんさう》さ。母《はゝ》は僕《ぼく》の歸《かへ》るのを待《ま》つてるのだ。待《ま》つてたつて、君《きみ》、如何《どう》なるもんか…國家《こくか》の爲《ため》――其樣《そん》な事《こと》は母《はゝ》にや分《わか》りやせずさ。」 「赤《あか》い笑《わらひ》だ。」 「また!
君《きみ》は串戯《じやうだん》ばかり言《い》つてるけれど、僕《ぼく》は眞面目《しんめんもく》だよ。如何《どう》にかして納得《なつとく》させたいけれど、納得《なつとく》させやうがない。まあ、君《きみ》、如何《どん》な事《こと》を言《い》つて寄越《よこ》すと思《おも》ふ? そりや、實《じつ》に氣《き》の毒《どく》だ。手紙《てがみ》の文句迄《もんくまで》白髮《しらが》だ。しかし、君《きみ》も」、と珍《めづ》しさうに人《ひと》の頭《あたま》を眺《なが》めて、指差《ゆびさし》をして、急《きふ》に笑《わら》ひ出《だ》した。 「君《きみ》も禿《は》げ出《だ》したなあ!
知《し》つてるか?」 「鏡《かゞみ》が無《な》いもの。」 「いや、しかし、白髮《しらが》になる奴《やつ》や禿《はげ》になる奴《やつ》が大分《だいぶ》有《あ》るぞ。おい、鏡《かゞみ》を貸《か》して呉《く》れ、鏡《かゞみ》を! あゝ、僕《ぼく》も何《なん》だか白髮《しらが》が生《は》えて來《き》さうでならん。鏡《かゞみ》を貸《か》して呉《く》れ。」 譫語《うはごと》を言出《いひだ》して、泣《な》いたり笑《わら》つたりする。私《わたし》は病舎《びやうしや》を出《で》て了《しま》つた。
其《その》夕方《ゆふがた》園遊會《ゑんいうくわい》が開《ひら》かれた。不思議《ふしぎ》な侘《わび》しい園遊會《ゑんいうくわい》で、來會者《らいくわいしや》の中《うち》には死人《しにん》の影《かげ》も交《まじ》つてゐた。國《くに》でのピクニックの時《とき》のやうに、夕方《ゆふがた》集《あつ》まつて茶《ちや》を喫《の》む筈《はず》だつたので、湯沸《ゆわかし》の工面《くめん》をして、レモンやコップまで用意《ようい》して、矢張《やツぱり》ピクニックの時《とき》のやうに、トある木《き》の下《した》を會塲《くわいぢやう》と極《き》めた。で、一人《ひとり》づゝ、又《また》は二人《ふたり》三|人《にん》連立《つれだ》つて、常談《じやうだん》など言合《いひあ》つて話《はな》しながら、皆《みな》樂《たの》しみにして浮浮《うき〳〵》と賑《にぎや》かに寄《よ》つて來《き》たが、來《く》ると直《ぢ》きに默《だま》つて了《しま》つて、成《な》るべく顏《かほ》を見合《みあ》はせないやうにする。かうして生殘《いきのこ》つた者《もの》ばかり寄《よ》つて見《み》ると、何《なん》となく無氣味《ぶきび》だ。皆《みな》見《み》るも淺《あさ》ましい薄汚《うすきた》ない服装《なり》をして、惡性《あくせい》の疥癬《かいせん》でも病《や》むでゐるやうに、身體中《からだぢう》をぼり〳〵搔《か》く。髮《かみ》も髯《ひげ》も延次第《のびしだい》で、窶《やつ》れ切《き》つて、見慣《みな》れた昔《むかし》の姿《すがた》はないから、湯沸《ゆわかし》を中《なか》に、顏《かほ》を合《あは》せて見《み》ると、初《はじ》めて逢《あ》つたやうな氣持《きもち》がして、愕然《はツ》とする。度《ど》を失《うしな》つてうろ〳〵する此《この》人々《ひと〴〵》の中《うち》に、馴染《なじみ》の面《かほ》はないかと尋《たづ》ねて見《み》たが、一人《ひとり》も無《な》かつた。わく〳〵として落着《おちつき》がなく、起居《たちゐ》も荒《あら》く稜《かど》が有《あ》つて、一寸《ちよツと》した音《おと》にも恟《びく》りとし、絕《た》えず後《うしろ》を見《み》ては何《なに》かに氣《き》を附《つ》け、何處《どこ》かポカンと、不思議《ふしぎ》な穴《あな》が明《あ》く、その穴《あな》を覗《のぞ》いて視《み》るも無氣味《ぶきみ》なので、烈《はげ》しい手眞似《てまね》で之《これ》を塞《ふさ》がうとするなど、如何《どう》しても見《み》も知《し》らぬ餘所《よそ》の人《ひと》で、馴染《なじみ》がない。聲《こゑ》までが異《かは》つてゐる。激《はげ》しく、稜立《かどだ》つて、えいやつと物《もの》を言《い》ふそれが、動《やゝ》もすれば聲高《こはだか》になつたり、埒《らち》もない高笑《たかわらひ》になつて、制《と》めやうにも制《と》められぬ、といつた調子《てうし》。異《かは》つてゐるのは其《それ》ばかりでなく、木《き》にも馴染《なじみ》がなく、入日《いりひ》にも馴染《なじみ》がなく、水《みづ》も異臭異味《いしういみ》を帯《お》びた變《かは》つた水《みづ》で、宛然《さながら》死人《しにん》と一|緒《しよ》に人《ひと》の世《よ》を去《さ》つて、何處《どこ》か別世界《べつせかい》へでも來《き》たやうに、眼《め》に見《み》える物《もの》が皆《みな》神秘《しんぴ》で、怖《おそ》ろし氣《げ》な影《かげ》のやうな物《もの》が朦朧《もうらう》と其處《そこ》らに滿《み》ちてゐる。入日《いりひ》の影《かげ》は黄《き》ばむで冷《つめ》たく、何處《どこ》に明味《あかるみ》もない眞黑《まつくろ》な雨雲《あまぐも》が、凝《こ》つたやうに、重《おも》たさうに、其上《そのうへ》から覆《かぶ》さつて、下《した》には大地《だいち》が黑々《くろ〴〵》と、人《ひと》の面《かほ》も尋常《たゞ》ならぬ光《ひかり》を受《う》けて黄《きい》ろく死人色《しびといろ》に見《み》える。皆《みな》湯沸《ゆわかし》を見《み》てゐたが、湯沸《ゆわかし》の火《ひ》は消《き》えて、腹《はら》には黄《きい》ろく凄《すご》い入日《いりひ》の光《ひかり》を反射《はんしや》し、陰々《いん〳〵》として此世《このよ》の物《もの》ではないらしく、何《なん》だか本體《ほんたい》の分《わか》らぬ、奇怪《きくわい》な湯沸《ゆわかし》であつた。 「此處《こゝ》は何處《どこ》だ?」と誰《だれ》だか言《い》つたが、恟々《おど〳〵》した恐怖《きやうふ》に滿《み》ちた聲《こゑ》だつた。誰《だれ》だか溜息《ためいき》をした。と、わく〳〵して指《ゆび》の骨《ほね》を鳴《な》らす者《もの》がある、笑《わら》ひ出《だ》す者《もの》がある、躍《をど》り上《あが》つてテーブルの周圍《まはり》を急遽《せか〳〵》と廻《まは》り出《だ》す者《もの》もあつたが、此頃《このごろ》は能《よ》く斯《か》うして急遽《せか〳〵》と殆《ほとん》ど駆《か》け出《だ》さぬばかりに歩《ある》き廻《まは》る人《ひと》を見掛《みか》ける。而《さう》して皆《みな》妙《めう》に默《だま》つてゐる、物《もの》を言《い》つても口《くち》の中《うち》で沸々《ぶつ〳〵》言《い》うばかりだ。 「戰地《せんち》さ」、と高笑《たかわらひ》してゐたのが答《こた》へて、更《さら》に又《また》笑《わら》ひ出《だ》したが、冴《さ》えぬ聲《こえ》で、うふ〳〵と秩序《だらし》なく笑《わら》ふ所《ところ》は、何《なに》かゞ咽喉《のど》に塞《つま》つたやうだ。 「何《なに》が可笑《をか》しいンだ?」と、誰《だれ》だつたか、向腹《むかはら》を立《た》てゝ、「こら、止《よ》さんか!」 すると、笑《わら》つてゐたのが又《また》更《さら》に咽喉《のど》に物《もの》が塞《つま》つたやうに、フゝと笑《わら》つて、而《さう》して大人《おとな》しく默《だま》つて了《しま》つた。段々《だん〴〵》に薄暗《うすぐら》くなつて來《き》て、雨雲《あまぐも》は地《ち》を壓《あつ》し、黄《きい》ろく透徹《すきとほ》るやうな互《たがひ》の面《かほ》も辛《やツ》と見分《みわけ》られる程《ほど》になつた。誰《だれ》だつたか、 「トキニ「大長靴《おほながぐつ》」は何處《どこ》へ行《い》つたらう?」 「大長靴《おほながぐつ》」と渾名《あだな》を呼《よ》ばれたのは、小造《こづく》りの癖《くせ》に、大《おほ》きな水浸《みづし》まずの長靴《ながぐつ》を穿《は》いてゐる士官《しくわん》だつた。 「只《たツ》た今《いま》此處《こゝ》に居《ゐ》たツけが…大長靴《おほながぐつ》、何處《どこ》に居《ゐ》る?」 皆《みな》笑《わら》ひ出《だ》した。その笑聲《わらひごゑ》がまだ止《や》まぬ中《うち》に、暗黑《くらやみ》から憤《おこ》つたやうな尖《とが》り聲《ごゑ》で、 「止《よ》せ!
馬鹿《ばか》な!
大長靴《おほながぐつ》は今朝《けさ》偵察《ていさつ》に出《で》て討《や》られたのを知《し》らんか?」 「そんな筈《はず》はない。只《たツ》た今《いま》此處《こゝ》に居《ゐ》たンだもの。」 「そんな氣《き》がしたンだ。おい、湯沸《ゆわかし》の側《そば》の先生《せんせい》、レモンを一《ひと》つ切《き》つて呉《く》れんか。」 「僕《ぼく》にも!
僕《ぼく》にも!」 「レモンは悉《みな》になつた。」 「そりや不都合《ふつがふ》だ」、と忌々《いま〳〵》しさうに、情《なさ》けなさゝうに、殆《ほとん》ど泣《な》かぬばかりに、小聲《こごゑ》に言《い》つて、「レモンを樂《たの》しみにして來《き》たンだのに。」 例《れい》のが又《また》冴《さ》えぬ聲《こゑ》で締《しま》りなく笑《わら》ひ出《だ》したが、もう誰《だれ》も止《と》める者《もの》もなかつた。が、直《ぢ》きに笑《わら》ひ止《や》んで、更《さら》に又《また》フゝと笑《わら》つて――と、默《だま》ると、誰《だれ》だつたか、 「明日《あす》は攻擊《こうげき》か。」 すると、幾人《いくたり》かの聲《こゑ》で、忌々《いま〳〵》しさうに叱《しか》り付《つ》けた、 「止《よ》せ、そんな話《はなし》は!
攻擊《こうげき》も糞《くそ》も有《あ》るもんか!」 「だつて君逹《きみたち》だつて知《し》らん事《こと》はあるまい…」 「止《よ》せツてツたら、止《よ》せ!
他《ほか》に話《はなし》が無《な》いぢや有《あ》るまいし。何《なん》だ、そんな事《こと》!」 入日《いりひ》の影《かげ》は消《き》えた。雨雲《あまぐも》も浮《う》き上《あが》つて、何處《どこ》となく明《あか》るくなり、人《ひと》の面《かほ》も皆《みな》見覺《みおぼ》えのある面《かほ》になつた。今迄《いまゝで》周圍《まはり》をグル〳〵廻《まは》つて居《ゐ》た男《をとこ》も落着《おちつ》いて、其處《そこ》の椅子《いす》へ腰《こし》を卸《おろ》して、 「今《いま》ごろ國《くに》ぢや如何《どん》なだらう?」 誰《だれ》に言《い》ふともなく言《い》つたのだが、其聲《そのこゑ》に何《なに》か面目《めんぼく》なさゝうに微笑《につこり》した響《ひゞき》があつた。 と、又《また》薄氣味惡《うすきみわる》く合點《がてん》の行《ゆ》かぬ光景《くわうけい》になつて、其處《そこ》らの物《もの》が悉《こと〴〵》く變《へん》に見《み》えるから、皆《みな》堪《たま》らなく夢中《むちう》になつて、一|度《ど》にコツプを推除《おしの》け、互《たがひ》の肩《かた》、腕《うで》、膝《ひざ》に觸《さは》り合《あ》つて、饒舌《しやべ》り出《だ》し、喚《わめ》き初《はじ》め、暫《しばら》く紛紛《ごたごた》してゐたが、ふと又《また》口《くち》を噤《つぐ》むで了《しま》つた。變《へん》な光景《やうす》は矢張《やツぱり》變《へん》でならぬ。 「國《くに》ぢやア?」と誰《だれ》だか暗黑《くらやみ》から喚《わめ》いた。國《くに》の噂《うはさ》が始《はじ》まると、ハツトして、忌々《いま〳〵》しくもなるし、胸《むね》もわく〳〵するので、聲《こゑ》までが皺嗄《しやが》れた顫《ふる》へ聲《ごゑ》になる。で、饒舌《しやべ》り出《だ》したが、時々《とき〴〵》言葉《ことば》に差支《さしつか》へる。もう國言葉《くにことば》も忘《わす》れてゐるやうで。「國《くに》ぢやア?國《くに》とは何《なん》だ?
國《くに》が何處《どこ》かに有《あ》るのか?
人《ひと》の物《もの》を言《い》つてる中《うち》に口《くち》を出《だ》すな。出《だ》すと、打發《ぶツぱな》すぞ。僕《ぼく》だつて、國《くに》に居《ゐ》る時分《じぶん》にや、毎日《まいにち》湯《ゆ》を沐《つか》つたもんだ――宜《よろ》しいか、湯槽《ゆぶね》に湯《ゆ》を入《い》れて――湯《ゆ》を一|杯《ぱい》入《い》れて沐《つか》つたもんだ。ところが今《いま》ぢや毎日《まいにち》は身體《からだ》も拭《ふ》かんから、頭《あたま》に雲脂《ふけ》が溜《たま》る。雲脂《ふけ》が溜《たま》つて、結痂《かさぶた》のやうな物《もの》が出來《でき》て、身體中《からだぢう》何《なん》だか這《は》ふやうで、むづ痒《がゆ》くツて〳〵…僕《ぼか》あ垢《あか》で氣狂《きちが》ひになりさうだ。それだのに君《きみ》は國《くに》の噂《うはさ》を始《はじ》めたな?
僕《ぼく》はもう畜生《ちくしやう》だ、自分《じぶん》ながら愛想《あいそ》が盡《つ》きる、自分《じぶん》とは思《おも》へん位《くらゐ》だ。人間《にんげん》も斯《か》うなると、もう死《し》ぬのも其樣《そん》なに惧《おそ》ろしくなくなる。それに君逹《きみたち》が擊出《うちだ》す榴霰弾《りうさんだん》で頭《あたま》が割《わ》れさうになるンだ、――頭《あたま》が。何處《どこ》へ向《む》けて擊《う》つたつて、皆《みんな》僕《ぼく》の頭《あたま》に當《あた》るンだから。それだのに君《きみ》は國《くに》の噂《うはさ》を始《はじ》めたな?
國《くに》とは何《なん》だ?
矢張《やツぱり》町《まち》が有《あ》つたり、家《うち》が有《あ》つたり、人《ひと》が居《ゐ》たりするンだらう?
僕《ぼく》はもう戸外《おもて》へ出《で》るのも御免《ごめん》だ。見《み》つともない!
此處《ここ》に湯沸《ゆわかし》が有《あ》るけど、湯沸《ゆわかし》を見《み》るのも極《きま》りが惡《わる》い、――湯沸《ゆわかし》を見《み》るのも。」 例《れい》のが又《また》笑《わら》ひ出《だ》した。誰《だれ》だか大聲《おほごゑ》に、 「糞《くそ》ツ!
僕《ぼか》あ國《くに》へ歸《かへ》る。」 「國《くに》へ歸《かへ》る?」 「君《きみ》は軍人《ぐんじん》の本分《ほんぶん》を忘《わす》れたな? …」 「國《くに》へ歸《かへ》る? おい〳〵、此處《こゝ》に國《くに》へ歸《かへ》りたい者《もの》が一人《ひとり》出來《でき》たぞ。」 皆《みな》ドット笑《わら》つた。不氣味《ぶきび》な叫聲《さけびごゑ》も聞《きこ》えたが――又《また》皆《みな》口《くち》を噤《つぐ》むで了《しま》つた。矢張《やツぱり》變《へん》でならない。私《わたし》ばかりぢやない、幾人《いくたり》居《ゐ》たか知《し》らないが、其塲《そのば》に居合《ゐあは》した者《もの》が皆《みな》さう感《かん》じた。その變《へん》な氣勢《けはひ》が、薄暗《うすぐら》い奇怪《きくわい》な野《の》から逼《せま》つて來《く》る、岩《いは》の挟間《はざま》に置忘《おきわす》られて、死《し》に瀕《ひん》した者《もの》が有《あ》るかも知《し》れぬ、陰々《いん〳〵》と眞黑《まつくろ》な谷間《たにま》からも立騰《たちのぼ》る、見《み》も及《およ》ばぬ怪《あや》しの空《そら》からも降《お》りる。皆《みな》惧《おそ》ろしさに生《い》きた空《そら》はなく、默《だま》つて火《ひ》の消《き》えた湯沸《ゆわかし》を圍《かこ》むで立《た》つてゐたが、頭《あたま》の上《うへ》には漫々《まん〳〵》と邊際《へんさい》もない黑《くろ》い影《かげ》が此世《このよ》を壓《あツ》して、慘《さん》として音《おと》もせぬ。と、忽《たちま》ち、ツイ間近《まぢか》の、多分《たぶん》は聯隊長《れんたいちやう》の宿舎《しゆくしや》あたりと思《おも》はれる處《ところ》で、軍樂《ぐんがく》の彈奏《だんそう》が始《はじ》まつて、無性《むしやう》に浮《う》いた高調子《たかてうし》の物《もの》の音色《ねいろ》が夜《よる》の寂寞《せきばく》を破《やぶ》つて、火花《ひばな》のやうにパツと起《おこ》る。餘《あま》り高過《たかす》ぎ、餘《あま》り愉快過《ゆくわいす》ぎる程《ほど》の急《きふ》な亂調子《らんてうし》で、無性《むしやう》に競《きそ》ひ立《た》つて浮《う》かれてゐる。大方《おほかた》彈奏者《だんそうしや》にも聽手《きゝて》にも、矢張《やツぱり》吾々《われ〳〵》同樣《どうやう》に、漫々《まん〳〵》と邊際《へんさい》もない黑《くろ》い影《かげ》の此世《このよ》を壓《あつ》するのが見《み》えるのだらう。 そのオーケストラの中《なか》で喇叭《らツぱ》を吹《ふ》いてゐる者《もの》だけは、正《まさ》しく自分《じぶん》に、自分《じぶん》の腦《なう》に、耳《みゝ》に、もうこの邊際《へんさい》もない無言《むごん》の影《かげ》を宿《やど》してゐるやうに思《おも》はれる。險《けは》しい破《やぶ》れたやうな喇叭《らツぱ》の音《おと》が、駆巡《かけめぐ》り、躍上《をどりあが》り、餘《よ》の音《おと》を離《はな》れて何處《いづく》ともなく、惧《おそ》ろしさに戰《おのゝ》き〳〵、伴《ともな》ふ物《もの》もなく獨《ひと》り狂《くる》つて行《ゆ》く。他《ほか》の樂器《がくき》の音色《ねいろ》は此《この》喇叭《らツぱ》の音《おと》を顧《かへり》みて驚《おどろ》いたやうに、蹶《つまづ》きつ、倒《たふ》れつ、起《お》きつ、しどろもどろに見《み》ともなく散《ち》つて行《ゆ》く。それが餘《あま》り高過《たかす》ぎ、餘《あま》り愉快過《ゆくわいす》ぎる程《ほど》の調子《てうし》で、これでは餘《あま》り眞闇黑《まつくらがり》の谷間《たにま》にも接近《せつきん》し過《す》ぎる、――岩《いは》の狭間《はざま》に置忘《おきわす》られて死《し》に瀕《ひん》した者《もの》が有《あ》るかも知《し》れぬのに。
私逹《わたしたち》は久《しば》らく火《ひ》の消《き》えた湯沸《ゆわかし》の周圍《まはり》に立《た》つて、默《だま》つてゐた。
(斷篇第五)