刺靑

Part 3

Chapter 3 34,732 words Public domain Markdown

もう彼《か》れ此《こ》れ二十|年《ねん》ばかりも前《まへ》にならう。漸《やうや》く私《わたし》が十《おを》ぐらゐで、蠣殻町《かきがらちやう》二|丁目《ちやうめ》の内《うち》から水天宮《すゐてんぐう》裏《うら》の有馬《ありま》學校《がくかう》へ通《かよ》つて居《ゐ》た時分《じぶん》―― 櫻《さくら》が咲《さ》いて空《そら》が霞《かす》んで人形町《にんぎやうちやう》通《どほ》りの紺暖簾《こんのれん》にぽかぽかと日《ひ》があたつて、取《と》り止《と》めのない夢《ゆめ》のやうな幼心《をさなごゝろ》にも何《なん》となく春《はる》が感《かん》じられる陽氣《やうき》な時候《じかう》の頃《ころ》であつた。

或《あ》るうらうらと晴《は》れた日《ひ》の事《こと》、眠《ねむ》くなるやうな午後《ごゞ》の授業《じゆげふ》が濟《す》んで墨《すみ》だらけの手《て》に算盤《そろばん》を抱《かゝ》へながら學校《がくかう》の門《もん》を出《で》ようとすると、 「萩原《はぎはら》の榮《えい》ちやん。」 と、私《わたし》の名《な》を呼《よ》んで後《うしろ》からぱたぱたと追《お》い縋《すが》つた者《もの》がある。其《そ》の子《こ》は同級《どうきふ》の塙信一《はなはしんいち》と云《い》つて入學《にふがく》した當時《たうじ》から尋常《じんじやう》四|年《ねん》の今日《こんにち》まで附添《つきそ》ひ人《にん》の女中《ぢよちゆう》を片時《かたとき》も側《そば》から放《はな》した事《こと》のない評判《ひやうばん》の意氣地《いくぢ》なし、誰《だれ》も彼《かれ》も弱蟲《よわむし》だの泣《な》き蟲《むし》だのと惡口《わるくち》をきいて遊《あそ》び相手《あひて》になる者《もの》のない坊《ぼつ》ちやんであつた。 「何《なに》か用《よう》かい。」 珍《めづ》らしくも信一《しんいち》から聲《こゑ》をかけられたのを不思議《ふしぎ》に思《おも》つて、私《わたし》は其《そ》の子《こ》と附添《つきそ》ひの女中《ぢよちゆう》の顏《かほ》をしげしげと見守《みまも》つた。 「今日《けふ》あたしの内《うち》へ來《き》て一|緖《しよ》にお遊《あそ》びな。内《うち》のお庭《には》でお稻荷樣《いなりさま》のお祭《まつり》があるんだから。」 緋《ひ》の打紐《うちひも》で括《くゝ》つたやうな口《くち》から、優《やさ》しい、おづおづした聲《こゑ》で云《い》つて、信一《しんいち》は訴《うつた》へるやうな眸《まなざし》をした。いつも一人《ひとり》ぼつち[#「ぼつち」に傍点]でいぢけて居《ゐ》る子《こ》が、何《なん》でこんな意外《いぐわい》な事《こと》を云《い》ふのやら、私《わたし》は少《すこ》しうろたへて、相手《あひて》の顏《かほ》を讀《よ》むやうにぼんやり立《た》つた儘《まゝ》であつたが、日頃《ひごろ》は弱蟲《よわむし》だの何《なん》だのと惡口《あくこう》を云《い》つていぢめ散《ち》らしたやうなものの、かうやつて眼《め》の前《まへ》に置《お》いて見《み》ると、有繫《さすが》良家《りやうか》の子息《しそく》だけに氣高《けだか》く美《うつく》しい所《ところ》があるやうに思《おも》はれた。絲織《いとおり》の筒袖《つゝそで》に博多の《はかた》獻上《けんじやう》の帶《おび》を締《し》め、黃八丈《きはちぢやう》の羽織《はおり》を着《き》てきやらこ[#「きやらこ」に傍点]の白足袋《しろたび》に雪駄《せつた》を穿《は》いた樣子《やうす》が、色《いろ》の白《しろ》い瓜實顏《うりざねがほ》の面立《おもだち》とよく似合《にあ》つて、今更《いまさら》品位《ひんゐ》に打《う》たれたやうに、私《わたし》はうつとりとして了《しま》った。 「ねえ、萩原《はぎはら》の坊《ぼつ》ちやん、内《うち》の坊《ぼつ》ちやんと御一緖《ごいつしよ》にお遊《あそ》びなさいましな。實《じつ》は今日《こんにち》手前共《てまへども》にお祭《まつり》がございましてね、あの成《なる》る可《べ》く大人《おとな》しい、お可愛《かあい》らしいお友逹《ともだち》を誘《さと》つてお連《つ》れ申《まを》すやうにお母樣《かあさま》のお云《い》ひ附《つ》けがあつたものですから、それで坊《ぼつ》ちやんがあなたをお誘《さそ》ひなさるのでございますよ。ね、入《い》らしつて下《くだ》さいましな。それともお嫌《いや》でございますか。」 附添《つきそ》ひの女中《ぢよちゆう》にかう云《い》はれて、私《わたし》は心中《しんちゆう》得意《とくい》になつたが、 「そんなら一|旦《たん》内《うち》へ歸《かへ》つて、斷《ことわ》つてから遊《あそ》びに行《い》かう。」 と、わざと殊勝《しゆしよう》らしい答《こたへ》をした。 「おやさうでございましたねえ。ではあなたのお内《うち》までお供《とも》して參《まゐ》つて、お母樣《かあさま》に私《わたくし》からお願《ねが》ひ致《いた》しませうか。さうして手前共《てまへども》へ御一緖《ごいつしよ》に參《まゐ》りませう。」 「うん、いいよ。お前《まへ》ン所《とこ》は知《し》つて居《ゐ》るから後《あと》から一人《ひとり》でも行《い》けるよ。」 「さうでございますか。それではきつとお待《ま》ち申《まを》しますよ。お歸《かへ》りには私《わたくし》がお宅《たく》までお送《おく》り申《まを》しますから、御心配《ごしんぱい》なさらないやうにお内《うち》へ斷《ことわ》つて入《い》らつしやいまし。」 「ああ、それぢや左樣《さよ》なら。」 かう云《い》つて私《わたし》は子供《こども》の方《はう》を向《む》いてなつかしさうに挨拶《あいさつ》をしたが、信一《しんいち》は例《れい》の品《ひん》のある顏《かほ》をにこりともさせず、唯《たゞ》鷹揚《おうやう》にうなづいただけであつた。

今日《けふ》からあの立派《りつぱ》の子供《こども》と仲好《なかよ》しになるのかと思《おも》ふと、何《なん》となく嬉《うれ》しい氣持《きもち》がして、日頃《ひごろ》遊《あそ》び仲間《なかま》の髢屋《かもじや》の幸吉《かうきち》や船頭《せんどう》の鐵公《てつこう》などに見付《みつ》からぬやうに急《いそ》いで内《うち》へ歸《かへ》り、盲縞《めくらじま》の學校着《がくかうぎ》を對《つひ》の黃《き》八|丈《ぢやう》の普斷着《ふだんぎ》に着更《きか》へるや否《いな》や、 「お母《つか》さん、遊《あそ》びに行《い》つて來《く》るよ。」 と、雪駄《せつた》をつツかけながら格子先《かふしさき》に云《い》ひ捨《す》てて、其《そ》の儘《まゝ》塙《はなは》の家《うち》へ駈《か》け出《だ》して行《い》つた。

有馬學校《ありまがくかう》の前《まへ》から眞直《まつす》ぐに中之橋《なかのはし》を越《こ》え、濱町《はまちやう》の岡田《をかだ》の塀《へい》へついて中洲《なかず》に近《ちか》い河岸通《かしどほ》りへ出《で》た所《ところ》は、何《なん》となくさびれたやうな閑靜《かんせい》な一|廓《くわく》をなして居《ゐ》る。今《いま》はなくなつたが新大橋《しんおほはし》の袂《たもと》から少《すこ》し手前《てまへ》の右側《みぎがは》に名代《なだい》の團子屋《だんごや》と煎餅屋《せんべいや》があつて、其《そ》のすぢ向《むか》うの角《かど》の、長《なが》い長《なが》い塀《へい》を繞《めぐ》らした嚴《いか》めしい鐵格子《てつがふし》の門《もん》が塙《はなは》の家《いへ》であつた。前《まへ》を通《とほ》るとこんもりした邸内《ていない》の植《う》ゑ込《こ》みの靑葉《あおば》の隙《ひま》から破風型《はふがた》の日本館《にほんくわん》の瓦《かわら》が銀鼠色《ぎんねずみいろ》に輝《かゞや》き、其《そ》の後《うしろ》に西洋館《せいやうくわん》の褪紅《たいこう》緋色《ひいろ》の煉瓦《れんぐわ》がちらちら見《み》えて、いかにも物持《ものも》ちの住《す》むらしい、奧床《おくゆか》しい構《かま》へであつた。

成《な》る程《ほど》其《そ》の日《ひ》は何《なに》か内《うち》にお祭《まつり》でもあるらしく、陽氣《やうき》な馬鹿囃《ばかばや》しの太鼓《たいこ》の音《おと》が塀《へい》の外《そと》に洩《も》れ、開放《あけはな》された橫町《よこちやう》の裏木戶《うらきど》からは此《こ》の界隈《かいわい》に住《す》む貧乏人《びんばふにん》の子供逹《こどもたち》が多勢《おほぜい》ぞろぞろ庭内《ていない》に入《はい》つて行《ゆ》く。私《わたし》は表門《おもてもん》の番人《ばんにん》の部屋《へや》へ行《い》つて信一《しんいち》を呼《よ》んで貰《もら》はうかとも思《おも》つたが、何《なん》となく恐《おそ》ろしい氣《き》がしたので、其《そ》の子供逹《こどもたち》と同《おな》じ樣《やう》に裏木戶《うらきど》の潛《くゞ》りを拔《ぬ》けて構《かま》への中《なか》へ入《はい》つた。

何《なん》と云《い》ふ大《おほ》きな屋敷《やしき》だらう。かう思《おも》つて私《わたし》は瓢簞形《へうたんがた》をした池《いけ》の汀《みぎは》の芝生《しばふ》に彳《たゝず》んで、ひろいひろい庭《には》の中《うち》を見廻《みまは》した。周延《ちかのぶ》が畫《か》いた千代田《ちよだ》の大奧《おほおく》と云《い》ふ三|枚《まい》續《つゞ》きの繪《え》にあるやうな遣《や》り水《みづ》、築山《つきやま》、雪見燈籠《ゆきみどうろう》、瀨戶物《せともの》の鶴《つる》、洗《あら》ひ石《せき》などがお誂《あつら》へ向《む》きに配置《はいち》されて、水《みづ》のほとりの伽藍石《がらんせき》から幾箇《いくこ》も幾箇《いくこ》も飛《と》び石《いし》が長《なが》く續《つゞ》き、遙《はるか》向《むか》うに御殿のやうな座敷《ざしき》が見《み》えてゐる。彼處《あすこ》に信一《しんいち》が居《ゐ》るのかと思《おも》ふと、もうとても今日《けふ》は會《あ》へないやうな氣《き》がした。

多勢《おほぜい》の子供逹《こどもたち》は毛氈《まうせん》のやうな靑草《あをくさ》の上《うへ》を蹈《ふ》んで、のどかな暖《あたゝか》い日《ひ》の下《した》に遊《あそ》んで居《ゐ》る。見《み》ると綺麗《きれい》に飾《かざ》られた庭《には》の片隅《かたすみ》の稻荷《いなり》の祠《ほこら》から裏《うら》の木戶口《きどぐち》まで一|間《けん》置《お》き位《ぐらゐ》に地口《ぢぐち》の行燈《あんどん》が列《なら》び、接待《せつたい》の甘酒《あまざけ》だのおでんだの汁粉《しるこ》だのの屋臺《やたい》が處々《ところ/″\》に設《まう》けられて、餘興《よきよう》のお神樂《かぐら》や子供《こども》角力《ずまふ》のまはりには山《やま》のやうに人《ひと》が集《あつ》まつてゐる。折角《せつかく》樂《たの》しみにして遊《あそ》びに來《き》たかひもなく、何《なん》だかがつかりして私《わたし》はあてどもなく、其處《そこ》らを步《ある》き廻《まは》つた。 「兄《にい》さん、さあ甘酒《あまざけ》を飮《の》んでおいで、お錢《あし》は要《い》らないんだよ。」 甘酒屋《あまざけや》の前《まへ》へ來《く》ると赤《あか》い襷《たすき》をかけた女中《ぢよちゆう》が笑《わら》ひながら聲《こゑ》をかけたが、私《わたし》はむづかしい顏《かほ》をして其處《そこ》を通《とほ》り過《す》ぎた、やがておでん屋《や》の前《まへ》へ來《く》ると、また、 「兄《にい》さん、さあおでんを食《た》べておいで、お錢《あし》がなくても上《あ》げるんだよ。」 と、頭《あたま》の禿《は》げた爺《おやぢ》に聲《こゑ》をかけられる。 「いらないよ、いらないよ。」 と、私《わたし》は情《なさけ》ない聲《こゑ》を出《だ》して、あきらめたやうに裏木戶《うらきど》へ引《ひ》き返《かへ》さうとした時《とき》、紺《こん》の法被《はつぴ》を着《き》た酒臭《さけくさ》い息《いき》の男《をとこ》が何處《どこ》からかやつて來《き》て、 「兄《にい》さん、お前《めへ》はまだお菓子《くわし》を貰《もら》はねえんだらう。歸《けへ》るんならお菓子《くわし》を貰《もら》つて歸《けへ》りな。さ、此《こ》れを持《も》つて彼處《あすこ》の御座敷《おざしき》の小母《をば》さんの處《とこ》へ行《い》くとお菓子《くわし》をくれるから、早《はや》く貰《もら》つて來《く》るがいい。」 かう云《い》つて眞紅《まつか》に染《そ》めたお菓子《くわし》の切符《きつぷ》を渡《わた》してくれた。私《わたし》は悲《かな》しさが胸《むね》へこみ上《あ》げて來《き》たが、若《も》しや座敷《ざしき》の方《はう》へ行《い》つたら信一《しんいち》に會《あ》へるか知《し》らんと思《おも》ひ、云《い》はれる儘《まゝ》に切符《きつぷ》を貰《もら》つて又《また》庭《には》の中《うち》を步《ある》き出《だ》した。

幸《さいは》ひと其《そ》れから間《ま》もなく附《つ》き添《そ》ひの女中《ぢよちゆう》に見附《みつ》けられて、 「坊《ぼつ》ちやん、よく入《い》らしつて下《くだ》さいました。もう先《さつき》からお待《ま》ち兼《か》ねでございますよ。さあ彼方《あちら》へ入《い》らつしやいまし。かう云《い》ふ卑《いや》しい子供逹《こどもたち》の中《なか》でお遊《あそ》びになつてはいけません。」 と、親切《しんせつ》に手《て》を握《にぎ》られ、私《わたし》は思《おも》はず淚《なみだ》ぐんで、直《す》ぐには返辭《へんじ》が出來《でき》なかつた。

床《ゆか》の高《たか》い、子供《こども》の丈《たけ》ぐらゐ有《あ》りさうな椽《えん》に沿《そ》うて、庭《には》に突《つ》き出《で》た廣《ひろ》い座敷《ざしき》の蔭《かげ》へ廻《まは》ると、十坪《とつぼ》ばかりの中庭《なかには》に、萩《はぎ》の袖垣《そでがき》を結《ゆ》ひ繞《めぐ》らした小座敷《こざしき》の前《まへ》へ出《で》た。 「坊《ぼつ》ちやん、お友逹《ともだち》が入《い》らつしやいましたよ。」 靑桐《あをぎり》の木立《こだち》の下《した》から女中《ぢよちゆう》が呼《よ》び立《た》てると、障子《しやうじ》の蔭《かげ》にばたばたと小刻《こきざ》みの足音《あしおと》がして、 「此方《こつち》へお上《あが》んな。」 と甲高《かんだか》い聲《こゑ》で怒鳴《どな》りながら、信一《しんいち》が椽側《えんがは》へ駈《か》けて來《き》た。あの憶病《おくびやう》な子《こ》が、何處《どこ》を押《お》せばこんな元氣《げんき》の好《い》い聲《こゑ》が出《で》るのだらうと、私《わたし》は不思議《ふしぎ》に思《おも》ひながら、見違《みちが》へる程《ほど》盛裝《せいさう》した友《とも》の樣子《やうす》をまぶしさうに見上《みあ》げた。黑羽二重《くろはぶたへ》の熨斗目《のしめ》の紋附《もんつき》に羽織袴《はおりはかま》を着《つ》けて立《た》つた姿《すがた》は、椽側《えんがは》一|杯《ぱい》に照《て》らす麗《うらゝ》かな日《ひ》をまともに浴《あ》びて黑《くろ》い七子《なゝこ》の羽織地《はおりぢ》が銀沙《ぎんすな》のやうにきらきら光《ひか》つて居《ゐ》る。

友逹《ともだち》に手《て》をひかれて通《とほ》されたのは八|疊《でふ》ばかりの小綺麗《こぎれい》な座敷《ざしき》で、餅菓子《もちぐわし》の折《をり》の底《そこ》を嗅《か》ぐやうな甘《あま》い香《かほ》りが部屋《へや》の中《うち》に漂《たゞよ》ひ、ふくやかな八|反《たん》の座蒲團《ざぶとん》が二《ふた》つ人待《ひとま》ち顏《がほ》に敷《し》かれてあつた。直《す》ぐにお茶《ちや》だのお菓子《くわし》だのお强飯《こは》に口取《くちと》りを添《そ》へた溜塗《ためぬり》の高臺《たかだい》だのが運《はこ》ばれて、 「坊《ぼつ》ちやん、お母樣《かあさま》がお友逹《ともだち》と仲《なか》よくこれを召《め》し上《あが》るやうにつて。‥‥それから今日《こんち》は好《い》いお召《めし》を召《め》して居《ゐ》らつしやるんですから、あんまりお徒《いた》をなさらないやうに大人《おとな》しくお遊《あそ》びなさいましよ。」 と、女中《ぢよちゆう》は遠慮《ゑんりよ》して居《ゐ》る私《わたし》に赤飯《せきはん》やきんとん[#「きんとん」に傍点]を勸《すゝ》めて次《つぎ》へ退《さが》つて了《しま》つた。

物靜《ものしづ》かな、日《ひ》あたりの好《い》い部屋《へや》である。燃《も》えるやうな障子《しやうじ》の紙《かみ》に椽先《えんさき》の木蓮《もくれん》の影《かげ》が映《うつ》つて、遙《はるか》かに庭《には》の方《はう》から、てん、てん、てん、とお神樂《かぐら》の太鼓《たいこ》の音《おと》が子供逹《こどもたち》のがやがや云《い》ふ騷《さわ》ぎに交《まじ》つて響《ひゞ》いて來《く》る。私《わたし》は遠《とほ》い不思議《ふしぎ》な國《くに》に來《き》たやうな氣《き》がした。 「信《しん》ちやん、お前《まへ》はいつも此《こ》のお座敷《ざしき》にゐるのかい。」 「ううん、此處《ここ》は本當《ほんと》は姊《ねえ》さんの所《とこ》なの。彼處《あすこ》にいろんな面白《おもしろ》い姊《ねえ》さんの玩具《おもちや》があるから、見《み》せて上《あ》げようか。」 かう云《い》つて信一《しんいち》は地袋《ぢぶくろ》の中《なか》から、奈良人形《ならにんぎやう》の猩々《しやう/″\》や、木目込《きめこ》み細工《ざいく》の尉《じよう》と姥《うば》や、西京《さいきやう》の芥子人形《けしにんぎやう》、伏見人形《ふしみにんぎやう》、伊豆藏人形《いづくらにんぎやう》などを二人《ふたり》のまはりへ綺麗《きれい》に列《なら》べ、さまざまの男女《だんぢよ》の姿《すがた》をした首人形《くびにんぎやう》を二|疊《でふ》程《ほど》の疊《たゝみ》の目《め》へ數知《かずし》れず挿《さ》し込《こ》んで見《み》せた。二人《ふたり》は蒲團《ふとん》へ腹這《はらば》ひになつて、髯《ひげ》を生《は》やしたり、眼《め》をむきだしたりして居《ゐ》る巧緻《かうち》な人形《にんぎやう》の表情《へうじやう》を覗《のぞ》き込《こ》むやうにした。さうしてかう云《い》ふ小《ちひ》さい人間《にんげん》の住《す》む世界《せかい》を想像《さうざう》した。 「まだここに繪草紙《ゑざうし》が澤山《たくさん》あるんだよ。」 と、信一《しんいち》は又《また》袋戶棚《ふくろとだな》から、半《はん》四|郞《らう》や菊之丞《きくのじよう》の似顏繪《にがほゑ》のたたうに一|杯《ぱい》詰《つ》まつて居《ゐ》る草雙紙《くさざうし》を引《き》き擦《ず》り出《だ》して、色々《いろ/\》の繪本《ゑほん》を見《み》せてくれた。何《なん》十|年《ねん》立《た》つたか判《わか》らぬ木版刷《もくはんずり》の極彩色《ごくさいしき》が、光澤《つや》も褪《あ》せないで鮮《あざや》かに匂《にほ》つてゐる美濃紙《みのがみ》の表紙《へうし》を開《ひら》くと、黴臭《かびくさ》いケバケバの立《た》つて居《ゐ》る紙《かみ》の面《おもて》に、舊幕時代《きうばくじだい》の美《うつ》くしい男女《だんぢよ》の姿《すがた》が生《い》き生《い》きとした目鼻立《めはなだ》ちから細《こま》かい手足《てあし》の指先《ゆびさき》まで、さながら動《うご》き出《だ》すやうに描《ゑが》かれてゐる。丁度《ちやうど》此《こ》の屋敷《やしき》のやうな御殿《ごてん》の奧庭《おくには》で、多勢《おほぜい》の腰元《こしもと》と一|諸《しよ》にお姬樣《ひめさま》が螢《ほたる》を追《お》つて居《ゐ》るかと思《おも》へば、淋《さび》しい橋《はし》の袂《たもと》で深編笠《ふかあみがさ》の侍《さむらひ》が下郞《げらう》の首《くび》を打《う》ち落《おと》し、屍骸《しがい》の懷中《くわいちゆう》から奪《うば》ひ取《と》つた文箱《ふばこ》の手紙《てがみ》を、月《つき》にかざして讀《よ》んで居《ゐ》る。其《そ》の次《つぎ》には黑裝束《くろしやうぞく》に覆面《ふくめん》の曲者《くせもの》がお局《つぼね》の中《なか》へ忍《しの》び込《こ》んで、ぐつすり寢《ね》て居《ゐ》る椎茸髱《しひたけたぼ》の女《をんな》の喉元《のどもと》へ蒲團《ふとん》の上《うへ》から刀《かたな》を突《つ》き通《とほ》して居《ゐ》る。又《また》ある所《ところ》では行燈《あんどん》の火影《ほかげ》かすかな一《ひ》と間《ま》の中《うち》に、濃艶《のうえん》な寢卷姿《ねまきすがた》の女《をんな》が血《ち》のしたたる剃刀《かみそり》を口《くち》に咬《くは》へ、噓空《こくう》を摑《つか》むで足許《あしもと》に斃《たふ》れて居《ゐ》る男《をとこ》の死《し》に態《ざま》をぢろりと眺《なが》めて、「ざまを見《み》やがれ。」と云《い》ひながら立《た》つて居《ゐ》る。信一《しんいち》も私《わたし》も一|番《ばん》面白《おもしろ》がつて見《み》たのは奇怪《きくわい》な殺人《さつじん》の光景《くわうけい》で、眼球《めだま》が飛《と》び出《だ》して居《ゐ》る死人《しにん》の顏《かほ》だの、胴斬《どうぎ》りにされて腰《こし》から下《した》だけで立《た》つて居《ゐ》る人間《にんげん》だの、眞黑《まつくろ》な血痕《けつこん》が雲《くも》のやうに斑《ふ》をなして居《ゐ》る不思議《ふしぎ》な圖面《づめん》を、夢中《むちゆう》になつて覗《のぞ》き込《こ》んで居《ゐ》ると、 「あれ、また信《しん》ちやんは人《ひと》の物《もの》を徒《いたづ》らして居《ゐ》るんだね。」 かう云《い》つて、友禪《いうぜん》の振袖《ふりそで》を着《き》た十三四の女《をんな》の子《こ》が襖《ふすま》を開《あ》けて駈込《かけこ》んで來《き》た。額《ひたひ》のつまつた、眼元《めもと》口元《くちもと》の凛々《りゝ》しい顏《かほ》に子供《こども》らしい怒《いかり》を含《ふく》んで、つツと立《た》つた儘《まゝ》弟《おとうと》と私《わたし》の方《はう》をきりきり睨《ね》め付《つ》けて居《ゐ》る。信一《しんいち》は一《ひ》と縮《ちゞ》みに縮《ちゞ》み上《あが》つて蒼《あを》くなるかと思《おも》ひの外《ほか》、 「何《なに》云《い》つてるんだい。徒《いたづ》らなんかしやしないよ。お友逹《ともだち》に見《み》せてやつてるんぢやないか。」 と、まるで取《と》り合《あ》はないで、姊《あね》の方《はう》を振《ふ》り向《む》きもせずに繪本《ゑほん》を繰《く》つて居《ゐ》る。 「徒《いたづ》らしない事《こと》があるもんか。あれ、いけないつてばさ。」 ばたばたと姊《あね》は駈《か》け寄《よ》つて、見《み》て居《ゐ》る本《ほん》を引《ひ》つたくらうとしたが、信一《しんいち》もなかなか放《はな》さない。表紙《へうし》と裏《うら》とを雙方《さうはう》が引張《ひつぱ》つて、綴《と》ぢ目《め》の所《ところ》が今《いま》にも破《やぶ》けさうになる、暫《しばら》くさうして睨《にら》み合《あ》つて居《ゐ》たが、 「姊《ねえ》さんのけちんぼ! もう借《か》りるもんかい。」 と、信一《しんいち》はいきなり本《ほん》をたたき捨《す》てて、有《あ》り合《あ》ふ奈良人形《ならにんぎやう》を姊《あね》の顏《かほ》へ投《な》げ付《つ》けたが、狙《ねら》ひが外《はづ》れて床《とこ》の間《ま》の壁《かべ》へ中《あた》つた。 「それ御覽《ごらん》な、そんな徒《いたづ》らをするぢやないか。――またあたしを打《ぶ》つんだね。いいよ、打《ぶ》つなら澤山《たくさん》お打《ぶ》ち。此《こ》の間《あひだ》もお前《まへ》のお蔭《かげ》で、こら、こんなに痣《あざ》になつて未《ま》だ消《き》えやしない。これをお父樣《とうさん》に見《み》せて云《い》つけてやるから覺《おぼ》えておいで。」 恨《うら》めしさうに淚《なみだ》ぐみながら、姊《あね》は縮緬《ちりめん》の裾《すそ》をまくつて、眞白《まつしろ》な右脚《みぎあし》の脛《すね》に印《いん》せられた痣《あざ》の痕《あと》を見《み》せた。丁度《ちやうど》膝頭《ひざがしら》のあたりからふくら[#「ふくら」に傍点]脛《はぎ》へかけて、血管《けつくわん》が靑《あを》く透《す》いて見《み》える薄《うす》い柔《やはらか》い肌《はだ》の上《うへ》を、紫《むらさき》の斑點《はんてん》がぼかしたやうに傷々《いた/\》しく濁染《にじ》んでゐる。 「云《い》つけるなら勝手《かつて》においひつけ。けちんぼ、けちんぼ。」 信一《しんいち》は人形《にんぎやう》を足《あし》で滅茶滅茶《めちやめちや》に蹴倒《けたふ》して、 「お庭《には》へ行《い》つて遊《あそ》ばう。」 と、私《わたし》を連《つ》れて其處《そこ》を飛《と》び出《だ》してしまつた。 「姊《ねえ》さんは泣《な》いて居《ゐ》るか知《し》ら。」 戶外《そと》へ出《で》ると、氣《き》の毒《どく》なやうな悲《かな》しいやうな氣持《きもち》になつて私《わたし》は尋《たづ》ねた。 「泣《な》いたつていいんだよ。每日《まいにち》喧嘩《けんくわ》して泣《な》かしてやるんだ。姊《ねえ》さんたつて彼《あ》れはお妾《めかけ》の子《こ》なんだもの。」 こんな生意氣《なまいき》な口《くち》をきいて、信一《しんいち》は西洋館《せいやうくわん》と日本館《にほんくわん》の間《あひだ》にある欅《けやき》や櫟《くぬぎ》の大木《たいぼく》の蔭《かげ》へ步《ある》いて行《い》つた。其處《そこ》は繁茂《はんも》した老樹《らうじゆ》の枝《えだ》がこんもりと日《ひ》を遮《さへぎ》つて、じめじめした地面《ぢめん》には靑苔《あをごけ》が一|面《めん》に生《は》え、暗《くら》い肌寒《はださむ》い氣流《きりゆう》が二人《ふたり》の襟元《えりもと》へしみ入《い》るやうであつた。大方《おほかた》古井戶《ふるゐど》の跡《あと》でもあらう、沼《ぬま》とも池《いけ》とも付《つ》かない濁《にご》つた水溜《みづたま》りがあつて、水草《みづくさ》が綠靑《ろくしやう》のやうに浮《う》いて居《ゐ》る。二人《ふたり》は其《そ》の滸《ほとり》へ腰《こし》を下《お》ろして、濕《しめ》つぽい土《つち》の匂《にほひ》を嗅《か》ぎながらぼんやり足《あし》を投《な》げ出《だ》して居《ゐ》ると、何處《どこ》からともなく幽玄《いうげん》な、微妙《びめう》な奏樂《そうがく》の響《ひゞき》が洩《も》れて來《き》た。 「あれは何《なん》だらう。」 かう云《い》ひながらも、私《わたし》は油斷《ゆだん》なく耳《みゝ》を傾《かたむ》けた。 「あれは姊《ねえ》さんがピアノを彈《ひ》いて居《ゐ》るんだよ。」 「ピアノつて何《なん》だい。」 「オルガンのやうなものだつて、姊《ねえ》さんがさう云《い》つたよ。異人《いじん》の女《をんな》が每日《まいにち》あの西洋館《せいやうくわん》へ來《き》て姊《ねえ》さんに敎《をし》へてやつてるの。」 かう云《い》つて信一《しんいち》は西洋館《せいやうくわん》の二|階《かい》を指《ゆびさ》した。肉色《にくいろ》の布《ぬの》のかかつた窓《まど》の中《うち》から絕《た》えず洩《も》れて來《く》る不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》。‥‥或《あ》る時《とき》は森《もり》の奧《おく》の妖魔《えうま》が笑《わら》ふ木靈《こだま》のやうな、或《あ》る時《とき》はお伽噺《とぎばなし》に出《で》て來《く》る侏儒共《こびとども》が多勢《おほぜい》揃《そろ》つて踊《をど》るやうな、幾千《いくせん》の細《こま》かい想像《さうざう》の綾絲《あやいと》で、幼《をさな》い頭《あたま》へ微妙《びめう》な夢《ゆめ》を織《を》り込《こ》んで行《ゆ》く不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》は、此《こ》の古沼《ふるぬま》の水底《みなそこ》で奏《かな》でるのかとも疑《うたが》はれる。

奏樂《そうがく》の音《ね》が止《や》んだ頃《ころ》、私《わたし》はまだ消《き》えやらぬ ecstasy の快感《くわいかん》の尾《を》を心《こゝろ》に曳《ひ》きながら、今《いま》にあの窓《まど》から異人《いじん》や姊娘《あねむすめ》が顏《かほ》を出《だ》しはすまいかと思《おも》ひ憧《あこが》れてぢつと二|階《かい》を視《み》つめた。 「信《しん》ちやん、お前《まへ》は彼處《あすこ》へ遊《あそ》びに行《い》かないのかい。」 「ああ、徒《いたづ》らをしていけないつて、お母《かあ》さんがどうしても上《あ》げてくれないの、いつかそうツと行《い》つて見《み》ようとしたら、錠《ぢやう》が下《お》りて居《ゐ》てどうしても開《あ》かなかつたよ。」 信一《しんいち》も私《わたし》と同《おな》じやうに好奇《かうき》な眼《め》つきをして二|階《かい》を見上《みあ》げた。 「坊《《ぼつ》ちやん、三|人《にん》で何《なに》かして遊《あそ》びませんか。」 ふと、かう云《い》ふ聲《こゑ》がして後《うしろ》から駈《か》けて來《き》た者《もの》がある。其《そ》れは同《おな》じ有馬學校《ありまがくかう》の一二|年《ねん》上《うへ》の生徒《せいと》で、名前《なまへ》こそ知《し》らないが、每日《まいにち》のやうに年下《としした》の子供《こども》をいぢめて居《ゐ》る名代《なだい》の餓鬼大將《がきだいしやう》だから顏《かほ》はよく覺《おぼ》えて居《ゐ》た。どうして此奴《こいつ》がこんな處《ところ》へやつて來《き》たのだらうと、訝《いぶか》りながら默《だま》つて樣子《やうす》を見《み》て居《ゐ》ると、其《そ》の子《こ》は信一《しんいち》に仙吉《せんきち》仙吉《せんきち》と呼《よ》び捨《ず》てにされながら、坊《ぼつ》ちやん坊《ぼつ》ちやんと御機嫌《ごきげん》を取《と》つて居《ゐ》る。後《あと》で聞《き》いて見《み》れば塙《はなは》の家《うち》の馬丁《べつとう》の子《こ》であつたが、其《そ》の時《とき》私《わたし》は、猛獸遣《まうじうつか》ひのチヤリネの美人《びじん》を見《み》るやうな眼《め》で、信一《しんいち》を見《み》ない譯《わけ》には行《ゆ》かなかつた。 「そんなら三|人《にん》で泥坊《どろばう》ごつこしよう。あたしと榮《えい》ちやんがお巡《まはり》になるから、お前《まへ》は泥坊《どろばう》におなんな。」 「なつてもいいけれど、此《こ》の間《あひだ》見《み》たいに非道《ひど》い亂暴《らんばう》をしつこなしですよ。坊《ぼつ》ちやんは繩《なは》で縛《しば》つたり、鼻糞《はなくそ》をくツつけたりするんだもの。」 此《こ》の問答《もんだふ》をきいて、私《わたし》は愈々《いよ/\》驚《おどろ》いたが、可愛《かあい》らしい女《をんな》のやうな信一《しんいち》が、荒《あら》くれた熊《くま》のやうな仙吉《せんきち》をふん縛《じば》つて苦《くる》しめて居《ゐ》る光景《くわうけい》を、どう考《かんが》へて見《み》ても實際《じつさい》に想像《さうざう》することが出來《でき》なかつた。 やがて信一《しんいち》と私《わたし》は巡査《じゆんさ》になつて、沼《ぬま》の周圍《しうゐ》や木立《こだち》の間《あひだ》を縫《ぬ》ひながら盜賊《どろぼう》の仙吉《せんきち》を追《お》ひ廻《まは》したが、此方《こつち》は二人《ふたり》でも先方《せんぱう》は年上《としうへ》だけに中々《なか/\》捕《つか》まらない。漸《やうや》くの事《こと》で西洋館《せいやうくわん》の裏手《うらて》の塀《へい》の隅《すみ》にある物置小屋《ものおきごや》まで追《お》ひ詰《つ》めた。

二人《ふたり》はひそひそ示《しめ》し合《あは》せて、息《いき》を殺《ころ》し、足音《あしおと》を忍《しの》ばせ、そうつと小屋《こや》の中《なか》へ入《はい》つた。倂《しか》し仙吉《せんきち》は何處《どこ》へ隱《かく》れたものか姿《すがた》が見《み》えない。さうして押《お》し漬《づけ》だの糠味噌《ぬかみそ》だの醤油樽《しやうゆだる》だのの咽《む》せ返《かへ》るやうな古臭《ふるくさ》い匂《にほひ》が、薄暗《うすぐら》い小屋《こや》の中《なか》にこもつて、わらじ蟲《むし》がぞろぞろと蜘蛛《くも》の巢《す》だらけの屋根裏《やねうら》や樽《たる》の周圍《まはり》に這《は》つて居《ゐ》る有樣《ありさま》が、何《なに》か不思議《ふしぎ》な面白《おもしろ》い徒《いたづ》らを幼《をさな》い者《もの》にそそのかすやうであつた。すると何處《どこ》やらでくすくすと忍《しの》び笑《わら》ひをするのが聞《きこ》えて、忽《たちま》ち梁《うつばり》に吊《つ》るしてあつた用心籠《ようじんかご》がめりめりと鳴《な》るかと思《おも》ふと、其處《そこ》から「わあ」と云《い》ひながら仙吉《せんきち》の顏《かほ》が現《あらは》れた。 「やい、下《お》りて來《こ》い。下《お》りて來《こ》ないと非道《ひど》い目《め》に會《あ》はせるぞ。」 信一《しんいち》は下《した》から怒鳴《どな》つて、私《わたし》と一|諸《しよ》に箒木《ほうき》で顏《かほ》を突《つ》かうとする。 「さあ來《こ》い。誰《だれ》でも傍《そば》へ寄《よ》ると小便《しよんべん》をしつかけるぞ。」 仙吉《せんきち》が籠《かご》の上《うへ》から、あはや小便《せうべん》をたれさうにしたので、信一《しんいち》は用心籠《ようじんかご》の眞下《ました》へ廻《まは》り、有《あ》り合《あ》ふ竹竿《たけざを》で籠《かご》の目《め》から仙吉《せんきち》の臀《しり》だの足《あし》の裏《うら》だの、所嫌《ところきら》はずつツ突《つ》き始《はじ》めた。 「さあ、此《こ》れでも下《お》りないか。」 「あいた、あいた。へい、へい、もう下《お》りますから御免《ごめん》なさい。」 悲鳴《ひめい》を揚《あ》げてあやまりながら、痛《いた》む節々《ふし/″\》を抑《おさ》へて下《お》りて來《き》た奴《やつ》の胸《むな》ぐらを取《と》つて、 「何處《どこ》で何《なに》を盜《ぬす》んだか、正直《しやうぢき》に白狀《はくじやう》しろ。」 と、信一《しんいち》が出鱈目《でたらめ》に訊問《じんもん》を始《はじ》める。仙吉《せんきち》は亦《また》、やれ白木屋《しろきや》で反物《たんもの》を五|反《たん》取《と》つたの、にんべん[#「にんべん」に傍点]で鰹節《かつぶし》を盜《ぬす》んだの、日本銀行《にほんぎんかう》でお札《さつ》をごまかしたのと、出鱈目《でたらめ》ながら生意氣《なまいき》な事《こと》を云《い》つた。 「うん、さうか、太《ふと》い奴《やつ》だ。まだ何《なに》か惡《わる》い事《こと》をしたらう。人《ひと》を殺《ころ》した覺《おぼ》えはないか。」 「へいございます。熊谷《くまがい》土手《どて》で按摩《あんま》を殺《ころ》して五十|兩《りやう》の財布《さいふ》を盜《ぬす》みました。さうして其《そ》のお金《かね》で吉原《よしはら》へ參《まゐ》りました。」 緞帳芝居《どんちやうしばゐ》か覗《のぞ》き機巧《からくり》で聞《き》いて來《く》るものと見《み》えて、如何《いか》にも當意卽妙《たういそくめう》の返答《へんたふ》である。 「まだ其《そ》の外《ほか》にも人《ひと》を殺《ころ》したらう。よし、よし、云《い》はないな。云《い》はなければ拷問《がうもん》にかけてやる。」 「もう此《こ》れだけでございますから、勘忍《かんにん》しておくんなさい。」 信一《しんいち》は、手《て》を合《あは》せて拜《おが》むやうにするのを耳《みゝ》にもかけず、素早《すばや》く仙吉《せんきち》の締《し》めて居《ゐ》る薄穢《うすぎたな》い淺黃《あさぎ》の唐縮緬《たうちりめん》の兵兒帶《へこおび》を解《と》いて後手《うしろで》に縛《しば》り上《あ》げた上《うへ》、其《そ》のあまりで兩脚《りやうあし》の踝《くるぶし》まで器用《きよう》に括《くゝ》つた。それから仙吉《せんきち》の髮《かみ》の毛《け》を引張《ひつぱ》つたり、頰《ほつ》ぺたを摘《つ》まみ上《あ》げたり、眼瞼《まぶた》の裏《うら》の紅《あか》い處《ところ》をひつくりかへして白眼《しろめ》を出《だ》させたり、耳朶《みゝたぶ》や唇《くちびる》の端《はし》を掴《つか》んで振《ふ》つて見《み》たり、芝居《しばゐ》の子役《こやく》か雛妓《おしやく》の手《て》のやうなきやしや[#「きやしや」に傍点]な靑白《あをじろ》い指先《ゆびさき》が狡猾《かうくわつ》に働《はたら》いて、肌理《きめ》の粗《あら》い黑《くろ》い醜《みにく》く肥《こ》えた仙吉《せんきち》の顏《かほ》の筋肉《きんにく》は、ゴムのやうに面白《おもしろ》く伸《の》びたり縮《ちゞ》んだりした。其《そ》れにも飽《あ》きると、 「待《ま》て、待《ま》て。貴樣《きさま》は罪人《ざいにん》だから額《ひたひ》に入墨《いれずみ》をしてやる。」 かう云《い》ひながら、其處《そこ》にあつた炭俵《すみだわら》の中《なか》から佐倉炭《さくらずみ》の塊《かたまり》を取《と》り出《だ》し、唾吐《つば》をかけて仙吉《せんきち》の額《ひたひ》へこすり始《はじ》めた。仙吉《せんきち》は滅茶滅茶《めちやめちや》にされて崩《くづ》れ出《だ》しさうな顏《かほ》の輪廓《りんくわく》を奇態《きたい》に歪《ゆが》めながらひいひいと泣《な》いて居《ゐ》たが、しまひには其《そ》の根氣《こんき》さへなくなつて、相手《あひて》の爲《な》すがままに委《まか》せた。日頃《ひごろ》學校《がくかう》では馬鹿《ばか》に强《つよ》さうな餓鬼大將《がきだいしやう》の荒《あら》くれ男《をとこ》が、信一《しんいち》の爲《た》めに見《み》る影《かげ》もない態《ざま》になつて化物《ばけもの》のやうな目鼻《めはな》をして居《ゐ》るのを見《み》ると、私《わたし》はこれ迄《まで》出會《であ》つたことのない一|種《しゆ》不思議《ふしぎ》な快感《くわいかん》に襲《おそ》はれたが、明日《あした》學校《がくかう》で意趣返《いしゆがへ》しされると云《い》ふ恐《おそ》れがあるので、信一《しんいち》と一諸《いつしよ》に徒《いたづ》らをする氣《き》にはなれなかつた。

暫《しばら》くしてから帶《おび》を解《と》いてやると、仙吉《せんきち》は恨《うら》めしさうに信一《しんいち》の顏《かほ》を橫眼《よこめ》で睨《にら》んで、力《ちから》なくぐたりと其處《そこ》へ突俯《つゝぷ》した儘《まゝ》何《なん》と云《い》つても動《うご》かない。腕《うで》を摑《つか》んで引《ひ》き起《おこ》さうとしても亦《また》ぐたりと倒《たふ》れてしまふ。二人《ふたり》とも少《すこ》し心配《しんぱい》になつて、樣子《やうす》を窺《うかゞ》ひながら默《だま》つて彳《たゝず》んで居《ゐ》たが、 「おい、どうかしたのかい。」 と、信一《しんいち》が邪慳《ぢやけん》に襟頸《えりくび》を捕《とら》へて、仰向《あふむ》かせて見《み》れば、いつの間《ま》にか仙吉《せんきち》は泣《な》く眞似《まね》をして汚《よご》れた顏《かほ》を筒袖《つゝそで》で半分程《はんぶんほど》拭《ふ》き取《と》つてしまつて居《ゐ》る可笑《をか》しさに、 「わはゝゝゝ」 と、三|人《にん》は顏《かほ》を見合《みあ》はせて笑《わら》つた。 「今度《こんど》は何《なに》か外《ほか》の事《こと》をして遊《あそ》ばう。」 「坊《ぼつ》ちやん、もう亂暴《らんばう》をしちやいけませんよ。こら御覽《ごらん》なさい、こんなにひどく痕《あと》が附《つ》いたぢやありませんか。」 見《み》ると仙吉《せんきち》の手頸《てくび》の所《ところ》には、縛《しば》られた痕《あと》が赤《あか》く殘《のこ》つて居《ゐ》る。 「あたしが狼《おほかみ》になるから、二人《ふたあり》旅人《たびゞと》にならないか。さうしてしまひに二人共《ふたありとも》狼《おほかみ》に喰《く》ひ殺《ころ》されるんだよ。」 信一《しんいち》が又《また》こんな事《こと》を云《い》ひ出《だ》したので、私《わたし》は薄氣味惡《うすきみわる》かつたが、仙吉《せんきち》が、 「やりませう。」 と云《い》ふから承知《しようち》しない譯《わけ》にも行《ゆ》かなかつた。私《わたし》と仙吉《せんきち》とが旅人《たびびと》のつもり、此《こ》の物置小屋《ものおきごや》がお堂《だう》のつもりで、野宿《のじゆく》をしてゐると、眞夜中頃《まよなかごろ》に信一《しんいち》の狼《おほかみ》が襲《おそ》つて來《き》て、頻《しきり》に戶《と》の外《そと》で吠《ほ》え始《はじ》める。たうとう狼《おほかみ》は戶《と》を喰《く》ひ破《やぶ》つてお堂《だう》の中《なか》を四つ這《ば》ひに這《は》ひながら、犬《いぬ》のやうな牛《うし》のやうな稀有《けう》な呻《うな》り聲《ごゑ》を立《た》てて逃《に》げ廻《まは》る二|人《にん》の旅人《たびゞと》を追《お》ひ廻《まは》す。信一《しんいち》があまり眞面目《まじめ》でやつて居《ゐ》るので、捕《つか》まつたらどんな事《こと》をされるかと、私《わたし》は心《しん》から少《すこ》し恐《こは》くなつてにやにや不安《ふあん》な笑《わら》ひを泛《うか》べながら、其《そ》の實《じつ》一|生懸命《しやうけんめい》俵《たわら》の上《うへ》や筵《むしろ》の蔭《かげ》を逃《に》げ廻《まは》つた。 「おい仙吉《せんきち》、お前《まへ》はもう足《あし》を喰《く》はれたから步《ある》いちやいけないよ。」 狼《おほかみ》はかう云《い》つて旅人《たびゞと》の一人《ひとり》をお堂《だう》の隅《すみ》へ追《お》ひ詰《つ》め、體《からだ》にとび上《あが》つて方々《はう/″\》へ喰《く》ひ付《つ》くと、仙吉《せんきち》は役者《やくしや》のするやうな苦悶《くもん》の表情《へうじやう》をして、眼《め》をむき出《だ》すやら、口《くち》を歪《ゆが》めるやら、いろいろの身振《みぶ》りを巧《たくみ》に演《えん》じて居《ゐ》たが、遂《つひ》に喉笛《のどぶえ》を喰《く》ひ切《き》られて、キヤツと知死期《ちしご》の悲鳴《ひめい》を最後《さいご》に、手足《てあし》の指《ゆび》をぶるぶるとわななかせ、噓空《こくう》を摑《つか》んでバツタリ倒《たふ》れてしまつた。 さあ今度《こんど》は私《わたし》の番《ばん》だ、かう思《おも》ふと氣《き》が氣《き》でなく、急《いそ》いで樽《たる》の上《うへ》へ跳《と》び上《あが》ると、狼《おほかみ》に着物《きもの》の裾《すそ》を咬《くは》へられ、恐《おそ》ろしい力《ちから》で下《した》からぐいぐい引張《ひつぱ》られた。私《わたし》は眞蒼《まつさを》になつて樽《たる》へしつかり摑《つか》まつて見《み》たが、激《はげ》しい狼《おほかみ》の權幕《けんまく》に氣後《きおく》れがして、「ああもうとても助《たす》からない。」と觀念《くわんねん》の眼《め》を閉《と》づる間《ま》もなく引《ひ》きずり落《おと》され、土間《どま》へ仰向《あふむ》きに轉《ころ》げたかと思《おも》ふと、信一《しんいち》は疾風《しつぷう》のやうに私《わたし》の首《くび》ツたまへのしかかつて喉笛《のどぶえ》を喰《く》ひ切《き》つた。 「さあもう二人共《ふたりとも》死骸《しがい》になつたんだからどんな事《こと》をされても動《うご》いちやいけないよ。此《こ》れから骨《ほね》までしやぶつてやるぞ。」 信一《しんいち》にかう云《い》はれて、二人《ふたり》ともだらしなく大《だい》の字《じ》なりに土間《どま》へ倒《たふ》れたまま、一寸《いつすん》も動《うご》けなかつた。急《きふ》に私《わたし》は體《からだ》の處々方々《しよ/\はう/″\》がむづ痒《かゆ》くなつて、着物《きもの》の裾《すそ》のはだけた處《ところ》から冷《つ》めたい風《かぜ》がすうすうと股《また》ぐらに吹《ふ》き込《こ》み、一|方《はう》へ伸《の》ばした右《みぎ》の手《て》の中指《なかゆび》の先《さき》が微《かす》かに仙吉《せんきち》の髮《かみ》の毛《け》に觸《ふ》れて居《ゐ》るのを感《かん》じた。 「此奴《こいつ》の方《はう》が太《ふと》つて居《ゐ》て旨《うま》さうだから、此奴《こいつ》から先《さき》へ喰《く》つてやらう。」 信一《しんいち》はさも愉快《ゆくわい》さうな顏《かほ》をして、仙吉《せんきち》の體《からだ》へ這《は》ひ上《あが》つた。 「あんまり非道《ひど》いことをしちやいけませんよ。」 と、仙吉《せんきち》は半眼《はんがん》を開《ひら》き、小聲《こごゑ》で訴《うつた》へるやうに囁《さゝや》いた。 「そんな非道《ひど》い事《こと》はしないから、動《うご》くときかないよ。」 むしやむしやと仰山《ぎやうさん》に舌《した》を鳴《な》らしながら、頭《あたま》から顏《かほ》、胴《どう》から腹《はら》、兩腕《りやううで》から股《もゝ》や脛《すね》の方《はう》までも喰《く》ひ散《ち》らし、土《つち》のついた草履《ざうり》のまま目鼻《めはな》の上《うへ》でも胸《むね》の上《うへ》でも勝手《かつて》に蹈《ふ》み躪《にじ》るので、又《また》しても仙吉《せんきち》は體中《からだぢう》泥《どろ》だらけになつた。 「さあ此《こ》れからお臀《しり》の肉《にく》だ。」 やがて仙吉《せんきち》は俯向《うつむ》きに臥《ね》かされ、臀《しり》を捲《ま》くられたかと思《おも》ふと、薤《らつきやう》を二つ並《なら》べたやうに腰《こし》から下《した》が裸體《はだか》になつてぬツと晒《さら》し出《だ》された。まくり上《あ》げた着物《きもの》の裾《すそ》を死體《したい》の頭《かしら》へ被《かぶ》せて背中《せなか》へ跳《と》び乘《の》つた信一《しんいち》は、又《また》むしやむしやとやつて居《ゐ》たが、どんな事《こと》をされても仙吉《せんきち》はぢつと我慢《がまん》をして居《ゐ》る。寒《さむ》いと見《み》えて粟立《あはだ》つた臀《しり》の肉《にく》が菎蒻《こんにやく》のやうに顫《ふる》へて居《ゐ》た。

今《いま》に私《わたし》もあんな態《ざま》をさせられるのだ。かう思《おも》つて密《ひそか》に胸《むね》を轟《とゞろ》かせたが、まさか仙吉《せんきち》同樣《どうやう》の非道《ひど》い目《め》にも會《あ》はすまい位《ぐらゐ》に考《かんが》へて居《ゐ》ると、やがて信一《しんいち》は私《わたし》の胸《むね》の上《うへ》へ跨《また》がつて、先《ま》づ鼻《はな》の頭《あたま》から喰《く》ひ始《はじ》めた。私《わたし》の耳《みゝ》には甲斐絹《かひき》の羽織《はおり》の裏《うら》のさやさやとこすれて鳴《な》るのが聞《きこ》え、私《わたし》の鼻《はな》は着物《きもの》から放《はな》つ樟惱《しやうなう》の香《か》を嗅《か》ぎ、私《わたし》の頰《ほゝ》は柔《やはらか》い羽二重《はぶたへ》の肌《はだ》にふうわりと撫《な》でられ、胸《むね》と腹《はら》とは信一《しんいち》の生暖《なまあゝか》い體《からだ》の重味《おもみ》を感《かん》じて居《ゐ》る。潤《うる》ほひのある唇《くちびる》や滑《なめら》かな舌《した》の端《はし》が、ぺろぺろと擽《くす》ぐるやうに舐《な》めて行《い》く奇怪《きくわい》な感覺《かんかく》は、恐《おそ》ろしいと云《い》ふ念《ねん》を打消《うちけ》して魅《み》するやうに私《わたし》の心《こゝろ》を征服《せいふく》して行《ゆ》き、果《は》ては愉快《ゆくわい》を感《かん》ずるようになつた。忽《たちま》ち私《わたし》の顏《かほ》は左《ひだり》の小鬢《こびん》から右《みぎ》の頰《ほゝ》へかけて激《はげ》しく蹂《ふ》み躪《にじ》られ、其《そ》の下《した》になつた鼻《はな》と唇《くちびる》は草履《ざうり》の裏《うら》の泥《どろ》と摩擦《まさつ》したが、私《わたし》は其《そ》れをも愉快《ゆくわい》に感《かん》じて、いつの間《ま》にか心《こゝろ》も體《からだ》も全《まつた》く信一《しんいち》の傀儡《くわいらい》となるのを喜《よろこ》ぶやうになつてしまつた。 やがて私《わたし》も俯向《うつむ》きにされて裾《すそ》を剝《は》がされ、腰《こし》から下《した》をぺろぺろと喰《く》はれてしまつた。信一《しんいち》は、二《ふた》つの死骸《しがい》が裸《はだか》にされた臀《しり》を土間《どま》へ列《なら》べて倒《たふ》れて居《ゐ》る樣子《やうす》を、さも面白《おもしろ》さうにからから笑《わら》つて見《み》て居《ゐ》たが、其《そ》の時《とき》不意《ふい》に先《さき》の女中《ぢよちゆう》が小屋《こや》の戶口《とぐち》に現《あらは》れたので、私《わたし》も仙吉《せんきち》も吃驚《びつくり》して起《お》き上《あが》つた。 「おや、坊《ぼつ》ちやんは此處《こゝ》に居《ゐ》らつしやるんですか。まあお召物《めしもの》を臺《だい》なしに遊《あそ》ばして、何《なに》をなすつて居《ゐ》らつしやるんですねえ。どうして又《また》こんな穢《きたな》い所《ところ》でばかりお遊《あそ》びになるんでせう。仙《せん》ちやん、お前《まへ》が惡《わる》いんだよ、ほんとに。」 女中《ぢよちゆう》は恐《おそ》ろしい眼《め》つきをして叱《しか》りながら、泥《どろ》の足型《あがた》が印《いん》せられて居《ゐ》る仙吉《せんきち》の目鼻《めはな》を、樣子《やうす》ありげに眺《なが》めて居《ゐ》る。私《わたし》は未《ま》だ蹈《ふ》みつけられた顏《かほ》の痕《あと》がぴりぴりするのをぢつと堪《こら》へて何《なに》か餘程《よほど》の惡事《あくじ》でも働《はたら》いた後《のち》のやうな氣《き》になつて立《た》ちすくんだ。 「さあ、もうお風呂《ふろ》が沸《わ》きましたから、好《い》い加減《かげん》に遊《あそ》ばしてお内《うち》にお入《はい》りなさいませんと、お母樣《かあさま》に叱《しか》られますよ、萩原《はぎはら》の坊《ぼつ》ちやんも亦《また》入《い》らつして下《くだ》さいましな。もう遲《おそ》うございますから、私《わたし》がお宅《たく》までお送《おく》り申《もを》しませうか。」 女中《ぢよちゆう》も私《わたし》にだけは優《やさ》しくしたが、 「獨《ひとり》で歸《かへ》れるから、送《おく》つて貰《もら》はないでもいいの。」 かう云《い》つて私《わたし》は辭退《じたい》した。

門《もん》の所《ところ》まで送《おく》つて來《き》てくれた三|人《にん》に、 「あばよ。」 と云《い》つて戶外《おもて》へ出《で》ると、いつの間《ま》にか街《まち》は靑《あを》い夕靄《ゆふもや》に罩《こ》められて、河岸通《かしどほり》にはちらちら灯《ひ》がともつて居《ゐ》る。私《わたし》は恐《おそ》ろしい不思議《ふしぎ》な國《くに》から急《きふ》に人里《ひとざと》へ出《で》て來《き》たやうな氣《き》がして、今日《けふ》の出來事《できごと》を夢《ゆめ》のやうに囘想《くわいさう》しながら家《いへ》へ歸《かへ》つて行《い》つたが、信一《しんいち》の氣高《けだか》く美《うつく》しい器量《きりやう》や人《ひと》を人《ひと》とも思《おも》はぬ我《わ》が儘《まゝ》な仕打《しう》ちは、一|日《にち》の中《うち》にすつかり私《わたし》の心《こゝろ》を奪《うば》つて了《しま》つた。

明《あ》くる日《ひ》學校《がくかう》へ行《い》つて見《み》ると、昨日《きのふ》あんな非道《ひど》い目《め》に會《あ》はされた仙吉《せんきち》は、相變《あひかは》らず多勢《おほぜい》の餓鬼大將《がきだいしやう》になつて弱《よわ》い者《もの》いぢめをして居《ゐ》る代《かは》り、信一《しんいち》は又《また》いつもの通《とほ》りの意氣地《いくぢ》なしで、女中《ぢよちゆう》と一|諸《しよ》に小《ちひ》さくなつて運動場《うんだうば》の隅《すみ》の方《はう》にいぢけて居《ゐ》る氣《き》の毒《どく》さ、 「信《しん》ちやん、何《なに》かして遊《あそ》ばないか。」 と、たまたま私《わたし》が聲《こゑ》をかけて見《み》ても、 「ううん、」 と云《い》つたなり、眉根《まゆね》を寄《よ》せて不機嫌《ふきげん》らしく首《くび》を振《ふ》るばかりである。 それから四五|日《にち》立《た》つた或《あ》る日《ひ》のこと、學校《がくかう》の歸《かへ》りがけに信一《しんいち》の女中《ぢよちゆう》は又《また》私《わたし》を呼《よ》び止《と》めて、 「今日《けふ》はお孃樣《ぢやうさま》のお雛樣《ひなさま》が飾《かざ》つてございますから、お遊《あそ》びに入《い》らつしやいまし。」 かう云《い》つて誘《さそ》つてくれた。

其《そ》の日《ひ》は表《おもて》の通用門《つうようもん》から番人《ばんにん》にお辭儀《じぎ》をして入《はい》つて、正面《しやうめん》の玄關《げんくわん》の傍《わき》にある細格子《ほそがうし》の出入口《でいりぐち》を開《あ》けると、直《す》ぐに仙吉《せんきち》が跳《と》んで來《き》て廊下《らうか》傳《づた》ひに中《ちゆう》二|階《かい》の十|疊《でふ》の間《ま》へ連《つ》れて行《い》つた。信一《しんいち》と姊《あね》の光子《みつこ》は雛段《ひなだん》の前《まへ》に臥《ね》そべりながら、豆炒《まめいり》を喰《た》べて居《ゐ》たが、二人《ふたり》が入《はい》つて來《く》ると急《きふ》にくすくす笑《わら》ひ出《だ》した樣子《やうす》が、何《なに》か又《また》怪《け》しからぬ徒《いたづ》らを企《たく》らんで居《ゐ》るらしいので、 「坊《ぼつ》ちやん、何《なに》か可笑《をか》しいことがあるんですか。」 と、仙吉《せんきち》は不安《ふあん》らしく姊弟《きやうだい》の顏《かほ》を眺《なが》めて居《ゐ》る。

緋羅紗《ひらしや》を掛《か》けた床《とこ》の雛段《ひなだん》には、淺草《あさくさ》の觀音堂《くわんおんだう》のやうな紫宸殿《ししいでん》の甍《いらか》が聳《そび》え、内裏樣《だいりさま》を始《はじ》め五|人囃《にんばや》しの官女《くわんぢよ》が殿上《でんじやう》に列《なら》んで、右近《うこん》の櫻《さくら》、左近《さこん》の橘《たちばな》の下《した》には、三|人《にん》上戶《じやうご》の仕丁《じちやう》が酒《さけ》を煖《あたゝ》めて居《ゐ》る。其《そ》の次《つ》ぎ次《つ》ぎの段《だん》には、燭臺《しよくだい》だのお膳《ぜん》だの鐵漿《おはぐろ》の道具《だうぐ》だの、唐草《からくさ》の金蒔繪《きんまきゑ》をした可愛《かあい》い調度《てうど》が、此《こ》の間《あひだ》姊《あね》の部屋《へや》にあつたいろいろの人形《にんぎやう》と一|諸《しよ》に飾《かざ》つてある。

私《わたし》は雛段《ひなだん》の前《まへ》へ立《た》つて、つくづくと其《そ》れに見惚《みと》れて居《ゐ》ると、後《うしろ》からそうつと信一《しんいち》がやつて來《き》て、 「今《いま》ね、仙吉《せんきち》を白酒《しろざけ》で醉拂《よつぱら》はしてやるんだよ。」 かう耳《みみ》うちをしたが、直《す》ぐにぱたぱたと仙吉《せんきち》の方《はう》へ駈《か》けて行《い》つて、 「おい仙吉《せんきち》、これから四|人《にん》でお酒盛《さかも》りをしようぢやないか。」 と何喰《なにく》はぬ顏《かほ》で云《い》ひ出《だ》した。

四|人《にん》は圓《まる》くなつて、豆炒《まめいり》を肴《さかな》に白酒《しろざけ》を飮《の》み始《はじ》めた。 「此《こ》れはどうも結構《けつこう》な御酒《ごしゆ》でございますな。」 などと大人《おとな》めいた口《くち》をきいて皆《みんな》を笑《わら》はせながら、仙吉《せんきち》は猪口《ちよく》を持《も》つやうな手《て》つきで茶飮茶碗《ちやのみぢやわん》からぐいぐい白酒《しろざけ》を呷《あほ》つた。今《いま》に醉拂《よつぱら》ふだらうと思《おも》ふと可笑《をか》しさが胸《むね》へこみ上《あ》げて、時々《とき/″\》姊《あね》の光子《みつこ》は堪《たま》りかねたやうに腹《はら》を抱《かゝ》へたが、仙吉《せんきち》が醉拂《よつぱら》ふ時分《じぶん》には少《すこ》しばかりお相手《あひて》をした他《ほか》の三|人《にん》も、そろそろ怪《あや》しくなつて來《き》た。下腹《したはら》の邊《へん》に熱《あつ》い酒《さけ》がぶつぶつ沸《わ》き上《あが》つて、額《ひたひ》から雙《さう》の蟀谷《こめかみ》がほんのり汗《あせ》ばみ、頭《あたま》の鉢《はち》の周圍《しうゐ》が妙《めう》に痺《しび》れて、疊《たゝみ》の面《おもて》は船底《ふなぞこ》のやうに上下《じやうげ》左右《さいう》へ搖《ゆ》れて居《ゐ》る。 「坊《ぼつ》ちやん私《わたし》は醉《よ》ひましたよ。皆《みんな》も眞赤《まつか》な顏《かほ》をして居《ゐ》るぢやありませんか。一つ立《た》つて步《ある》いて見《み》ませんか。」 仙吉《せんきち》は立《た》ち上《あが》つて大手《おほで》を振《ふ》りながら座敷《ざしき》を步《ある》き出《だ》したが、直《す》ぐに足許《あしもと》がよろけて倒《たふ》れる拍子《へうし》に、床柱《とこばしら》へこつんと頭《あたま》を打《う》ち付《つ》けたので、三|人《にん》がどつと吹《ふ》き出《だ》すと、 「あいつ、あいつ。」 と、頭《あたま》をさすつて顏《かほ》を顰《しか》めて居《ゐ》る當人《たうにん》も可笑《をか》しさが堪《こら》へられず、鼻《はな》を鳴《な》らしてくすくす笑《わら》つて居《ゐ》る。 やがて三|人《にん》も仙吉《せんきち》の眞似《まね》をして立《た》ち上《あが》り、步《ある》いては倒《たふ》れ、倒《たふ》れては笑《わら》ひ、キヤツキヤツと圖《づ》に乘《の》つて途方《とはう》もなく騷《さわ》ぎ出《だ》した。 「エーイツ、ああ好《い》い心持《こゝろもち》だ。己《おれ》は醉《よ》つて居《ゐ》るんだぞ、べらんめえ。」 仙吉《せんきち》が臀《しり》を端折《はしを》つて肩《かた》へ彌造《やざう》を拵《こしら》へ、職人《しよくにん》の眞似《まね》をして步《ある》くと、信一《しんいち》も私《わたし》も、しまひには光子《みつこ》までが臀《しり》を端折《はしを》つて肩《かた》へ拳骨《げんこつ》を突《つ》つ込《こ》み、丁度《ちやうど》お孃《ぢやう》吉三《きちざ》のやうな姿《すがた》をして、 「べらんめえ、己《おれ》は醉拂《よつぱら》ひだぞ」 と、座敷中《ざしきぢゆう》をよろよろ練《ね》り步《る》いては笑《わら》ひ轉《こ》ける。 「あツ、坊《ぼつ》ちやん坊《ぼつ》ちやん、狐《きつね》ごつこをしませんか。」 仙吉《せんきち》がふと面白《おもしろ》い事《こと》を考《かんが》へ着《つ》いたやうにかう云《い》ひ出《だ》した。私《わたし》と仙吉《せんきち》と二人《ふたり》の田舍者《ゐなかもの》が狐退治《きつねたいぢ》に出《で》かけると、却《かへ》つて女《をんな》に化《ば》けた光子《みつこ》の狐《きつね》の爲《た》めに化《ば》かされて了《しま》ひ、散々《さん/″\》な目《め》に會《あ》つて居《ゐ》る所《ところ》へ、侍《さむらひ》の信一《しんいち》が通《とほ》りかかつて二人《ふたり》を救《すく》つた上《うへ》、狐《きつね》を退治《たいぢ》てくれると云《い》ふ趣向《しゆかう》である。まだ醉拂《よつぱら》つて居《ゐ》る三|人《にん》は直《す》ぐに贊成《さんせい》して、其《そ》の芝居《しばゐ》に取《と》りかかつた。

先《ま》づ仙吉《せんきち》と私《わたし》が向鉢卷《むかうはちま》きに臀端折《しりぱしよ》りで、手《て》に手《て》にはたき[#「はたき」に傍点]を振《ふ》りかざし、 「どうも此《こ》の邊《へん》に惡《わる》い狐《きつね》が出《で》て徒《いたづ》らをするから、今日《けふ》こそ一|番《ばん》退治《たいぢ》てくれべえ。」 と云《い》ひながら登場《とうぢやう》する。向《むか》うから光子《みつこ》の狐《きつね》がやつて來《き》て、 「もし、もし、お前樣逹《まへさんたち》を御馳走《ごちそう》して上《あ》げるから、あたしと一|諸《しよ》に入《い》らつしやいな。」 かう云《い》つて、ぽんと、二人《ふたり》の肩《かた》を叩《たゝ》くと、忽《たちま》ち私《わたし》も仙吉《せんきち》も化《ば》かされて了《しま》ひ、 「いよう、何《なん》とはあ素晴《すば》らしい別品《べつぴん》でねえか。」 などと、眼《め》を細《ほそ》くして光子《みつこ》にでれつき始《はじ》める。 「二人共《ふたりとも》化《ば》かされてるんだから、糞《うんこ》を御馳走《ごちそう》のつもりで喰《た》べるんだよ。」 光子《みつこ》は面白《おもしろ》くて堪《たま》らぬやうにゲラゲラ笑《わら》ひながら、自分《じぶん》の口《くち》で喰《く》ひちぎつた餡《あん》ころ餅《もち》だの、滅茶滅茶《めちやめちや》に足《あし》で踏《ふ》み潰《つぶ》した蕎麥饅頭《そばまんぢう》だの鼻汁《はな》で練《ね》り固《かた》めた豆炒《まめいり》だのを、さも穢《きたな》らしさうに皿《さら》の上《うへ》へ堆《うづたか》く盛《も》つて私逹《わたしたち》の前《まへ》へ列《なら》べ、 「これは小便《せうべん》のお酒《さけ》のつもりよ。――さあお前《まへ》さん、一《ひと》つ召《め》し上《あが》れ。」 と、白酒《しろざけ》の中《なか》へ痰《たん》や唾吐《つばき》を吐《は》き込《こ》んで二人《ふたり》にすすめる。 「おおおいしい、おおおいしい。」 と舌鼓《したつゞみ》を打《う》ちながら、私《わたし》も仙吉《せんきち》も旨《うま》さうに片端《かたつぱし》から殘《のこ》らず喰《た》べてしまつたが、白酒《しろざけ》と豆炒《まめいり》とは變《へん》に鹽《しほ》からい味《あぢ》がした。 「これからあたしが三|味線《みせん》を彈《ひ》いて上《あ》げるから、二人《ふたり》お皿《さら》を冠《かぶ》つて踊《をど》るんだよ。」 光子《みつこ》がはたき[#「はたき」に傍点]を三|味線《みせん》の代《かは》りにして、「こりや、こりや。」と唄《うた》ひ始《はじ》めると、二人《ふたり》は菓子皿《くわしざら》を頭《あたま》へ載《の》せて、「よい來《き》た、よいやさ。」と足拍子《あしべうし》を取《と》つて踊《をど》り出《だ》した。

其所《そこ》へやつて來《き》た侍《さむらひ》の信一《しんいち》が、忽《たちま》ち狐《きつね》の正體《しやうたい》を見屆《みとゞ》ける。 「獸《けだもの》の癖《くせ》に人間《にんげん》をだますなどとは不屆《ふとどき》な奴《やつ》だ。ふん縛《じば》つて殺《ころ》して了《しま》ふからさう思《おも》へ。」 「あれツ、信《しん》ちやん亂暴《らんばう》な事《こと》をすると聽《き》かないよ。」 勝氣《かちき》な光子《みつこ》は負《ま》けるが嫌《いや》さに信一《しんいち》と取組《とつく》み合《あ》ひ、お轉婆《てんば》の本性《ほんしやう》を現《あらは》して剛情《がうじやう》にも中々《なか/\》降參《かうさん》しない。 「仙吉《せんきち》、この狐《きつね》を縛《しば》るんだからお前《まい》の帶《おび》をお借《か》し。さうして暴《あば》れないやうに二人《ふたり》で此奴《こいつ》の足《あし》を抑《おさ》へて居《ゐ》ろ。」 私《わたし》は此《こ》の間《あひだ》見《み》た草雙紙《くさざうし》の中《なか》の、旗本《はたもと》の若侍《わかざむらひ》が仲間《ちうげん》と力《ちから》を協《あは》せて美人《びじん》を略奪《りやくだつ》する挿繪《さしゑ》の事《こと》を想《おも》ひ泛《うか》べながら、仙吉《せんきち》と一|諸《しよ》に友禪《いうぜん》の裾模樣《すそもやう》の上《うへ》から二|本《ほん》の脚《あし》をしつかりと抱《だ》きかかへた。其《そ》の間《あひだ》に信一《しんいち》は辛《から》うじて光子《みつこ》を後手《うしろて》に縛《しば》り上《あ》げ、漸《やうや》く緣側《えんがは》の欄杆《らんかん》に括《くゝ》り着《つ》ける。 「榮《えい》ちやん、此奴《こいつ》の帶《おび》を解《ほど》いて猿轡《さるぐつわ》を篏《は》めておやり。」 「よし來《き》た。」 と、私《わたし》は早速《さつそく》光子《みつこ》の後《うしろ》に廻《まは》つて鬱金縮緬《うこんちりめん》の扱帶《しごき》を解《と》き、結《ゆ》ひたての唐人髷《たうじんまげ》がこはれぬやうに襟足《えりあし》の長《なが》い頸《くび》すぢへ手《て》を挿《さ》し入《い》れしつとりと油《あぶら》にしめつて居《ゐ》る髱《たぼ》の下《した》から耳《みゝ》を掠《かす》めて頤《あご》のあたりをぐるぐると二た廻《まは》り程《ほど》卷《ま》きつけた上《うへ》、力《ちから》の限《かぎ》り引《ひ》き絞《しぼ》つたから縮緬《ちりめん》はぐいぐいと下脹《しもぶく》れのした頰《ほゝ》の肉《にく》へ喰《く》ひ入《い》り、光子《みつこ》は金閣寺《きんかくじ》の雪姬《ゆきひめ》のやうに身《み》を悶《もだ》えて苦《くる》しんで居《ゐ》る。 「さあ今度《こんど》はあべこべに、貴樣《きさま》を糞攻《くそぜ》めにしてやるぞ。」 信一《しんいち》が餅菓子《もちぐわし》を手當《てあた》り次第《しだい》に口《くち》へ啣《ふく》んでは、ぺつぺつと光子《みつこ》の顏《かほ》へ吐《は》き散《ち》らすと、見《み》る見《み》るうちにさしも美《うつく》しい雪姬《ゆきひめ》の器量《きりやう》も癩病《らいびやう》やみか瘡《かさつ》かきのやうに、二《ふ》た目《め》と見《み》られない姿《すがた》になつて行《ゆ》く面白《おもしろ》さ。私《わたし》も仙吉《せんきち》もとうとう釣《つ》り込《こ》まれて、 「この畜生《ちくしやう》、よくも先《さつき》己逹《おれたち》に穢《きたな》い物《もの》を喰《く》はせやがつたな。」 かう云《い》つて信一《しんいち》と一|諸《しよ》にぺつぺつとやり出《だ》したが、其《そ》れも手緩《てぬる》くなつて、しまひには額《ひたひ》と云《い》はず、頰《ほゝ》と云《い》はず、至《いた》る所《ところ》へ喰《く》ひちぎつた餅菓子《もちぐわし》を擦《こす》りつけて、饀《あん》ころを押《お》し潰《つぶ》したり、大福《だいふく》の皮《かは》をなすりつけたり、またたくうちに光子《みつこ》の顏《かほ》を萬遍《まんべん》なく汚《よご》してしまつた。目鼻《めはな》も判《わか》らぬ眞黑《まつくろ》なのつぺらぽう[#「のつぺらぽう」に傍点]な怪物《ばけもの》が唐人髷《たうじんまげ》に結《ゆ》つて、濃艶《のうえん》な振袖姿《ふりそですがた》をしてゐる所《ところ》は、さしづめ百|物語《ものがたり》か化物合戰記《ばけものかつせんき》に出《で》て來《き》さうで光子《みつこ》はもう抵抗《ていかう》する張合《はりあひ》もなくなつたと見《み》え、何《なに》をされても大人《おとな》しく死《し》んだやうになつて居《ゐ》る。 「今度《こんど》だけは命《いのち》を助《たす》けてやる。此《こ》れから人間《にんげん》を化《ば》かしたりなんかすると、殺《ころ》して了《しま》ふぞ。」 間《ま》もなく信一《しんいち》が猿轡《さるぐつわ》や縛《いま》しめを解《と》いてやると、光子《みつこ》はふいと立《た》ち上《あが》つて、いきなり襖《ふすま》の外《そと》へ、廊下《らうか》をばたばたと逃《に》げて行《い》つた。 「坊《ぼつ》ちやん、姊《ねえ》さんは怒《おこ》つて云《い》つけに行《い》つたんですぜ。」 今更《いまさら》飛《と》んでもない事《こと》をしたと云《い》ふ風《ふう》に、仙吉《せんきち》は心配《しんぱい》らしく私《わたし》と顏《かほ》を見合《みあ》はせる。 「なに云《い》つけたつて構《かま》ふもんか、女《をんな》の癖《くせ》に生意氣《なまいき》だから、每日《まいにち》喧嘩《けんくわ》していぢめてやるんだ。」 信一《しんいち》が空嘯《そらうそぶ》いて威張《ゐば》つて居《ゐ》る所《ところ》へ、今度《こんど》はすうツと徐《しづ》かに襖《ふすま》が明《あ》いて、光子《みつこ》が綺麗《きれい》に顏《かほ》を洗《あら》つて戾《もど》つて來《き》た。饀《あん》と一|諸《しよ》にお白粉《しろい》までも洗《あら》ひ落《おと》して了《しま》つたと見《み》え、却《かへ》つて前《まへ》よりは冴《さ》え冴《ざ》えとして、つやのある玉肌《たまはだ》の生地《きぢ》が一《ひ》と際《きは》透《す》き徹《とほ》るやうに輝《かゞや》いて居《ゐ》る。

定《さだ》めし亦《また》一《ひ》と喧嘩《けんくわ》持《も》ち上《あが》るだらうと待《ま》ち構《かま》へて居《ゐ》ると、 「誰《だれ》かに見《み》つかるときまりが惡《わる》いから、そうツとお湯殿《ゆどの》へ行《い》つて落《おと》して來《き》たの。――ほんとに皆《みんな》亂暴《らんばう》だつたらありやしない。」 と、光子《みつこ》は物柔《ものやはら》かに恨《うら》みを列《なら》べるだけで、而《しか》もにこにこ笑《わら》つて居《ゐ》る。 すると信一《しんいち》は圖《づ》に乘《の》つて、 「今度《こんど》は私《わたし》が人間《にんげん》で三|人《にん》犬《いぬ》にならないか。私《わたし》がお菓子《くわし》や何《なに》かを投《な》げてやるから、皆《みんな》四つ這《ば》ひになつて其《そ》れを喰《た》べるのさ。ね、いいだろ。」 と云《い》ひ出《だ》した。 「よし來《き》た。やりませう。――さあ犬《いぬ》になりましたよ。わん、わん、わん。」 早速《さつそく》仙吉《せんきち》は四つ這《ば》ひになつて、座敷中《ざしきぢゆう》を威勢《ゐせい》よく駈《か》け廻《まは》る。其《そ》の尾《を》について又《また》私《わたし》が駈《か》け出《だ》すと光子《みつこ》も何《なん》と思《おも》つたか、 「あたしは雌犬《めいぬ》よ。」 と、私逹《わたしたち》の中《なか》へわり込《こ》んで來《き》て、其處《そこ》ら中《ぢゆう》を這《は》ひ廻《まは》つた。 「ほら、ちんちん。‥‥お預《あづ》けお預《あづ》け。」 などと三|人《にん》は勝手《かつて》な藝《げい》をやらせられた揚句《あげく》、 「よウシ!」 と云《い》はれれば、先《さき》を爭《あらそ》つてお菓子《くわし》のある方《はう》へ跳《と》び込《こ》んで行《ゆ》く。 「ああ好《い》い事《こと》がある。待《ま》て、待《ま》て。」 かう云《い》つて信一《しんいち》は座敷《ざしき》を出《で》て行《い》つたが、間《ま》もなく緋縮緬《ひぢりめん》のちやんちやん[#「ちやんちやん」に傍点]を着《き》た本當《ほんたう》の狆《ちん》を二|匹《ひき》連《つ》れて來《き》て、我々《われ/\》の仲間入《なかまい》りをさせ、喰《く》ひかけの饀《あん》ころだの、鼻糞《はなくそ》や唾吐《つば》のついた饅頭《まんぢう》だのを疊《たゝみ》へぱらぱら振《ふ》り撒《ま》くと、犬《いぬ》も狆《ちん》も我《わ》れ勝《が》ちに獲物《えもの》の上《うへ》へ折《を》り重《かさ》なり、齒《は》をむき出《だ》し舌《した》を伸《の》ばして、一つ餅菓子《もちぐわし》を喰《く》ひ合《あ》つたり、どうかするとお互《たがひ》に鼻《はな》の頭《あたま》を舐《な》め合《あ》つたりした。 お菓子《くわし》を平《たひら》げて了《しま》つた狆《ちん》は、信一《しんいち》の指《ゆび》の先《さき》や足《あし》の裏《うら》をぺろぺろやり出《だ》す。三|人《にん》も負《ま》けない氣《き》になつて其《そ》の眞似《まね》を始《はじ》める。 「ああ擽《くす》ぐつたい、擽《くす》ぐつたい。」 と、信一《しんいち》は欄杆《らんかん》に腰《こし》をかけて、眞白《まつしろ》な柔《やはらか》い足《あし》の裏《うら》を迭《かは》る迭《がは》るる私逹《わたしたち》の鼻先《はなさき》へつき出《だ》した。 「人間《にんげん》の足《あし》は鹽辛《しほから》い酸《すつぱ》い味《あぢ》がするものだ。綺麗《きれい》な人《ひと》は、足《あし》の指《ゆび》の爪《つめ》の恰好《かつかう》まで綺麗《きれい》に出來《でき》て居《ゐ》る。」 こんな事《こと》を考《かんが》へながら私《わたし》は一|生懸命《しやうけんめい》五|本《ほん》の指《ゆび》の股《また》をしやぶつた。

狆《ちん》はますますぢやれつき出《だ》して仰向《あふむけ》に倒《たふ》れて四足《よつあし》を噓空《こくう》に踊《をど》らせ、裾《すそ》を咬《くは》へてはぐいぐい引張《ひつぱ》るので、信一《しんいち》も面白《おもしろ》がつて足《あし》で顏《かほ》を撫《な》でてやつたり、腹《はら》を揉《も》んでやつたり、いろいろな事《こと》をする。私《わたし》も其《そ》の眞似《まね》をして裾《すそ》を引張《ひつぱ》ると、羽二重《はぶたへ》のやうな足《あし》の裏《うら》は、狆《ちん》と同《おな》じやうに頰《ほゝ》を踏《ふ》んだり額《ひたひ》を撫《な》でたりしてくれたが、眼球《めだま》の上《うへ》を踵《かゝと》で押《お》された時《とき》と、土踏《つちふ》まずで唇《くちびる》を塞《ふさ》がれた時《とき》は少《すこ》し苦《くる》しかつた。 そんな事《こと》をして、其《そ》の日《ひ》も夕方《ゆふがた》まで遊《あそ》んで歸《かへ》つたが、明《あ》くる日《ひ》からは每日《まいにち》のやうに塙《はなは》の家《うち》を訪《たづ》ね、いつも授業《じゆげふ》を終《をは》るのが待《ま》ち遠《どほ》しい位《くらゐ》になつて、明《あ》けても暮《く》れても信一《しんいち》や光子《みつこ》の顏《かほ》は頭《あたま》の中《なか》を去《さ》らなかつた。漸《やうや》く馴《な》れるに隨《したが》つて信一《しんいち》の我《わ》が儘《まゝ》は益々《ます/\》つのり、私《わたし》も全《まつた》く仙吉《せんきち》同樣《どうやう》の手下《てした》にされ、遊《あそ》べば必《かなら》ず打《う》たれたり縛《しば》られたりする。をかしな事《こと》にはあの剛情《がうじやう》な姊《あね》までが、狐《きつね》退治《たいぢ》以來《いらい》すつかり降參《かうさん》して、信一《しんいち》ばかりか私《わたし》や仙吉《せんきち》にも逆《さから》ふやうな事《こと》はなく、時々《とき/″\》三|人《にん》の側《そば》にやつて來《き》ては、 「狐《きつね》ごつこをしないか。」 などと、却《かへ》つていぢめられるのを嬉《よろこ》ぶやうな素振《そぶり》さへ見《み》え出《だ》した。

信一《しんいち》は日曜《にちえう》の度《たび》每《ごと》に淺草《あさくさ》や人形町《にんぎやうちやう》の玩具屋《おもちやや》へ行《い》つて鎧刀《よろひかたな》を買《か》つて來《き》ては、早速《さつそく》其《そ》れを振《ふ》り廻《まは》すので、光子《みつこ》も私《わたし》も仙吉《せんきち》も體《からだ》に痣《あざ》の絕《た》えた時《とき》はない。追々《おひ/\》と芝居《しばゐ》の種《たね》も盡《つ》きて來《き》て、例《れい》の物置小屋《ものおきごや》だの湯殿《ゆどの》だの裏庭《うらには》の方《はう》を舞臺《ぶたい》に、いろいろの趣向《しゆかう》を凝《こ》らしては亂暴《らんばう》な遊《あそ》びに耽《ふけ》つた。私《わたし》と仙吉《せんきち》が光子《みつこ》を縊《し》め殺《ころ》して金《かね》を盜《ぬす》むと、信一《しんいち》が姊《ねえ》さんの仇《かたき》と云《い》つて二人《ふたり》を殺《ころ》して首《くび》を斬《き》り落《おと》したり、信一《しんいち》と私《わたし》と二人《ふたり》の惡漢《あくかん》がお孃樣《ぢやうさま》の光子《みつこ》と郞黨《らうだう》の仙吉《せんきち》を毒殺《どくさつ》して、屍體《したい》を河《かは》へ投《な》げ込《こ》んだり、いつも一|番《ばん》いやな役廻《やくまは》りになつて非道《ひど》い目《め》に會《あ》はされたのは光子《みつこ》である。しまひには紅《べに》や繪《ゑ》の具《ぐ》を體《からだ》へ塗《ぬ》り、殺《ころ》された者《もの》は血《ち》だらけになつてのた[#「のた」に傍点]打《う》ち廻《まは》つたが、どうかすると信一《しんいち》は本物《ほんもの》の小刀《こがたな》を持《も》つて來《き》て、 「此《こ》れで少《すこ》ウし切《き》らせないか。ね、ちょいと、ぽつちりだからそんなに痛《いた》かないよ。」 こんな事《こと》を云《い》ふやうになつた。すると三|人《にん》は素直《すなほ》に足《あし》の下《した》へ組《く》み敷《し》かれて、 「そんなに非道《ひど》く切《き》つちや嫌《いや》だよ。」 と、まるで手術《しゆじゆつ》でも受《う》けるやうにぢつと我慢《がまん》しながら、其《そ》の癖《くせ》恐《おそ》ろしさうに傷口《きずぐち》から流《なが》れ出《で》る血《ち》の色《いろ》を眺《なが》め、眼《め》に一|杯《ぱい》淚《なみだ》ぐんで肩《かた》や膝《ひざ》のあたりを少《すこ》し切《き》らせる。私《わたし》は内《うち》へ歸《かへ》つて每晚《まいばん》母《はゝ》と一|諸《しよ》に風呂《ふろ》へ入《はい》る時《とき》、其《そ》の傷痕《きずあと》を見付《みつ》けられないやうにするのが一《ひ》と通《とほ》りの苦勞《くらう》ではなかつた。 さう云《い》ふ風《ふう》な遊《あそ》びが凡《およ》そ一と月《つき》も續《つゞ》いた或《あ》る日《ひ》のこと、例《れい》の如《ごと》く塙《はなは》の家《うち》へ行《い》つて見《み》ると、信一《しんいち》は齒醫者《はいしや》へ行《い》つて留守《るす》だとかで、仙吉《せんきち》が一人《ひとり》手持無沙汰《てもちぶさた》でぽつ然《ねん》として居《ゐ》る。 「光《みつ》ちやんは?」 「今《いま》ピアノのお稽古《けいこ》をして居《ゐ》るよ。お孃《ぢやう》さんの居《ゐ》る西洋館《せいやうくわん》の方《はう》へ行《い》つて見《み》ようか。」 かう云《い》つて仙吉《せんきち》は私《わたし》をあの大木《たいぼく》の木蔭《こかげ》の古沼《ふるぬま》の方《はう》へ連《つれ》て行《い》つた。忽《たちま》ち私《わたし》は何《なに》も彼《か》も忘《わす》れて、年經《としふ》る櫟《くぬぎ》の根方《ねかた》に腰《こし》を下《おろ》したまま、二|階《かい》の窓《まど》から洩《も》れて來《く》る樂《がく》の響《ひゞき》にうつとりと耳《みゝ》を澄《す》ました。

此《こ》の屋敷《やしき》を始《はじ》めて訪《おとづ》れた日《ひ》に、やはり古沼《ふるぬま》の滸《ほとり》で信一《しんいち》と一|諸《しよ》に聞《き》いた不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》‥‥或《あ》る時《とき》は森《もり》の奧《おく》の妖魔《えうま》が笑《わら》う木靈《こだま》のやうな、ある時《とき》はお伽噺《とぎばなし》に出《で》て來《く》る侏儒共《こびとども》が多勢《おほぜい》揃《そろ》つて踊《をど》るやうな、幾千《いくせん》の細《こま》かい想像《さうざう》の綾絲《あやいと》で、幼《おさな》い頭《あたま》へ微妙《びめう》な夢《ゆめ》を織《お》り込《こ》んで行《ゆ》く不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》は、今日《けふ》もあの時《とき》と同《おな》じやうに二|階《かい》の窓《まど》から聞《きこ》えて居《ゐ》る。 「仙《せん》ちやん、お前《まへ》も彼處《あすこ》へ上《あが》つた事《こと》はないのかい。」 奏樂《そうがく》の止《や》んだ時《とき》、私《わたし》は又《また》止《や》み難《がた》い好奇心《かうきしん》に充《み》たされて仙吉《せんきち》に尋《たづ》ねた。 「ああ、お孃《ぢやう》さんと掃除番《さうじばん》の寅《とら》さんの外《ほか》は、あんまり上《あが》らないんだよ。己《おれ》ばかりか坊《ぼつ》ちやんだつて知《し》りやしないぜ。」 「中《なか》はどんなになつて居《ゐ》るんだらう。」 「何《なん》でも坊《ぼつ》ちやんのお父樣《とうさま》が洋行《やうかう》して買《か》つて來《き》たいろいろ珍《めづら》しい物《もの》があるんだつて。いつか寅《とら》さんに内證《ないしよ》で見《み》せてくれつて云《い》つたら、可《い》けないつてどうしても聞《き》かなかつた。――もうお稽古《けいこ》が濟《す》んだんだぜ。榮《えい》ちやん、お前《まへ》お孃《ぢやう》さんを呼《よ》んで見《み》ないか。」 二人《ふたり》は聲《こゑ》を揃《そろ》へて、 「光《みつ》ちやん、お遊《あそ》びな。」 「お孃《ぢやう》さん、遊《あそ》びませんか。」 と、二|階《かい》の方《はう》へ怒鳴《どな》つて見《み》たが、ひつそりとして返辭《へんじ》はない。今迄《いままで》聞《きこ》えて居《ゐ》たあの音樂《おんがく》は、人《ひと》なき部屋《へや》にピアノとやらが自然《しぜん》に動《うご》いて、微妙《びめう》の響《ひゞき》を發《はつ》したのかとも怪《あや》しまれる。 「仕方《しかた》がないから、二人《ふたり》で遊《あそ》ばう。」 私《わたし》も仙吉《せんきち》一人《ひとり》が相手《あひて》では、いつものやうにも騷《さわ》がれず、張合《はりあひ》が拔《ぬ》けて立《た》ち上《あが》ると、不意《ふい》に後《うしろ》でけらけらと笑《わら》ひ聲《ごゑ》が聞《きこ》え、光子《みつこ》がいつの間《ま》にか其處《そこ》へ來《き》て立《た》つて居《ゐ》る。 「今《いま》私逹《わたしたち》が呼《よ》んだのに、何故《なぜ》返辭《へんじ》しなかつたんだい。」 私《わたし》は振《ふ》り返《かへ》つて詰《なじ》るやうな眼《め》つきをした。 「何處《どこ》であたしを呼《よ》んだの。」 「お前《まへ》が今《いま》西洋館《せいやうくわん》でお稽古《けいこ》をしてる時《とき》に、下《した》から聲《こゑ》をかけたのが聞《きこ》えなかつたかい。」 「あたし西洋館《せいやうくわん》なんかに居《ゐ》やあしないよ。彼處《あすこ》へは誰《だれ》も上《あが》れないんだもの。」 「だつて、今《いま》ピアノを彈《ひ》いて居《ゐ》たぢやないか。」 「知《し》らないわ。誰《だれ》か他《ほか》の人《ひと》だわ。」 仙吉《せんきち》は始終《しじゆう》の樣子《やうす》を胡散臭《うさんくさ》い顏《かほ》をして見《み》て居《ゐ》たが、 「お孃《ぢやう》さん、噓《うそ》をついたつて知《し》つてますよ。ね、榮《えい》ちやんと私《わたし》を彼處《あすこ》へ内證《ないしよ》で連《つ》れて行《い》つて下《くだ》さいな。又《また》剛情《がうじやう》を張《は》つて噓《うそ》をつくんですか。白狀《はくじやう》しないと斯《か》うしますよ。」 と、にやにや底氣味惡《そこきみわる》く笑《わら》ひながら、早速《さつそく》光子《みつこ》の手頸《てくび》をぢりぢりと捻《ね》ぢ上《あ》げにかかる。 「あれ仙吉《せんきち》、後生《ごしやう》だから勘忍《かんにん》しておくれよウ。噓《うそ》ぢやないんだつてばさあ。」 光子《みつこ》は拜《おが》むやうな素振《そぶり》をしたが、別段《べつだん》大聲《おほごゑ》を揚《あ》げるでも逃《に》げようとするでもなく、爲《な》すが儘《まゝ》に手《て》を捻《ね》ぢられて身悶《みもだ》えして居《ゐ》る。きやしやな腕《かひな》の靑白《あをじろ》い肌《はだえ》が、頑丈《ぐわんぢやう》な鐵《てつ》のやうな指先《ゆびさき》にむづと摑《つか》まれて、二人《ふたり》の少年《せうねん》の血色《けつしよく》の快《こゝろよ》い對照《たいせう》は、私《わたし》の心《こゝろ》を誘《いざな》ふやうにするので、 「光《みつ》ちやん、白狀《はくじやう》しないと拷問《がうもん》にかけるよ。」 かう云《い》つて、私《わたし》も片方《かたはう》を捻《ね》ぢ上《あ》げ、扱帶《しごき》を解《と》いて沼《ぬま》の側《そば》の木斛《もくこく》の幹《みき》へ縛《しば》りつけ、 「さあ此《こ》れでもか、此《こ》れでもか。」 と、二人《ふたり》は相變《あひかは》らず抓《つめ》つたり擽《くすぐ》つたり、夢中《むちゆう》になつて折監《せつかん》した。 「お孃《ぢやう》さん、今《いま》に坊《ぼつ》ちやんが歸《かへ》つて來《く》ると、もつと非道《ひど》い目《め》に會《あ》ひますぜ。今《いま》の内《うち》に早《はや》く白狀《はくじやう》しておしまひなさい。」 仙吉《せんきち》は光子《みつこ》の胸《むな》ぐらを取《と》つて、兩手《りやうて》でぐツと喉《のど》を縊《し》めつけ、 「ほら、だんだん苦《くる》しくなつて來《き》ますよ。」 かう云《い》ひながら、光子《みつこ》が眼《め》を白黑《しろくろ》させて居《ゐ》るのを笑《わら》つて見《み》て居《ゐ》たが、やがて今度《こんど》は木《き》から解《と》いて地面《ぢめん》へ仰向《あふむ》きに突《つ》き倒《たふ》し、 「へえ、此《こ》れは人間《にんげん》の椽臺《えんだい》でございます!」 と、私《わたし》は膝《ひざ》の上《うへ》、仙吉《せんきち》は顏《かほ》の上《うへ》へドシリ腰《こし》をかけ、彼方《かなた》此方《こなた》へ身《み》を搖《ゆ》す振《ぶ》りながら光子《みつこ》の體《からだ》を臀《しり》で蹈《ふ》んだり壓《お》したりした。 「仙吉《せんきち》、もう白狀《はくじやう》するから勘忍《かんにん》しておくれよウ。」 光子《みつこ》は仙吉《せんきち》の臀《しり》に口《くち》を塞《ふさ》がれ、蟲《むし》の息《いき》のやうな細《ほそ》い聲《こゑ》で憐《あはれ》みを乞《こ》うた。 「そんなら屹度《きつと》白狀《はくじやう》しますね。やつぱり先《さつき》は西洋館《せいやうくわん》に居《ゐ》たんでせう。」 腰《こし》を擡《もた》げて少《すこ》し手《て》を緩《ゆる》めながら、仙吉《せんきち》が訊問《じんもん》する。 「ああ、お前《まへ》が又《また》連《つ》れて行《い》けつて云《い》ふだらうと思《おも》つて噓《うそ》をついたの。だつてお前逹《まへたち》をつれて行《ゆ》くと、お母《かあ》さんに叱《しか》られるんだもの。」 聞《き》くと仙吉《せんきち》は眼《め》を瞋《いか》らして威嚇《ゐくわく》するやうに、 「よござんす、連《つ》れて行《い》かないんなら。そら、又《また》苦《くる》しくなりますよ。」 「あいた、あいた。そんなら連《つ》れて行《ゆ》くよ。連《つ》れてつて上《あ》げるからもう勘忍《かんにん》しておくれよ。其《そ》の代《かは》り晝間《ひるま》だと見付《みつ》かるから晚《ばん》にしてお吳《く》んな。ね、さうすればそうツと寅造《とらざう》の部屋《へや》から鍵《かぎ》を持《も》つて來《き》て開《あ》けて上《あ》げるから、ね、榮《えい》ちやんも行《い》きたければ晚《ばん》に遊《あそ》びに來《こ》ないか。」 とうとう降參《かうさん》し出《だ》したので、二人《ふたり》は尙《なほ》も地面《ぢめん》へ抑《おさ》へつけた儘《まゝ》、色々《いろ/\》と晚《ばん》の手筈《てはず》を相談《さうだん》した。丁度《ちやうど》四|月《ぐわつ》五|日《か》のことで、私《わたし》は水天宮《すゐてんぐう》の緣日《えんにち》へ行《い》くと詐《いつは》つて内《うち》を跳《と》び出《だ》し、暗《くら》くなつた時分《じぶん》に表門《おもてもん》から西洋館《せいやうくわん》の玄關《げんくわん》へ忍《しの》び込《こ》み、光子《みつこ》が鍵《かぎ》を盜《ぬす》んで仙吉《せんきち》と一|諸《しよ》にやつて來《く》るのを待《ま》ち合《あ》はせる。但《たゞ》し私《わたし》が時刻《じこく》に遲《おく》れるやうであつたら、二人《ふたり》は一と足《あし》先《さき》へ入《はい》つて、二|階《かい》の階段《はしごだん》を昇《のぼ》り切《き》つた所《ところ》から二《ふた》つ目《め》の右側《みぎがは》の部屋《へや》に待《ま》つて居《ゐ》る。と斯《か》う云《い》ふ約束《やくそく》になつた。 「よし、さう定《き》まつたら赦《ゆる》して上《あ》げます。さあお起《お》きなさい。」 と、仙吉《せんきち》は漸《やうや》くの事《こと》で手《て》を放《はな》した。 「ああ苦《くる》しかつた。仙吉《せんきち》に腰《こし》をかけられたら、まるで息《いき》が出《で》ないんだもの。頭《あたま》の下《した》に大《おほ》きな石《いし》があつて痛《いた》かつたわ。」 着物《きもの》の埃《ほこり》を拂《はら》つて起《お》き上《あが》つた光子《みつこ》は、體《からだ》の節々《ふし/″\》を揉《も》んで、上氣《のぼ》せたやうに頰《ほゝ》や眼球《めだま》を眞紅《まつか》にして居《ゐ》る。 「だが一|體《たい》二|階《かい》にはどんな物《もの》があるんだい。」 一|旦《たん》内《うち》へ歸《かへ》るとなつて、別《わか》れる時《とき》私《わたし》はかう尋《たづ》ねた。 「榮《えい》ちやん、吃驚《びつくり》しちやいけないよ。其《そ》りや面白《おもしろ》いものが澤山《たくさん》あるんだから。」 かう云《い》つて、光子《みつこ》は笑《わら》ひながら奧《おく》へ駈《か》け込《こ》んで了《しま》つた。

戶外《おもて》へ出《で》ると、もうそろそろ人形町通《にんぎやうちやうどほり》の露店《ろてん》にかんてら[#「かんてら」に傍点]がともされて、擊劍《げきけん》の見《み》せ物《もの》の法螺《ほら》の貝《かひ》がぶうぶうと夕暮《ゆふぐれ》の空《そら》に鳴《な》り渡《わた》り、有馬樣《ありまさま》のお屋敷前《やしきまへ》は黑山《くろやま》のやうに人《ひと》だかりがして、賣藥屋《ばいやくや》が女《をんな》の胎内《たいない》を見《み》せた人形《にんぎやう》を指《ゆびさ》しながら、何《なに》か頻《しきり》と聲高《こわだか》に說明《せつめい》して居《ゐ》る。いつも樂《たの》しみにして居《ゐ》る七十五|座《ざ》のお神樂《かぐら》も、猫《ねこ》八の手品《てじな》も、永井庄助《ながゐしやうすけ》の居合拔《ゐあひぬ》きも今日《けふ》は一|向《かう》見《み》る氣《き》にならず、急《いそ》いで家《うち》へ歸《かへ》つてお湯《ゆ》へ入《はい》り、晚飯《ばんめし》もそこそこに、 「緣日《えんにち》に行《い》つて來《く》るよ。」 と、再《ふたゝ》び飛《と》び出《だ》したのは大方《おほかた》七|時《じ》近《ちか》くであつたらう。水《みづ》のやうに濕《うる》んだ靑《あを》い夜《よる》の空氣《くうき》に緣日《えんにち》のあかりが溶《と》け込《こ》んで、金淸樓《きんせいろう》の二|階《かい》の座敷《ざしき》には亂舞《らんぶ》の人影《ひとかげ》が手《て》に取《と》るやうに映《うつ》つて見《み》え、米屋町《こめやまち》の若《わか》い衆《しゆ》や二|丁目《ちやうめ》の矢場《やば》の女《をんな》や、いろいろの男女《だんぢよ》が兩側《りやうがは》をぞろぞろ往來《わうらい》して、今《いま》が一|番《ばん》人《ひと》の出《で》さかる刻限《こくげん》である。中之橋《なかのはし》を越《こ》えて、暗《くら》い淋《さび》しい濱町《はまちやう》の通《とほ》りから後《うしろ》を振《ふ》り返《かへ》つて見《み》ると、薄曇《うすぐも》りのした黑《くろ》い空《そら》が、ぼんやりと赤《あか》く濁染《にじ》んで居《ゐ》る。 いつか私《わたし》は塙《はなは》の家《いへ》の前《まへ》に立《た》つて、山《やま》のやうに黑《くろ》く聳《そび》えた高《たか》い甍《いらか》を見上《みあ》げて居《ゐ》た。大橋《おほはし》の方《はう》から肌寒《はださむ》い風《かぜ》がしめやかに闇《やみ》を運《はこ》んで吹《ふ》いて來《き》て、例《れい》の櫟《くぬぎ》の大木《たいぼく》の葉《は》が何處《どこ》やら知《し》れぬ空《そら》の中途《ちゆうと》でばさらばさらと鳴《な》つて居《ゐ》る。そうツと塀《へい》の中《なか》を覗《のぞ》いて見《み》ると門番《もんばん》の部屋《へや》のあかりが戶《と》の隙間《すきま》から縱《たて》に細長《ほそなが》い線《せん》を成《な》して洩《も》れは居《ゐ》るばかり、母屋《おもや》の方《はう》はすつかり雨戶《あまど》がしまつて、曇天《どんてん》の背景《はいけい》に魔者《まもの》の如《ごと》く深閑《しんかん》と眠《ねむ》つて居《ゐ》る。表門《おもてもん》の橫《よこ》にある通用口《つうようぐち》の、冷《つ》めたい鐵格子《てつがうし》へ兩手《りやうて》をかけて暗闇《くらやみ》の中《なか》へ押《お》し込《こ》むやうにすると、重《おも》い扉《とびら》がキーと軋《きし》んで素直《すなほ》に動《うご》く。私《わたし》は雪駄《せつた》がちやらつかぬやうに足音《あしおと》を忍《しの》ばせ、自分《じぶん》で自分《じぶん》の忙《いそが》しい呼吸《こきふ》や高《たか》まつた鼓動《こどう》の響《ひびき》を聞《き》きながら、闇中《あんちゆう》に光《ひか》つて居《ゐ》る西洋館《せいやうくわん》の硝子戶《がらすど》を見《み》つめて步《ある》いて行《い》つた。

次第《しだい》次第《しだい》に眼《め》が見《み》えるやうになつた。八《や》つ手《で》の葉《は》や、欅《けやき》の枝《えだ》や、春日燈籠《かすがどうろう》や、いろいろと少年《せうねん》の心《こゝろ》を怯《おび》えさすやうな姿勢《しせい》を取《と》つた黑《くろ》い物《もの》が、小《ちひ》さい瞳《ひとみ》の中《なか》へ暴《あば》れ込《こ》んで來《く》るので、私《わたし》は御影《みかげ》の石段《いしだん》に腰《こし》を下《お》ろし、しんしんと夜氣《やき》のしみ入《い》る中《なか》に首《くび》をうなだれた儘《まゝ》、息《いき》を殺《ころ》して待《ま》つて居《ゐ》たが、いつかな二人《ふたり》はやつて來《こ》ない。頭上《づじやう》へ蓋《かぶ》さつて居《ゐ》るやうな恐怖《きやうふ》が體中《からだぢゆう》をぶるぶる顫《ふる》はせて、齒《は》の根《ね》ががくがくわなないて居《ゐ》る。ああ、こんな恐《おそ》ろしい所《ところ》へ來《こ》なければ好《よ》かつた、と思《おも》ひながら、 「神樣《かみさま》、私《わたし》は惡《わる》い事《こと》を致《いた》しました。もう決《けつ》してお母樣《つかさん》に噓《うそ》をついたり、内證《ないしよ》で人《ひと》の内《うち》へ入《はい》つたり致《いた》しません。」 と、夢中《むちゆう》で口走《くちばし》つて手《て》を合《あ》はせた。 すつかり後悔《こうくわい》して、歸《かへ》る事《こと》にきめて立《た》ち上《あが》つたが、ふと玄關《げんくわん》の硝子障子《がらすしやうじ》の扉《とびら》の向《むか》うに、ぽつりと一|點《てん》小《ち》ひさな蠟燭《らふそく》の灯《ひ》らしいものが見《み》えた。 「おや、二人共《ふたりとも》先《さき》へ入《はい》つたのかな。」 かう思《おも》ふと、忽《たちま》ち又《また》好奇心《かうきしん》の奴隸《どれい》となつて、殆《ほとん》ど前後《ぜんご》の分別《ふんべつ》もなく把手《とつて》へ手《て》をかけ、グルツと廻《まは》すと造作《ざうさ》もなく開《あ》いて了《しま》つた。

中《なか》へ入《はい》ると推測《すゐそく》に違《たが》はず正面《しやうめん》の螺旋階《らせんかい》の上《あが》り端《はた》に――大方《おほかた》光子《みつこ》が私《わたし》の爲《た》めに置《お》いて行《い》つたものであらう。半《なか》ば燃《も》え盡《つ》きて蠟《らふ》がとろとろ流《なが》れ出《だ》して居《ゐ》る手燭《てしよく》が、三|尺《じやく》四|方《はう》へ覺束《おぼつか》ない光《ひかり》を投《な》げて居《ゐ》たが、私《わたし》と一|諸《しよ》に外《そと》から空氣《くうき》が流《なが》れ込《こ》むと、炎《ほのほ》がゆらゆらと瞬《またゝ》いて、ワニス塗《ぬり》の欄杆《らんかん》の影《かげ》がぶるぶる動搖《どうえう》して居《ゐ》る。

片唾《かたづ》を呑《の》んで拔《ぬ》き足《あし》さし足《あし》、盜賊《たうぞく》のやうに螺旋階《らせんかい》を上《あが》り切《き》つたが、二|階《かい》の廊下《らうか》はますます眞暗《まつくら》で、人《ひと》の居《ゐ》さうなけはひもなく、カタリとも音《おと》がしない。例《れい》の約束《やくそく》をした二つ目《め》の右側《みぎがは》の扉《とびら》、――それへ手搜《てさぐ》りで擦《す》り寄《よ》つてぢつと耳《みゝ》を欹《そばだ》てて見《み》ても、矢張《やはり》ひツそりと靜《しづ》まり返《かへ》つて居《ゐ》る。半《なか》ばは恐怖《きやうふ》、半《なか》ばは好奇《かうき》の情《じやう》に充《み》たされて、ままよと思《おも》ひながら私《わたし》は上半身《じやうはんしん》を凭《よ》せかけ、扉《とびら》をグツと押《お》して見《み》た。 ぱツと明《あか》るい光線《くわうせん》が一|時《じ》に瞳《ひとみ》を刺《さ》したので、クラクラしながら眼《め》をしばたたき、妖怪《えうくわい》の正體《しやうたい》でも見定《みさだ》めるやうに注意深《ちういぶか》く四|壁《へき》を見廻《みまは》したが誰《だれ》も居《ゐ》ない。中央《ちゆうあう》に吊《つ》るされた大《おほ》ラムプの、五|色《しき》のレンズで飾《かざ》られた蝦色《えびいろ》の傘《かさ》の影《かげ》が、部屋《へや》の上半部《じやうはんぶ》を薄暗《うすぐら》くして、金銀《きん/″\》を鏤《ちりば》めた椅子《いす》だの卓子《てーぶる》だの鏡《かゞみ》だのいろいろの裝飾物《さうしよくぶつ》が燦然《さんぜん》と輝《かゞや》き、床《ゆか》に敷《し》き詰《つ》めた暗紅色《あんこうしよく》の敷物《しきもの》の柔《やはら》かさは、春草《しゆんさう》の野《の》を蹈《ふ》むやうに足袋《たび》を隔《へだ》てて私《わたし》の足《あし》の裏《うら》を喜《よろこ》ばせる。 「光《みつ》ちやん。」 と呼《よ》んで見《み》ようとしても死滅《しめつ》したやうな四|邊《へん》の寂寞《せきばく》が唇《くちびる》を壓《あつ》し、舌《した》を强張《こはば》らせて、聲《こゑ》を發《はつ》する勇氣《ゆうき》もない。始《はじ》めは氣《き》が付《つ》かなかつたが、部屋《へや》の左手《ひだりて》の隅《すみ》に次《つぎ》の間《ま》へ通《つう》ずる出口《でぐち》があつて、重《おも》い緞子《どんす》の帷《まく》が深《ふか》い皺《しわ》を疊《たゝ》み、ナイヤガラの瀑布《ばくふ》を想《おも》はせるやうにどさりと垂《た》れ下《さが》つて居《ゐ》る。其《そ》れを排《はい》して、隣室《りんしつ》の模樣《もやう》を覗《のぞ》いて見《み》ようとしたが、帷《まく》の向《むか》うが眞暗《まつくら》なので手《て》が竦《すく》むやうになる。其《そ》の時《とき》不意《ふい》に煖爐棚《だんろだな》の上《うへ》の置時計《おきどけい》がヂーと蟬《せみ》のやうに呟《つぶや》いたかと思《おも》ふと、忽《たちま》ち鏗然《かうぜん》と鳴《な》つてキンコンケンと奇妙《きめう》な音樂《おんがく》を奏《かな》で始《はじ》めた。之《これ》を合圖《あひづ》に光子《みつこ》が出《で》て來《く》るのではあるまいかと帷《まく》の方《はう》を一|心《しん》に視詰《みつ》めて居《ゐ》たが、二三|分《ぷん》の間《あひだ》に音樂《おんがく》も止《や》んで了《しま》ひ、部屋《へや》は再《ふたゝ》び元《もと》の靜肅《せいしゆく》に復《かへ》つて、緞子《どんす》の皺《しわ》は一と筋《すぢ》も搖《ゆら》がず、寂然《じやくねん》と垂《た》れ下《さが》つて居《ゐ》る。 ぼんやりと立《た》つて居《ゐ》る私《わたし》の瞳《ひとみ》は、左側《ひだりがは》の壁間《へきかん》に掛《か》けられた油繪《あぶらゑ》の肖像畫《せうざうぐわ》の上《うへ》に落《お》ちて、うかうかと其《そ》の額《がく》の前《まへ》まで步《あゆ》み寄《よ》り、丁度《ちやうど》ラムプの影《かげ》で薄暗《うすぐら》くなつて居《ゐ》る西洋《せいやう》の乙女《をとめ》の半身像《はんしんざう》を見上《みあ》げた。厚《あつ》い金《きん》の額緣《がくぶち》で、長方形《ちやうはうけい》に劃《しき》られた畫面《ぐわめん》の中《なか》に、重《おも》い暗《くら》い茶褐色《ちやかつしよく》の空氣《くうき》が漂《たゞよ》うて、纔《わづか》に胸《むね》をお納戶色《なんどいろ》の衣《ころも》に蔽《おほ》ひ、裸體《らたい》の儘《まゝ》の肩《かた》と腕《うで》とに金《きん》や珠玉《しゆぎよく》の鐶《わ》を飾《かざ》つた下髮《さげがみ》の女《をんな》が、夢《ゆめ》みるやうに黑眼《くろめ》がちの瞳《ひとみ》をぱツちりと開《あ》いて前方《ぜんぱう》を觀《み》つめて居《ゐ》る。暗《くら》い中《なか》にもくツきりと鮮《あざや》かに浮《う》き出《で》て居《ゐ》る純白《じゆんぱく》の肌《はだ》の色《いろ》、氣高《けだか》い鼻筋《はなすぢ》から唇《くちびる》、頤《あご》、兩頰《りやうほゝ》へかけて見事《みごと》に神々《かう/″\》しく整《とゝの》つた、端嚴《たんげん》な輪廓《りんくわく》、――これがお伽噺《とぎばなし》に出《で》て來《く》る天使《てんし》と云《い》ふのであらうかと思《おも》ひながら、私《わたし》は暫《しばら》くうつとりと見上《みあ》げて居《ゐ》たが、ふと額《がく》から三|尺《じやく》ばかり下《した》の壁《かべ》に沿《そ》うた圓卓《まるてーぶる》の上《うへ》に、蛇《へび》の置《お》き物《もの》のあるのに氣《き》が付《つ》いて其《そ》の方《はう》へ眼《め》を轉《てん》じた。此《こ》れは又《また》何《なん》で拵《こしら》へたものか、二た廻《まは》り程《ほど》とぐろを卷《ま》いて蕨《わらび》のやうに頭《あたま》を擡《もた》げた姿勢《しせい》と云《い》ひ、ぬらぬらした靑大將《あをだいしやう》の鱗《うろこ》の色《いろ》と云《い》ひ如何《いか》にも眞《しん》に迫《せま》つた出來榮《できば》えである。見《み》れば見《み》る程《ほど》つくづく感心《かんしん》して今《いま》にも動《うご》き出《だ》しさうな氣《き》がして來《き》たが、突然《とつぜん》私《わたし》は「おや」と思《おも》つて二三|步《ぽ》後《うしろ》へ退《の》いた儘《まゝ》眼《め》を見張《みは》つた。氣《き》のせゐか、どうやら蛇《へび》は本當《ほんたう》に動《うご》いて居《ゐ》るやうである。爬蟲動物《はちうどうぶつ》の常《つね》として極《きは》めて緩慢《くわんまん》に、注意《ちうい》しなければ殆《ほとん》ど判《わか》らないくらゐ悠長《いうちやう》な態度《たいど》で、確《たし》かに首《くび》を前後左右《ぜんごさいう》へ蠢《うごめ》かして居《ゐ》る。私《わたし》は總身《そうしん》へ水《みづ》をかけられたやうに凉《すゞ》しくなり、眞蒼《まつさを》な顏《かほ》をして死《し》んだやうに立《た》ち竦《すく》んでしまつた。すると緞子《どんす》の帷《まく》の皺《しわ》の間《あひだ》から、油繪《あぶらゑ》に畫《か》いてある通《とほ》りの乙女《をとめ》の顏《かほ》が、又《また》一つヌツと現《あら》はれた。

顏《かほ》は暫《しばら》くにやにやと笑《わら》つて居《ゐ》たが、緞子《どんす》の帷《まく》が二つに割《わ》れてするすると肩《かた》をすべつて背後《はいご》で一つになつて了《しま》ふと、女《をんな》の子《こ》は全身《ぜんしん》を現《あら》はして其處《そこ》に立《た》つて居《ゐ》る。

纔《わづか》に膝頭《ひざがしら》へ屆《とゞ》いて居《ゐ》る短《みじか》いお納戶《なんど》の裳裾《もすそ》の下《した》は、靴足袋《くつたび》も纏《まと》はぬ石膏《せきかう》のやうな素足《すあし》に肉色《にくいろ》の床靴《ゆかぐつ》を穿《は》き、溢《あふ》れるやうにこぼれかかる黑髮《くろがみ》を兩肩《りやうかた》へすべらせて、油繪《あぶらゑ》の通《とほ》りの腕環《うでわ》に頸飾《くびかざり》を着《つ》け、胸《むね》から腰《こし》のまはりへかけて肌《はだえ》を犇《ひし》と緊《し》めつけた衣《きぬ》の下《した》にはしなやかな筋肉《きんにく》の微動《びどう》するのが見《み》えて居《ゐ》る。 「榮《えい》ちやん‥‥」 と、牡丹《ぼたん》の花瓣《くわべん》を啣《ふく》んだやうな紅《あか》い唇《くちびる》をふるはせた一|刹那《せつな》、私《わたし》は始《はじ》めて、彼《あ》の油繪《あぶらゑ》が光子《みつこ》の肖像畫《せうざうぐわ》である事《こと》に氣《き》が付《つ》いた。 「‥‥先刻《さつき》からお前《まへ》の來《く》るのを待《ま》つて居《ゐ》たんだよ。」 かう云《い》つて、光子《みつこ》は脅《おびや》かすやうにぢりぢり側《そば》へ步《あゆ》み寄《よ》つた。何《なん》とも云《い》へぬ甘《あま》い香《かほ》りが私《わたし》の心《こゝろ》を擽《くすぐ》つて、眼《め》の前《まへ》に紅《あか》い霞《かすみ》がちらちらする。 「光《みつ》ちやん一人《ひとり》なの?」 私《わたし》は救《すくひ》を求《もと》めるやうな聲《こゑ》で、おづおづ尋《たづ》ねた。何故《なぜ》今夜《こんや》に限《かぎ》つて洋服《やうふく》を着《き》て居《ゐ》るのか、眞暗《まつくら》な隣《となり》の部屋《へや》には何《なに》があるのか、未《ま》だいろいろに聞《き》いて見《み》たい事《こと》はあつても、喉佛《のどぼとけ》につかへて居《ゐ》て容易《ようい》に口《くち》へは出《で》て來《こ》ない。 「仙吉《せんきち》に會《あ》はせて上《あげ》るから、あたしと一|諸《しよ》に此方《こつち》へおいでな。」 光子《みつこ》に手頸《てくび》を把《と》られて、俄《にはか》にガタガタ顫《ふる》へ出《だ》しながら、 「あの蛇《へび》は本當《ほんたう》に動《うご》いて居《ゐ》るんぢやないか知《し》ら。」 と、氣懸《きがゝ》りで堪《たま》らなくなつて私《わたし》は尋《たづ》ねた。 「動《うご》いて居《ゐ》やしないぢやないか。あれ御覽《ごらん》な。」 かう云《い》つて光子《みつこ》はにやにや笑《わら》つて居《ゐ》る。成《な》る程《ほど》さう云《い》はれて見《み》れば、先《さつき》は確《たし》かに動《うご》いて居《ゐ》たあの蛇《へび》が、今《いま》はぢツととぐろを卷《ま》いて少《すこ》しも姿勢《しせい》を崩《くづ》さない。 「そんなものを見《み》て居《ゐ》ないで、あたしと一|諸《しよ》に此方《こつち》へおいでよ。」 暖《あたゝか》く柔《やはら》かな光子《みつこ》の掌《たなごゝろ》は、とても振《ふ》り放《はな》す事《こと》の出來《でき》ない魔力《まりよく》を持《も》つて居《ゐ》るやうに、輕《かる》く私《わたし》の腕《かひな》を捕《とら》へて、薄氣味《うすきみ》の惡《わる》い部屋《へや》の方《はう》へずるずると引張《ひつぱ》つて行《ゆ》き、忽《たちま》ち二人《ふたり》の體《からだ》は重《おも》い緞子《どんす》の帷《まく》の中《なか》へめり[#「めり」に傍点]込《こ》んだかと思《おも》ふ間《ま》もなく、眞暗《まつくら》な部屋《へや》の中《なか》に入《はい》つて了《しま》つた。 「榮《えい》ちやん、仙吉《せんきち》に會《あ》はせて上《あ》げようか。」 「ああ、何處《どこ》に居《ゐ》るのだい。」 「今《いま》蠟燭《らふそく》をつけると判《わか》るから待《ま》つておいで。――それよりお前《まへ》に面白《おもしろ》いものを見《み》せて上《あ》げよう。」 光子《みつこ》は私《わたし》の手頸《てくび》を放《はな》して、何處《どこ》かへ消《き》え失《う》せて了《しま》つたが、やがて部屋《へや》の正面《しやうめん》の暗闇《くらやみ》にピシピシと凄《すさま》じい音《おと》を立《た》てて、細《ほそ》い靑白《あをじろ》い光《ひかり》の絲《いと》が無數《むすう》に飛《と》びちがひ、流星《りうせい》のやうに走《はし》つたり、波《なみ》のやうにのたくつたり、圓《ゑん》を畫《か》いたり、十|文字《もんじ》を畫《か》いたりし始《はじ》めた。 「ね、面白《おもしろ》いだろ、何《なん》でも書《か》けるんだよ。」 かう云《い》ふ聲《こゑ》がして、光子《みつこ》は又《また》私《わたし》の傍《そば》へ步《ある》いて來《き》た樣子《やうす》である。今迄《いままで》見《み》えて居《ゐ》た光《ひかり》の絲《いと》はだんだんに薄《うす》らいで闇《やみ》に消《き》えかかつて居《ゐ》る。 「あれは何《なに》?」 「舶來《はくらい》の燐寸《まち》で壁《かべ》を擦《こす》つたのさ。暗闇《くらやみ》なら何《なに》を擦《こす》つても火《ひ》が出《で》るんだよ。榮《えい》ちやんの着物《きもの》を擦《こす》つて見《み》ようか。」 「お止《よ》しよ、あぶないから。」 私《わたし》は吃驚《びつくり》して逃《に》げようとする。 「大丈夫《だいぢやうぶ》だよ、ね、ほら御覽《ごらん》。」 と、光子《みつこ》は無造作《むざうさ》に私《わたし》の着物《きもの》の上《うは》ん前《まへ》を引張《ひつぱ》つて燐寸《まち》を擦《す》ると、絹《きぬ》の上《うへ》を螢《ほたる》が這《は》ふやうに靑《あを》い光《ひかり》がぎらぎらして、ハギハラと片假名《かたかな》の文字《もじ》が鮮明《せんめい》に描《ゑが》き出《だ》されたまま、暫《しばら》くは消《きえ》ずに居《ゐ》る。 「さあ、あかりを付《つ》けて仙吉《せんきち》に會《あ》はせて上《あ》げようね。」 ピシツと鑽火《きりび》を打《う》つやうに火花《ひばな》が散《ち》つて、光子《みつこ》の手《て》から蠟燐寸《らふまつち》が燃《も》え上《あが》ると、やがて部屋《へや》の中程《なかほど》にある燭臺《しよくだい》に灯《ひ》が移《うつ》された。

西洋蠟燭《せいやうらふそく》の光《ひかり》は、朦朧《もうろう》と室内《しつない》を照《て》らして、さまざまの器物《きぶつ》や置《お》き物《もの》の黑《くろ》い影《かげ》が、魑魅魍魎《ちみまうりやう》の跋扈《ばつこ》するやうな姿《すがた》を、四|方《はう》の壁《かべ》へ長《なが》く大《おほ》きく映《うつ》して居《ゐ》る。 「ほら仙吉《せんきち》は此處《こゝ》に居《ゐ》るよ。」 かう云《い》つて、光子《みつこ》は蠟燭《らふそく》の下《した》を指《ゆびさ》した。見《み》ると燭臺《しよくだい》だと思《おも》つたのは、仙吉《せんきち》が手足《てあし》を縛《しば》られて兩肌《りやうはだ》を脫《ぬ》ぎ、額《ひたひ》へ蠟燭《らふそく》を載《の》せて仰向《あふむ》いて坐《すわ》つて居《ゐ》るのである。顏《かほ》と云《い》はず頭《あたま》と云《い》はず、鳥《とり》の糞《ふん》のやうに溶《と》け出《だ》した蠟《らふ》の流《ながれ》は、兩眼《りやうがん》を縫《ぬ》ひ、唇《くちびる》を塞《ふさ》いで頤《あご》の先《さき》からぽたぽたと膝《ひざ》の上《うへ》に立《た》ち、七|分通《ぶどほ》り燃《も》え盡《つく》した蠟燭《らふそく》の火《ひ》に今《いま》や睫毛《まつげ》が焦《こ》げさうになつて居《ゐ》ても、婆羅門《ばらもん》の行者《ぎやうじや》の如《ごと》く胡座《あぐら》をかいて拳《こぶし》を後手《うしろで》に括《くゝ》られたまま、大人《おとな》しく端然《たんぜん》と控《ひか》へて居《ゐ》る。

光子《みつこ》と私《わたし》が其《そ》の前《まへ》へ立《た》ち止《どま》ると、仙吉《せんきち》は何《なん》と思《おも》つたか蠟《らふ》で强張《こはば》つた顏《かほ》の筋肉《きんにく》をもぐもぐと動《うご》かし、漸《やうや》く半眼《うすめ》を開《あ》いて怨《うら》めしさうにぢツと私《わたし》の方《はう》を睨《にら》んだ。さうして重苦《おもくる》しい切《せつ》ない聲《こゑ》で嚴《おごそ》かに喋《しやべ》り出《だ》した。 「おい、お前《まへ》も己《おれ》も不斷《ふだん》あんまりお孃樣《ぢやうさま》をいぢめたものだから、今夜《こんや》は仇《かたき》を取《と》られるんだよ。己《おれ》はもうすつかりお孃樣《ぢやうさま》に降參《かうさん》して了《しま》つたんだ。お前《まへ》も早《はや》く詫《あやま》つて了《しま》はないと、非道《ひど》い目《め》に會《あ》はされる。‥‥‥‥」 かう云《い》ふ間《ま》も蠟《らふ》の流《ながれ》は遠慮《ゑんりよ》なくだらだらと蚯蚓《みゝず》の這《は》ふやうに額《ひたひ》から睫毛《まつげ》へ傳《つた》はつて來《く》るので、再《ふたゝ》び仙吉《せんきち》は、眼《め》をつぶつて固《かた》くなつた。 「榮《えい》ちやん、もう此《こ》れから信《しん》ちやんの云《い》ふ事《こと》なんぞ聽《き》かないで、あたしの家來《けらい》にならないか。いやだと云《い》へば彼處《あすこ》にある人形《にんぎやう》のやうに、お前《まへ》の體《からだ》へ蛇《へび》を何匹《なんびき》でも卷《ま》き付《つ》かせるよ。」 光子《みつこ》は始終《しじゆう》底氣味惡《そこきみわる》く笑《わら》ひながら、金字入《きんじいり》の洋書《やうしよ》が一|杯《ぱい》詰《つ》まつて居《ゐ》る書棚《しよだな》の上《うへ》の、石膏《せきかう》の像《ざう》を指《さ》した。恐《おそ》る恐《おそ》る額《ひたひ》を上《あ》げて上眼《うはめ》づかひに薄暗《うすぐら》い隅《すみ》の方《はう》を見《み》ると、筋骨《きんこつ》逞《たくま》しい裸體《らたい》の巨漢《きよかん》が蟒《うはゞみ》に卷《ま》き付《つ》かれて凄《すさま》じい形相《ぎやうさう》をして居《ゐ》る彫刻《てうこく》の傍《そば》に、例《れい》の靑大將《あをだいしやう》が二三|匹《びき》大人《おとな》しくとぐろを卷《ま》いて、香爐《かうろ》のやうに控《ひか》へて居《ゐ》るが、恐《おそ》ろしさが先《さき》へ立《た》つて本物《ほんもの》とも贋物《にせもの》とも見極《みきは》めが付《つ》かない。 「何《なん》でもあたしの云《い》ふ通《とほ》りになるだらうね。」 「‥‥」私《わたし》は眞靑《まつさを》な顏《かほ》をして、默《だま》つて頷《うなづ》いた。 「お前《まへ》は先《さつき》仙吉《せんきち》と一|諸《しよ》にあたしを緣臺《えんだい》の代《かは》りにしたから、今度《こんど》はお前《まへ》が燭臺《しよくだい》の代《かは》りにおなり。」 忽《たちま》ち光子《みつこ》は私《わたし》を後手《うしろで》に縛《しば》り上《あ》げて仙吉《せんきち》の傍《そば》へ胡坐《あぐら》を搔《か》かせ、兩足《りやうあし》の踝《くろぶし》を嚴重《げんぢゆう》に括《くゝ》つて、 「蠟燭《らふそく》を落《おと》さないやうに仰向《あふむ》いておいでよ。」 と、額《ひたひ》の眞中《まんなか》へあかりをともした。私《わたし》は聲《こゑ》も立《た》てられず、一|生懸命《しやうけんめい》燈火《とうくわ》を支《さゝ》へて切《せつ》ない淚《なみだ》をぽろぽろこぼして居《ゐ》るうちに、淚《なみだ》よりも熱《あつ》い蠟《らふ》の流《ながれ》が眉間《みけん》を傳《つた》はつてだらだら垂《た》れて來《き》て、眼《め》も口《くち》も塞《ふさ》がれて了《しま》つたが、薄《うす》い眼瞼《まぶた》の皮膚《ひふ》を透《とほ》して、ぼんやりと燈火《とうくわ》のまたたくのが見《み》え、眼球《めだま》の周圍《しゆうゐ》がぽうツと紅《あか》く霞《かす》んで、光子《みつこ》の盛《さかん》な香水《かうすゐ》の匂《にほひ》が雨《あめ》のやうに顏《かほ》へ降《ふ》つた。 「二人共《ふたりとも》ぢツとさうやつて、もう少《すこ》し我慢《がまん》をしておいで。今《いま》面白《おもしろ》いものを聞《き》かせて上《あ》げるから。」 かう云《い》つて、光子《みつこ》は何處《どこ》かへ行《い》つて了《しま》つたが、暫《しばら》くすると、不意《ふい》にあたりの寂寞《せきばく》を破《やぶ》つて、ひつそりとした隣《となり》の部屋《へや》から幽玄《いうげん》なピアノの響《ひゞき》が洩《も》れて來《き》た。

銀盤《ぎんばん》の上《うへ》を玉《たま》あられの走《はし》るやうな、溪間《たにま》の淸水《しみづ》が潺湲《せんかん》と苔《こけ》の上《うへ》にしたたるやうな、不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》は別世界《べつせかい》の物《もの》の音《ね》のやうに私《わたし》の耳《みゝ》に聞《きこ》えて來《く》る。額《ひたひ》の蠟燭《らふそく》は大分《だいぶ》短《みじか》くなつたと見《み》えて、熱《あつ》い汗《あせ》が蠟《らふ》に交《まじ》つてぽたぽたと流《なが》れ出《だ》す。隣《となり》に坐《すわ》つて居《ゐ》る仙吉《せんきち》の方《はう》を橫眼《よこめ》で微《かす》かに見《み》ると、顏中《かほぢゆう》へ饂飩粉《うどんこ》に似《に》た白《しろ》い塊《かたまり》が二三|分《ぶ》の厚《あつ》さにこびり[#「こびり」に傍点]着《つ》いて盛《も》り上《あが》り、牛蒡《ごばう》の天《てん》ぷらのやうな姿《すがた》をして居《ゐ》る。丁度《ちやうど》二人《ふたり》は「浮《う》かれ胡弓《こきう》」の噺《はなし》の中《なか》の人間《にんげん》のやうに、微妙《びめう》な樂《がく》の音《ね》に恍惚《くわうこつ》と耳《みゝ》を傾《かたむ》けた儘《まゝ》、いつまでもいつまでも眼瞼《まぶた》の裏《うら》の明《あかる》い世界《せかい》を視詰《みつ》めて坐《すわ》つて居《ゐ》た。