腕くらべ

Part 5

Chapter 5 14,260 words Public domain Markdown

二三日たつと都新聞に「狂亂心の駒代」といふ見出しで一段半程の艷種が出た。去年の秋歌舞伎座の演藝會で保名の狂亂今年の春は隅田川、二度つゞいての狂亂に當りを取りめつきり賣出して今では新橋中この名妓ありと誰知らぬはなき尾花家の駒代が、しかも芝居の初日の夜、大事な〳〵濱村屋の太夫を橫取りせられ寢やうとすれど寢られねば日の出るまでも待ち明かす、あらうつゝなの妹瀨川、土人形にあらざれば悋氣もせずにおとなしう此の儘だまつちや居られぬと、舞のお扇子踏みしだき狂ひ狂ひし一夜の始末、すべて保名の淨瑠璃|深山《みやま》櫻《ざくら》兼及《とゞかぬ》樹振《えだぶり》の文句をもじつた記者先生が筆のいたづら。然しこれだけの事なら元より眞僞は不明な新聞の記事。浮いた家業の仲間には更に珍しい筈もないので、普通《あたりまへ》ならば噂されるそばから直ぐに忘れられてしまふのであるが、不思議にも今度の事のみは湯屋、髮結、茶屋の箱部屋、師匠の稽古場なんぞ、およそ藝者の集る處には日を經るに從つていよ〳〵噂が噂を產んで行くのであつた。それは新橋から見物に行つた連中が誰も彼も一人として君龍の姿を見ないものはない。大入つゞきの興行はいつかもう中日近くなつてゐるのに、お前さんもかい、私もよと云ふやうに、君龍の姿は初日以來每日每日桟敷にあらざれば廊下樂屋にあらざれば茶屋か食堂、劇場内の何處かで必ず見掛けられるといふ事と、初日二日目には見られなかつた立派な緞帳幕、濱村屋太夫さん江として湊屋の力次を筆頭に其の家の抱五人の名を縫つたのが何でも四日目か五日目頃から中幕二十四孝の時に引下されるやうになつた其等の爲めであつた。する中に誰が云出すともなく濱村屋の太夫は來年の春先代菊如の名を襲ぐ折に君龍さんを女房にするとの噂が立始めると、現にもう取かはされた結納の品物まで見て來たやうな事を云出すものも出て來る。二人の夫婦約束は以前君龍が藝者に出てゐた時分からとうにできてゐたのだと傳へるものもあつた。 この最後の噂は誰の耳にも至極尤らしく聞えた。と云ふのは昨日の浮いた噂が今日の結婚談になるのには何ぼ何でも事があんまり早過るやうに思つた連中もこれによつて始めてどうやら合點が行くからである。

駒代はこの噂を聞くと共にいよ〳〵もう自分は駄目だと覺悟した。瀨川の方では此上もない便利な口實として此の噂を申譯にした。されば二人の間にはこの噂が果して事實であつたか否かについては一度も爭論されずにしまつたのである。一圖にさうと思ひ詰めて逆上《のぼせ》きつた駒代は男の薄情を怨んで泣く。男の方は逢ふ度每に怨まれ泣かれするのが辛く、言譯してもなか〳〵承知しないまゝについ持て餘して逃足を踏む。それに引替へ君龍の方は新手の勢何一ツ厭な事云ふ譯もないので、駒代との間がもつれゝばもつれるほど君龍との情交は濃《こまやか》になるばかり。或日二人はかの久津輪と云ふ待合で、 「世間ぢや專ら僕逹は結婚するんだつて言つてるぜ。何かと云ふとすぐ結婚の評判だ。」 「ほんとに御氣の毒さまですね。」 「お前さんこそさぞ御迷惑でせう。相濟みません。」 「あら。どうして私が迷惑なんです。伺ひたいもんですね。」 「かう評判になつちまつちや、當分お前さんこそ何處へも行かれやしないぢやないか。」 「ですからさ。私はまことに兄さんに御氣の毒だと此方からさう云つてゐるんぢやありませんか。折角駒代さんと云ふ方がおあんなさるのに私が出た爲めに、その方の事がどうかなるやうだつたら私はほんとに申譯がありませんわ。」 「駒じるしの話は禁句だよ。だが不思議な話があるもんだね。お前さんと私とはずつと以前に、お前さんが力次さんの家にゐた時分夫婦約束をしたんだツて云ふ評判だよ。お前さんは其中旦那が出來て身受をされたんで一時別れ〳〵になつてゐたんだとさ。力次さんもなか〳〵人が惡いよ。現にその事を力次さんに眞實《ほんと》か虛言《うそ》かツてきいた藝者衆があるんだとさ。すると力次さんはそれア全くだつて云つたさうだ。僕も人から何の彼のと聞かれると面倒臭いから皆ほんとうだつて、さう云ふのよ。駒じるしにもさうだと云つてやつたよ。」 「さうしたら、どうしました。」 「どうしたか、それきり逢はないから知らない。」 「全く不思議ねえ。全く昨日今日のやうな氣がしないわね。どうしてこんなに成つてしまつたんでせう。兄さん。」 「何だい。」 「兄《にい》さん。ほんとうに末始終見捨てないで頂戴よ。」と君龍は女心の譯もなくほろりと淚を落した。

瀨川は其夜誘はれるまゝに以前は妾宅であつた濱町なる君龍の家に泊ると、一晩が二晩三晩になり遂に其のまゝ其處から芝居へ出勤するやうになつた。すると男衆の綱吉に車夫の熊公二人がつゞいて其方《そつち》へ引取られた。奧役始め其他芝居の關係者で瀨川に急な用事のあるものは自然濱町の家へ尋ねて行く事になるので、築地の住居は隱居所、濱町は表向門札こそ出さぬがどうやら本宅らしく、いつも丸髷に結つた君龍はもう事實の女房である。 すると繼母のお半は何がさて置き君龍の財產を賴母しく思つた爲か、わざ〳〵濱町の方へ出向いて來て何分にもどうぞ忰をよろしくとの賴み、やがて返禮に來た君龍をば下へも置かずもてなした處から、君龍の方でも實の母同樣に慕はしく思込むと云ふ風、二人は忽連立つて新富座のみならず帝國劇場や市村座なんぞ他の芝居へも見物に行く間柄になつた。

此の間に湊屋の力次は新橋の茶屋々々藝妓仲間を始めとして知合の役者藝人逹へも何とつかず遠廻しに君龍の方へ利益のあるやうな、同情のよるやうな噂の種をば絕えず振り蒔いてゐた。

二十 朝風呂

午前《ひるまへ》の十一時頃、丁度浴客の途絕えた日吉湯の大きな湯舟を唯一人わが物にして、いかにも好心持さうに暖《あつた》まつてゐるのは、尾花家の主人吳山老人。アゝゝゝゝと遠慮なく大きな叭《あくび》と諸共痩細つた兩腕拔ける程に伸びをした後、高い天井の明《あか》り取窓《とり》から麗《うらゝ》かな冬の日の斜に、まだ汚れぬ新湯の中へさし込んで來るのを面白さうに眺めてゐた。折から、がらりと表の硝子戶を明けて這入《はい》つて來た四十|面《づら》、色黑く頸筋逞しく肩幅も廣いのに、似もつかぬお召の一つ小袖、襟垢少々目に立つをぞろりと着流し、前の方だけ角帶の體裁をなした縮緬の兵兒帶、羽織は着ず鼻下には薄髯大事さうに生やした樣子、新聞記者とも代言人とも見えずさりとて元より堅氣の人とも受取りにくい。着物をぬぎながら壁にかけた芝居寄席なんぞの番付、眺めると云ふよりは檢閲するとでも云ふやうな癖のある眼付で橫目に睨み、中仕切の硝子戶手荒く明け放つて、大股に浴槽へ步寄り身體《からだ》をしめしかける處へ、中から吳山老人思ふさま暖まつてぬつと立上る。顏を見て此方《こなた》は、「や。」と無造作に書生風の挨拶。そのまゝ飛込まうとしたが、ちと熱過ぎて這入り兼ねる樣子。吳山はわざと當付けたやうに、 「寶家《たからや》さん、湯は錢湯にかぎるね、便利なやうだが家の風呂桶ぢや鼻唄も出ねえ。」と又もや出かゝる叭《あくび》を嚙みしめるも道理、吳山は別に怨も何も無いが唯何となしに寶家の亭主の樣子が嫌ひなのである。舊《もと》は壯士役者の下廻とやら、つい四五年前までは寶家と云へばお客も、藝者も、あゝ彼の家かと新橋中知らぬものなき水轉屋、その爲め忽の中に身代をこしらへたとなると、今度《こんど》は俄に藝のいゝもの二三人を抱えて、目ぼしい茶屋々々へは心付《こゝろづけ》を惜しまず、いつの間にやらすつかり店を出し直し、去年組合にごた〳〵があつて世話人改選の折運動して其の一人となり、そろ〳〵羽振をきかし始めたのである。當世の新聞言葉を借りて云へば寶家の此の發展振りが、吳山老人には何處となく當世成上り紳士の成上り方と同じやうな氣がして胸が惡い。初手は見得も糸瓜もかまはず、さもしい事の有りたけ爲盡して少し工面がよくなると、忽ち利目《きゝめ》々々へ金で手を廻し、以前の身分を忘れて大きな顏をし出す。それも政治家實業家株屋なんぞならばまだしもの事、全體藝者家の亭主なんぞといふものは粹が身を喰つた果の洒落半分、萬事垢拔のしたものと、吳山は若い時分の考へが今だに拔けぬ處へ、寶家の亭主の風を見れば第一に鼻の下の髯からが氣に入らず、世話人になつてからの働きやう、會計報告だの何だのと組合の相談をば株式會社の總會かなんぞのやうに、何かと云ふとすぐに演舌口調で辯じ立てる、それが唯片腹いたくて成らないのである。

然し寶家の方ではそれほど嫌はれてゐるとは氣のつかぬか、或は氣がついてゐても押の太いと如才ないとが成功の秘訣と上手《うはて》に出て行くつもりか、老人が叭《あくび》かみしめながらの生返事も一向平氣で、 「先生、席亭の方はあれ以來ずつと御休業ですか。」と湯船の中から話しかける。 「もう此の年になつちや出たくも出られませんや。」と老人は流しへ坐つてあばら骨の出た橫腹を洗ひながら、「出た日にや席亭は迷惑、御定連は猶御迷惑だ。」 「近頃はいゝものが掛らないせいか寄席は淋しくなりましたな。時に先生、實は其中御相談に上らう〳〵と思つてそのまゝ私もいそがしいもんで……。」と寶屋はそれとなく四邊を見廻したが、元より男湯には二人きり、女湯は寂として物音なく、番臺の上には婆さんが眼鏡をかけて一心にときものをしてゐる。 「實は何ですよ。是非一つ世話人になつてお貰ひ申さうと云ふんです。席亭の方をお休みなら自然お暇もありませう、是非一ツ吾々の事業を助けて頂きたいんだが……。」とそろ〳〵例の演舌口調。寶家は組合中へ自分の勢力を張るには自分より古顏の世話人を段々によさせて、其代りに毒にも藥にもならない人物を推薦しつまり自分一人いゝやうにしようといふ下心。吳山は新橋中では一二と數へられる古看板尾花家の名前主、頑固一點張の意地の惡い爺で通つてゐるが、然し其の代に極く淡泊で慾と云ふもの微塵もない善人である事も土地のものはよく知つてゐるので、寶家は自分の舌三寸で云ひまるめこの爺を世話人の數に入れゝば、こまかい事は却て面倒がつて口を出さぬは知れてゐるので結句なまじつかな者に出られて權力爭ひをされるよりは餘程ましだと考へてゐる。それと知つてか吳山は情《すげ》なく、 「いや、そいつア御免を蒙りたいよ。家《うち》の嚊も近頃はめつきり弱つてゐるし私《わし》だつてもう取る年だ。とても世話人は勤まりやせん。」 「困《こま》つたな。兎に角尾花家さんと云へば土地の古顏だ。何しろ人望家だから……。」 其時三助が「大分お寒くなりました。」と寶家の脊中を流しに出て來たので、寶家はそれなり話を中止する。折から相前後して這入つて來る浴客の一人は金緣の眼鏡をかけた色の生白い三十年輩、土地で金滿家と云ふ評判の女髮結お幸さんの男妾同樣の亭主。舊《もと》は活動寫眞の辯士とやら。他の一人はでつぷり肥つて頭の禿げた五十前後、市十といふ鳥料理屋の親方である。病氣らしい十二三の男の兒の片足俗に云ふ家鴨足になつたのを連れ、いづれも知合つた近所の人とて互に今日は〳〵はと挨拶しながら浴槽へはいる。自然話は二手に分れた。市十は吳山を相手に、髮結の亭主は寶家と、これは各地の藝者のはなし。やがて寶家は何か思出したやうに、 「近頃は新橋にもさう云ふ藝者が現はれたんで、實は内々組合の中でも土地の名譽にかゝはると云つて苦情を云ふものも有る始末さ。」 「へえ、何て云ふ藝者だね。」 「まだ御存じがないのかね。蘭花ツて云ふのさ。」 「どこの抱《こ》だ。」 「弘めをしてからまだ物の一月もたちやしないんだが、もう新橋中知らねえ者はねえ位だ。」 「へえゝ。話を聞いたゞけでも凄《すご》いねえ。」と髮結の御亭主興に乗って顏に塗つた石鹼の眼にしみ入るのも洗ふ間《ひま》なく、「どんな女だい。いゝ女かい。」 「いけない〳〵うつかり好いなんぞと云はうものなら、後でお幸《かう》さんに恨まれる。」 「さう云はれると猶の事見たくなるねえ。」 「はゝゝゝは。吾輩《こちとら》が見ちやテンデ藝者になつてやしねえ。まア二度びつくりの方さ。然し評判といふものはおそろしいもんだ。彼方《あつち》此方《こつち》で寄ると觸《さは》ると變な藝者だ、變なまねをする藝者だといふのが評判になつて、忽ちの中に賣出したんだからな、隅にや置けねえ悧巧な女さ。」 「一體どんな事をするんだい、裸體踊か。」 「裸體《はだか》にや違ひないが、雨しよぼ見たいな下等な踊ぢやない。實は僕も家《うち》で妓《こども》に聞いた話なんだから、しつかりした事ア知らないが、踊るんでも何でもない、一|口《くち》に云へば唯お座敷で裸體を見せるんだね。西洋の寄席にやさう云ふ藝をするものがいくらもあるんだとさ。西洋のこれは何處《どこ》其處《そこ》の何と云ふ名高い石像で御座いとか何とか口上を云つて其の通りな形をして見せるんだとさ。眞白な肉襦袢を着て髮の毛も石像に見える樣に眞白な鬘をかぶるんだとさ。だからね、此奴《こいつ》アうつかり苦情も持込めないんだ。兎に角新しい女とか云ふ奴で、理窟を云はせちや切《きり》のねえ奴《やつ》に違ひない。現にお座敷で大層な事をぬかしてるさうだ。每年文展で裸體畫問題が起るのは要するに日本人には裸體の美がよく分らないからだ。實に歎はしい事だから上流の紳士に美術的修養をさせる爲めにかう云ふ事を思ひ立つてやり始めたんだと言つてるさうだ。」 「へえ、大變なものが現はれたもんだな。ぢや、兎に角僕も一ツ美術的修養をしに行かうや。」 「振《ふ》りで掛けたつて來《き》やアしないとさ。何でも每日お約束の三ツ四ツもあるんだつて云ふ事だ。馬鹿々々しいぢやないか。」此方は鳥屋の市十と吳山。そんな色つぽい話とはちがつていづれも年寄の愚痴話。濕つぽい因果話である。 「この兒も今年十二ですがこの始末ぢやア仕樣がありやせん。此頃ぢや小學校もよさせました。」と市十は靑ざめた忰の背中を流してやりながら、「やつぱり殺生の報なんでせう馬鹿にや出來ません。」 子供は足のわるいばかりでなく全身の發育も甚だ不充分精神の働きも餘程萎微してゐるものと見え、氣のぬけたやうにぼんやりして別に物も言はねば惡戲《いたづら》もせず、唯うつとりと有らぬ方を見詰めてゐる。吳山はいかにも氣の毒さうに親子を見くらべながら、 「昔からよくそんなことを云ふが、それがほんとうだつたら魚河岸の若衆はみんな片輪でなくちや成らねえ筈だ。鰻屋をすると矢張いけないと云ふものがあるが、鰻も肴も生物に變りはねえ。氣は病ひだよ。現に私なんぞも矢張忰の事ぢや今だに泣かされてゐるのさ。」 「瀧次郞さんと云ひなすつたツけね。どうしましたい。」 「いやはやお話にやなりません。三年前にちよつと噂をきいた時にや、何でも公園の銘酒屋にゐると云ふ話だつたから、餘所《よそ》ながら樣子をさぐり意見のしやうもあればして見やうと、一時は思ひ切つた忰だが、そこは血を分けた親の情だ。私やわざ〳〵たよりたよつて近所の銘酒屋へお客のふりをして上り込んだよ。」 「ふむ。親の身になりや誰しも同じ事だ。」 「私《わし》ア近所の評判をきいてがつかりしたね。これア天魔が魅入つたにちげねえ。なまじ顏を見たり意見をしたりすれア思ひがますばかりで、とても望のねえものならこれア矢張後生のさわりの無えやうに此儘逢はずにしまふがいゝと、それなり歸つて來て、私ア十吉にもその事は今だに話をしないのさ。」 「へえ、どんな事ですえ。」 「いやはや、話にも何にもなりやしません。瀧の野郞は一ツ家に寢起してゐれアまア何が何だらうとまアおのが女房も同樣だ。その女房同樣の女がお客を取るのを見ても平氣の平左衞門どころの事ぢや無え。自分《うぬ》が先へ立つて知合の友逹へ出すやら、又其の女をば途法もねえ活動寫眞の種に使つてお上の目をぬすみ、取つた金は右から左へとみんな博奕に使つてしまふんだと云ふ話さ。近所ぢや同じ家業の白首までが、瀧の事は糞味噌にわるく云つて、女が可哀《かあい》さうだと云つて居る始末さ。人間さうまで腸が腐つちまつちやもう駄目だ。乃公アその話を聞いてきつぱり見かぎつてしまつたが、行末はお上へ御厄介をかける不屆者だと思ふとどうも氣がゝりでならない。これも何十年博奕打の話で飯をくつた報かとそんな氣もするのさ。」 その時表の硝子戶をあわたゞしく引明けて、駈け込む女中らしい女、息をせい〳〵切らしながら、 「旦那、旦那、尾花家から參りました。」 「何だ〳〵。いけ騷々しいな。」 「姐さんが大變です。」 「何だ急病か。よし〳〵身體《からだ》を拭いてくれ。」

二十一 とりこみ

尾花家の姐さん十吉は既に今年の春輕くはあつたが腦溢血で出先の茶屋で倒れた事があつた。それ以來好きな酒もぱつたり止め煙草も成りたけ吸はないやうにしてゐたのであるが、今日しも午後《ひるすぎ》二時といふお座敷に間に合ふやう髮を結つて歸つて來るといきなり電話口でばつたり倒れたなり人事不省、たゞ大きな鼾《いびき》をかくばかりとなつた。

内箱のお定は丁度出先の茶屋待合へと勘定取に出步いてゐる最中、お酌二人は稽古に、花助はお參りに行つた後なので、家にゐたのは御飯焚のお重と駒代だけ、駒代も今日は新富座が千秋樂なので、そろ〳〵湯にでも行つて來やうかと鏡臺から鬘揚げを取出さうとした處へ、御飯焚が「誰か來て下さいよ」と大聲に呼び騷ぐのにびつくりして駈降るとこの始末。駒代はうろ〳〵してゐるお重をば錢湯へ走らして吳山を迎ひにやり、醫者へ電話を掛け、倒れた十吉をば居間へ連れて行きたいにも一人ではどうする事も出來ないので、奧から搔卷《かいまき》を取出して介抱してゐる中吳山とお重が息せき歸つて來たので三人してやつと一先奧の居間へ寢かしつけた。間もなく醫者が來ての診斷。今日一晩經過を見なければ何とも返事が出來ない。今のところ、なまじ病院なぞへ身體を動かしてはいけない。唯靜にぢつと寢かして置くより仕樣がないと手當の次第を吳山に言含めて歸る。やがて看護婦も來る。出てゐた家のものも追々歸つて來て看病の手順もどうやら揃ひ、ほつと息をつく間もなく、今度はそれからそれと聞きつたへて見舞に來る藝者、藝者家の亭主、待合のおかみ、幇間、箱屋の面々、格子戶の開閉《あけたて》絕ゆる間なく、電話は鳴りづめの有樣、これでは大抵丈夫な人間も病氣になる程の混雜。内箱は電話の取次に飯《めし》を食ふ暇もなく、駒代と花助は表の店口で見舞の人逹への應接にこれも煙草吸ふ暇もない程であつたが、いつか家中の電燈に灯《あかり》のつき初《そ》める頃になつて、見舞の人の出入は稍靜になつた。 「駒ちやん。今の中に何かさう云つてお腹をこしらへて置かうよ。お前さん、何がいゝ。」 「さうねえ。今日は朝からまだ何にも食べなかつたんだよ。何だか最《も》う何《なん》にもたべたくなくなつ了《ちま》つたわ。」 「洋食にしよう、世話がないから。」と立掛けた途端に電話が鳴り出した。花助は進寄つてハイ〳〵と何か受答《うけこたへ》をしてゐたが、「鳥渡待つて下さい――――駒ちやん、宜春さんのおかみさんよ。新富座からですつて。」 駒代は電話口へ出て、「あら、さうですか、何とも申譯がありません。實はね、おかみさん、家にちつと取込みがあつて――姐《ねえ》さんが病氣なのよ。それで今まで電話を掛ける暇もないんでせう。ほんとに申譯がないわ。」それから何やらひそ〳〵と暫く話をして、左樣ならと電話を切つた。 「駒ちやん、今日は新富の落《らく》だつたねえ。私やすつかり忘れてゐたよ。お前さん、行かなくつちや惡いだらう。」 「今、私《わたし》もう斷《ことわ》つてやつたわ。何ぼ何でも今日は出られないもの。」 「何《なに》、かまうものかね。素人家《しもたや》ぢやあるまいし、お座敷がかゝれば出て行くのが商賣ぢやないか。鳥渡行つておゐでよ。今夜《こんや》私は丁度、どこも受けてゐないんだから。御見舞に來る人の挨拶なら私がこゝでしてゐるからさ。構はないよ。姐さんも大分靜におさまつたらしいし、今の中ほんとに鳥渡《ちよいと》顏だけ出しておいでよ。」 「今日はまだお湯にも行かないし、髮もこんなだし……。」と駒代はまだそれ程に亂れてもゐない銀杏返の眞中を指で摘んで、わざと毀《こは》すやうに手荒く搖動《ゆりうごか》し、じれつたさうに頭を振つて、「先《せん》の中《うち》見《み》たやうなら、それアどんな無理をしても行かなくつちや惡いけれど、何しろ先《さき》が先《さき》だもの張合がありやしないわ、なまじツか顏を出して厭《いや》な事を見たり口惜しい事を聞いたりするよりか、私や一層もう何處《どこ》へも行かないでゐる方がいゝわ。」 「お前さんはそれだからいけないんだよ。そんな氣の弱い事を云つてゐるから、いゝ氣になつて勝手なまねをするんだよ。私なら人の前だらうが何だらうが構やしない、どし〳〵面《つら》の皮を引ン剝《む》いてやるから……。」 「いくら何をしたつて、心變りがしちまつたものは仕樣がありやしないわ。私アもう、つく〴〵懲りたわ。」と駒代はきつと思詰めたらしい調子で、「花ちやん、私ア兄《にい》さんがいよ〳〵さうと極《き》まれば、何ぼ何でも氣まりがわるくつて人樣にだつて顏向けが出來ないから、もう此の土地にや居ないつもりよ。」 「まアこの人は、物事を惡い方にばつかり考へるんだよ。男つてものは新色が出來ると其の當座は誰しも夢中になつて逆上《のぼ》せるものだとさ。だけれども元木にまさる裏木はないやね、ぢつと辛棒さへしてゐればいつか實意が通るからさ。まア何の彼のと云つてゐないで、早く鳥渡顏を出しておゐでよ。惡い事は云はないから……。」 駒代は行くの行かないのと口では云ふものゝ矢張行かない中はどうも氣がすまないので、花助にかう云はれて見ると今まで我慢して居たゞけに猶更矢も楯もたまらぬやうな氣がしだして、 「それぢや私《わたし》鳥渡行つて來やうか知ら。姐さんは大丈夫だらうね。」 「用があれば私がすぐ電話を掛けるよ。」 「花ちやん、ほんとうにすまないわね。」 駒代はそつと勝手へ行つて自分から癖直しの湯を取り靜に二階へ上つて鏡に向つたが、今日に限つていつも騷しくて仕樣のない程な二階に人氣のない淋しさ、煌々とつけ放《ぱな》しになつた電燈のわが向ふ鏡の面に輝くのも氣のせいか薄氣味が惡い。いつもなら箱屋に着せて貰ふ着物も簞笥から一人で取出し何も彼も一人でする身仕度、帶のしまりやら衣紋のつくりやう何となく心持が惡いながら、駒代は人氣のない二階の寂しさに少しも早くと逃げるがやうに立掛ける。その足元にばたりと落ちた長いもの、はつと思はず後じさりして能く見れば、赤銅《しやくどう》色《いろ》繪《ゑ》細具《ざいく》の糸車の金具をつけた自分の帶留であつた。これはそも〳〵兄《にい》さんと馴れそめた當初、宜春を出て散步ながら家の角まで兄《にい》さんに送られて歸つて來る道すがら通りかゝる竹川町の小間物屋濱松屋の格子戶口、兄さんはがらりと明けて内へ這入り、いろ〳〵珍しい袋物や金具を見せて貰つた折、糸車の金具が目につき駒代は嬉しい一糸の名に緣があるからと早速それを買取ると、兄さんは駒代にちなむ春駒の金具をさがし出した。濱松屋といふのは兄さんの家へは先代の時分から出入する小間物屋で、成田屋音羽屋高島屋立花屋をはじめ名高い藝人衆の腰のもの懷中のものはこゝでなければ成らぬ樣になつて居るとやら。

駒代は足元に落ちた大事な糸車の帶留を取上げ締め直さうとしてよくよく見るといつどうしたものか裏座の具合が惡くなつてゐて、〆めてもすぐにはづれてしまふ。何かとつまらぬ事が氣にかゝる矢先、駒代は云ふに云はれぬ淋しい厭《いや》な氣がしたが、どうする事も成らぬので、以前から持古した眞珠の帶留にしめ替へて、梯子段踏む足音も忍び〳〵悄然《しよんぼり》と出て行つた。 やがて向うへ行きつくと駒代はすぐに今日ほど間の惡い厭な日はない、矢張《やつぱり》あれが爭はれぬ前兆であつたと獨りで思詰めてしまつた。まづ茶屋の店口へ車を乗りつけても時刻ちがひの事とて誰も出迎へるものがない。仕方がないので默《だま》つて上《うへ》へあがり暫く待つてゐるとやつとの事で知つた顏の女中が急しさうに二階から下りて來たので、案内してくれといふと先程宜春のおかみさんがお歸りの時もう後からは誰も來ないからと云ふので、場所はたつた今よん處ない外のお客へ廻してしまつたとの事、女將《おかみ》が出て來てひたあやまりに謝罪《あやま》り、やがて別の穴をさがして其處へ駒代を案内したが、それは新高のしかもずつと末の方なので、とても氣まりが惡くつて駒代は一人ぽつねんと坐つては居られないやうな氣がしたのでその儘廊下の通口に佇立《たゝず》みそつと場内《じやうない》をのぞくとすぐ目についたのは東の鶉の中程に色敵の君龍が赤い手柄の大丸髷、並んで湊家の力次と久津輪の女將。それから瀨川の繼母お半までが一|緖《しよ》になつてゐて、何やら睦じ氣に話をしてゐる樣子。駒代は君龍が已に繼母のお半までをあのやうに抱込んでしまつたのかと氣がつくと、實に何とも云へない程情ない心持になつた。駒代の目にはお半と君龍の話合つてゐる樣子が既に仲のよい嫁姑であると云ふやうに見え、自分はいつか知らぬ間に赤の他人にされてしまつたやうな氣がしたのであつた。悲しいのも口惜しいのも既に通り越してしまつたものか淚さへ出ず、唯大勢知つた人に顏を見られるのが耻しく辛い氣がして、駒代は丁度幕の明いてゐる舞臺の狂言は何であつたか其樣《そんな》事《こと》にはもう氣がつかず、夢中に芝居を出て一目散に家へ歸り、二階へ上るが否や鏡臺の前へ突伏《つツぷ》した。

二十二 何やかや

尾花家の十吉は倒れてから三日目の曉方とう〳〵あの世の人になつた。菩提所なる四谷鮫ケ橋の○○寺といふへ葬り初七日の法事もすまし香奠返の袱紗饅頭もくばり終つて萬事の後片附もやう〳〵濟んだかと思ふと、今度は忽ちさし迫る年の暮。商賣の事は幸物馴れた箱屋がゐるとは云へど、何しろ姊さんがなくなつてしまつた後、吳山老人|一人《ひとり》では抱《かゝへ》の藝者半玉に着せる春の仕度もどういふ風にしてよいやら、萬事途法に暮れるのみなので、吳山は既に初七日の夜懇意な人逹の寄合つたのを幸ひ、此の先男の手一つではどうにもならぬから、藝者家は此の儘望むものに讓るか賣るかして、自分はどこかの二階でも借りもう一度高座をつとめて、この先長からう筈もない餘命を送らうと、それとなく決心の程を漏したのであつた。

出先の茶屋々々へ歲暮の進物は箱屋のお定が昨夜殆ど寢ずに始末をつけ、今日は午前の中にまづ重な處へ配つて步いた。吳山は每日のやうに用簞笥や文庫の中の書付を調べるのに忙しい折から、冬の日ながらも額に汗をかきつゝ歸つて來たお定の樣子。 「いろ〳〵御苦勞だつたな。」と吳山は枠の太い眞鍮の老眼鏡をはづして、「大抵にして休むがいゝぜ、あんまり身體《からだ》をつかひ過ぎて、こゝでお前に寢られでもしやうものなら、それこそ法がつかねえからな。時にお定、手がすいてゐるなら鳥渡此方へ這入《はい》つてくれ。まだいろ〳〵と聞いて置きたい事があるんだ。」 「なんで御在ます、私で分ります事なら。」 「實は藝者衆の始末だがな……二階ぢやアもう大槪の事は知つてゐるだらうな。まだ改めて咄しはしねえのだが、てんでに何か相談でもしてゐる樣子か。」 「花助さんは旦那からお話があれば何處か外の家へ住替へやうと云つてゐましたつけ。」 「さうか。菊千代は好鹽梅に去年身受になつたし、今のところは花助と駒代と二人、後は小さいのだから此アどうにでもなるだらう。」 「駒代さんは何ですか田舎へ行きたいつて云つてるさうです。」 「なに、田舎へ行きたいつて。氣でもちがつたんぢやねえか。乃公《おら》アいよいよ駒代が濱村屋の家へ乗込むと云ふ事に咄がきまれば、これアこゝだけの話だが……此の際の事だ。丁度いゝから證文位はきれいに卷いてやらうかと思つてゐるんだ。」 「あら旦那、もうそんな景氣のいゝ話ぢやありませんよ。もうとつくに駄目なんですよ。」 「へえ、さうかい。切れたのかい。乃公《おら》ア事によつたら及ばずながら仕度もしてやりていと思つてゐたんだが、もう緣が切れちまつたのか。」 「その邊《へん》のとこはよく分りませんが、兎に角おかみさんにや到底《とても》六ケ敷さうですね。」 「さうかい。これだから、萬事年を取つちや不可《いけ》ねえや。色ツぽい話と來たらちつとも樣子がわからねえ。」 「濱村屋さんのおかみさんには、何ですか、來春早々以前湊屋で君龍さんと云つた人がなるんだつて、彼方でも此方でも大變な評判です。」 「ふうむ。さうか。それで此の土地にや居られねえから田舎へ行かうと云ふんだな。可哀さうに。然し駒代もあんまり意氣地がなさ過るぢやねえか。何か文句の一つも言つてやりやアいゝに。」 「私もよくは知りませんが、花助さんの話じや一時はハタで心配する程大變な騷だつたさうですよ。私も若しや萬一の事でもあつてはと内々心配してゐたんですが、丁度姐《ねえ》さんの御病氣やら御葬式やらで、それが爲め却つて駒代さんも氣がまぎれたと見えて今ぢやどうやら御自分でも締めをつけて御居でなさるやうですよ。」 「先《さき》の女ツて云ふのは別嬪かい。」 「先《せん》の君龍さんなら知つてますけれど其れほど別嬪でもありませんね。然し大柄で身長《せい》も高いし、ぱつと目につく方ですよ。それにね旦那、御《ご》容色《きりやう》よりか何でも大變な持參金付なんだつて云ふ話ですよ。それで濱村屋さんもすつかり氣が變つてしまつたんだといふ事です。」 「ふうむ。さうか。金に目がくれたのか。そんな野郞なら此方《こつち》から止す方がいゝ。然しさぞがつかりしたらう。かわいさうに。」 「旦那がさう仰有つてたと云つて聞かせたら駒代さんもどんなに嬉しいと思ふか知れやしません。」と云ふ折から電話の音に箱屋のお定は坐を立ち出入口の襖を閉めると、六疊の居間は日の短い盛りのころとてさき程午飯をすましたばかりなのに早や薄暗く、佛壇の燈明が金箔の新しい位牌へぴか〳〵映るのが忽ち目に立つ。吳山は腰をさすりながら立上つて電氣を揉《ひね》つたついで、消え殘つた線香に火をつけ、再び抽斗の調べものに取掛かつた。 「うむ、これア駒代の證文だ。」と吳山は公正證書に添へた戶籍謄本を眺め眞佐木コマ、明治二十――年――月――日生、父亡、母亡と讀みながら、「兩親とも居ないのだな。」 駒代は丁度小學校へ行きかけた頃母親に死別れてその後に來た繼母が邪見であつたとかと云ふので里方の祖母の方へ引取られ其處で成長する中左官であつた實の父も死んでしまひ祖母も駒代が秋田へ片付いてゐる中に死んでしまつたので、今は兄弟も何もない全くの身一ツである。

吳山は此れまで藝者家の事一切は十吉のなすまゝにして、たまさか相談される事があつても、女の商賣に男が口を出しても仕樣がねえ、女の事は女同志で收めるがいゝと云つて深く立入つた事がないので抱の證文なぞ手に取つて見るのも全く今が始めて、駒代の寂しい身上を知つたのも從つて亦今日が始めてゞある。吳山は女房の十吉が今度はもうとても助かるまいと思はれた時であつた。かの家出した忰瀧次郞の事を思出して、母が呼吸ある中、もう口《くち》はきけないものゝせめて一目逢はしてやりたいものと、耻を忍んで見番の男に事情を打明け再び其の在家を尋ねさせたが、すると瀧次郞は公園六區の白首とこの春以來警察がやかましいので商賣が思はしくないところから神戶の方へ行つたなり行衞が知れないとの事、頑固一點張の氣丈な吳山もそれやこれやの事から、流石に老後の身の果敢なさ、世のあじきなさを一時に感じ出した矢先、偶然、駒代の身の上を知つて見ると、これもこの世に唯一人、身寄りも何もないと云ふ處から、吳山は自然《おのづ》と深い同情を寄せずには居られなくなつたのである。 その日も暮れて、電線を吹鳴す木枯の響俄にすさまじく往來する車の鈴の音いかにも師走らしく耳立つ折から、吳山は二階の藝者半玉それぞれお座敷へ出てしまつた後、駒代一人氣分がわるいとて引込んでゐるのを幸、そつと居間の六疊へ呼寄せた。 「どうした、風邪でも引いたのか。」 「たいした事はないんですけれど、唯鼻の心《しん》が痛くてしやうがありません。」と云ふ聲も鼻にかゝり顏色もすぐれず、悄然《しよんぼり》と坐つて俯向いてゐる姿。吳山は佛壇の下なるケンドンの襖に崩れた潰し島田の後れ毛さへありあり映る影法師、いかにも淋し氣なるを見遣りながら、 「氣は病と云ふ位だから元氣を出さなくつちやいけねえぜ。時に外の事でもねえが、お前、田舎へ行きたいと云つてるさうぢや無いか。おらア別に意見をするんぢやねえが、餘り後先見ずの不量見は出さねえがいゝぜ。乃公《おらア》實はもう何も彼も知つてゐるんだ。濱村屋の太夫の事もすつかり知つてゐるよ。お前が云かはした男を取られて世間へ顏出しが出來ねえから、それで旅へ出て稼がうと云ふ思はくも能くわかつてゐるんだ。そこで物は相談だ。お前の顏が立ちさへすれア何もすき好んで田舎へ行かずともいゝんだらう。」 駒代はうつ向いたまゝ唯ハイ〳〵と頷付《うなづ》くばかり、吳山はいつか人情物の講釋をやるやうな調子になるとも心付かず、 「實は今始めて證文を見て知つた事だが、お前は親も兄弟も何もねえ女の身一人ぢやねえか。何ぼ意地だからといつて、何處を見ても知つた人のねえ田舎へ行つたつて心細いばかりで好い芽は吹くめえぜ。それよりか此の土地でこゝの處暫くつらいところを辛棒したらどうだい。實はもうお前逹も内々樣子は知つてるだらうが、乃公も十吉に逝かれちまつて男一人ぢやとても此の商賣は出來ねえし又家の忰にやアよし行衞が分つたところで矢張男ぢや仕樣がねえから、誰か相應な望手があらばこのまゝ家の株をそつくり讓つてやりたいと決心した譯さ。元より今さし當つて纏つた金がいると云ふ譯ぢやねえ、乃公一人は何處へ行かうがこの舌一枚で食つて行ける身だから、どうだい、お前一ツ奮發してこの尾花家の姐さんになつて、土地のものにそれ見ろと云ふやうに一ツ立派にやつて見る氣はないか。どうだ。」 あんまり思掛けない吳山の言葉に駒代は兎角の返事の出來やうもない。吳山は氣短な老人の癖。駒代が別にいやとも云はぬ樣子を見るともう何も彼も獨りできめてしまつて、 「藝者家に年寄のゐるのは色消しでいけねえから、乃公はどこか近所へ引移すとしやう。なア、駒代。その代、この家《うち》は借家ぢやねえ、これでも十年前に乃公が建て直したんだ。地面が十坪で地代が五圓だから、乃公アお前から店の看板ぐるみ家賃をいくらでも都合のいゝだけ貰ふ事にしやうや。それで、花助初め今の抱や箱屋にも改めて話をした上で、萬一面白く行かなさうだつたら、他《わき》へ住替へさしてもいゝ。そして新規蒔直しに新しい妓《こ》を抱えて、お前のいゝやうに商賣をするがよからう。さうなれば乃公もどんなに氣樂だか知れやしねえ。その中お前もみつしり商賣に身が入つて金庫の一ツも出來るやうだつたら、その時乃公に尾花家の看板代なり何なり好きなものを拂ひなさい。なア、駒代、一先づ相談はさう云ふ事にきめて置かうぢやねえか。」 「旦那、それぢや何ぼ何でも、あんまりお話がよすぎて、私一存では到底御返事が出來ません。」 「だから、何も彼も乃公がちやんと筋を立てゝやるんだわな。兎に角話さへきまれば乃公も安心して肩が拔ける。濟まねえが、お前、後で鳥渡按摩さんに電話をかけといてくれ。乃公《おら》ア今の中一風呂浴びて來らア。」 吳山は呆れた顏の駒代を打捨《うつちや》つて古手拭片手にぷいと湯へ行つてしまつた。

駒代は電話をかけてから、火鉢に炭でもついで置いて上げやうものと靜に佛壇の前に坐つたが、すると突然嬉しいのやら悲しいのやら一|時《じ》に胸が一ぱいになつて來て暫し兩袖に顏を掩ひかくした。

腕くらべ終

大正七年二月十一日印刷 定價金壹圓貳拾錢 大正七年二月十四日發行 | | 著作者 荷風小史 | | 東京市牛込區余丁町七十五番地 十|腕|著 發行者 永井壯吉 里|く|作 東京市牛込區余丁町七十五番地 香|ら|權 永井方 館|べ|之 發行所 十里香館 藏| |章 東京市芝區愛宕町三丁目二番地 版| | 印刷者 植田庄助 | | 東京市芝區愛宕町三丁目二番地 印刷所 東洋印刷株式會社 發賣所 東京市京橋區出雲町一番地 新橋堂 振替貯金二○○番 電話 新橋 一九九一番

Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)

誤植と思われる箇所は日本現代文學全集13 永井荷風集(講談社 昭和44年)を参照した上で訂正した。

原文 なかつのである。(p.4) 訂正 なかつたのである。

原文 寄付かないもの(p. 6) 訂正 寄付かないのも 原文 直打《ねうち》(p.9) 訂正 値打《ねうち》 原文 御詮義(p.12) 訂正 御詮議 原文 這入つくる(p.13) 訂正 這入つてくる 原文 必要はない(p.21) 訂正 必要はない。

原文 なつたのよ(p.23) 訂正 なつたのよ。

原文 つけなければと。(p. 28) 訂正 つけなければと、 原文 見える(p.44) 訂正 見える。

原文 出來てしまつ後(p.47) 訂正 出來てしまつた後 原文 ありやしない。。(p.49) 訂正 ありやしない……。

原文 一、時は(p.49) 訂正 一時は 原文 のみらず(p.50) 訂正 のみならず 原文 面白しさ(p.53) 訂正 面白さ 原文 なし終《をは》ふせて(p.53) 訂正 なし終《を》ふせて 原文 お云ひだらうわたしア(p.73) 訂正 お云ひだろう。わたしア 原文 居らつしやるなんだよ(p.79) 訂正 居らつしやるんだよ 原文 打捨《うちツや》つといて(p.87) 訂正 打捨《うツちや》つといて 原文 金が、出來ると(p.93) 訂正 金が出來ると 原文 これたけ(p.101) 訂正 これだけ 原文 ニヤ〳〵してゐるばかり來れば(p.117) 訂正 ニヤ〳〵してゐるばかり。來れば 原文 鶺鴿(p.123) 訂正 鶺鴒 原文 倒れかゝた(pp.128-9) 訂正 倒れかゝつた 原文 片つけ(p.132) 訂正 片づけ 原文 あなたなんぞか(p.134) 訂正 あなたなんぞが 原文 南巢を家(p.144) 訂正 南巢の家 原文 書かず。(p.149) 訂正 書かず、 原文 身だしみ(p.161) 訂正 身だしなみ 原文 柔らな(p.161) 訂正 柔らかな 原文 半年ばかりの事瀧次郞は(p.163) 訂正 半年ばかりの事、瀧次郞は 原文 極りもしい中(p.182) 訂正 極りもしない中 原文 二十四孝これは(p.186) 訂正 二十四孝。これは 原文 意恨(p.188) 訂正 遺恨 原文 寄りかゝつ來さう(p.203) 訂正 寄りかゝつて來さう 原文 ちよと(p.218) 訂正 ちよつと 原文 丁度。どこも(p.223) 訂正 丁度、どこも 原文 厭な日はない矢張(p.227) 訂正 厭な日はない、矢張 原文 ものがない仕方(p.227) 訂正 ものがない。仕方 原文 取ちつや(p.231) 訂正 取つちや 原文 別賓(p.232) 訂正 別嬪 原文 しやうやそれで(p.237) 訂正 しやうや。それで