Part 2
ドリス (漠然と)いろんなことがあったのよ。
ストリックランド じゃあ、最初からいこう。月曜日は学校に行ったね。
ドリス うん。それからお母さんに連れられて、ヘレン叔母さんのところで夕ご飯を 食べたの。
ストリックランド 火曜日は学校に行ったのかい?
ドリス うん。火曜日が終業式だったの。そうだ、お父さん、わたし進級したのよ!
ストリックランド 当然じゃないか。かならず進級すると思っていたよ。もう初等中学だね。
ドリス (得意げに)そうなのよ。
ストリックランド ああ、早いものだなあ。この調子じゃ、すぐに大学卒業だ。
ドリス 大学には行きたくないわ。コックさんになりたいの。おっきな白いエプロン を着けて、ぴかぴかの鍋をたくさん持ってるコックさん。
ストリックランド どうしてコックさんになりたいんだい?
ドリス だってクッキーやパイやパンを作って異教徒にあげられるもん。
ストリックランド 異教徒にか!
ドリス そう。わたし、お料理を習っているのよ、お父さん。
ストリックランド 本当かい?
ドリス うん。きのう、ヘレン叔母さんのお手伝いをしたの。
ストリックランド きのう、ヘレン叔母さんの家に行ったのかい?
ドリス うん。一日中。だってお母さんが下町に買い物に行ったから。
ストリックランド 今日は何をしたのかな?
ドリス 今日は、おうちでままごとしたの。公園に行くはずだったんだけど、お母さ んが休みたいって。それで行かなかったのよ。
ストリックランド お母さんは気分がよくないのかい?
ドリス 頭が痛いそうだけど。
ストリックランド 頭痛は長く続いているのかな?
ドリス ううん。今日だけ。おうちは買ったの、お父さん?
ストリックランド ああ。白いすてきなおうちだよ。大きな庭もあるんだ。
ドリス (手をはたいて)お牛さんは?
ストリックランド 牛はいないよ。でも花がたくさん咲いていて、犬が一匹いるよ。
ドリス まあ!
大きい犬?
ストリックランド そうだよ。さあ、お父さんがおみやげに持ってきたものを見せてあげよう。
ドリス わたしに?(テーブルの上手側に移動する)
ストリックランド そうだよ。
バーサ (下手から登場)ミスタ・トラスクがいらっしゃいました。
ストリックランド 来たか! うん、ご案内してくれ。
(バーサ、下手より退場)
ドリス ね、お父さん、この光っているのはなに?(バッグから拳銃を取り出す)
ストリックランド (バッグから人形を取り出す)それは拳銃だよ。さわっちゃいけない。(バ ッグに戻す。人形の包みを解く)ほら、どうだい?
ドリス うわあ、お父さん、かわいいわ。なんて名前をつけるの?
ストリックランド そうだね。ドイツから来たから、ハーマンと呼ぼうか。
トラスク (下手後方から登場)やあ、ボブ!
(トラスクとストリックランド、握手を交わす)
ストリックランド やあ、ジェリー。元気かい?
トラスク ぴんぴんしているよ。いま戻ったところか?
(ドリス、二人のあいだに割ってはいる)
ストリックランド ああ。十五分くらい前に。
トラスク 準備は整ったのか?
ストリックランド うん。そうだ、ドリスにまだ会っていなかったね。ドリス、ミスタ・トラス クと握手なさい。
トラスク お嬢ちゃんがドリスなんだね。
ドリス (恥ずかしそうに)ええ、そうよ。
トラスク このお人形さんはなんていうのかな?
ドリス ハーマン。
トラスク はじめまして、ハーマン。アメリカはどうですか。大きなお嬢ちゃんだねえ。
ストリックランド そりゃそうさ。もう初等中学だからね。
トラスク たいしたもんだ。
ストリックランド それより、ジェリー、座りたまえ。
(トラスク、テーブルの下手側に座る。ドリスは中央下手寄り後方に座る)
トラスク 万事順調にいっているのか、ボブ?
ストリックランド ああ、ブリッグスの連中とかなり有利な条件で協定を結んだんだ。
トラスク いつ始めるんだ?
ストリックランド 数週間後さ。目の覚めるような家も手に入れたし。(ピアノの椅子の上にバ ッグを置く)
トラスク じゃ、すぐ引っ越しするのかい?
ストリックランド ああ。電報は受け取っただろう?
トラスク うん。
ストリックランド 手形を買い戻したいんだ。
トラスク そんな余裕があるのか?
困っているなら――。
ストリックランド 気を遣ってくれてありがとう。しかし払ってしまいたいんだ。
トラスク こっちは数ヶ月待ったってかまわないんだ。一万ドルくらいで商売がつぶれ ることはないから。
ストリックランド いや、借金を残していくのがいやなんだ。期限を延期してもらおうかとも思 ったんだが、なんとか金をかき集めることができた。ブリッグスの連中が助 けてくれてね。
トラスク しかしその金が入り用になることもあるだろう。事業が立ち直るまで待つよ。
ストリックランド ありがとう、ジェリー。でもきれいさっぱり返したいんだ。そのほうが落ち 着くから。(テーブルの背後に回る)
トラスク そうかい。じゃ、好きなようにするさ。そら、手形だよ。(ストリックラン ドに手形を渡す――やり取りのしぐさ)
ストリックランド さ、お金だ。(財布から金を取り出し、トラスクに渡す)
トラスク どうして札束で?
ストリックランド うん、これをかき集めるのは並大抵の苦労じゃなかったので、千ドル札十枚 を渡してびっくりさせてみたくなったんだ。ただそれだけのことさ。数えた ほうがいいよ。
トラスク 君は数えたか?
ストリックランド ああ。
トラスク じゃ、わたしは数えなくたっていい。
ストリックランド 君のおかげでおおいに助かったよ。(トラスクの背中をたたく)感謝しきれ ないくらいだ。
トラスク 必要ならいつだってお手伝いするよ。(立ち上がり、テーブルの上手側に回 り、座る)
ストリックランド ああ、君がいいやつだってことは知っているさ。しかし今度こそ、万事うま くいけばいいがなあ。
トラスク 行ってしまうなんて残念だよ。しかし君にとっては新規まき直しの大事な時 だからな。
ストリックランド (テーブルの前面に腰掛ける)とっくの昔に行くべきだったんだ。メイには 一年以上前からそうするようにせきたてられていたんだが。
トラスク 予感が働いていたんだよ。
ストリックランド そうだな。女はこういうことに関しちゃ勘が働くからな。実際、ジェリー、 彼女は一万人に一人の女性だよ。どんなときでも曹長みたいにわたしを見捨 てずついてくる。ちっとも泣き言を言わない。不平を鳴らすことも、怒るこ ともないんだ。彼女は最高だよ。
トラスク そうだろうな。
ストリックランド 君がメイに会ってないのは残念だな。ぜひ知り合いになってくれよ。(中央 下手寄り後方に行く)ドリス、お母さんにミスタ・トラスクが来ていると言っ てくれないかい。
トラスク また別の機会にしよう、ボブ。急いで帰らなければならないんだ。ところで 日曜日、ロング・ブランチの別荘に来ないか。七八人連れだって釣りに行く 予定なんだ。今はバスが川を上ってきている。
ストリックランド 喜んで行くよ。(中央前方へ)
トラスク 住所を書いておくよ。(ポケットから名刺を取り出し、メモする)ヘンダー ソン・プレイスにあるんだ。駅から三ブロック離れている。左手の最初の家 だ。
(ストリックランド、名刺をポケットに入れる)
ストリックランド ありがとう。
トラスク 土曜日の晩に来たほうがいいな。日曜の朝五時には出発したいから。
ストリックランド 分かった。行くよ。
トラスク さあ、急いで帰るか。(テーブルの後ろを通り中央下手寄りへ、そして中央 後方へ退く)
(メイが下手から登場、トラスクを見て引っ込もうとするが、ストリックラン ドが彼女を見つける)
ストリックランド 入ってこいよ。(メイ、下手から登場)ミスタ・トラスクに紹介したいんだ、 メイ。ジェリー、妻だよ。
トラスク (礼をする)お目にかかれて幸いです、ミセス・ストリックランド。(メイ は無言のまま礼をする)ボブからお噂はうかがっています。
ストリックランド (笑いながら)そうだね。ジェリーにも君のことはさんざん話したんだよ。
トラスク さて、わたしは急がなけりゃ。(下手の出口のほうにむかう)
ストリックランド (中央下手寄り後方へ)おいおい、ちょっと待てよ。どうしたんだい。メイ に君のことを教えてやりたいんだが。
トラスク すまんね。ゆっくりしてられないんだ。別の機会にゆずろう。お休みなさい、 ミセス・ストリックランド。
メイ (低く)お休みなさい。
トラスク またお会いできる機会を楽しみにしてますよ、ミセス・ストリックランド。 お休みなさい。お休み、ドリス。(外に出る。ストリックランド、あとを追 う)
ドリス ねえ、お母さん、お父さんのおみやげ見て。(メイ、舞台中央へ)お母さん たら、見て。
メイ (ドリスをテーブルの所へ連れて行く――ドリスに)ドリス、あの人、ミス タ・トラスクはずっとここにいたの?
ドリス うん。ずいぶん話していたわ。お父さん、ロング・ブランチに釣りに行くん ですって。
メイ どういうこと?
ドリス ミスタ・トラスクはロング・ブランチに住んでいて、お父さんは日曜日に一 緒に釣りに行くの。ミスタ・トラスクがお財布を見つけたら面白いと思わな い、お母さん?
メイ お黙り、ドリス。
ストリックランド (下手後方から登場)いいやつだろう? でも、あまりしゃべろうとしなか ったね、おまえ。
メイ びっくりしちゃったのよ。知らない人がいるなんて思ってなかったから。
ストリックランド ようやく二人の顔合わせができてよかった。もっと早くに会わせてやりたか ったんだが。
(ドリス、テーブルの背後のピアノのほうへ行く)
メイ あの人はどうしてここに?
ストリックランド ぼくが来るように電報を打ったんだ。手形を取り戻したよ。
メイ 手形?
ストリックランド ああ。借りていた一万ドル。
メイ お返しになったの?
ストリックランド そうさ。おい、どうしたんだい?
メイ なんでもないの。でも返済できてうれしいわ。
ストリックランド うん。ぼくも気分がいい。ジェリーは必要なだけ猶予してやると言ってくれ たが。気前のいい男だよ。
メイ そうね。
ストリックランド 日曜日にロング・ブランチに釣りに来いと誘ってくれてね。
メイ でも、ヘレンが夕食に来ると思っているんじゃないかしら。
ストリックランド そうだ! そのことはぜんぜん思い浮かばなかったよ。よし、それなら行く のはやめよう。
メイ ええ、やめてちょうだい。それにボートで遠乗りなんていやだわ。
ストリックランド 分かったよ。明日の朝、ジェリーに電話する。(ピアノの上の入れ物からタ バコを取り出し、火をつける。そのあいだずっと鼻歌を歌う。それから下手 前方へ移動)
メイ ええ、そうしてちょうだい。(上手、ドリスのほうへ行く)ドリス、もう寝 なさい。
ドリス でも、お母さん、お願いだから。
メイ だめよ。とっくに寝る時間なんだから。
ドリス 五分だけ。
メイ いいえ、一秒もだめ。ほら、すぐ行きなさい。
ドリス でもお父さんと話がしたいんだもの。
メイ 明日の朝話せばいいじゃない。お父さんも疲れているのよ。さ、お休みのキ スをなさい。
ドリス (下手へ)お休みなさい、お父さん。
ストリックランド お休み。(娘にキスをする)ぐっすりお休み。おっと、これを掛けておいて くれるかな。(彼女に自分のベストを渡し、下手のソファに座る)
ドリス (メイにキスをしながら)お休み、お母さん。
メイ お休み。さ、お部屋に行きなさい。
ドリス おいで、ハーマン。(人形を持って、上手から退場)
メイ お母さんがあとで見に行くわ。
ドリス ドアを閉めないでね。
メイ 分かったわ。(下手へ行く)ああ、ロバート。あなたの手紙を十回以上読ん だわ。新しいおうちの隅々まで知り尽くしてしまうくらい。早く移りたくっ てたまらない。ここが新居だったらいいのに。(ソファのほうへ行き座る)
ストリックランド すぐ移るよ。
メイ すぐって、どれくらい?
ストリックランド 用意ができ次第だよ。まあ、二週間てところかな。
メイ まあ、そんなに長いの?
ストリックランド じゃあ、十日でもいいよ。
メイ 来週にしましょうよ。ニューヨークがいやになったわ。
ストリックランド でもずっと待ってきたんだからね。二三日くらい――。
メイ そこなのよ。ずっと待ってきたから、いらいらしちゃうのよ。
ストリックランド 気分が悪いのかい?
メイ そんなことないわよ。どうして?
ストリックランド 今日、気分が悪かったって、ドリスが言っていたよ。
メイ あの子の思い違いよ。あなたが帰ってくるので少し興奮していただけ。別れ 別れになったのは初めてだったんだもの。
ストリックランド そうだね。別れ別れになるのはこれが最後だといいが。
メイ じゃ、来週引っ越しでいいわね?
ストリックランド おいおい、時間が足りなすぎるよ。買うものだってあるし。
メイ 必要な物はむこうに行ってからだってだいたい買えるわ。
ストリックランド でも家が変わるときはいつも、なんやかや、雑用ができるからねえ。
メイ そんなの長くはかからないわ。一日か二日のことよ。
ストリックランド 旅行用の服も必要になるよ。
メイ 既製品を買うわ。
ストリックランド もう見てきたんだろう? きのう買い物に行ったってドリスが教えてくれた よ。
メイ ええ。旅行用の服を探していたの。でもちょうどいいのがなかったわ。
ストリックランド そうだ。ちょっと待ってくれよ。ぼくもささやかな買い物をしてきたんだ。 (バッグから箱を取り出す)
メイ わたしのために?(夫の所へ)
ストリックランド そうだよ。君のために。
メイ まあ、ロバート。ここから引っ越すことができて、わたし本当にうれしい。 あしたから荷造りをはじめるわ。
(バーサ、下手後方から登場)
バーサ ミスタ・バークとおっしゃる方がお見えになっています、ミセス・ストリッ クランド。
ストリックランド (テーブルの後ろのメイのそばへ行く)ミスタ・バークって誰だい?
メイ さあ、知らないわ。
ストリックランド 入ってもらいなさい、バーサ。
バーサ どうぞこちらへ。
(バーク登場、バーサ退場)
メイ ミスタ・バークですか。
バーク はい、さようでございます、奥様。ミセス・ロバート・ストリックランドで いらっしゃいますね。
メイ はい。
バーク お騒がせしたくはなかったのですが、奥様――。
ストリックランド どうぞお座りください、ミスタ・バーク。
バーク (ソファの下手側に座り)恐れ入ります。奥様の財布が見つかりましてね。
メイ ロバート、夕ご飯がもうできていると思うわ。冷めないうちに召し上がった ら。
ストリックランド もうちょっとあとでもかまわないさ。
メイ 席を外しても失礼にはならないと思うわ。
バーク 二三分ですみますよ、奥様。はるばるロング・ブランチから来たんです。
ストリックランド 財布をなくしたのかい、メイ?(箱からひもを取る)
メイ いいえ、そんなことないわ。(舞台中央前面に)
バーク それは確かですか、奥様?
メイ 間違いないわ。
ストリックランド どこで財布を見つけたんですか、ミスタ・バーク?
バーク ロング・ブランチ駅のプラットフォームですよ。昨日の晩のことです。わた しはそこで新聞を売っているのです。
ストリックランド ロング・ブランチ? じゃあ、君の財布なわけはないな、メイ?
メイ もちろんよ。間違いに決まっているわ。
バーク なかに名刺が六枚入っていまして、あなたの名前と住所が記されています。
バーク そりゃ変だな。
メイ もしかしたら友達のかしら。
ストリックランド どんな財布なんですか、ミスタ・バーク。
バーク いや、おなくしでないというのであれば。(立ち上がって帰りかける)
ストリックランド (下手へ行く)君の勘違いってこともあり得るよ、メイ。妻にその財布を見 せてもらえませんか。
バーク 最初に財布の特徴をおっしゃっていただけないでしょうか。
ストリックランド ああ、そりゃそうだ。財布は二つか三つしかなかったね、メイ。ミスタ・バ ークに特徴をお話ししてさしあげなさい。
メイ でも財布なんてなくしてないわ。
ストリックランド (上手側へ。箱の包装を解く)分かってるよ。でも説明するったって一分も かからないし。
メイ (中央下手寄りへ)いぶし銀の色をしたメッシュのがあるわ。
バーク いや、違いますな。
メイ そうだわ! ロバート、誕生日にくれた緑の革の財布があったわね。
バーク (立ち上がりながら)どうも奥様のではないようです。(中央後方へ行く)
メイ ええ、違うと思っていたわ。(中央前方へ)
ストリックランド (中央下手寄りへ)待てよ。いつも持ち歩いているフランス風の黒いベルベッ トのやつを忘れているよ。
バーク どんなものですか?
ストリックランド 黒のベルベット製で金の留め金がついている。
バーク (下手前方に来て、ポケットから財布を取り出す。持ち上げながら)これで しょうか。
ストリックランド やあ、それだよ。そうだろう、メイ?(財布を受け取る)
メイ (かすかに)ええ、そうみたい。わたし――。
ストリックランド 君があんまり自信を持って言うから――。
メイ どういうことか、分からないわ。
バーク お金はどのくらい入っていますか、奥様?
メイ 四十ドルくらいだと思うけど。
バーク おっしゃる通りです。三十八ドルと七十五セント。数えていただけますか、 旦那様。
ストリックランド (数える)それだけここに入っているんだね。間違いないね、メイ?
メイ そ、そうだと思うけど。
ストリックランド (お金を財布に戻し口を閉める)ロング・ブランチで見つけたということで すね、ミスタ・バーク。
バーク ええ。きのうの晩、プラットフォームで。紙切れが一枚入っていて、ロング・ ブランチの住所が記されていました。ヘンダーソン・プレイス206番地。
通勤路からかなり離れているので、今日の夕方になるまで行く機会がなかっ たんですが、行ってみたら年老いた家政婦しかいないんですよ。ストリック ランドなんて人はいない、けれども前の日に女の人が訪ねてきたというんで す。それで名刺に出ている住所に行こうと思ったんですよ。
ストリックランド なるほど。とにかくお礼申し上げます、ミスタ・バーク。
(バーク、退場しようとする)
ストリックランド 待ってください。あなたのご親切に、ほんの心ばかりですが。(お札を数枚 渡す)
バーク (にこにこと)ありがとうございます。
ストリックランド とんでもない。わたしたちのほうこそお礼を言わなければ。
バーク わたしは、正直は最上の策、といつも言ってるんですよ。
ストリックランド その通りです。
バーク ええ、その通りだということが分かりました。それでは失礼します、奥様。 お休みなさい、旦那様。
ストリックランド 玄関まで案内しましょう。(下手へ)
バーク ありがとうございます。(退場。ストリックランドもあとを追って退場)
(ドリス、上手から登場)
ドリス お母さん、お財布見つかった?
メイ ええ、見つかったわ。さ、ベッドに入りなさい。
ドリス でも眠くないんだもの。
メイ 寝なくちゃだめよ。しばらく目をつぶっていてごらんなさい。さ、いい子だ から。(ドリスを上手に連れて行く。ドリス、上手のドアから退場)
(ストリックランド、再び登場。財布をテーブルに置く)
ストリックランド 財布をなくしたことに気づかないなんて変だね。もうちょっとで追い返すと ころだったじゃないか。どうしてあんなに言い張ったんだい?
メイ あなたに不注意だと思われたくなかったのよ。
ストリックランド (驚いて)じゃ、財布をなくしたことは気づいていたんだね。
メイ それは――。
ストリックランド 気づいていたんだね?
メイ ええ。きのうの晩、なくしたわ。(夫とむかい合う)
ストリックランド なのに、どうして気づいていないふりをしたんだ?
メイ お財布をなくしたことを知ったら、あなたが怒ると思ったのよ。
ストリックランド なんだって、そんな――。
メイ なくすなんて、うかつだったわ。
ストリックランド しかし、おまえ――。
メイ ただ心配させたくなかったのよ。
ストリックランド 見つかったんだから心配なんかするわけないだろう?(テーブル下手側に座 る)
メイ 馬鹿なことをしたわ。
ストリックランド どうして財布がロング・ブランチなんかに。きのう、むこうに行ったわけじゃ ないだろう?(メイ、答えず)行ったのかい?
メイ ええ。
ストリックランド けど、さっき買い物をしていたって。
メイ それはドリスへの言い訳よ。(テーブルのほうへやってくる)
ストリックランド ドリスへの言い訳?
メイ そう。わたしがどこに行くか、知りたがったの。(テーブルの上手側に座る) 海岸に行くと言ったら、一緒に連れて行ってとしつこくせがまれるだろうと 思って。
ストリックランド でもドリスが寝たあとでも同じことを言ったじゃないか。
メイ そうだった? わたし、自分でもなにをしゃべっているのか、分からなかっ たんだわ。
ストリックランド 旅行用の服を探していたとさえ言ったんだよ。
メイ 変ね。きっと今晩は頭が混乱しているんだわ。あなたが帰ってきて興奮して いるのよ。(立ち上がる)
ストリックランド ロング・ブランチになんの用があったんだい?
(バーサ登場)
メイ なに、バーサ?
バーサ ご主人様の夕食ができています。
ストリックランド 分かったよ、バーサ。すぐ行く。
(バーサ、下手後方から退場)
メイ 食事をしたほうがいいわ、ロバート。冷めてしまう。(テーブルの背後に回 る)
ストリックランド すぐ行くよ。
メイ 食べなきゃだめよ。でないと病気になるわ。
ストリックランド ロング・ブランチのことだけ教えてくれないか。なんだか訳が分からない。
メイ いつかお話しするわ。今は疲れているの。それにあなたは夕食がまだだし。
ストリックランド なんであんなところに行ったのか、教えてくれないのかい?(妻は一歩上手 に移動)あそこに行くなんて、手紙には書いてなかったね? どうして隠そ うとするんだ?
メイ 隠してなんかいないわ。もちろん理由はお話しするわ。友だちに会いに行っ たの。
ストリックランド ロング・ブランチに友だちがいたとは知らなかった。
メイ あなたの知らない人よ。
ストリックランド 誰だい、それは?
メイ ルース・グリーンていう人。
ストリックランド ルース・グリーンて誰だい?
メイ 学校が一緒だった古い友だち。
ストリックランド ぼくは会ったことがあるかい?
メイ いいえ。もう何年も会ってなかったのよ。
ストリックランド じゃ、どうしてきのう会いに行くことになったんだ?
メイ 手紙が来たのよ。来てくれって。
ストリックランド (下手に数歩歩く)何年も会っていなかった友だちから、突然ロング・ブラ ンチまで来てくれと頼まれたのか。どうしてむこうのほうから会いに来ない んだね?
メイ 危篤状態で、もう一度わたしに会いたかったのよ。だから来てくれと言った の。学校にいた頃はとても仲がよかったから。
ストリックランド 危篤状態なら、手紙なんか書けやしないだろう。
メイ ほかの人に書いてもらったの。
ストリックランド なんの病気なんだ?(妻のほうへ近づく)
メイ そ、それは――肺炎。
ストリックランド ああ、命に関わるんだね。
メイ ええ、そう。
ストリックランド しかしバークはそこには誰もいなかったって言っていたぞ。
メイ バーク?
ストリックランド ああ――ヘンダーソン・プレイスの住所にはね。つまり彼が訪ねた家だよ。
年老いた家政婦がいるきりだって言っていた。
メイ ああ、そうね、思い出したわ。今日、入院すると言っていた。
ストリックランド 肺炎で?
メイ ええ――ひどい合併症が起きて。
ストリックランド なるほど。(下手へ行き、ソファに座る)
メイ 夕ご飯がさめちゃうわ、ロバート。
ストリックランド 気にするなよ。腹は減ってないんだ。もうちょっと話をさせてくれ。
メイ なにを考えていらっしゃるの、ロバート?(テーブルの上手側に座る)
ストリックランド ミス・グリーンの手紙が見たいな。
メイ それは見せられないわ。
ストリックランド どうして?
メイ だって、わたし以外には知られたくないような個人的なことが書いてあるん ですもの。
ストリックランド でも彼女が手紙を書いたわけじゃないだろう?
メイ ええ。お母様がお書きになったのよ。
ストリックランド ほう、お母さんがいるのか。
メイ もちろんいるわ。
ストリックランド (テーブルの端に腰掛ける)つまり、何年も会っていなかった君の友だちは 危篤状態になり、母親に頼んで、夫であるぼくにも見せられないような内容 の手紙を母親に書いてもらった、こういうことだね?
メイ そうよ。ちっとも変なことはないでしょう?
ストリックランド そうかもしれない。(中央下手寄りへ移動)だけど、それでも手紙は見たい な。中身は読まないよ。ただ見るだけだ。
メイ どうして?
ストリックランド (テーブルの下手側に座る)手紙にはその友だちの住所が書いてあるはずだ よ。なのに、どうしてわざわざ別の紙に書き写したのか、それが知りたい。
メイ 別の紙に書き写したなんて、だれが言ったの?
ストリックランド バークだよ。財布のなかにヘンダーソン・プレイスの住所が書かれた紙切れ があったと言っていた。
メイ ああ、それは、その――わたしが――(立ち上がり、上手に一歩進む)
ストリックランド (妻に近づいて肩に両手を置く)メイ、なにか隠しているね。
メイ そんなこと言わないで、ロバート。どうして隠し事なんか。
ストリックランド ぼくには分からないよ。でも君は隠している。なにを隠しているんだ、メイ?
メイ なにも。
ストリックランド いや、なにかある。こんな君は見たことがない。教えてくれないか。
メイ なにもないのよ、あなた――なにも。(上手前方へ)
ストリックランド それなら手紙を見せてくれたっていいじゃないか。
メイ 見せられないわ。
ストリックランド 見せられない?
メイ ええ。焼いちゃったもの。
ストリックランド おや、焼いたのか?
メイ ええ。
ストリックランド どうして?
メイ 手紙は取っておかない主義なの。
ストリックランド どうして最初からそう言わなかったんだい?
メイ なにを最初から言わなかったのよ。
ストリックランド 手紙を燃やしたことさ。
メイ だって、犯罪者みたいに尋問するんだもの。頭のなかが独楽みたいに回って いる。これ以上は耐えられない。(上手後方へ)
ストリックランド (テーブルのほうへ)メイ、君を傷つけるつもりはないよ。悩んでいるなら 話してくれ。いままでお互いに隠し事をしたことはなかったじゃないか。
メイ でも話すことなんかないのよ――なにもないのよ。
ストリックランド じゃ、自分で調べるしかないな。(テーブルの下手側にある椅子に座る)帰 宅してこんなことになるとは思わなかった。(沈黙する)
メイ (テーブルの背後で――間を置いて)なにを考えているの?(夫は返事をし ない)つまらないことに興奮するよりお食事をなさったら。
ストリックランド ヘンダーソン・プレイスか。トラスクがくれた名刺はどこだ?(ポケットを 探る)
メイ (テーブルの上手側へ)なんのこと?
ストリックランド (名刺を見つける)あったぞ! なんだ、これは?「14,右、2,27― ―」いや、これじゃない。こっちだ――ヘンダーソン・プレイス206番地。 206番地だと!(立ち上がる)バークが言っていた番地じゃないか?
メイ 知らないわ。わたしは知らない。
ストリックランド (中央下手寄りへ)そうなのか、それとも違うのか?
メイ 知らないわ。
ストリックランド すぐ分かるさ。(テーブルの財布に手を伸ばす。メイが先にひっつかむ)そ の財布を貸してごらん。
メイ なんのために?
ストリックランド 住所を見たい。
メイ 住所なんて入ってないわ。
ストリックランド 財布をよこすんだ。
メイ だめ、ロバート!
ストリックランド 財布を調べたいんだ。言うとおりにしたまえ。
メイ ロバート!
ストリックランド 渡してくれるのか、それとも拒否するのか?
メイ お願いよ、ロバート。
(妻から財布をひったくる。彼女は小さな叫び声をあげる。ストリックランド、 財布を開け、中身をテーブルにぶちまける。そのなかから探していたものを見 つける)
ストリックランド これだ。ヘンダーソン・プレイス206番地。(テーブルの下手側へ)トラ スクの住所だ。トラスクのところへ行っていたのか? なにか言うことはあ るかね?
メイ (上手前方へ。絶望的に)話すわ。
ストリックランド ちょっと待て。トラスクの家に行ったんだね?
メイ そうよ。
ストリックランド じゃあ、友だちとか、母親とか、手紙を燃やしたとか、みんな嘘だったんだ な?
メイ そうよ。でも聞いてちょうだい。
ストリックランド 言ってごらん。聞いている。(テーブルの下手側に座る)どうしてトラスク の家に行ったのか知りたい。
メイ せっつかないで聞いてくれるなら話すわ。
ストリックランド 話したまえ。
メイ あなたはミスタ・トラスクがロング・ブランチにおうちを持っているって言っ ていたでしょう。
ストリックランド それで?
メイ 家のことを手紙に書いてきたとき――。
ストリックランド どうして話をやめちゃうんだい?
メイ あなたが怖い顔をするから。
ストリックランド 先を続けろよ。
メイ その、わたし、間取りのことはあまり知らないから、上手に間取りされた家 を見たかったのよ。それでロング・ブランチまで行って、ミスタ・トラスク の家を見てきたの。
ストリックランド 彼と一緒にか?
メイ いいえ、一人で。家政婦が見せてくれたわ。
ストリックランド そんな理由で家を見に行ったのか。
メイ そうよ。
ストリックランド じゃ、なぜ嘘をついたりしたんだ?
メイ あなたが怒るんじゃないかと思って。
ストリックランド どうして怒るなどと?
メイ 分からないわ。知らない人の家に行くなんて馬鹿なことをしたわ。それにあ なたが疑わしそうに見るから、嘘をつくしかなかったのよ。(上手に一歩進 む)
ストリックランド 今晩、君を紹介したとき、お互いに会ったことのないふりをしたね。
メイ 会ったことないもの。
ストリックランド じゃ、彼の住所をどうやって知った?
メイ 電話したの。
ストリックランド 電話したのか?
メイ ええ。もちろん。許可なしに行けないわ。
ストリックランド 電話して家を訪ねる許可を求めた――会ったこともない人に。
メイ 彼はあなたの友だちじゃない――そうして悪いことはないと思うわ。
ストリックランド 彼はなんと言った?
メイ かまわないって。
ストリックランド それで住所を教えたのか?
メイ そう。
ストリックランド (半分狂ったように)嘘を言うのもいい加減にしろ。
メイ どういうこと?
ストリックランド いいか、この住所はトラスクの筆跡で書かれている。(妻のほうにむかって 進む)
(メイは一声叫んでテーブルの上手側に座る)
ストリックランド さあ、本当のことを話したまえ。トラスクに会ったことがあるんだな?
メイ ええ。
ストリックランド あいつもここに来たことがあるんだな。
メイ ええ。
ストリックランド いつ?
メイ おとといの晩。
ストリックランド そしてきのう、むこうに行くことに決めたんだな? あいつも行ったのか? あいつと会うためにあそこへ――なんてことだ!(中央下手寄り後方へ)
メイ ロバート。
ストリックランド メイ、なぜあんなところへ行った?――答えろよ。
メイ それは――だめ、だめよ。話せない。話せないわ。(下手へむかう)
ストリックランド メイ、ぼくを愛しているなら――ぼくを愛したことがあるなら――。
メイ だめ――話せない。
ストリックランド 話せない? それはつまり――嘘だ!
嘘だと言ってくれ。(妻は答えない) それとも本当なのか?
メイ ロバート、もうなにもお訊きにならないで。答えられないんですもの。あな たにお話しできないことがあるの。ただわたしを信用して、ロバート。いま までずっと愛し合ってきたじゃない。お互いを信じ合ってきた。あなたはわ たしの人生のすべてよ――あなたとドリスは。わたしたちは引っ越しして、 新しい生活を始めようとしている。たぶん、新しい家に落ち着いたら、いつ か話すこともあると思うわ。でもいまはだめなの。ずっとわたしを信じてく れたじゃない。いまもわたしを信じて。
ストリックランド 信じるとも――信じるとも! しかしひとつだけ話してくれ。君とトラスク はどういう関係なんだ?
(メイ、ソファにくずおれ、すすり泣く。ストリックランド、突然中央にむか い、上手のドアを見、両手で顔をおおう――うめき声――突然下手の出口にむ かい、立ち止まる――バッグのところへ飛んでいき、拳銃を取り出し、下手か ら飛び出す――ドアが閉まる大きな音)
メイ (ソファで泣きながら――立ち上がり――中央後方へ)ロバート! ロバー ト!
行ってしまった!
行ってしまったわ! あの人を見つけたら、殺し てしまう。一生が台無しになる。ロバート、あなた。(急いで電話へ)もし もし!
急いでつないでちょうだい、リバー182番――。
ドリス (上手から急いでやってくる)ママ、怖いわ――わたし、怖いわ。
メイ (娘を両腕で抱く)ああ、おまえ! かわいいわたしの子供!(ドリスを抱 きしめる)もしもし! もしもし!――。
(幕)
第三場
(ドリスの泣き声が聞こえる)
ドリス 怖いわ。怖い。
(溶明。舞台は法廷)
ドリス (泣きながら)怖いわ。怖い。(証人台で)
アーバックル 泣くんじゃない、ドリス。もうすぐ終わるから。お母さんが電話で呼び出し たのは誰だね?
ドリス ミスタ・トラスク。でもいなかった。
アーバックル いないとどうして分かったのかね?
ドリス だってお母さんが、またかけるって言ったもの。
アーバックル それからお母さんはどうしたのだい?
ドリス 泣き叫んで、部屋のなかを行ったり来たりして、怖ろしいことをいっぱい言 ったわ。
アーバックル どんなことを?
ドリス どうして話さなかったのだろう? どうして話さなかったのだろう、って。
アーバックル それから?
ドリス それからわたしも泣いたわ。怖かったんだもの。お母さんに話しかけようと したけど、聞いてくれなかった。すごく怖くなった。いまも怖いくらい。(泣 く)
アーバックル 泣くんじゃないよ、ドリス。あと二三分だから。それで終りだからね。
ドリス (泣きながら)お母さんに会いたい。
アーバックル 泣かないでがんばるんだ。あとほんの少しだから。(顔にやった手を取りの ける)さあ、いい子だ。わたしの言うことを聞くんだ。
ドリス (嗚咽をこらえながら)はい。
アーバックル お母さんはもう一度電話したかい?
ドリス はい。「あなたなの? ジェラルド・トラスク?」って言いました。もうしゃ べりたくない。頭が痛いし、怖いの。
アーバックル 怖くなんかないよ。すぐ終わるからね。お母さんは「あなたなの、ジェラル ド・トラスク?」って言ったんだね。
ドリス はい。
アーバックル それからなにが起きたんだい?
ドリス それから――それから――分からない。
アーバックル そんなことはないはずだよ、ドリス。考えてごらん。何回も話してくれたじゃ ないか。
ドリス 覚えてない。
アーバックル がんばって考えるんだ。勇気を持って。電話から音が聞こえたかい?
ドリス はい。
グレイ (立ち上がる)弁護側は誘導尋問を行わないよう、もう一度強く申し上げま す。
アーバックル 裁判官、この子供は非常に緊張しながら証言しています。多少の逸脱は許さ れると思います。
ディンズモア できるだけ証人を誘導しないようにしなさい。
(グレイ、座る)
アーバックル 音が聞こえたと言ったね、ドリス?
ドリス はい。
アーバックル どんな音だったかね?
ドリス 分かりません――変な音だったの――かんしゃく玉みたいな。
アーバックル お母さんはその音を聞いたときどうしたのかね?
ドリス 悲鳴を上げて「神様、殺したんだわ!」と言いました。もう行かせてちょう だい。わたし、話したくない――。
アーバックル 最後に一つだけ質問したら終りだよ。
ドリス もういや。
アーバックル お母さんは「神様、殺したんだわ」と言ったあとどうしたんだい?
ドリス わたしを抱いて、キスして、「さようなら」と言いました。わたしは泣きま した。お母さんがキスしたとき痛かったから。
アーバックル そしてお母さんは行ってしまったんだね?
ドリス はい。
アーバックル その晩からお母さんを見たことはあるかい?
ドリス (すすり泣きながら)いいえ。お母さんに会いたい。
アーバックル どこにいるか知っているかい?
ドリス (すすり泣きながら)いいえ――どこにいるか、教えて。お母さんに会いた い。お母さんに会いたい。お父さん(幕が降り始める――彼女は証人台の段 を駆け下りようとするが、アーバックルが両腕で彼女をつかまえる)どうし てお母さんを泣かせたの? どうしてわたしを見捨てて行かせちゃったの?
アーバックル (彼女を両腕で押さえながら)この子の喚問を終わります、裁判官。
ストリックランド いい加減にしろ、あんたは娘を苦しめているじゃないか。
グレイ ただいまの子供の証言は削除するよう動議を提出します。
ディンズモア (木槌を一度たたく)静粛に。
ストリックランド (立ち上がる)あんたは娘を苦しめているんだぞ。
(幕)
第三幕
第一場
場面 法廷
ディンズモア ミスタ・グレイ、今朝ミスタ・アーバックルを見たかね?
グレイ いいえ、裁判官。
ディンズモア (時計を見る。裁判官が時計を見ると陪審員も何名か時計を見る)十時二十 分過ぎだ。ミスタ・ダニエルス!
廷吏 (立ち上がる)なんでしょう、裁判官。
ディンズモア ミスタ・アーバックルの事務所に電話して、なぜ遅れているのか理由を聞い てくれないか。
廷吏 かしこまりました、裁判官。(下手へ行く。アーバックル登場。息を切らし、 バッグを持っている。テーブルの上手側にバッグを置く)ミスタ・アーバック ルが到着しました、裁判官。
ディンズモア (とがめるように)本法廷は十時開廷の予定だったのですよ、ミスタ・アー バックル。
アーバックル (中央に寄る)裁判官、お許しください。一晩中、この事件にかかりきりだっ たのです。昨晩のうちに思いがけない展開がありました。被告の妻、ミセス・ ストリックランドが昨日の夕方、わたしの家を訪ねてきたのです。どうやら 彼女は事件のあと重体に陥ったのですが、自分の証言の重要性に気がついて、 証人台に立つため、気力を振りしぼってきたようです。裁判官、彼女の話し は事件の様相を一変させるものであります。
グレイ 異議あり。弁護側はまだ喚問されてもいない証人の証言について見解を述べ ています。
アーバックル 分かりました、裁判官。さっそくミセス・ストリックランドを喚問します。
彼女の証言にわたしの見解は必要ありません。ミセス・ストリックランドを 呼んでください。
(裁判官に話しかける。廷吏は上手のドアを開けて呼ばわる)
廷吏 ミセス・ストリックランド。
(メイが上手から登場。上手のテーブルの前に立つ)
アーバックル (彼女のほうに近寄り、手を取って証人台に立たせようとする)証人台に立 ってください。
(メイ、証人台に立つ)
書記 右手をあげてください。これからあなたが行う証言はすべて例外なく真実で あることを神に誓いますか? お名前は?
メイ メイ・ディーン・ストリックランドです。
アーバックル ミセス・ストリックランド、あなたはロバート・ストリックランド、被告の 妻ですね?
メイ そうです。
アーバックル いつ結婚しましたか。
メイ 一九〇三年七月十五日です。
アーバックル ジェラルド・トラスクはご存じですか。
メイ はい、知っております。
アーバックル 最初にミスタ・トラスクと会ったのはいつでしょうか。
メイ 一九〇〇年三月でした。
アーバックル それはミスタ・ストリックランドを知る以前のことですね?
メイ そうです。二年以上前のことです。
アーバックル そのときあなたは何歳でしたか。
メイ ちょうど十七でした。
アーバックル どこでミスタ・トラスクと会ったのですか。
メイ レイクウッドでした。
アーバックル では、ミセス・ストリックランド、当時のあなたとミスタ・トラスクの関係 を説明してください。
メイ とても親切で、いろいろなところに連れて行ってくれました。彼と会って十 日後に町へ帰ると、彼も戻ってきました。彼は相変わらず贈り物をよこした り、わたしを外出に誘いました。そしてある日、結婚を申し込んできたので す。
アーバックル それはいつのことでしたか。
メイ 一九〇〇年の四月のことです。
アーバックル あなたは申し込みを受け入れたのですか。
メイ 最初は断りました。待って欲しいと頼んだのです。
アーバックル 彼はなんと返事を?
メイ 好きなだけ待ってあげようと言いました。でも会うたびにその話しをするん です。どんなにわたしを愛しているかとか、どんなにわたしが大切であるか とか。とても熱心で、まじめに見えたので、わたしはつい彼の言うことすべ てを信じてしまいました。そしてとうとう根負けし、結婚を承諾したのです。
アーバックル それはいつでしたか。
メイ 五月の十九日です。彼は翌日にも結婚したいと言いました。でも家族にはし ばらくのあいだ知らせることができないというので、秘密裡に結婚しなけれ ばなりませんでした。次の日、彼は車でわたしを迎えに来ました。ロング・ アイランドのグレート・ネックにあるホテルに行く、そこで牧師と会う手は ずなのだと言うのです。わたしたちはその晩の七時頃にグレート・ネックに 着きました。
アーバックル (間を置いて)それで?
メイ 次の日の朝、わたしたちは部屋で朝食をいただくはずでした。
(幕が降り始める――暗転――幕)
第二場
(下手からノックの音が聞こえる。幕が上がる。明転。メイが上手から登場)
メイ すぐ行きますから。すぐ。(下手のドアを開ける)どうぞお入りになって。
ウエイター (朝食を持って入ってくる)朝食をお持ちしました、奥様。
メイ そこに置いてくださいな。
ウエイター 食卓を整えましょうか、奥様。
メイ 結構よ。
(ラッセル、花束を持って登場。ウエイターは下手から退場)
ラッセル おはようございます、ミセス・トラスク。
メイ あら、おはようございます、ミスタ・ラッセル。
ラッセル 朝食の仕度を監督しに参りました。お祝いの席にしようと思いまして。
メイ (笑いながら)そうね。これが最初の朝食なんですから。
ラッセル 料理長には腕によりをかけて作れと申しつけました。
メイ まあ、ミスタ・ラッセル、気を遣っていただいて。
ラッセル (花を差し出して)これは婚礼の花束です。お二人に幸せが訪れますように。
メイ ありがとう、ミスタ・ラッセル。きれいだわ。
ラッセル 当ホテルの庭から取ったものです。どうかわたしにテーブルの仕度をさせて ください。
メイ あら、いけないわ。わたしにさせてくださいな。
ラッセル それでは、どうぞ、朝食をお楽しみください。
メイ そうさせていただくわ。もう一度お礼を言います。(花を手に持って)
トラスク やあ、ラッセル!(下手から登場)
ラッセル (ドアのところで)おはようございます、ミスタ・トラスク。(下手から退 場)
メイ ジェラルド、見て、このきれいなお花。ミスタ・ラッセルが持ってきてくれ たの。すてきじゃない?
トラスク いいね。
メイ なんて親切な人なんでしょう。
トラスク 君を見ると親切にせずにはいられないのさ。
メイ そのお世辞にお花を一本あげるわ。
(彼の上着に花をさす)
トラスク あの朝飯はやけにいいにおいがするな。
メイ 今までどこに行っていたのか言わなきゃ食べさせてあげないわよ。
トラスク 車を直していたんだ。
メイ ずいぶん長いことかかったわね。
トラスク たった十五分さ。
メイ たった十五分! まあ、一生分の長さだわ。戻ってこないのかと思ったくら い。
トラスク (笑いながら)そんなこと考えたのかい?
メイ ええ。そうなったら大変なことになるわね、新婚初日だというのに。
トラスク ああ。祭壇の前でお別れじゃあな。
メイ あんなに長い時間どこかへいっちゃうなんて、お仕置きものだわ。(花を花 瓶に生ける)
トラスク お仕置きは勘弁してくれ。腹のすいているときに叱られるのは大きらいさ。 (テーブルクロスを手にする)
メイ 二度としないって約束する?
トラスク ああ、約束する。
メイ あら、それだけじゃだめよ。「絶対、絶対、絶対そばを離れません、命のあ るかぎり」って言わなきゃ。さあ、言って。
トラスク 絶対、絶対、絶対離れません――なんだったっけ?(二人でテーブルクロス を敷く)
メイ 「命のあるかぎり」
トラスク 命のあるかぎり。これでいいかい?
メイ いいわ。それから、「許してください」って言うの。
トラスク 許してください。
メイ 「いとしいメイ」。
トラスク いとしいメイ。(キスをし、両者、テーブルの両側に立つ)
メイ あら、あなたガソリンの味がする。
(朝食の準備)
トラスク そうだろう。車を満タンにしていたから。(下手に行く)
メイ どうして?(下手に行く)
トラスク 午後、出発するんだ。(グレープフルーツをテーブルに置く)
メイ 出発するって、どこへ?
トラスク 君の好きなところへ。
メイ どうしてここを出るの?
トラスク ここには面白いものなんかない。退屈だよ。
メイ でもわたしは気に入ったわ。これからはずっとわたしにとって神聖な場所よ。 わたしたちが結婚した所なんですもの。二人の人生でいちばん幸せに満ちた 場所だわ。(ナイフ、フォーク、ナプキン、トーストを置き、テーブルの上 手側に行き、食卓を整える)
トラスク もちろん君の言うとおりさ。だけど、やっぱり活気がないな。(オムレツを 取る)
メイ ジェラルド、これからときどきこっそりここに来ましょうよ。あなたとわた しと二人きりで。そして今日のことを思い出して過ごすの。どう?
トラスク ああ。そいつはいいな。(コップ、受け皿、大皿、クリーム、コーヒーを置 く)
メイ 不思議な気がしない? きのうはここが変な名前の場所にすぎなかったのに、 今は世界でいちばんいとしい場所なのよ。とっても幸せだわ、ジェラルド。 まだ公表しちゃだめなの?(二人は抱擁する)
トラスク ああ。まだまだだめだよ。
メイ 家族がこういうことに介入するのって間違っていると思うわ。二人が愛し合 っているなら、ほかの人にいちいち相談する必要はないと思うの。(テーブ ルに花瓶を置く)
トラスク みんながみんな、そういう考えじゃないのさ。(砂糖、塩、こしょうを置く)
メイ 公表できたらいいのに。(テーブルの上手側に座る)自分がどんなに幸せか、 みんなに話したくてうずうずしているのよ。
トラスク 誰にも一言も言っちゃいかんよ。
メイ ええ、言わない。約束したもの。でも牧師が誰かにしゃべるかも知れないわ、 ジェラルド。牧師のなかには噂好きの人もいるから。
トラスク 話さないように言い含めておくさ。(バター皿を置く)
メイ なんていう名前なの?
トラスク 牧師かい?(テーブルの下手側に座る)
メイ ええ。
トラスク ええと、スミス。ウォルター・スミス。
メイ いい人?(コーヒーを注ぎ、砂糖、クリームを入れる)
トラスク ああ、いいやつだよ。
メイ 親友なんでしょう?
トラスク ああ、大学のクラスメートさ。
メイ よかった。
トラスク どうして?
メイ 知らない人よりずっといいわ。そう思わない?
トラスク ああ、もちろんさ。だからあいつに頼んだんだ。
メイ もうすぐ着くかしら。
トラスク 朝のうちにって言っていたがね。
メイ きのうの晩、あなたが最初に出した知らせを受け取らなかったなんて、変な 話だわ。
トラスク 変なことはないさ。女中が手渡すのを忘れたんだろう。それだけのことさ。
メイ 電話したときは、もう遅すぎて、ここに来られるような時間じゃなかったけ ど。
トラスク うん、そうだったね。真夜中近くだったから。無理強いはできなかった。
メイ きのうの晩に来てくれたらよかったんだけど。
トラスク ああ、来られなかったのは残念だ。
メイ なんとなくいやな感じがするわ。
トラスク どうしてだね。ほんの数時間早かろうが遅かろうが、なんの違いがある?
メイ そりゃ、そうだけど。でも近くの誰かで間に合わせてもよかったと思う。
トラスク あたってみたって言ったじゃないか。結婚式を挙げられる牧師は一人しかい なくて、たまたま集会とかで、いま町にいないんだ。しかし君が気に病むと 分かっていたら――。
メイ あなた、怒っていないでしょう、ねえ。(立ち上がってテーブルの背後に立 つ)
トラスク もちろん、怒っちゃいないさ。君の気持ちは理解できるよ。しかしあんなも のは結局、形式だからな。
メイ それもそうだわ。わたしってばかね。でもそんなわたしをあなたは辛抱強く 見守ってくれる。ねえ、ジェラルド、わたし、ときどきあなたが怖いような 気がするの。
トラスク とんでもないことを言うなあ! なぜだい?(オムレツを皿に取り分ける)
メイ あなたはいろいろなことを知っているんだもの。(テーブルの上手側に座る)
トラスク そんなの、怖がる理由にならないよ。(メイに皿を渡す)
メイ それは分かっている。ジェラルド、ほかの女の子が好きになったことがないっ て本当?
トラスク 君、そのことはさんざん言ったじゃないか。信じられないのかい?
メイ もちろん信じているわ。でもあなたがわたしと恋におちるなんて、すごくお かしな感じ。ほかにもたくさん女の子と会っているでしょうに。
トラスク ああ。でも君のような人には会ったことがない。
メイ うんと大切にしてくれるわね?(彼の手を取る)
トラスク 言ったじゃないか。
メイ それから優しくしてくれるわね。
トラスク わたしにできるかぎり。
メイ そしてずっとわたしを愛してくれるわね。
トラスク 生きているかぎり。これも言ったね。
(二人、見つめ合いながら飲み物を飲む)
メイ (間を置いてから、上手の窓辺に)ミスタ・スミスったら、早く来ないかし ら。
トラスク なんで遅れているんだろう。
メイ 電話したほうがいいんじゃない?
トラスク いや。もうちょっと待とう。
メイ 来なかったら、どうするの?
トラスク どっちにしろ、午後にはここを離れないとならないな。
メイ でも結婚しないで離れるわけにいかないわ。
トラスク どうしてだい?
メイ どうしてって! ジェラルド、あなた、きっと結婚したくないのね。
トラスク そのことは納得したと思ったんだけどな。
メイ 分かってるわ。でも――。
トラスク いったいなにを心配しているんだね。たかが儀式じゃないか――形式にすぎ ないよ。
メイ 分かってる。でも女は男の人とは違う見方をするのよ。
トラスク だがねえ、友だちが来ないなら、ここで結婚はできないじゃないか。
メイ だれか見つからないの――。(テーブルの上手側に座る)
トラスク 無理だよ。誰もいないんだ。それにここじゃ指輪も買えやしない。
メイ あら、指輪を用意してないの?
トラスク ああ、忘れたんだ。でもだいじょうぶ。ウォレスに一つ持ってきてくれと頼 んだから。
メイ ウォレス? さっき名前はウォルターだって、言わなかった?
トラスク そうだよ。ウォレスはわたしがつけたあだ名なんだ。あいつはスコットラン ドの先祖をえらく自慢しているからね。
メイ そうだわ! ジェラルド、わたし、金のプレーン・リングを持っている。取 ってくる。(上手から退場。間を置いて下手のドアをノックする音)
トラスク 入りたまえ。(ラッセル、電報を持って登場)やあ、ラッセル。そこに持っ ているのはなんだい?
戦地からの特電かい?
(メイ、上手から登場)
メイ ジェラルド、見て。これで間に合うと思うわ。(中央上手寄り前方へ)
ラッセル これを説明していただきたいですな。(電報を読む)「到着するまでメイ・ ディーンを留め置かれたし。ジェラルド・トラスクと一緒にいる――ヘンリー ・ディーン」
メイ お父さんからだわ!
トラスク (メイにむかって怒鳴る)どういうことだ?
メイ 分からないわ、ジェラルド。どういうことなのかしら。
トラスク おやじにしゃべったのか。
メイ 言わなかったわ。
ラッセル ミスタ・トラスク、どういうことです?
トラスク なにがどういうことなんだ?
ラッセル こちらの女性はあなたの奥さんなんですか、それとも違うのですか。
トラスク そんなこと、君になんの関係がある?
ラッセル おおいに関係があります。あなたがたは夫婦であると記載なさった。
トラスク それでなにが心配なんだ?
メイ ミスタ・ラッセルに説明してあげなさいよ、ジェラルド。(トラスク、上手 の窓のほうへ行き、外を見る)わたしたち、これから結婚するんです、ミス タ・ラッセル。きのうの晩、式を挙げるはずだったんですけど、牧師さんが いなくて。
トラスク 黙っていろ、メイ!
ラッセル そうでしょうな。ここから一マイル近辺に牧師は六人といないでしょうから。