# 幽霊書店

## 第五章 オーブリーは途中まで歩き――残りは車で家に帰る

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その晩、ミスタ・オーブリー・ギルバートが幽霊書店を辞し、歩いて家路に ついたとき、夜の空気は冷たく冴えわたっていた。とくに理由があったわけで はないが、地下鉄の轟音に黙想をさまたげられるよりは歩いてマンハッタンに 帰ったほうが、なんとなくいいような気がした。

書店主が朗読した「だれかの手荷物」について試験されていたらオーブリー はひどい落第点を取っていただろう。彼の心は、堰を抜かれ、嬉々として斜面 を流れ落ちる急流のように乱れた。オー・ヘンリーがそのもっともみごとな短 編の一つで書いているように、「見かけはしゃんとしてまともだったが、中身 はもう尋常ではなくなって、なにをやらかすやらわかったもんじゃなかった」。

彼がミス・チャップマンのことを考えていたといえば、彼にはずば抜けた論理 的思考能力と抽象的緻密さのあることを意味するだろう。彼は考えていたので はない。考えられていたのである。彼の心はあまく誘いかける月の引力に否応 なく引っ張られ、いつも通る知性の道筋から潮が引くように撤退した。彼の意 志は迷えるはだかの泳ぎ手となって、衝動という名のきらきら光る河口を必死 にさかのぼろうとするのだが、はるか風下に押し流され、海に吐き出されるの もやむなしという、絶望的な状況におちいっていた。

彼はギッシング通りとワーズワース・アヴェニューの交差点の角にあるワイ ントラウブの薬局にしばらく立ち寄り、かき乱れる胸に慰安をもたらす特効薬、 たばこを買った。 それはブルックリンのそのあたりではよく見かける古いたたずまいの薬屋 だった。赤や緑や青の液体をいれた背の高いガラスの容器がウインドウに飾ら れ、舗道に色つきの光を投げかけていた。ウインドウには白いチャイナグラフ で「Ｈ・ワイ トラウブ、ド ツ 薬局」と記されている。なかに入ると、ラ ベルつきの広口瓶や葉巻入りのガラスケース、医薬品、化粧道具が並んだおな じみの棚があり、店の片隅にははるか昔タバード・イン・ライブラリー（註 会員制の図書貸し出しシステムで、薬局などに回転書棚が設置され、毎週本が 取り替えられた）が置いていった古い回転式の書棚があった。店にはだれもい なかったが、彼がドアをあけると呼び鈴がするどく鳴った。奥の部屋から声が 聞こえた。薬屋があらわれるのをのんびりと待ちながら、オーブリーは回転書 棚に収まる埃まみれの本をゆっくりと眺めた。例によってハロルド・マグラス の「御者台の男」や「リンバロストの乙女」、それに「三途の川の屋形船」が あった。手あかのついた「神の火」がジョー・チャプルの「ときめき」に寄り かかっていた。僻地の薬局で見かけるタバード・インの書棚にくわしい人は、 もう何年も商品が交換されていないことを知っている。それよりもオーブリー が驚いたのは、書棚をまわすうちに、本文がはぎ取られた空の表紙が見つかっ たことだった。背表紙の文字を見るとこう書いてある。

カーライル著「オリバー・クロムウェル伝――その手紙と演説」

ふと衝動にかられて、彼は上着のポケットにその表紙をすべりこませた。 ミスタ・ワイントラウブが店のなかに入ってきた。がっしりしたドイツ人で、 目の下のたるみは染みで変色し、その顔は禁酒法を支持する有力な論拠を提示 していた。しかし彼は腰を低くし、客のご機嫌を取ろうと一生懸命だった。 オーブリーは自分が望むたばこの銘柄をいった。彼自身がその広告用キャッチ フレーズをひねり出したので――「味はマイルド、気分は爽快」――一種の忠 誠心をもって、いつもこの銘柄を吸うことにしていた。薬屋はたばこの箱をさ し出し、オーブリーはその指が濃い黄色に染まっていることに気がついた。 「きみもたばこを吸うんだね」オーブリーは快活にそういうと、箱を開け、 カウンターに置いてある青いガラスのアルコールランプで紙巻きたばこに火を つけた。 「わたしですか？ わたしはたばこはやりません」ミスタ・ワイントラウブ は無愛想な顔にどことなく似合わないほほえみを浮かべていった。「この商売 には落ち着きが必要です。たばこを吸う薬剤師は、処方がいい加減になりま す」 「それじゃあ、その手の染みはどうしたんだい？」 ミスタ・ワイントラウブはカウンターから手を引っ込めた。 「薬品ですよ」彼はうなるようにいった。「薬の処方とか――そんなものの せいです」 「まあ、喫煙はよくない習慣だね。ぼくも吸い過ぎなんだけど」彼はだれか が彼らの話に聞き耳を立てているような気がしてしかたがなかった。店の奥に 通じる入り口には数珠と竹の細い節に糸をとおした仕切りカーテンがかかって いた。彼は一瞬それが横に引っ張られたかのように、かちゃかちゃと鳴る音を 聞いた。店を出ようとドアを開けながら振り返ったとき、その竹のカーテンが 揺れているのが見えた。 「じゃ、おやすみ」彼はそういって通りに足を踏み出した。 ワーズワース・アヴェニューに沿って、高架鉄道の雷鳴の下を抜け、明かり の灯る軽食堂やらカキ料理店やら質屋の前を通るうちに、彼の頭はふたたびミ ス・チャップマンに占領されてしまった。彼の心はその晩の経験をめぐってす ばらしい勢いでぐるぐると旋回した。本でいっぱいのミフリン夫妻の小さな居 間、火の粉を散らす暖炉、朗読する書店主の陽気な声――そして馬の毛の詰め 物がはみ出しかけた、古い安楽椅子に座る青い目の気どらない娘！

幸運にも 彼の座った位置からは気づかれることなく彼女をじっくり観察することができ た。暖炉の火影が踊る彼女のくるぶしの形は、コールズ・フィリップスをも恥 じ入らせる、と彼は断言できた。こういう乙女がその耐えがたいまでの美しさ でどれほどわれわれを悩ますことだろう！

黒ずんだ本の装丁を背景に、彼女 の頭は黄金色のやわらかなもやを帯びて光った。純粋で、しゃくにさわるくら い独立心を感じさせる彼女の顔には、魅惑という余計なものまで備わっていて、 それが彼にはいまいましかった。説明のできない情熱の嵐が、彼に凍てついた 通りを足早に進ませた。「ちくしょう」彼は叫んだ。「いったいなんの権利が あってあんなに可愛らしいんだろう？ ああ、しゃくにさわる、おしおきして やりたいくらいだ！」彼はそうつぶやき、自分でも驚いてしまった。「いった いどんな権利があってあんなに無邪気ですてきな顔をしているんだ？」 道をわたるときはかろうじて身の安全をはかる程度にしか目や耳を使わず、 ワーズワース・アヴェニューをぐんぐん進みながら、怒りと崇拝のあいだを逡 巡する哀れなオーブリーのあとをつけるのは趣味がよいとはいえないだろう。

吸いかけのまま捨てられたたばこが彼の通ったあとに点々と光った＊。そのた くましい胸の内では支離滅裂な言葉がこだました。ブルックリン橋につながる フルトン通りのいっそう暗い道筋で彼は荒々しく叫んだ。「くそっ、この世界 もそう悪いものじゃないな」風が吹き抜ける大きな坂をあがりながら、燦めく 星空に黒いこびとのような姿を浮かべ、彼は広告の仕事で大手柄を立てること はできないものかと真剣に思案した。それができればデインティビッツ株式会 社社長にむかって、いかなる美の生みの親もまさか聞くとは思ってなかった質 問を発しても、笑いものになることはないだろうと考えたのである。

＊校正中のメモ この言い回しは無意識のうちにロバート・ルイス・スティー ブンソンから借用したものに相違ない。しかしもとの表現はどこに出てくるの だろうか？ C.D.M.

橋のちょうどまんなかまでくると、気持ちが落ち着いてきた。立ち止まって、 欄干にもたれ、壮麗な景色に目をむけた。夜は更けていたが――もうじき真夜 中になろうとしていた――マンハッタンの高くて黒い絶壁のような建築群のあ ちらこちらに光が輝き、その奇妙で不規則な模様は――「ミルクで育てた七面 鳥を当ててみませんか」――といいながら東インドのエレベーター・ボーイが ハロウィンのころアパートの住人にさし出す、まばらにくじ券の抜けたラッフ ルくじのボードのようだった。黄金色の明かりのもやが、山の手のにぎわいを 覆うように渦巻いていた。メトロポリタン・タワーの赤い信号灯が三方にむ かって合図を放っているのが見えた。広々とした橋桁の下をタグボートが煙を 噴き上げながら通った。左舷と右舷のランプの光が潮路に赤と緑の糸を引いた。 スタテンアイランド船隊の一隻である大型船が、ぎらぎらと輝く電飾に目をし ばたたかせる劇場帰りの疲れてはてた乗客を乗せ、やわらかな光のローブをま とう自由の女神のそばを通り、セント・ジョージの方向にしずしずと進んで いった。見あげると夜空は、すみ切った寒気に星を散らした壮麗な天蓋だった。

路面電車が橋の上をがたがたと走るとき、青い火花が架線にからみつくように 飛び散った。 オーブリーはこのすばらしい光景を見るともなく見つめていた。彼は冷静に 考えるたちで、ミス・ティタニアの圧倒的なあでやかさにうろたえてしまった 自分を、こんなふうに慰めようとしていた。つまり、彼女も結局は彼が崇拝す るわざ――広告――の所産であり成果ではないか、と。彼女が発する香気、ま なざしが持つやわらかな強制力、心惑わす手首のひだ飾りすら、彼がほれこん だわざの功績に帰せられるのではないか？ グレイー・マター社のオフィスの 一角で人知れず「視線を釘づけにする」コピー、レイアウト、活字の字面に思 いをめぐらしていた彼は、この無自覚な受益者の勝ち誇ったような華やかさと しとやかさの形成に一役買っていたのではないか？

愛らしいイメージではげ しく彼を苦しめる彼女は、まさしく広告という神秘的でとらえがたい力の象徴 のように思えた。ここまで彼女を作り上げたもの――はにかみ屋で、おどけた 小男、ミスタ・チャップマンが娘に文明の粋をまとわせることを可能にしたも の――地上を照らす明けの明星となるまでに、彼女を大切に育て上げることを 可能にしたもの――それこそまさに広告だったのだ！

広告が彼女の身をつつ み、広告が彼女を養い、しつけ、屋根を与え、守ってきたのだ。ある意味で彼 女は父親の経歴を宣伝する最上の広告であり、その無邪気な完璧さはタイムズ スクエアの群衆の頭上に輝く「チャップマン・プルーンズ」という電飾文字と おなじように彼の心をもてあそんだ。自分自身の良心的な仕事が、この娘を近 づくこともできないような位置に押しあげたのだと思うと、彼はうめき声をあ げた。 もしも彼が強い思いにかられ、知らず知らず橋の欄干をぐいと怒ったように つかまなかったら、どんな口実をもってしても彼女に二度と近づくことはでき なかっただろう。というのは、その瞬間、後ろから彼の頭に麻袋がかぶせられ、 何者かが乱暴に足を抱えて、あきらかに彼を欄干から突き落とそうとしたので ある。はからずも手すりに手をかけていた彼は、かろうじてこの襲撃に抵抗す ることができた。いきり立つ暴漢に足をすくわれたが、欄干に身体を押しあて て横に倒れ、幸運にも敵の足をつかむことができた。袋をかぶせられていたの で、大声を出してもむだだった。しかし彼はつかんだ足に必死になってしがみ つき、彼と暴漢は歩道をいっしょに転がった。オーブリーも腕っ節は強かった から、虚をつかれたとはいえ、相手をねじ伏せることはできたかも知れない。 ところが死にものぐるいで争い、袋を脱ごうとしているとき、彼は頭にすさま じい一撃をくらい、なかば気絶状態に陥ってしまったのである。一瞬、彼はの びてしまって、抵抗することもできなかった。しかし意識はまだ残っていて、 少々奇妙なことだが、これから空中に放り出されて、凍てつくようなイースト リバーに落ちていく、目のくらむような感覚を期待して待っていた。腕が伸び て彼をつかんだ――そのとき無抵抗な彼は、叫び声やら、厚板の上を駆ける足 音やら、全速力で逃げていく別の足音を聞いた。とたんに袋が頭から取りのけ られ、親切そうな通りがかりの男が彼のそばに膝をついた。 「おい、大丈夫か？」その男が心配そうに言った。「まったく危ないところ だったな」 オーブリーは気が遠くなりそうでしばらく口をきくこともできなかった。頭 はしびれ、きっと数インチはへこんだにちがいないと思った。弱々しく手をあ げてみると、驚いたことに頭蓋骨の輪郭はいつもとまったく変わらなかった。

見知らぬ男は膝に彼の身体をもたれさせ、したたり落ちる血をハンカチでぬ ぐった。 「きみ、おだぶつじゃないかと思ったぜ」彼は思いやりのこもった声でいっ た。「あいつらがきみに飛びかかるのを見たんだ。残念だが逃げられたな。ほ んとうに汚いことをしやがる」 オーブリーは夜の空気を大きく吸い込み、上体を起こした。橋が彼の足下で 揺れていた。星降る夜空に浮かび上がるウールワース百貨店の輪郭は、大風に あおられるポプラのように折れ曲がりふらついていた。彼はひどい吐き気がし た。 「とても助かりました」彼はどもりながらいった。「こんなのすぐに治りま すよ」 「救急車を呼ぼうか？」彼を助けた男が言った。 「いや、結構」とオーブリーがいった。「なんでもないです」彼はよろよろ と立ち上がって、欄干にしがみつき、気持ちを落ち着かせようとした。頭のな かで一つの文句が忌々しいほど何度も繰り返された――「味はマイルド、気分 は爽快！」 「どこに行くんだい？」彼を支えながら男がいった。 「マディソン・アヴェニューと三十二丁目の――」 「タクシーを呼んでやろうか。おおい」彼はべつの市民が近づいてくるのを 見て叫んだ。「手を貸してくれ。頭を棍棒で殴られたんだ。おれはタクシーを ひろってくる」 そこにあらわれた男はさっそく厚意の手をさしのべ、オーブリーのハンカチ を、大量に出血している頭のまわりに巻いた。しばらくして最初のサマリア人 が、ブルックリンから走ってきたほろつき自動車をつかまえた。運転手は気持 ちよくオーブリーを家まで送ることに同意し、他の二人は彼が車に乗り込むの を手伝った。彼は頭部をひどく切っていたが、ほかに傷はなかった。 「夜中にロングアイランドをうろつくなら鉄かぶとが必要だね」運転手がや さしく話しかけた。「この前の晩、ロックヴィルセンターからこっちに走って くるとき、二人組の男にピストルを突きつけられそうになったよ。もしかした らあんたを襲ったのもおなじ二人組かも知れない。奴らの顔を見たかい？」 「いいや」オーブリーがいった。「あの袋があれば手がかりになったかもし れないが、取ってくるのを忘れた」 「もどろうか？」 「その必要はないよ」オーブリーはいった。「思い当たるふしがあるんだ」 「正体を知っている？ おいおい、陰謀に巻き込まれているのか？」 車は暗いバワリー街を飛ぶように走り抜け、四番街から三十二丁目に入り、 オーブリーを下宿の前で降ろした。彼は送ってもらったことを心から感謝し、 それ以上の手助けを断った。何度か差し込みそこねてようやく表の戸の鍵をあ けると、きしむ階段を四つあがり、よろよろしながら部屋のなかに入った。手 探りして洗面台を探し、うずく頭を洗い、タオルを巻きつけるとベッドに倒れ 込んだ。

