# 雲形紋章

## 第六章

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一ヶ月後、聖セパルカ大聖堂の修復工事は軌道に乗りはじめた。南袖廊には木の足場が支柱の上に高々と組まれて、石工が内部から穹窿天井に作業の手を加えることができるようになった。この天井が建物の中でもっとも修理の必要な部分であることは疑いを入れないが、ウエストレイは他にも放っておけない危険な箇所があるという事実に目をつぶることができず、サー・ジョージ・ファークワーの注意を脆弱化した複数の部分にむけさせようとした。いずれもこの偉大な建築家の、おざなりな点検をまぬがれた部分である。 しかしウエストレイの不安のいちばん底にひそんでいたのは、塔を支えるアーチへのほの暗い懸念だった。彼は中央塔のとてつもない重量が夢魔のように建物全体に覆いかぶさっているさまを思い描いた。サー・ジョージ・ファークワーは代理人の説明に充分耳を傾け、特に塔を検査する目的でカランを訪れることにした。彼はある秋の一日を測定や計算に費やし、中断されたピールの話を聞き、壁の割れ目を細かく調べたが、以前の判断を改めたり、塔の安定性に疑いをさしはさむいかなる理由も見いださなかった。彼はやんわりとウエストレイの神経質をからかい、他のところも確かに修理が必要だと同意しつつも、不運にも資金が足りないのだから、今のところ工事の規模と進捗は、いずれも限られたものにならざるを得ないと言った。 カラン大聖堂は他のより大きな修道院とともに千五百三十九年に解体された。この年、最後の修道院長であったニコラス・ヴィニコウムは王に反抗して修道院の明け渡しを拒否したために西の大門楼の前で反逆者として絞首刑にされた。修道院の一般財源は王室収入増加庁の手に移り、すぐそのまわりの修道院領有地は王室のお抱え医師シャーマンに与えられた。スペルマンは冒涜を主題にしたその著作のなかで、修道院の土地がその新たな所有者一族に没落をもたらした例としてカランを挙げている。というのも、シャーマンには放蕩者の息子があって、彼は家督を食いつぶし、その後エリザベス女王の時代にスペインの陰謀家と策動して斬首刑になったのである。

悪徳領主にわざわいを もたらす僧院領有地 教会堂を盗む者 必ず天の罰を受く

こうしてシャーマンの一族は次の世代で完全に絶え果てたが、サー・ジョン・ファインズが地所を買い取り、前任者の悪行をつぐなうために学校と養老院を設立した。この罪滅ぼしは見事に功を奏した。というのも、ホレイショ・ファインズはジェイムズ一世によって貴族に叙せられ、その一家はブランダマーという名を得て現在までつづいているからである。

修道院が正式に解体される前日、僧たちは聖堂で最後の祈りのことばを歌った。夜遅く行われたのは、ひとつにはそのほうがこうした別れにふさわしいし、またひとつには一般の注意を引くことがより少ないだろうと思われたからである。王の役人たちはこれ以上儀式を執り行うことを許さないのではないかという心配があったのだ。六本の大きな蝋燭が祭壇の上で燃やされ、壁の蝋燭受けは聖歌隊席の修道士たちが目の前に置いている祈祷書をいつも通りに照らした。寂しい礼拝だった。慣れ親しんだよき習わしがこれを最後に消えてしまうというときはいつも寂しいように。修道士たち、とりわけ年のいった僧たちは明日どこへ行けばよいのか分からず、心を引き裂かれる思いだった。副修道院長は悲嘆のあまり声が途切れ、朗読を中断するありさまだった。

身廊は暗闇に包まれ、ところどころに置かれた火鉢が巨大なノルマン様式の柱を赤く照らしているだけだった。その暗がりに町の人々が小さな集団を作ってたたずんでいた。今より幸せだった頃の身廊はいつも町の人に開放されていて、彼らはいくつもある礼拝堂の祭壇で恵みの手段にあずかろうとしたものだ。その晩彼らは、修道院の最後を見届けに集まってきた――好奇心から見に来た者も数名はいたけれど、ほとんどは偉大な聖堂が素晴らしい礼拝とともに永遠に失われるのだというつらい思いと、深い悲しみを抱いてやってきたのだった。彼らはアーケードの柱のあいだにたむろした。身廊と聖歌隊席をへだてるドアが開いていたので、石の障壁のむこう、遠く主祭壇の上にあや織りの毛織物が輝いているのが見えた。

聖堂の中でもっとも悲しみにくれていたのは、商人であり羊毛選別人でもあるリチャード・ヴィニコウムだった。彼は修道院長の兄で、もちろん修道院がなくなることに心を痛めていたが、彼の場合はさらに、弟がロンドンで囚われの身となっていること、そしてまず確実に死罪に問われるだろうということが悲しみをいっそう深いものにしていた。

彼は塔の北西の角を支える基柱の暗い影に立ち、修道院長の運命と修道院の消滅を思って悲しみに打ちひしがれていた。しかも弟への有罪の宣告が彼自身の破滅を招かないとは断言できなかった。その日は十二月六日、聖ニコラスの日、つまり修道院長の守護聖人の日だった。聖歌隊席の近くにいた彼は、壁のむこうで集祷文が読み上げられるのを聞いた。 「神よ、汝の司祭、聖ニコラスに数知れぬ奇跡を行わしめし神よ、かの聖人の善行と祈りにより、主イエス・キリストを通じて、われらを地獄の火より救い給え。アーメン」 「アーメン」かれは基柱の影で言った。「聖人ニコラスよ、わたしをお救いください。聖人ニコラスよ、わたしたち皆をお救いください。聖人ニコラスよ、わたしの弟をお救いください。弟がこの世を去らねばならないのなら、主キリストにお祈りください、主がいち早く選民をお選びになり、わたしたちを主の永遠の楽園で再び相まみえさせ給わんことを」 彼は心痛のあまり手を握り締め、まわりに立っていた人々は、火鉢の火影が彼にあたったとき、涙がその頬を流れ落ちるのを見た。 「み教えを地にあまねく広めしニコラスよ、われらのために取りなし、罪の清めを受けさせたまえ」と司祭者が言い、僧たちの交唱がつづいた。 「そはこの世を卑しみ、天つ国へむかいしお方」 侍者が祭壇の灯火を一つ一つ消し、最後の一本が消えると、僧たちはその場に立ち上がり、列をなして退出した。そのあいだオルガンは破れ窓に鳴る風のような悲しい哀歌を演奏していた。

修道院長は門楼の前で縛り首にされたが、リチャード・ヴィニコウムの財産は没収を免れた。大聖堂がそのまま建築資材として売りに出されたとき、彼はそれを三百ポンドで買い取り教区に寄贈した。彼の祈りの一部はかなえられた。というのは一年もたたずして死が彼を弟と再会させたからである。彼はその敬虔な遺言書の中にこう書いている。「わが魂を、作り主にして救い主たる全能の神にささげ、御心のままに神と聖母と聖人のもとにゆかん。また聖セパルカ大聖堂をその備品を含めてカラン教区に遺贈す。上記教区民は上記聖堂、備品、あるいはそのいかなる一部をも永劫に売却、変更、譲渡すべからず」ウエストレイが修復しなければならない聖堂はこのようにして歴史的危機を脱したのだった。 リチャード・ヴィニコウムの寛大さは単に聖堂の買い取りだけにとどまらず、日々の礼拝の威厳を保つために多額の金を残し、礼拝堂付き司祭を二名、オルガン奏者を一名、聖歌隊員を十名、少年聖歌隊員を十六名増やした。しかし管財人の怠慢と、信仰の深さでは迷信深いリチャード老人をしのぐ人々の情熱が、この基金を大幅にすり減らした。カランの歴代主任司祭は、自分たちの勤労に対する報酬を増やし、毎日の聖歌歌唱という口先だけの信心につぎこむ金を減らしたほうが、この町の信仰にとって有益であると確信した。こういうわけで主任司祭の俸給はしだいにふくれあがり、参事会員パーキンは就任してすぐにオルガン奏者への支払いという贅沢を切りつめ、その年収を二百ポンドから八十ポンドに減額することで、自分の生活費をきっかり二千ポンドに増やす機会を得た。 この節減計画により平日の朝の礼拝は廃止となったが、夕べの祈りはいまでも午後三時にカラン大聖堂で執り行われた。それは修道院時代からつづく礼拝の、消えゆく薄い影であり、参事会員パーキンは、それがだんだんと小さくなり、いつか雲散霧消することを願っていた。そうした形式主義は必ずや真の信仰を窒息させるに違いないし、彼自身の美声と個人的魅力が聴衆に感動を与えるべき多くの祈りが、意味のない詠唱によって絶えず邪魔されるのを遺憾に思っていたのである。彼はおのれの高潔な信条を曲げて、哀れなリチャード・ヴィニコウムが聖歌隊学校に与えた手当をしぶしぶ認めていた。そして平日の礼拝を几帳面に欠席することで、そうした無意味に対する非難をぬかりなく表明していた。こうした事情からこの儀式は白髪のミスタ・ヌート、主イエス・キリストの大義に熱情を注ぐあまり、みずからの利益を求める機会を失い、六十五才になった今もカランの片田舎で不当に安い給料をもらいながら牧師補の地位に留まっているミスタ・ヌートに任されていた。 それゆえ、平日の午後四時に聖セパルカ大聖堂に居合わせた人は誰でも白い法衣の短い行列が南袖廊の聖具室からあらわれ、曲がりくねるように歩きながら聖歌隊席へと進むのを目にするだろう。教会事務員ジャナウエイが銀色の頭部を持つ職杖をたずさえて先頭に立ち、そのあとを八人の少年聖歌隊員がつづく。（リチャード・ヴィニコウムによって定められた人数は半分に減らされていた）さらにそのあとにつづいたのが、いちばん若い者でも五十才という五人の聖歌隊員で、しんがりを勤めたのはミスタ・ヌートだった。行列が聖歌隊席に入ると、事務員は後ろの障壁のドアを閉めて、司宰者たちの心から外の世界の思惑を断ち切り、身廊から俗人が侵入して礼拝の妨げとならないようにした。もっともこの外部の俗人というのは現実的というよりは理論上の存在で、夏の盛りをのぞいて、訪問者の姿は身廊にも聖堂の他のどこにもめったに見られはしなかった。カランは主だった都市のいずれからも遠く離れていたし、考古学的興味はこの当時すっかり下火で、専門的な古物研究家以外、この大修道院の壮麗さを知る者はほとんどなかったのだ。よその人間がカランのことなどいささかも気にかけなかったとすれば、平日の礼拝に対する住人たちの態度はそれに輪をかけた無関心ぶりで、天蓋付き聖職者席の前にある信者席はいつもがらんとしていた。 こういうわけで日々ミスタ・ヌートが朗読し、オルガン奏者のミスタ・シャーノールがオルガンを演奏し、聖歌隊員と少年聖歌隊員が歌を歌うのはひとえに教会事務員ジャナウエイのためだった。他にそれを聴く者は一人もいなかったのである。しかし音楽を愛好する訪問者がそんな折りに聖堂に入ってきたなら、彼は礼拝に深い感銘を受けただろう。ホメロスの詩の妻がありあわせの品を使って客にできるかぎりのもてなしをしたように、ミスタ・シャーノールは欠陥のあるオルガンと不出来な聖歌隊を最大限に活用していたのだ。彼は洗練された趣味とすぐれた資質の持ち主だった。歌声が穹窿天井におごそかに響き渡るのを聴けば、心の広い批評家ならかすれた声や空気漏れのする送風器やがたがたと鳴るトラッカーなど少しも気にせず、陽光と色ガラスと十八世紀音楽がむつまじく融け合った記憶を胸に抱いて帰るだろう。もしかしたら澄んだソプラノの声も彼の印象に残るかも知れない。ミスタ・シャーノールは少年聖歌隊の育成と歌の才能の発掘に定評があった。

修復工事が開始されて迎えた十月、聖ルカ祭の秋晴れは、まことにその名にふさわしいものとなった。この月の中旬には、本物の夏を思わせる、珍しく晴れた日がつづき、風はそよとも吹かず、陽の光があまりにもぽかぽかと照りつけるものだから、カラン・フラットにかかる柔らかなもやを見た人が、八月が戻ってきたと考えたとしても無理からぬことだった。 カラン大聖堂は夏の暑さの中でも概してすがすがしいほど涼気に満ちているのだが、この季節はずれの秋の暑気つづきには、さすがに外のいきれとけだるさが幾分か聖堂の中にもしみこんできたようだった。ある土曜日など普段以上の眠気が午後の礼拝を襲った。聖歌隊は詩篇を歌い終えると、どっかと椅子に腰を下ろし、ミスタ・ヌートが第一日課を朗読しはじめるや、人目をはばからず睡魔に身をゆだねた。もちろん全員が眠気に朦朧としたわけではなく、賞賛に値する例外もあった。北側聖歌隊席ではかすれ声のアルトがしゃがれ声のテノールと活発な議論を戦わせていた。彼らは机の下でとりわけ見事に育ったネギを比べあっていた。二人はどちらも園芸家で、秋のネギ品評会が迫っていたのである。南側聖歌隊席ではソプラノを歌う赤毛の小男パトリック・オブンズがオールドリッチ作曲「マニフィカト」ト長調の楽譜に手を加え、タイトルを「マグニファイド・キャット（拡大された猫）」に変えてやろうと眠る暇もなかった。

第一日課は長々とつづいた。ミスタ・ヌートはきわめて穏やかな情け深い人物だったが、朗読では、聖書の中でも糾弾激しい一節を読むのを得意としていた。確かに英国国教会祈祷書は午後の日課に「ソロモンの知恵」の一部を読むよう指定しているが、ミスタ・ヌートは権威を軽んじ、代わりにイザヤ書からの一節を読んだ。このようなやり方に疑問を突きつけられたなら、彼は聖書外典は行為についての教訓としても、とても容認できないから、と釈明しただろう（註 英国聖公会では聖書外典を生活の模範および行為についての教訓のために読むとしている）。（それにカランにはこの個人的判断の権利に異議を申し立てそうな人間はひとりもなかった）しかし自分でも気がついていなかっただろうけれど、本当は熱弁をふるう適当な一節を探したかったから、そうしていたのである。天罰を下す雷鳴の如きその声には、彼の信じるところ、至高の正義を恐れる気持ちと、あやまてる、しかし忘れ去られて久しい民の盲目さに対する無限の哀れみがこめられているはずであった。実際彼はいわゆるバイブル・ボイスと言われるものを持っていて、朗読の際、普段の生活ではけっして使われないような声音を用い、聖書にいっそうの重々しさを与えることができた。駆け出しの牧師補が「死の時にして裁きの日」とささやいて、嘆願《リタニー》に厳粛さを付け加えるようなものである。 ミスタ・ヌートは近視のためにいにしえの民への天罰がうたた寝する聴衆の頭の上を素通りしていくのが分からなかった。そして彼が長い日課をそれにふさわしい劇的な締めくくりで終えようとしたとき、思わぬ珍事が起きた。障壁のドアが開いて、見知らぬ男が入ってきたのだ。カール大帝の臣将が角笛を吹き鳴らし、百年の安らぎを破って、魔法にかかった王女とその廷臣たちを蘇らせたように、うつらうつらとしていた聖職者たちは闖入者によってはっと夢から目覚めさせられた。少年聖歌隊員はくすくす笑い、聖歌隊員は目を見開き、教会事務員ジャナウエイはこの無分別な飛び入りの頭を打ち砕かんと職杖を握り締めた。みんながざわついたのでミスタ・シャーノールは落ちつかなげに音栓をみやった。彼は寝過ごして聖歌隊がマニフィカトを歌うために立ち上がったものと思ったのだ。

見知らぬ男は自分の姿が皆の注目を喚起したことなどまったく気づいていないようだった。偶然訪れた観光客であることは明らかで、たぶん障壁のドアを開けるまで礼拝が行われていることを知らなかったのだろう。しかしいったん中にはいると、彼は式に参加することを決意し、信徒席につながる踏み段のほうへ歩いていった。とたんに教会事務員のジャナウエイが飛び出し、芝居の脇台詞よりもやや大きめの声で彼にむかって教会の規則を口にした。 「礼拝中は聖歌隊席に入っちゃいけません。だめですよ」 見知らぬ男は老人の横柄な態度を面白がっていた。 「もう入っていますよ」彼はささやき返した。「どうせ入ったんですから、よろしければ、礼拝が終わるまで席に座っていたいですね」 教会事務員はしばらく疑わしそうな視線をむけていた。相手の顔に面白がっている様子が読み取れたとすれば、そこには同時に反論を思いとどまらせる決意もあらわれており、彼は考え直した結果、カラン大聖堂聖職者席の下に並ぶ信者席の開き戸の一つを押し開けた。 しかし見知らぬ男は自分がそこに招かれているということが分からなかったらしく、その信者席を通り過ぎ、小さな踏み段を上がって北側聖歌隊に面した席にむかった。歌い手たちのすぐ後ろには五つの席があって、そこには他の席のものより豪華で手のこんだ天蓋がかかり、背に紋章の楯が描かれていた。この席は色あせた深紅色の細引きによって一般庶民が入れないようになっていたが、見知らぬ男は紐を留め金からはずし、まるで自分の所有物であるかのように手近の指定席に座ったのだった。

教会事務員のジャナウエイは激怒し、大あわてで踏み段をのぼり、いきり立つ七面鳥のように彼のあとを追いかけた。 「おい、おい！」彼は侵入者の肩に手を触れて言った。「ここに座ってはいかん。フォーディングの席なんだから。ここはブランダマー一族の席だ」 「ブランダマー卿が家族を連れてきたら場所を空けるよ」と見知らぬ男は言い、老人がなおも攻撃を仕掛けようとしているのを見て「静かに！いい加減にしたまえ」と付け加えた。

教会事務員はもう一度彼を見て、自分の席に戻った。完敗だった。 「その日かれらが嘯響《なりどよ》めくこと海のなりどよめくがごとし。もし地をのぞまば暗《くらき》と難《なやみ》とありて、光は黒雲のなかにくらくなりたるを見ん」とミスタ・ヌートは言い、大きな丸い眼鏡の底から非難のまなざしを聴衆一同にむけて、聖書を閉じた。

侵入者に体現される無法と、教会事務員に体現される権威の衝突を、興味深そうにずっと眺めていた聖歌隊は、オルガンがマニフィカトを演奏しはじめたので立ち上がった。

歌い手たちが顔を見合わせ、にやにやしていたのは、教会事務員がへこまされるのを見て悪い気がしなかったからである。彼は聖堂の中をわが物顔に歩く専制君主で、みんなから「思い上がっている」と言われる態度で、ときどき彼らの腹を立てさせていた。もしかすると彼は行列の先頭に立って少々いい気になっていたのかも知れない。オルガンの音楽に合わせて職杖を手に行進していると、聖なる場所の、平和の使徒であることを忘れて、たった一つの希望を率いる勇敢な士官になったような気分になることが、たまにあったからである。ちょうどその日の午後は聖具室でバスのミスタ・ミリガンと園芸の問題をめぐって激しく口論した。教会事務員の高圧的な喋り方にいまだ機嫌を損ねていた歌い手は嬉しそうに侵入者に注意をむけ、敵にその敗北を思い知らせた。 その日、北側聖歌隊のテノールが休んでいたので、ミスタ・ミリガンはこれ幸いと、欠席者のサーヴィスの楽譜を自分のすぐ後ろに座っている侵入者に貸し与えた。彼は振り返って見知らぬ男の前にマニフィカトの頁を開いたままうやうやしく楽譜を置いた。むき直るときはジャナウエイに軽蔑のまなざしをむけ、ジャナウエイはすばやくその意味を察知した。

見知らぬ男はこの脇役たちの演技には気づかず、好意に感謝してうなずくと、差し出された楽譜を真剣に読みはじめた。

男声が極端に不足していたため、ミスタ・シャーノールは南側ないし北側の声部に穴が空くことには慣れっこになっていた。詩篇を歌う際は、欠けた声部を左手で補い、必死になって不完全を取り繕おうとしたのだが、しかしマニフィカトの演奏を始めると、豊かな、実に力強いテノールが情感をこめ、正確に歌唱に加わるのを聞いてびっくりした。穴を埋めたのは見知らぬ男で、最初の驚きが過ぎ去ると、聖歌隊は彼を自分たちの技術に精通する者として歓迎し、教会事務員ジャナウエイは彼が入ってきたときの無礼や、ミスタ・ミリガンの反抗的な態度すらも忘れてしまった。大人も少年たちも新しい生命を得て歌った。実際彼らはこれほどの心得の持ち主には是非とも好い印象を与えたいと思い、その聖歌はカラン大聖堂ではひさしぶりに聴く出色のでき映えとなった。ただ見知らぬ男だけはまったくの冷静だった。彼は今までずっと聖歌助手であったかのように歌った。マニフィカトが終わり、ミスタ・シャーノールがオルガンのある二階の張り出しからカーテンの隙間を通してのぞくと、彼が聖書を手にミスタ・ヌートの第二日課を熱心に聞いている姿が見えた。

年の頃は四十、中背というよりもやや背が高く、黒い眉毛に黒い髪、ただし白いものもちらほら見えはじめていた。特に髪の毛はふさふさと豊かで、自然に波打つ巻き毛がすぐさま見る人の注意を奪った。髭はきれいに剃られ、顔の輪郭は鋭いが痩せているわけではなく、引き締まった口元には何か蔑むような表情が浮かんでいた。鼻筋が通り、力強い顔は他人を服従させることに慣れていることを感じさせる。聖歌隊席の反対側から彼を見ると、その姿は素晴らしい一幅の絵になっていた。黒いオークでできた修道院長ヴィニコウムの席がちょうどその額縁の役割を果たしていた。頭上には天蓋があり、その先端は葉飾りや頂華に飾られ、座席の木の背板には楯が描かれていた。よく見るとそれは緑色と銀色の雲形線を持つブランダマー家の紋章だった。恐らくそのあまりにも堂々とした風采のためなのだろう、赤毛のパトリック・オブンズはちょうどその日手に入れたオーストラリアの切手を取り出し、王冠をかぶってゴシック風の椅子に座るヴィクトリア女王の肖像を隣の少年に指し示した。

見知らぬ男はすっかり合唱にのめりこんでいるようだった。彼はおじることなく歌唱に加わり、もう一冊楽譜を与えられると、アンセムでも補欠としてめざましい活躍を見せた。祝福が終わって、聖歌隊が列をなして退出するときは礼儀正しく起立し、礼拝後のボランタリーを聴くために再び席についた。ミスタ・シャーノールは見知らぬテノールに対する敬意のしるしとして名曲を演奏しようと決め、「聖アンのフーガ」をオルガンの状態が許すかぎり見事に弾いて見せたのだった。確かにトラッカーがひどくがたつき、自鳴が第二主題を台無しにしてしまった。しかし張り出しから下に延びる螺旋階段を降りきったとき、見知らぬ男が彼を待っていて賞賛のことばをかけてきた。 「ありがとうございました。あなたのおかげで素晴らしいフーガが聴けました。この聖堂に来たのはひさしぶりですよ。天気のいい午後を選んだのは幸運でした。皆さんの礼拝に間に合ったことも」 「とんでもないよ、とんでもない」とオルガン奏者は言った。「幸運だったのはわれわれのほうだ、きみに助けてもらえて。初見で楽譜も読めるし、いい声をしている。ただシメオン賛歌のグロリアの出だしをちょっと間違えたね」彼は念のため、その部分を歌って見せた。「きみは教会音楽を理解しているし、きっと礼拝で何度も歌った経験があるんだろうね。ちょっとそんなふうには見えないんだけど」と彼は相手を頭からつま先までしげしげ見つめながら言い添えた。

見知らぬ男はこの無遠慮な批評を不快に思うというより面白がっていた。教義問答はつづいた。 「カランに宿泊しているのかい」 「いいえ」と相手は丁寧に答えた。「日帰りなんですが、また機会を見つけてこの聖堂の礼拝を聞きたいと思います。次に来るときは、きっと合唱隊を全員揃えてくださいね。そうすれば今日よりもくつろいで聞くことができるでしょうから」 「いやいや無理だな。十中八九、今日よりもっとひどいだろう。われわれは貧乏でね、しかもはるばるマケドニアまでわれわれを助けに来てくれる者は誰もおらんのだ（註 使徒行伝から）。呪われた司祭どもは蛾の幼虫みたいに資産を食い荒らし、音楽をつづけるためにとっておかれた金で私腹を肥やしている。今日の午後朗読をしていたあの気の小さい老人のことじゃないよ。彼もわれわれと同じで、こき使われる身分なのさ――かわいそうなヌート！彼は靴の底を張り替える金がないのでハトロン紙を長靴に詰めこまなきゃならん。悪いのは主任司祭の家に住む盗賊バラバだ。あいつが株式投資をし、礼拝を餓死させようとしているのさ」 この手厳しい非難は見知らぬ男の耳を右から左へ抜けていった。彼の心は千マイルもかなたにあるかのようだった。オルガン奏者は話題を変えた。 「オルガンは弾くかね。オルガンは分かるかい」彼は早口に尋ねた。 「残念ながらできません」見知らぬ男は大急ぎで心を呼び戻して答えた。「楽器のこともほとんど何も知りません」 「じゃあ、今度、二階の張り出しに来たまえ。わたしが演奏に使っているがらくた箱をお見せしよう。あれが壊れずに礼拝をやり終えることができて幸運だよ。足鍵盤は短すぎて、とっくに寿命を過ぎているし、送風器はぼろぼろなんだ」 「修理すればいいじゃないですか」と見知らぬ男は言った。「送風器を直すくらい、たいして金はかからないはずですよ」 「これ以上修理がきかないくらいつぎはぎだらけなんだよ。新品を買いたい人には金がない。金がある人は払おうとしない。きみが座った席、あれは新しい送風器だって、新しいオルガンだって、必要なら新しい聖堂だって買える男の席なのさ。ブランダマーという名前なんだが――ブランダマー卿。席の後ろを見たら彼の大紋章が見えたはずだよ。ところが彼は、天井がわれわれの上に落ちないようにする修理工事の費用を半ペニーだって出そうとしない」 「ああ、それはとてもお困りでしょうね」彼らは北側扉口まで来ていた。外に出たとき、彼は思いに沈むように繰り返した。「それはとてもお困りでしょうね。この次お会いしたときにもっと詳しく話を聞かせてください」 それを聞いたオルガン奏者はこれを引き時と心得て別れを告げ、川沿いを散歩しようと波止場にむかって歩きはじめた。見知らぬ男はどことなく外国人を思わせる仕草で帽子を持ち上げ、町のほうへ戻っていった。

