Part 2
其《そ》の日《ひ》から靈公《れいこう》の心《こゝろ》を左右《さいう》するものは、夫人《ふじん》の言葉《ことば》でなくつて聖人《せいじん》の言葉《ことば》であつた。朝《あした》には廟堂《べうだう》に參《さん》して正《たゞ》しい政《まつりごと》の道《みち》を孔子《こうし》に尋《たづ》ね、夕《ゆふべ》には靈臺《れいだい》に臨《のぞ》んで天文《てんもん》四時《しじ》の運行《うんかう》を、孔子《こうし》に學《まな》び、夫人《ふじん》の閨《ねや》を訪《おとづ》れる夜《よ》とてはなかつた。錦《にしき》を織《お》る織室《しよくしつ》の梭《おさ》の音《おと》は、六藝《りくげい》を學《まな》ぶ官人《くわんじん》の弓弦《ゆづる》の音《おと》、蹄《ひづめ》の響《ひゞき》、篳篥《ひちりき》の聲《こゑ》に變《かは》つた。一日《いちにち》、公《こう》は朝早《あさはや》く獨《ひと》り靈臺《れいだい》に上《のぼ》つて、國中《くにぢゆう》を眺《なが》めると、野山《のやま》には美《うつく》しい小鳥《ことり》が囀《さへづ》り、民家《みんか》には麗《うるは》しい花《はな》が開《ひら》き、百姓《ひやくしやう》は畑《はた》に出《で》て公《こう》の德《とく》を讚《たゝ》へ歌《うた》ひながら、耕作《こうさく》にいそしんで居《ゐ》るのを見《み》た。公《こう》の眼《め》からは、熱《あつ》い感激《かんげき》の淚《なみだ》が流《なが》れた。 「あなたは、何《なに》を其《そ》のやうに泣《な》いて居《ゐ》らつしやる。」 其《そ》の時《とき》、ふと、かう云《い》ふ聲《こゑ》が聞《きこ》えて、魂《たましひ》をそそるやうな甘《あま》い香《かほり》が、公《こう》の鼻《はな》を嬲《なぶ》つた、其《そ》れは南子《なんし》夫人《ふじん》が口中《こうちう》に含《ふく》む鷄舌香《けいでつかう》と、常《つね》に衣《ころも》に振《ふ》り懸《か》けて居《ゐ》る西域《せいゐき》の香料《かうれう》、薔薇水《しやうびすゐ》の匂《にほひ》であつた。久《ひさ》しく忘《わす》れて居《ゐ》た美婦人《びふじん》の體《からだ》から放《はな》つ香氣《かうき》の魔力《まりよく》は、無殘《むざん》にも玉《たま》のやうな公《こう》の心《こゝろ》に、銳《するど》い爪《つめ》を打《う》ち込《こ》まうとした。 「何卒《どうぞ》お前《まへ》の其《そ》の不思議《ふしぎ》な眼《め》で、私《わたし》の瞳《ひとみ》を睨《にら》めてくれるな。其《そ》の柔《やはらか》い腕《かひな》で、私《わたし》の體《からだ》を縛《しば》つてくれるな。私《わたし》は聖人《せいじん》から罪惡《ざいあく》に打《う》ち克《か》つ道《みち》を敎《をそ》はつたが、まだ美《うつく》しきものの力《ちから》を防《ふせ》ぐ術《じゆつ》を知《し》らないから。」 と靈公《れいこう》は夫人《ふじん》の手《て》を拂《はら》ひ除《の》けて、顏《かほ》を背《そむ》けた。 「ああ、あの孔丘《こうきう》と云《い》ふ男《をとこ》は、何時《いつ》の間《ま》にかあなたを妾《わたし》の手《て》から奪《うば》つて了《しま》つた。妾《わたし》が昔《むかし》からあなたを愛《あい》して居《ゐ》なかつたのに不思議《ふしぎ》はない。しかし、あなたが妾《わたし》を愛《あい》さぬと云《い》ふ法《ほふ》はありませぬ。」 かう云《い》つた南子《なんし》の唇《くちびる》は、激《はげ》しい怒《いかり》に燃《も》えて居《ゐ》た。夫人《ふじん》には此《こ》の國《くに》に嫁《とつ》ぐ前《まへ》から、宋《そう》の公子《こうし》の宋朝《そうてう》と云《い》ふ密夫《みつぷ》があつた。夫人《ふじん》の怒《いかり》は、夫《をつと》の愛情《あいじやう》の衰《おとろ》へた事《こと》よりも、夫《をつと》の心《こゝろ》を支配《しはい》する力《ちから》を失《うしな》つた事《こと》にあつた。 「私《わたし》はお前《まへ》を愛《あい》さぬと云《い》ふではない。今日《けふ》から私《わたし》は、夫《おつと》が妻《つま》を愛《あい》するやうにお前《まへ》を愛《あい》しよう。今迄《いまゝで》私《わたし》は、奴隸《どれい》が主《しゆ》に事《つか》へるやうに、人間《にんげん》が神《かみ》を崇《あが》めるやうに、お前《まへ》を愛《あい》して居《ゐ》た。私《わたし》の國《くに》を捧《さゝ》げ、私《わたし》の富《とみ》を捧《さゝ》げ、私《わたし》の民《たみ》を捧《さゝ》げ、私《わたし》の命《いのち》を捧《さゝ》げて、お前《まへ》の歡《よろこび》を購《あがな》ふ事《こと》が、私《わたし》の今迄《いままで》の仕事《しごと》であつた。けれども聖人《せいじん》の言葉《ことば》によつて、其《そ》れよりも貴《たうと》い仕事《しごと》のある事《こと》を知《し》つた。今迄《いままで》はお前《まへ》の肉體《にくたい》の美《うつく》しさが、私《わたし》に取《と》つて最上《さいじやう》の力《ちから》であつた。しかし、聖人《せいじん》の心《こゝろ》の響《ひゞき》は、お前《まへ》の肉體《にくたい》よりも更《さら》に强《つよ》い力《ちから》を私《わたし》に與《あた》へた。」 この勇《いさ》ましい決心《けつしん》を語《かた》るうちに、公《こう》は知《し》らず識《し》らず額《ひたひ》を上《あ》げ肩《かた》を聳《そび》やかして、怒《いか》れる夫人《ふじん》の顏《かほ》に面《めん》した。 「あなたは決《けつ》して妾《わたし》の言葉《ことば》に逆《さから》ふやうな、强《つよ》い方《かた》ではありませぬ。あなたはほんたうに哀《あはれ》な人《ひと》だ。世《よ》の中《なか》に自分《じぶん》の力《ちから》を持《も》つて居《ゐ》ない人程《ひとほど》、哀《あはれ》な人《ひと》はありますまい。妾《わたし》はあなたを直《ぢ》きに孔子《こうし》の掌《て》から取《と》り戾《もど》すことが出來《でき》ます。あなたの舌《した》は、たつた今《いま》立派《りつぱ》な言《こと》を云《い》つた癖《くせ》に、あなたの瞳《ひとみ》は、もう恍惚《うつとり》と妾《わたし》の顏《かほ》に注《そゝ》がれて居《ゐ》るではありませんか。妾《わたし》は總《す》べての男《をとこ》の魂《たましひ》を奪《うば》ふ術《すべ》を得《え》て居《ゐ》ます。妾《わたし》はやがて彼《あ》の孔丘《こうきう》と云《い》ふ聖人《せいじん》をも、妾《わたし》の捕虜《とりこ》にして見せませう。」 と、夫人《ふじん》は誇《ほこ》りかに微笑《ほゝゑ》みながら、公《こう》を流眄《ながしめ》に見《み》て、衣摺《きぬず》れの音《おと》荒《あら》く靈臺《れいだい》を去《さ》つた。
其《そ》の日《ひ》まで平靜《へいせい》を保《たも》つて居《ゐ》た公《こう》の心《こゝろ》には、旣《すで》に二《ふた》つの力《ちから》が相鬩《あひせめ》いで居《ゐ》た。
「此《こ》の衞《ゑい》の國《くに》に來《く》る四方《しはう》の君子《くんし》は、何《なに》を措《お》いても必《かなら》ず妾《わたし》に拜謁《はいえつ》を願《ねが》はぬ者《もの》はない。聖人《せいじん》は禮《れい》を重《おも》んずる者《もの》と聞《き》いて居《ゐ》るのに、何故《なぜ》姿《すがた》を見《み》せないであらう。」 斯《か》く、宦者《くわんじや》の雍渠《ようきよ》が夫人《ふじん》の旨《むね》を傳《つた》へた時《とき》に、謙讓《けんじやう》な聖人《せいじん》は、其《そ》れに逆《さから》ふことが出來《でき》なかつた。
孔子《こうし》は一|行《かう》の弟子《ていし》と共《とも》に、南子《なんし》の宮殿《きうでん》に伺候《しこう》して北面稽首《ほくめんけいしゆ》した。南《みなみ》に面《めん》する錦繡《きんしゆう》の帷《まく》の奧《おく》には、僅《わづか》に夫人《ふじん》の繡履《しゆうり》がほの見《み》えた。夫人《ふじん》が項《うなじ》を下《さ》げて一|行《かう》の禮《れい》に答《こた》ふる時《とき》、頸飾《くびかざり》の步搖《ほえう》と腕環《うでわ》の瓔珞《えうらく》の珠《たま》の、相搏《あひう》つ響《ひゞき》が聞《きこ》えた。 「この衞《ゑい》の國《くに》を訪《おとづ》れて、妾《わたし》の顏《かほ》を見《み》た人《ひと》は、誰《たれ》も彼《かれ》も『夫人《ふじん》の顙《ひたひ》は妲妃《だつき》に似《に》て居《ゐ》る。夫人《ふじん》の目《め》は褒姒《ほうじ》に似《に》て居《ゐ》る。』と云《い》つて驚《おどろ》かぬ者《もの》はない。先生《せんせい》が眞《まこと》の聖人《せいじん》であるならば、三王《さんわう》五帝《ごてい》の古《いにしへ》から、妾《わたし》より美《うつく》しい女《をんな》が地上《ちじやう》に居《ゐ》たかどうかを、妾《わたし》に敎《をし》へては吳《く》れまいか。」 かう云《い》つて、夫人《ふじん》は帷《まく》を排《はい》して晴《は》れやかに笑《わら》ひながら、一|行《かう》を膝近《ひざちか》く招《まね》いた。鳳凰《ほうわう》の冠《かんむり》を戴《いたゞき》き、黃金《わうごん》の釵《しや》、玳瑁《たいまい》の笄《かうがい》を挿《さ》して、鱗衣霓裳《りんいげいしやう》を纏《まと》つた南子《なんし》の笑顏《ゑがほ》は、日輪《にちりん》の輝《かゞや》く如《ごと》くであつた。 「私《わたくし》は高《たか》い德《とく》を持《も》つた人《ひと》の事《こと》を聞《き》いて居《を》ります。しかし、美《うつく》しい顏《かほ》を持《も》つた人《ひと》の事《こと》を知《し》りませぬ。」 と孔子《こうし》が云《い》つた、さうして南子《なんし》が再《ふたゝ》び尋《たづ》ねるには、 「妾《わたし》は世《よ》の中《なか》の不思議《ふしぎ》なもの、珍《めづ》らしいものを集《あつ》めて居《ゐ》る。妾《わたし》の廩《くら》には大屈《たいくつ》の金《きん》もある。垂棘《すゐきよく》の玉《たま》もある。妾《わたし》の庭《には》には僂句《るく》の龜《かめ》も居《ゐ》る。崑崙《こんろん》の鶴《つる》も居《ゐ》る。けれども妾《わたし》はまだ、聖人《せいじん》の生《うま》れる時《とき》に現《あらは》れた麒麟《きりん》と云《い》ふものを見《み》た事《こと》がない。また聖人《せいじん》の胸《むね》にあると云《い》ふ、七《なゝ》つの竅《あな》を見《み》た事《こと》がない、先生《せんせい》がまことの聖人《せいじん》であるならば、妾《わたし》に其《そ》れを見《み》せてはくれまいか。」 すると、孔子《こうし》は面《おもて》を改《あらた》めて、嚴格《げんかく》な調子《てうし》で、 「私《わたくし》は珍《めづ》らしいもの、不思議《ふしぎ》なものを知《し》りませぬ。私《わたくし》の學《まな》んだ事《こと》は、匹夫匹婦《ひつぷひつぷ》も知《し》つて居《を》り、又《また》知《し》つて居《を》らねばならぬ事《こと》ばかりでございます。」 と答《こた》へた。夫人《ふじん》は更《さら》に言葉《ことば》を柔《やはら》げて、 「妾《わたし》の顏《かほ》を見《み》、妾《わたし》の聲《こゑ》を聞《き》いた男《をとこ》は、顰《ひそ》めたる眉《まゆ》をも開《ひら》き、曇《くも》りたる顏《かほ》をも晴《は》れやかにするのが常《つね》であるのに、先生《せんせい》は何故《なにゆゑ》いつまでも其《そ》のやうに、悲《かな》しい顏《かほ》をして居《を》られるのであらう。妾《わたし》には悲《かな》しい顏《かほ》は凡《す》べて醜《みにく》く見《み》える。妾《わたし》は宋《さう》の國《くに》の宋朝《そうてう》と云《い》ふ若者《わかもの》を知《し》つて居《ゐ》るが、其《そ》の男《をとこ》は先生《せんせい》のやうな氣高《けだか》い額《ひたひ》を持《も》たぬ代《かは》りに、春《はる》の空《そら》のやうなうららかな瞳《ひとみ》を持《も》つて居《ゐ》る。また妾《わたし》の近侍《きんじ》に、雍渠《ようきよ》という宦者《くわんじや》が居《ゐ》るが、其《そ》の男《をとこ》は先生《せんせい》のやうに嚴《おごそか》な聲《こゑ》を持《も》たぬ代《かは》りに、春《はる》の鳥《とり》のやうな輕《かる》い舌《した》を持《も》つて居《ゐ》る。先生《せんせい》がまことの聖人《せいじん》であるならば、豐《ゆた》かな心《こころ》にふさはしい、麗《うらゝ》かな顏《かほ》を持《も》たねばなるまい。妾《わあし》は今《いま》先生《せんせい》の顏《かほ》の憂《うれひ》の雲《くも》を拂《はら》ひ、惱《なや》ましい影《かげ》を拭《ぬぐ》うて上《あ》げる。」 と左右《さいう》の近侍《きんじ》を顧《かへり》みて、一《ひと》つの函《はこ》を取《と》り寄《よ》せた。 「妾《わたし》はいろいろの香《かう》を持《も》つて居《ゐ》る。此《こ》の香氣《かうき》を惱《なや》める胸《むね》に吸《す》ふ時《とき》は、人《ひと》はひたすら美《うつく》しい幻《まぼろし》の國《くに》に憧《あこが》れるであらう。」 かく云《い》ふ言葉《ことば》の下《した》に、金冠《きんくわん》を戴《いたゞ》き、蓮花《れんげ》の帶《おび》をしめた七|人《にん》の女官《ぢよくわん》は、七つの香爐《かうろ》を捧《さゝ》げて、聖人《せいじん》の周圍《しうゐ》を取《と》り繞《ま》いた。
夫人《ふじん》は香函《かうばこ》を開《ひら》いて、さまざまの香《かう》を一つ一つ香爐《かうろ》に投《な》げた。七すぢの重《おも》い煙《けむり》は、金繡《きんしゆう》の帷《まく》を這《は》うて靜《しづか》に上《のぼ》つた。或《あるひ》は黃《き》に、或《あるひ》は紫《むらさき》に、或《あるひ》は白《しろ》き檀香《だんかう》の煙《けむり》には、南《みなみ》の海《うみ》の底《そこ》の、幾百年《いくひやくねん》に亙《わた》る奇《く》しき夢《ゆめ》がこもつて居《ゐ》た。十二種《じふにしゆ》の鬱金香《うつこんかう》は、春《はる》の霞《かすみ》に育《はぐゝ》まれた芳草《はうさう》の精《せい》の、凝《こ》つたものであつた。大石口《だいせきこう》の澤中《たくちう》に棲《す》む龍《りう》の涎《よだれ》を、練《ね》り固《たか》めた龍涎香《りうえんかう》の香《かほり》、交州《かうしう》に生《うま》るる密香樹《みつかうじゆ》の根《ね》より造《つく》つた沈香《ちんかう》の氣《き》は、人《ひと》の心《こゝろ》を、遠《とほ》く甘《あま》い想像《さうざう》の國《くに》に誘《いざな》ふ力《ちから》があつた。しかし、聖人《せいじん》の顏《かほ》の曇《くもり》は深《ふか》くなるばかりであつた。
夫人《ふじん》はにこやかに笑《わら》つて、 「おお、先生《せんせい》の顏《かほ》は漸《やうや》く美《うつく》しう輝《かゞや》いて來《き》た。妾《わたし》はいろいろの酒《さけ》と杯《さかづき》とを持《も》つて居《ゐ》る。香《かう》の煙《けむり》が、先生《せんせい》の苦《にが》い魂《たましひ》に甘《あま》い汁《しる》を吸《す》はせたやうに、酒《さけ》のしたたりは、先生《せんせい》の嚴《いかめ》しい體《からだ》に、くつろいだ安樂《あんらく》を與《あた》へるであらう。」 斯《か》く云《い》ふ言葉《ことば》の下《した》に、銀冠《ぎんくわん》を戴《いたゞ》き、蒲桃《ほとう》の帶《おび》を結《むす》んだ七|人《にん》の女官《じよくわん》は、樣々《さま/″\》の酒《さけ》と杯《さかづき》とを恭々《うや/\》しく卓上《たくじやう》に運《はこ》んだ。
夫人《ふじん》は、一《ひと》つ一《ひと》つ珍奇《ちんき》な杯《さかづき》に酒《さけ》を酌《く》むで、一|行《かう》にすすめた。其《そ》の味《あぢ》はひの妙《たへ》なる働《はたら》きは、人々《ひと/″\》に正《たゞ》しきものの値《あたひ》を卑《いや》しみ、美《うつく》しき者《もの》の値《あたひ》を愛《め》づる心《こゝろ》を與《あた》へた。碧光《へきくわう》を放《はな》つて透《す》き徹《とほ》る碧瑤《へきえう》の杯《はい》に盛《も》られた酒《さけ》は、人間《にんげん》の嘗《かつ》て味《あぢ》はぬ天《てん》の歡樂《くわんらく》を傳《つた》へた甘露《かんろ》の如《ごと》くであつた。紙《かみ》のやうに薄《うす》い靑玉色《せいぎよくしよく》の自暖《じだん》の杯《はい》には冷《ひ》えたる酒《さけ》を注《そゝ》ぐ時《とき》は、少頃《せうけい》にして沸々《ふつ/\》と熱《ねつ》し、悲《かな》しき人《ひと》の腸《はらわた》をも燒《や》いた。南海《なんかい》の鰕《えび》の頭《かしら》を以《もつ》て作《つく》つた鰕魚頭《かぎよとう》の杯《はい》は、怒《いか》れる如《ごと》く紅《あか》き數尺《すしやく》の鬚《ひげ》を伸《の》ばして、浪《なみ》の飛沫《しぶき》の玉《たま》のやうに金銀《きん/″\》を鏤《ちりば》めて居《ゐ》た。しかし、聖人《せいじん》の眉《まゆ》の顰《ひそ》みは濃《こ》くなるばかりであつた。
夫人《ふじん》はいよいよにこやかに笑《わら》つて、 「先生《せんせい》の顏《かほ》は、更《さら》に美《うつく》しう輝《かゞや》いて來《き》た。妾《わらは》はいろいろの鳥《とり》と獸《けもの》との肉《にく》を持《も》つて居《ゐ》る。香《かう》の煙《けむり》に魂《たましひ》の惱《なや》みを濯《そゝ》ぎ、酒《さけ》の力《ちから》に體《からだ》の括《くゝ》りを弛《ゆる》めた人《ひと》は、豐《ゆた》かな食物《しよくもつ》を舌《した》に培《つちか》はねばならぬ。」 かく云《い》ふ言葉《ことば》の下《した》に、珠冠《しゆくわん》を戴《いたゞ》き、菜莄《さいかう》の帶《おび》を結《むす》んだ七|人《にん》の女官《ぢよくわん》は、さまざまの鳥《とり》と獸《けもの》との肉《にく》を、皿《さら》に盛《も》つて卓上《たくじやう》に運《はこ》んだ。
夫人《ふじん》はまた其《そ》の皿《さら》の一《ひと》つ一《ひと》つを一|行《かう》にすすめた。その中《うち》には玄豹《げんぺう》の胎《はらゝご》もあつた。丹穴《たんけつ》の雛《すう》もあつた。昆山龍《こんざんりう》の脯《ほしにく》、封獸《ふうじゆう》の蹯《あしにく》もあつた。其《そ》の甘《あま》い肉《にく》の一|片《ひら》を口《くち》に啣《ふく》む時《とき》は、人《ひと》の心《こゝろ》に凡《す》べての善《ぜん》と惡《あく》とを考《かんが》へる暇《いとま》はなかつた。しかし、聖人《せいじん》の顏《かほ》の曇《くもり》は晴《は》れなかつた。
夫人《ふじん》は三度《みたび》にこやかに笑《わら》つて、 「ああ、先生《せんせい》の姿《すがた》は益《ます/\》立派《りつぱ》に、先生《せんせい》の顏《かほ》は愈《いよ/\》美《うつく》しい。あの幽妙《いうめう》な香《かう》を嗅《か》ぎ、あの辛辣《しんらつ》な酒《さけ》を味《あぢ》はひ、あの濃厚《のうこう》な肉《にく》を啖《くら》うた人《ひと》は、凡界《ぼんかい》の者《もの》の夢《ゆめ》みぬ、强《つよ》く、激《はげ》しく、美《うつく》しき荒唐《くわうたう》な世界《せかい》に生《い》きて、此《こ》の世《よ》の憂《うれひ》と悶《もだえ》とを逃《のが》れることが出來《でき》る。妾《わたし》は今《いま》先生《せんせい》の眼《め》の前《まへ》に、其《そ》の世界《せかい》を見《み》せて上《あ》げやう。」 かく云《い》ひ終《おは》るや、近侍《きんじ》の宦者《くわんじや》を顧《かへり》みて、室《しつ》の正面《しやうめん》を一|杯《ぱい》に劃《しき》つた帳《とばり》の蔭《かげ》を指《ゆびさ》し示《しめ》した。深《ふか》い皺《しわ》を疊《たゝ》んでどさりと垂《た》れた錦《にしき》の帷《まく》は、中央《ちうわう》から二《ふた》つに割《わ》れて左右《さいう》へ開《ひら》かれた。
帳《とばり》の彼方《かなた》は庭《には》に面《めん》する階《きざはし》であつた。階《きざはし》の下《した》、芳草《はうさう》の靑々《あを/\》と萠《も》ゆる地《ち》の上《うへ》に、暖《あたゝか》な春《はる》の日《ひ》に照《て》らされて或《あるひ》は天《てん》を仰《あふ》ぎ、或《あるひ》は地《ち》につくばひ、躍《をど》りかかるやうな、鬪《たゝか》ふやうな、さまざまな形《かたち》をした姿《すがた》のものが、數知《かずし》れず轉《まろ》び合《あ》ひ、重《かさな》り合《あ》つて蠢《うごめ》いて居《ゐ》た。さうして或《あ》る時《とき》は太《ふと》く、或《あ》る時《とき》は細《ほそ》く、哀《あはれ》な物凄《ものすご》い叫《さけ》びと囀《さへづり》が聞《きこ》えた。ある者《もの》は咲《さ》き誇《ほこ》れる牡丹《ぼたん》の如《ごと》く朱《あけ》に染《そ》み、ある者《もの》は傷《きずつ》ける鳩《はと》の如《ごと》く戰《おのゝ》いて居《ゐ》た。其《そ》れは半《なかば》は此《こ》の國《くに》の嚴《きび》しい法律《ほふりつ》を犯《をか》した爲《た》め、半《なかば》は此《こ》の夫人《ふじん》の眼《まなこ》の刺戟《しげき》となるが爲《た》めに、酷刑《こくけい》を施《ほどこ》さるる罪人《ざいにん》の群《むれ》であつた。一人《ひとり》として衣《きぬ》を纏《まと》へる者《もの》もなく、完《まつた》き膚《はだ》の者《もの》もなかつた。其《そ》の中《なか》には夫人《ふじん》の惡德《あくとく》を口《くち》にしたばかりに、炮烙《はうらく》に顏《かほ》を毀《こぼ》たれ、頸《くび》に長枷《ぢやうか》を篏《は》めて、耳《みゝ》を貫《つらぬ》かれた男逹《をとこたち》もあつた。靈公《れいこう》の心《こゝろ》を惹《ひ》いたばかりに夫人《ふじん》の嫉妬《しつと》を買《か》つて、鼻《はな》を劓《そ》がれ、兩足《りやうあし》を刖《た》たれ、鐵《てつ》の鎖《くさり》に繫《つな》がれた美女《びぢよ》もあつた。其《そ》の光景《くわうけい》を恍惚《くわうこつ》と眺《なが》め入《い》る南子《なんし》の顏《かほ》は、詩人《しじん》の如《ごと》く美《うつく》しく、哲人《てつじん》の如《ごと》く嚴肅《げんしゆく》であつた。 「妾《わたし》は時々《とき/″\》靈公《れいこう》と共《とも》に車《くるま》を驅《か》つて、此《こ》の都《みやこ》の街々《まち/\》を過《す》ぎる。さうして、若《も》し靈公《れいこう》が情《なさけ》ある眼《め》つきで、流眄《ながしめ》を與《あた》へた往來《わうらい》の女《をんな》があれば、皆《みな》召《め》し捕《とら》へてあのやうな運命《うんめい》を授《さづ》ける。妾《わたし》は今日《けふ》も公《こう》と先生《せんせい》とを伴《ともな》つて都《みやこ》の市中《しちゆう》を通《とほ》つて見《み》たい。あの罪人逹《ざいにんたち》を見《み》たならば、先生《せんせい》も妾《わたし》の心《こゝろ》に逆《さから》ふ事《こと》はなさるまい。」 かう云《い》つた夫人《ふじん》の言葉《ことば》には、人《ひと》を壓《お》し付《つ》けるやうな威力《ゐりよく》が潛《ひそ》むで居《ゐ》た。優《やさ》しい眼《め》つきをして、酷《むご》い言葉《ことば》を述《の》べるのが、此《こ》の夫人《ふじん》の常《つね》であつた。
西暦《せいれき》紀元前《きげんぜん》四|百《ひやく》九十三|年《ねん》の春《はる》の某《ばう》の日《ひ》、黃河《くわうが》と淇水《きすゐ》との間《あひだ》に狹《はさ》まれる商墟《しやうきよ》の地《ち》、衞《ゑい》の國都《こくと》の街《まち》を駟馬《しば》に練《ね》らせる二|輛《りやう》の車《くるま》があつた。兩人《りやうにん》の女孺《によじゆ》、翳《は》を捧《さゝ》げて左右《さいう》に立《た》ち、多數《たすう》の文官《ぶんくわん》女官《によくわん》を周圍《しうゐ》に從《したが》へた第《だい》一の車《くるま》には、衞《ゑい》の靈公《れいこう》、宦者《くわんじや》雍渠《えうきよ》と共《とも》に、姐妃《だつき》褒姒《ほうじ》の心《こゝろ》を心《こゝろ》とする南子《なんし》夫人《ふじん》が乘《の》つて居《ゐ》た。數人《すうにん》の弟子《ていし》に前後《ぜんご》を擁《えう》せられて、第《だい》二の車《くるま》に乘《の》る者《もの》は、堯舜《げうしゆん》の心《こゝろ》を心《こゝろ》とする陬《すう》の田舍《ゐなか》の聖人《せいじん》孔子《こうし》であつた。 「ああ、彼《あ》の聖人《せいじん》の德《とく》も、あの夫人《ふじん》の暴虐《ばうぎやく》には及《およ》ばぬと見《み》える。今日《けふ》からまた、あの夫人《ふじん》の言葉《ことば》が此《こ》の衞《ゑい》の國《くに》の法律《はふりつ》となるであらう。」 「あの聖人《せいじん》は、何《なん》と云《い》ふ悲《かな》しい姿《すがた》をして居《ゐ》るのだらう。あの夫人《ふじん》は何《なん》と云《い》ふ驕《たかぶ》つた風《ふう》をして居《ゐ》るのだらう。しかし、今日《けふ》程《ほど》夫人《ふじん》の顏《かほ》の美《うつく》しく見《み》えた事《こと》はない。」 巷《ちまた》に佇《たゝず》む庶民《しよみん》の群《むれ》は、口々《くち/″\》にかう云《い》つて、行列《ぎやうれつ》の過《す》ぎ行《ゆ》くのを仰《あふ》ぎ見《み》た。
其《そ》の夕《ゆふべ》、夫人《ふじん》は殊更《ことさら》美《うるは》しく化粧《けしやう》して、夜《よる》更《ふ》くるまで自分《じぶん》の閨《ねや》の錦繡《きんしゆう》の蓐《しとね》に、身《み》を橫《よこた》へて待《ま》つて居《ゐ》ると、やがて忍《しの》びやかな履《くつ》の音《おと》がして、戶《と》をほとほとと叩《たゝ》く者《もの》があつた。 「ああ、たうとうあなたは戾《もど》って來《き》た。あなたは再《ふたゝ》び、さうして長《とこし》へに、妾《わたし》の抱擁《はうえう》から逃《のが》れてはなりませぬ。」 と、夫人《ふじん》は兩手《りやうて》を擴《ひろ》げて、長《なが》き袂《たもと》の裏《うら》に靈公《れいこう》をかかへた。其《そ》の酒氣《しゆき》に燃《も》えたるしなやかな腕《かひな》は、結《むす》んで解《と》けざる縛《いまし》めの如《ごと》くに、靈公《れいこう》の體《からだ》を抱《いだ》いた。 「私《わたし》はお前《まへ》を憎《にく》むで居《ゐ》る。お前《まへ》は恐《おそ》ろしい女《をんな》だ。お前《まへ》は私《わたし》を亡《ほろ》ぼす惡魔《あくま》だ。しかし私《わたし》はどうしても、お前《まへ》から離《はな》れる事《こと》が出來《でき》ない。」 と、靈公《れいこう》の聲《こゑ》はふるへて居《ゐ》た。夫人《ふじん》の眼《め》は惡《あく》の誇《ほこり》に輝《かゞや》いて居《ゐ》た。
翌《あ》くる日《ひ》の朝《あさ》、孔子《こうし》の一|行《かう》は、曹《さう》の國《くに》をさして再《ふたゝ》び傳道《でんだう》の途《みち》に上《のぼ》つた。 「吾未見好德如好色者也《われいまだとくをこのむこといろをこのむがごとくなるものをみざるなり》。」 これが衞《ゑい》の國《くに》を去《さ》る時《とき》の、聖人《せいじん》の最後《さいご》の言葉《ことば》であつた。此《こ》の言葉《ことば》は、彼《あ》の貴《たうと》い論語《ろんご》と云《い》ふ書物《しよもつ》に載《の》せられて、今日迄《こんにちまで》傳《つた》はつて居《ゐ》る。
少年《せうねん》