# 惡魔

Author: Tanizaki, Jun'ichiro, 1886-1965

Genre: Category: Novels

Language: 日本語

License: Public domain

Source: https://www.gutenberg.org/ebooks/37605

Amazon editions: https://www.amazon.co.jp/s?k=%E6%83%A1%E9%AD%94+Tanizaki&tag=cyberlibrar00-20

## Summary

眞つ暗な箱根の山を越すときに、夜汽車の窓で山北の富士紡《ふじばう》の灯をちらりと見たが、やがて又｜佐伯《さへぎ》はうとうとと眠つてしまつた。其れから再び眼が覺めた時分には、もう短い夜がカラリと明け放れて、靑く晴れた品川の海の方から、爽やかな日光が、眞晝のやうにハツキリと室内へさし込み、乘客は總立ちになつて、棚の荷物を取り片附けて居る最中であつた。酒の力で漸く眠り通して來た苦しい夢の世界から、ぱつと一度に明るみへ照らし出された嬉しさのあまり、彼は思はず立ち上がつて日輪を合掌したいやうな氣持になつた。 「あゝ、これで己もやうやう、生きながら東京へ來ることが出來た。」 斯う思つて、ほつと一と息ついて、胸をさすつた。名古屋から東京へ來る迄の間に、彼は何度途中の停車場で下りたり、泊つたりしたか知れない。今度の旅行に限つて物の一時間も乘つて居ると、忽ち汽車が恐ろしくなる。さながら自分の衰弱した魂を恐喝するやうな勢で轟々《がう〳〵》と走つて行く車輪の響の凄じさ。グワラ〳〵グワラと消魂《けたたま》しい、氣狂ひじみた聲を立てゝ機關車が鐵橋の上だの隧道の中へ駈け込む時は、頭が惱亂して、膽が潰れて、今にも卒倒するやうな氣分に胸をわくわくさせた。彼は此の夏祖母が腦溢血で頓死《とんし》したのを見てから、平生大酒を呷《あふ》る自分の身が急に案じられ、何時《いつ》やられるかも知れないと云ふ恐怖に始終襲はれ通して居た。一旦汽車の中で其れを思ひ出すと、體中の血が一擧に腦天へ逆上して來て、顏が火のやうにほてり［＃「ほてり」に傍点］出す。 「あツ、もう堪らん、死ぬ、死ぬ。」 かう叫びながら、野を越え山を越えて...

## Chapters

- [Part 1](https://www.cyberlibrary.org/ja/books/37605/chapters/1/index.md)
