# 雲形紋章

## 第八章

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ミス・ジョウリフはブランダマー卿とのおしゃべりに夢中になっているに違いない。台所で待ちながらアナスタシアは、叔母がもう降りてこないのではないかと思った。彼女は強い決意で「ノーサンガー・アベイ」に集中しようとしたが、目が活字の列を追ってもさっぱり頭に入らず、挙げ句の果てにふと気がつくと、ぱらぱらと騒々しくしきりにページをめくるばかりで、かえって空想の邪魔をしている自分に気がついたのだった。彼女はぱしんと本を閉じ、椅子から立ち上がって叔母が戻るまで台所を行ったり来たりした。 ミス・ジョウリフは訪問者の愛想のよさについて滔々とまくしたてた。 「本当に立派な人は例外なしにそういうものなのよ」彼女はほとばしるようにしゃべった。「いつも思うんだけど、貴族の方って腰が低いものよ。すっかりまわりに溶けこんで」ミス・ジョウリフはたった一度の行為を習慣とみなしてしまう、よくある誇張に陥っていた。いままで貴族と面とむかって話したことなどなかったのに、ブランダマー卿の第一印象を、まるで彼のような地位や立場の人を見てきた長い経験に基づく慎重な判断のように提示した。 「どうぞ記念インクスタンドをお使いくださいって、みすぼらしい黒いやつはのけてしまったの。すぐ分ったわ、銀のほうが使い慣れていらっしゃるものにずっと近いことは。わたしたちのこと、多少はお聞き及びのようよ。中に入れてくれた若い女性はわたしの姪かってお尋ねにまでなったんだもの。あなたよ。あなたのことよ、アナスタシア。あなたかってお訊きになったのよ。きっとどこかでマーチンにお会いになったんだと思うわ。でも、わたし、あんまり予想外のご訪問なので、本当に取り乱してしまって、お話がほとんど理解できなかった。でも、わたしが落ち着けるように絶えず気を遣ってくださって、だから、わたし、とうとう軽い飲み物でもいかがですかって思い切って訊いてみたの。『御前様、お茶を一杯さし上げたいのですが、いかがでしょうか。たいしたおもてなしはできませんが、お受けいただければとっても光栄ですわ』って。そうしたら、あなた、なんてお答えになったと思う？『ミス・ジョウリフ』――あの方はすごく魅力的な表情をなさるの――『そうしていただければ、こんなにありがたいことはありません。聖堂を歩き回ってとても疲れていましてね。それにもうちょっと時間をつぶさないとならないんです。夜の汽車でロンドンに行くので』お若いのに大変ね！（八十才を越えた先代しか知らないカランでは、ブランダマー卿はまだ若いのである）きっと何か公のお仕事でロンドンに呼ばれているのよ――上院とか宮廷とか、そんな関係だわ。他人に気を遣っていらっしゃるようだけど、同じくらいご自分にも気を遣っていただきたいわ。すごく疲れていらっしゃるみたいだし、顔つきも寂しそうなんですもの、アナスタシア。それでいてとっても思いやりがあるの。『是非お茶を一杯いただきたいです』――一語一句この通りにおっしゃったのよ――『でもそれを持ってくるのにまた階段を登ることはありませんよ。わたしが下に降りて、一緒にいただくとしましょう』ですって。 『申し訳ございません、御前様』とわたしは答えたの。『それはご容赦ください。この家はみすぼらしすぎますし、お給仕をさせていただくのは名誉なことですわ。午後の会合から戻ったばかりですので、わたしの外出着は大目に見ていただければ嬉しいんですが。姪がよくわたしを手伝うと言ってくれますけど、でも今だって彼女の若い足より、私の老いぼれた足のほうが元気だって言ってやるんです』」 アナスタシアの頬が赤くなったが何も言わなかった。叔母は話しつづけた。「そういうわけだから、さっそくお茶を持って行くわ。あなたがお茶を淹れてもいいわよ。でもお茶の葉はいつもよりたっぷりね。上流階級はそういうことでけちけちしないし、あの方もきっと濃いお茶を飲みつけていると思うわ。ミスタ・シャーノールのティーポットがいちばんいいんじゃないかしら。わたし、銀の角砂糖ばさみとＪの字が入ったスプーンを一本取ってくる」 ミス・ジョウリフがお茶を持って行こうとしたとき、玄関でウエストレイに出くわした。聖堂から戻ってきたばかりの彼は、女主人の挨拶に少なからず胸騒ぎを覚えた。彼女は盆を置くと不吉な仕草と「まあ、ミスタ・ウエストレイ、何があったと思います」ということばで彼をミスタ・シャーノールの部屋に招き入れたのである。彼が最初に思ったのは、何か深刻な事故が起きたのではないか、オルガン奏者が死んだとか、アナスタシア・ジョウリフが足首をくじいたのではないかということだった。何が起きたのか、本当のことを知ったときはほっとした。彼はミス・ジョウリフが訪問者にお茶を運ぶのを数分待って、それから自分も階段を上がった。 ブランダマー卿が立ち上がった。 「勝手にお部屋にあがりこんだりして申し訳ありません。わたしのことは、もう下宿のご主人からお聞きになったでしょうね。勝手させていただいた事情についても。言うまでもありませんが、わたしはカランに関係することすべてに興味を持っています。この町のことも早速詳しく知ろうと思っています――それからここの住人のことも」彼はちょっと考えてからそう言い添えた。「まったくお恥ずかしいのですが、今は何も知らないのですよ。しかしこれは長いあいだ外国にいたせいなのです。ほんの数ヶ月前に戻ってきたばかりですから。しかしそんなことはわざわざ申し上げる必要はないでしょう。実はここに来たのは、大聖堂で行われることになっている修復計画についていくつか教えていただきたかったからなのです。そんな計画があるとは、先週まで知りませんでした」 彼の口調は落ち着いていて、澄んだ低い声がそのことばに重みと誠実さを与えていた。きれいに髭を剃ったオリーブ色の顔、整った目鼻立ちと黒い眉を見て、ウエストレイはしゃべりながらスペイン人のようだと思った。その印象は相手の慎み深く、謹厳な態度によって強められた。 「わたしに分かることなら何でも喜んでお話しますよ」と建築家は言い、棚から見取り図や書類を下ろした。 「残念ですが、今晩は時間がありません」とブランダマー卿は言った。「もうすぐロンドン行きの汽車に乗らなければならないのです。しかしよろしければ早い機会にもう一度ここに来ようと思います。たぶん、そのとき一緒に聖堂に行けると思います。あの建物にはとても愛着を感じているんです。建物自体の壮麗さもさることながら、昔の思い出もありましてね。子供の頃、まあ、ときにはとてもみじめな子供時代だったのですが、よくフォーディングからここまで遊びにきて大聖堂のあちこちをぶらぶらしながら何時間も過ごしたものです。螺旋階段や、暗い壁廊や、いわくありげな障壁や信者席を見ているとロマンチックな夢にひたってしまい、今でもその夢から完全に覚めてはいないんじゃないかという気がします。あの建物は大幅な修理の必要があると聞きました。素人目には変わったところは何もないように見えますけど。昔からずっと荒れた感じがしていたせいでしょうか」 ウエストレイは最終的にやらなければならないこと、そして今取り組もうとしていることを、手短に説明した。 「こんな具合に工事の計画は立ててあります」と彼は言った。「袖廊の天井がいちばん緊急を要することは間違いないんですが、ほかにも長く放置しておくわけにはいかないところが多々あるのです。塔の安定度にも大いに疑問があります。もっともわたしの上司はそれほど深刻には考えていないようですが。それでいいのかもしれませんけどね。というのはわれわれは資金難でにっちもさっちもいかない状態だからです。来週慈善市を開いて資金を募ろうとしているんですが、慈善市を百回催しても必要な金の半分も集まらないでしょう」 「その手の問題があることは聞いています」訪問者は考えこむように言った。「今日礼拝が終わって聖堂を出るときにオルガン奏者に会いました。わたしの正体を知らずに、何もかもブランダマー卿の責任であると、とても厳しい意見を述べていましたよ。特にオルガンを直すべきだとね。南袖廊（註 原文では「北袖廊」になっている）に関しては、わたしたちにある種の道義的責任があると思います。あそこを墓所として付属させましたから。確かブランダマー側廊と呼ばれていたと思います」 「ええ、今でもそう呼ばれていますよ」とウエストレイは答えた。会話がこういう方向に進んだことを彼は喜び、機械仕掛けの神があらわれたと思った。ブランダマー卿の次の質問はさらに彼を勇気づけた。 「袖廊の修復にはいくらかかるとお考えですか」 ウエストレイは書類をかき回して、表紙にカラン大聖堂の絵が載っている、印刷された小冊子を探しだした。 「これはサー・ジョージ・ファークワーの見積もりです」と彼は言った。「寄付を呼びかけるために各方面に送ったパンフレットなんですが、印刷費をまかなうことさえできませんでした。今どきこうしたことに金を出そうなんて人は一人もいません。ああ、これですね――南袖廊に七千八百ポンド（註 原文では「北袖廊」）」 短い沈黙がつづき、ウエストレイはまごついた。総額がブランダマー卿の予想を越えていたのだろう。いきなり金額を示したせいで、せっかくの寄付者の意気込みに水をかけてしまったのではないかと心配で顔が上がらなかった。 ブランダマー卿は話題を変えた。 「オルガンを弾いていたのは誰なんですか。あの人の態度は結構気に入ってしまいました。相当きついことをいわれましたよ。悪気はないんでしょうけど。有能な音楽家のようですね。でも楽器は無惨な有様だとか」 「確かにとても有能なオルガン奏者です」とウエストレイは答えた。ブランダマー卿が寄付する気でいるのは明らかだった。袖廊の修復費用を出すところまで気前がよくないにしろ、少なくともオルガンには幾ばくかの金を出すのではないだろうか。建築家は友人ミスタ・シャーノールのために力をつくそうとした。「彼はとても有能なオルガン奏者です」と彼は繰り返した。「シャーノールといって、この下宿に住んでいるんです。呼んできましょうか。オルガンのことをお訊きになりますか」 「いやいや、今は止めておきます。時間がありません。別の日に話し合いますよ。きっとお金はそんなにかからないでしょうね、オルガンの修理には――他の費用と比べればたいしたことはないでしょう。わたしの祖父、亡くなったブランダマー卿に、この修復費用の話を持ちかけなかったのですか」 寄付に対するウエストレイの期待は再び打ち砕かれ、こんなふうに話をそらすのは彼にはいささか蔑むべきことのように思われた。ブランダマー卿が不必要なまでに愛情をこめて聖堂を賛美したすぐあとだっただけに見苦しい感じがした。 「ええ、参事会員のパーキン、ここの主任司祭が先代のブランダマー卿に手紙を書いて、聖堂修復費用の寄付をお願いしたんですが、梨のつぶてでした」 ウエストレイはその口調に皮肉めいたものを含ませたのだが、しゃべり終わるよりも先に自分の無礼なことば遣いを後悔していた。しかし人によっては怒るようなことを言ったのに、相手は少しも気にしていないようだった。 「ああ、わたしの祖父は実に嘆かわしい老人でした。さあ、もう行かないと、汽車に遅れてしまいます。この次カランに来たときはミスタ・シャーノールに紹介してください。聖堂を見せてくださるって約束でしたよね。よろしいですか」 「ええ――ああ、もちろんですよ」とウエストレイは言ったが、さっきほど誠意のこもった話し方ではなかった。彼はブランダマー卿が寄付の約束をしなかったことに失望し、彼に付き添って階段下まで降りるときは、半時間ほど品物を物色したあと、考えてまた来るなどと言って帰ってしまうご婦人をもてなした、店員のような気分だった。 ミス・ジョウリフは台所の階段に立って待っていたおかげで、玄関ホールでまったく偶然にもブランダマー卿と会うことができた。彼女は新たな敬意の表明とともに正面玄関のドアを開けて彼を外に導いた。彼女は彼がけちくさく寄付を回避したことを知らなかったし、彼女にとって御前様は何があろうと御前様なのである。彼は立ち去るとき彼女と握手して、今度カランに来たときもお茶をご馳走してくださいねと言い、彼がふりまくあらゆる魅力と親切に最後の仕上げを施した。 ブランダマー卿がベルヴュー・ロッジの外の階段を降りていくとき、日はかげりはじめていた。いつもより早く日が暮れたのだろう、訪問者が上の階にあがってすぐ、アナスタシアは台所が暗すぎて本が読めないことに気がついた。そこで彼女は本を持ってミスタ・シャーノールの部屋へ行き、窓辺の席に座った。 そこはミスタ・シャーノールが外出しているときも、家にいるときも、彼女が好んでよく行く場所だった。ミスタ・シャーノールは子供のときから彼女を知っていたし、作曲しているとき静かに読書する優雅な娘の姿を見るのが好きだったのだ。奥行きのある窓辺の腰掛けはペンキを塗った樅の板で作られていた。背に沿って色あせたクッションが垂れ下がっていて、窓が開いているときは上に持ちあげ窓枠に載せることができ、夏の夜など、誰でも肘を休めながら外を眺めることができた。

夕闇が垂れこめていたが、窓はまだ開いていた。しかし窓枠の上にちょこんとあらわれたアナスタシアの頭は、下までおろされたブラインドに隠され、外からは見えなかった。このブラインドは緑色をした、幾つもの小さな木の羽根板でできており、何度も夏の太陽に当たって色はかすれ、火ぶくれができていた。壺形の真鍮のつまみを回すと隙間が空いて、部屋の中から外がのぞけるようになっている。 しばらく前から読書ができないくらい暗くなっていたのだが、アナスタシアは窓辺の席に座りつづけた。ブランダマー卿が階段を降りてくる音を聞きつけると、通りの景色が見えるように真鍮のつまみを回した。叔母が玄関で滔々と同じお世辞を繰り返すのを聞き、暗闇の中で顔が赤くなるのを感じた。彼女が赤面したのはウエストレイが重要人物にむかってあまりにもぞんざいでなれなれしい口を利くのが癇に障ったからでもある。そして顔を赤くするという自分の愚かさに対して赤面した。正面玄関のドアがようやく閉まり、ガス灯の明かりが階段を降りるブランダマー卿の活力のある姿と、まっすぐで四角い肩に当たった。三千年前、もう一人の乙女が側柱とドアのあいだから、父の宮殿を去るもう一人の偉大なよそ者のまっすぐな広い背中を見ていた。しかしアナスタシアはナウシカアより幸運だった。バイエケス人の船にむかいながら、ユリシーズが後ろを振り返ったという記録はないけれど、ブランダマー卿は振り返って後ろを見たからである。

彼は振り返って後ろを見た。アナスタシアには彼が火ぶくれのできた小さな羽根板を通してまっすぐ彼女の目を覗きこんだように思われた。もちろんまことにつまらない町の、まことにつまらない下宿屋にいる、まことに愚かな女主人の姪である、まことに愚かな娘が、日よけの後ろから彼を見ているなど、彼に推測できようはずがなかった。しかし彼は振り返って後ろを見たのだ。アナスタシアは彼が帰ったあとも半時間あまりその場から動かなかった。またたくガス灯の光りの中に垣間見た厳しく、目鼻立ちの整った顔のことを考えていたのだ。 それは厳しい顔だった。彼女は暗がりの中で目を閉じ、何度もその顔を思い浮かべた。彼女にはその厳しさが分かった。厳しくて――ほとんど残酷ですらあった。いや、残酷ではない。ただ情け容赦ない決意を秘めているのだ。目的を達するために必要ならば残酷さえも辞さない決意を。このように彼女は小説風のやり方で議論を重ねた。ヒロインたるもの、この程度の議論ができなくてどうしようと彼女は思っていた。ヒロインは、どれほど謎めいた顔であっても一目でその仮面をはぎ取り、「涙なしの読み物」（註 イギリスの初等読本）の頁を読むように、そこに書かれた情熱を明瞭に読み取ることができなければ、残念ながらその気高い役割を勤める資格がないのである。彼女、アナスタシアにそのくらいの単純な能力が欠けているはずがあるだろうか。いや、彼女は男の顔つきを一瞬で見定めた。あれは残酷なまでに固く決意している顔だわ。厳しいけれど、でも、なんてハンサムなのかしら！彼女ははじめて戸口で会ったとき、灰色の目が彼女の目とぶつかり、その力で彼女の目を眩ませてしまったことを思い出した。十代の田舎娘にしては驚くべき洞察、驚くべき心理の読み取りである。しかし嬰児《をさなご》や乳飲み子の口によってこそ、力の基《もとゐ》は永遠に定められるのではなかっただろうか。（註 詩篇から） ドアが勢いよく開かれ、空想は破られた。ミスタ・シャーノールが部屋に入ってきたとき、彼女は椅子から飛び上がった。 「おやおや！どうなっているんだね。火は焚かず、窓は開けっ放し。お嬢さんはサー・アーサー・ベディバ（註 アーサー王伝説に出てくる忠実な騎士）を夢見て風邪をおめしになる――えらく詩的な鼻風邪じゃないかね」 彼のおしゃべりは石筆をとがらす音のように彼女の気分を不快にした。彼女は何も言わず、脇をすり抜け、後ろ手にドアを閉めると、ぶつぶつ言う彼を暗がりに残して去った。 ブランダマー卿の訪問という興奮は、ミス・ジョウリフを疲労困憊させてしまった。彼女は殿方たちに夕食を持っていき――ミスタ・ウエストレイはその晩ミスタ・シャーノールの部屋で食事をした――アナスタシアにちっとも疲れていないと請け合ったのだが、しかし程なくそんなそぶりもできなくなって、首もたれが左右に張り出した背の高い椅子に、安らぎを求めて避難せざるを得なかった。この椅子は台所の隅に置いてあって、病気とかほかの緊急事態のときにしか使われないものだった。食事の片付けを促す呼び鈴が鳴ったが、ミス・ジョウリフはぐっすりと寝こんでいて、その音が聞こえなかった。アナスタシアは通常は「給仕」をすることを許されていなかったが、疲労の溜まりすぎた叔母を起こしてはならないと、自分でお盆を持って階段を上がった。 「なかなかの美男子ですね」彼女が部屋に入ったとき、ウエストレイがそう言っていた。「しかしそのほかの点ではあまり好ましい印象を持たなかったな。聖堂のことをやけに熱心に話していましたよ。そのあと五百ポンドの寄付をしてくれたのなら、それも大いに結構なんですがね。しかしいくらうっとりしてしゃべっても、それを現実のものにするために半ペニーだって払う気がないんだからどうしようもない」 「あいつは爺さんそっくりだ」とオルガン奏者は言った。

うるう年 二月は二十九日まで 支払いは 三十日《みそか》にするぞとブランダマー

「ここらじゃそういっているのさ。今日の午後、さんざん言ってやったよ。まさかブランダマーとは知らなかったから、思い切りこっぴどくやっつけてやった」 汚れた皿や夕食の残り物を盆に集めながらアナスタシアの頬は激しく色づき、胸の中にはさらに激しい感情が渦巻いていた。彼女は懸命に動揺を隠そうとしたが、そうすればそうするほどいっそう動揺は募った。オルガン奏者は彼女の方に視線をむけることなく、じっと様子をうかがっていた。彼は抜け目のない男で、彼女がテーブルを片付けおわるまでに、一時間前、彼によって破られたあの夢の中で誰が主人公を演じていたのか察しをつけてしまった。 ウエストレイはミスタ・シャーノールのパイプからただよってくる煙を片手で払った。 「誰か先代の卿に修復工事の話を持ちかけなかったのかって質問されたので、主任司祭が手紙を書いたけど梨のつぶてだったと言ってやりましたよ」 「手紙は先代の卿に出したんじゃないよ」ミスタ・シャーノールが口をはさんだ。「他でもないあいつに宛てて出したんだ。あいつに出したことを知らなかったのかい？先代のブランダマーに手紙を出したって紙とインクの無駄だってことは皆知っている。そんな馬鹿なことをしたのはわたしだけだよ。一度、オルガン修理の嘆願書を印刷し、名簿の筆頭に署名して欲しいと一部送りつけたことがある。しばらくして十シリング六ペンスの小切手を送ってきたよ。わたしは礼状を書いて、オルガン椅子の脚が折れたら、これで直せますわいと言ってやった。もっともやつのほうが一枚上手だった。小切手を現金に換えようと銀行に行ったら、支払い停止になっていたんだ」 ウエストレイは細くて甲高い声で愉快そうに笑ったが、それがアナスタシアには、あけすけな馬鹿笑いよりいらだたしく感じられた。 「聖堂に七千八百ポンドかかると聞いて躊躇したとき、それならあなたのためにオルガンを何とかしてもらおうと思ったんですよ。わたしはあなたがこの家に住んでいると言ったんです。お会いになりませんかって。『いやいや、今は止めておきましょう』とこう言いましたよ。『別の日に』ってね」 「爺さんそっくりだ」オルガン奏者はもう一度苦々しく言った。「採れるものなら、あざみから無花果を取るがいい（註 マタイ伝から）。しかしブランダマーから金をせしめようとは思うな」 皿を取り上げるとき、アナスタシアは親指をカレーの中に突っこんだことも気がつかなかった。彼女はとにかくその場を離れ、二人の毒舌の聞こえないところへ行き、こっそり隠れて胸のつかえをおろしたくてたまらなかった。ミスタ・シャーノールは部屋を出ようとする彼女にむかってもう一撃を放った。 「じいさんに似ているのは握り屋というところだけじゃない。じいさんは女たらしで悪名高かったが、今度のはそれに輪をかけた女たらしだ。身持ちの悪いやつらさ――どいつもこいつも」 ブランダマー卿がベルヴュー・ロッジによい印象を残せなかったのは確かに不運だった。若い娘は彼の顔つきを厳しく残酷であると判断し、建築家は彼のけちな性格を見抜き、オルガン奏者は断固彼を敵に回す覚悟をしたのだから。そうしたことを何一つ知らずいたのは彼の心の平安にとって幸いであった。いや、もしかしたら、そうしたことすべてを知っていたとしても彼はあまり悩まなかったかも知れない。彼のことを褒める唯一の人間はミス・ジョウリフだった。彼女は一寝入りしたあと顔を赤らめ、しかし元気を回復して起きあがった。そして夕食の食器が洗って片付けられていることに気がついた。 「あらまあ、あなた」彼女はたしなめるように言った。「わたし、寝こんで全部あなたにやらせてしまったのね。こんなことしちゃいけないわ、アナスタシア。起こしてくれればよかったのに」だが肉体は弱し（註 マタイ伝から）。彼女はあくびを隠すために、とっさに手を顔の前に持っていかなければならなかった。しかし彼女の心は本能的にその日の大事件のことへと戻っていった。彼女は穏やかに振り返って言った。「とっても立派な方ね。威厳があって、それでいて愛想がよくて。おまけにとびっきりハンサムだったじゃない」

