# 雲形紋章

## 第五章

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ためしに一週間住んでみたところウエストレはミス・ジョウリフの下宿の住み心地のよさに満足した。「神の手」は確かに聖堂からやや離れているが、町ではいちばんの高台にあり、建築家は食事にこだわるだけでなく、空気がさわやかで、低地でないことを極端に重視したのだ。家中どこも念入りに掃除されていることもよかったし、ミス・ジョウリフの料理も気に入った。凝ったものを作るのでないかぎり、彼女の料理は長い経験によってある意味で完璧という域に達していた。

召使いがおらず、ミス・ジョウリフは自分が下宿にいるときは、姪に給仕をさせないことも分かった。このため彼はやや不自由を強いられることになった。もともと性格的に思いやり深い彼は、もう若いとはいえない女主人に無理をさせないよう気を遣ったからである。呼び鈴は鳴らさないようにし、鳴らしたときはしばしば踊り場まで出て、螺旋階段の下のほうにむかって大声で用件を告げ、真暗な石の階段をわざわざ登ってこなくてもいいようにした。このような気遣いはミス・ジョウリフにも伝わり、彼女が彼にこのまま下宿しつづけて欲しいと切に願っている様子をありありと示すと、ウエストレイは虚栄心をくすぐられた。

自分の好意が充分に感謝されていると見て、彼はある夕方、お茶の時間近くに、女主人を呼んでベルヴュー・ロッジに住みつづける旨を伝えることにした。これからも部屋を借りることをはっきり目に見える形で示すため、彼は自分の趣味に合わない置物や、とりわけ食器棚の上にかかる大きな花の絵をはずすよう要求することに決めていた。 ミス・ジョウリフは書斎と彼女が呼んでいる部屋に座っていた。これは家の裏手にある小さな部屋で（かつては宿の食品室だった）、彼女はいかなる家計の問題に取り組まなければならないときも、ここに引きこもるのだった。家計の問題はもう何年にもわたって嫌になるほど頻繁に起きていたが、今や兄の長期にわたる病いと死が、この二と二を足して五にしなければならない難儀な戦いに危機的な状況をもたらしていた。彼女は病気という口実のもとに求められるものはどんな贅沢も惜しみなく兄に与え、マーチンもそれをいちいち気にするようなこまかい男ではなかった。寝室の暖房、牛肉スープ、シャンペン、金持ちにとってはどうということのないものながら、貧乏人の献身的な愛にとっては重い負担となってのしかかる千と一つのことどもが、すべて借金として勘定書に記録されていた。こうした出費が家計のなかで突出することは、ミス・ジョウリフにとって、倹約の規則をあまりにも大きく逸脱することであり、贅沢の罪――七つの大罪の先陣をつとめるルクスリア、つまり奢侈の罪――から良心の目をそらすには、事態の緊急性という言い訳がどうしても必要になった。（註 ルクスリアは色欲の罪。作者の勘違いと思われる） 肉屋のフィルポッツはミス・ジョウリフ用の帳簿にスイートブレッド（註 子羊の膵臓）という記載があるのを見て半ば笑みをもらし、半ばため息をついた。実をいえば、彼はこれに類する幾つもの購入品をわざと記録につけ忘れた。優しい思いやりからこっそりそうしたのだが、にもかかわらず好意の受け手はそのことに気がついていて、まさにそのさりげなさのゆえにこうした人助けはいっそうありがたく感じられるものだ。雑貨屋のカスタンスも痩せ衰えた老婦人にシャンペンを注文されたときは、びくびくしながら応じた。ワインのような高級品に対して請求しなければならない料金を少しでも取り返させてやろうと、お茶や砂糖の注文があったときは、きっちり料金分の量目を入れたうえ、さらにそれをぐっと押しこみ、入れ物からあふれるくらいサービスしてやった。しかしどんなに倹約を心がけても全体としての出費はかさみ、ミス・ジョウリフはそのとき、世界中で珍重されているドゥック・ドゥ・ベントヴォリオの金の薄紙を巻き付けた三本の瓶が、頭上の棚から今も首を突き出しているのを眺めながら、借金の重みをずしりと感じていたのである。ドクタ・エニファーに借りている分のことは考えようともしなかったし、恐らくほかの借金より心配する必要がなかっただろう。医者は、金があるなら払ってくれるだろうし、まったく払えないというなら全額免除してやろう、と腹を決めて、請求書を送ってこなかったからである。

彼女は医者の配慮に感謝し、彼がいつも犯す、とりわけいまいましい不作法を、まれに見る寛容の心で見逃した。この不作法というのは薬を送る宛先を、そこがいまでも宿屋であるかのように書き記すことだった。ミス・ジョウリフは「神の手」に引っ越す前に、修繕費用として支給されたなけなしの金のほとんどを、正面に書かれた宿屋の名前を塗り消すことに費やした。ところが大雨のあとは、あの大きな黒い文字が天の邪鬼にも皮膜を透かしてじろりとこちらを見、オルガン奏者は「神の手」の裏をかくのは容易じゃないな、などと軽口をたたいた。ミス・ジョウリフはそんな冗談をくだらないし、無礼だと言い、ドアの上の明かり取り窓に「ベルヴュー・ハウス」と金文字を入れることにしたのだった。ところがカランのペンキ屋は「ベルヴュー」を小さく書きすぎ、残りの空間を埋めるために「ハウス」をあまりにも大きく書いたものだから、オルガン奏者はこの不釣り合いを見てまたしても皮肉を言った。ここが「ハウス」であるのは誰でも知っているが、「ベルヴュー」であることは誰も知らないのだから、あれは逆に書くべきだ、と。 その後、ドクタ・エニファーが「手 ミスタ・ジョウリフ」という宛名で薬を送ってきた――「神の手」ですらなく、ただ「手」と書いて。ミス・ジョウリフは陰鬱な広間のテーブルに置かれた薬瓶をさげすむように見、怒りの声が口からもれぬよう息を殺しながら、手早く包みを引き破いた。このように心優しい医者は、日頃の仕事の忙しさに取り紛れ、知らず知らずのうちに心優しい婦人をいらだたせていたのである。そのあげく彼女は書斎に引きこもり、人もし汝の頬をうたば、もう一方の頬をもむけよ、という教えを読んで、ようやく心の平静を取り戻すことができたのだった。 ミス・ジョウリフは書斎に座ってマーチンの借金をどう返済しようと考えていた。彼の兄はその無秩序で非能率的な人生を通して、おのれの秩序だった能率的な習慣を誇りにしていた。それは几帳面で組織的な請求書のまとめ方にあらわれているにすぎなかったが、しかしその点だけは確かに秀でていたといえる。彼は借金の支払いをしたことがなかった。支払いをしようと思ったことすらなかっただろう。ただ手袋を入れる古い箱の蓋を物差しがわりに使って、請求書を一枚一枚同じ幅に折り、実にこぎれいな字で日付、貸し主の名前、借りた額を記し、それをまとめてゴムバンドで丸くとめていたのである。ミス・ジョウリフは彼の死後、引き出しの中にそんなため息をつきたくなるような束がごっそり溜めこまれているのを知った。彼にはいろいろな商人をひいきにし、広くあまねく借金の木を植え、しだいにそれをウパス（註 毒がとれる木）の森へと育て上げる才能があった。 ミス・ジョウリフの困難は数日前に届いたある手紙によって一千倍にもいや増された。この手紙は良心にかかわる問題を引き起こした。その書面が目の前の小さなテーブルの上に開かれていた。

ニュー・ボンド・ストリート百三十九番地

奥様

このほどわが社は静物画数点の購入を委託され、つきましては、貴殿がお持ちのはずの花の大作を引き取らせていただけないかと、お伺い申し上げるしだいです。お尋ねさせていただいている作品は故マーチン・ジョウリフ殿《エスクワイア》が以前ご所蔵になっていたもので、マホガニーのテーブルの上に花かごがあり、左手に毛虫が描かれています。わが社は依頼主の鑑識眼に信頼を置いており、作品がすぐれたものであることを固く信じておりますので、事前の鑑定抜きで五十ポンドをお支払いするつもりです。 ご都合が付きしだい、お返事をいただければ幸甚です。

あなたの従順なるしもべ ボーントン・アンド・ラターワース商会

ミス・ジョウリフがこの手紙を読むのはこれが百回目だった。彼女は「故マーチン・ジョウリフ殿《エスクワイア》が以前ご所蔵になっていた」という部分をつきることのない喜びとともに繰り返し読んだ。その言い回しには祖先の威厳と貫禄を感じさせる何かがあり、彼女の気持ちを浮き立たせ、周囲に対するみじめな苦々しい思いを和らげた。「故マーチン・ジョウリフ殿《エスクワイア》」――まるで銀行家の遺言みたい。彼女は再びユーフィミア・ジョウリフになった。夏の日曜日の朝、ウィドコウム大聖堂に座っている夢見がちな少女、小枝模様の新しいモスリン服を自慢し、まわりの壁にいくつも飾られたジョウリフ家の先祖の銘板を誇らしく思う少女に。サウスエイヴォンシャの中産農民《ヨーマン》には公爵と同じように家系というものがあるのだ。 はじめのうちこの手紙は苦境を脱するための天佑のように思われたが、あとになると良心のとがめがその脱出路をふさぐようにたちあらわれてきた。「花の大作」――それは彼女の父の自慢だった――恥さらしな妻の作品だったが、自慢のタネだったのだ。彼女がまだ幼い頃、父はよく彼女を両腕に抱きかかえ、輝くテーブルの上板を見せたり、毛虫に手を触れさせたりしたものだ。妻が与えた傷はきっとまだうずいていただろう。なにしろソフィアが彼と子供たちを捨ててからたった一年しか過ぎていなかったのだから。それにもかかわらず彼は妻の才能を自慢し、彼女が戻ってくるという希望を捨ててはいなかったらしい。死んだとき彼は、中年という暗い峡谷の半ばにあったユーフィミアに古い書き物机を残した。その中にはささやかな母の形見がぎっしり詰まっていた――結婚式に着用した手袋、派手なブローチ、けばけばしいイヤリング、その他多くの取るに足りない小物であったけれど、父はそれらを大切に保存していたのだ。その他にもソフィアの細長い木製の絵の具箱と、絵の具を混ぜ合わすための色付き顔料の小瓶と、そしてこの「マホガニーのテーブルの上に花かごがあり、左手に毛虫が描かれて」いる絵を彼女に残した。 この絵の価値についてはいつも言われていることがあった。父は子供たちに妻の話をほとんどせず、ミス・ユーフィミアは大人になるまでのあいだに、いろいろなほのめかしやごまかし半分の話を切れ切れに聞き、ようやく母の恥について知るようになったのだった。しかしマイケル・ジョウリフはこの絵を妻の傑作とみなしていたと言われ、年老いたミセス・ジャナウエイによると、ソフィアはこの絵には百ポンドの値打ちがあると何度も言っていたそうだ。ミス・ユーフィミア自身もその価値に少しも疑問をさしはさんだことはなかったので、今度の手紙にあるような申し出は彼女にとってなんら驚きではなかった。実のところ、提示された金額は市場価値よりずっと低いと思われたくらいなのである。しかし絵を売ることはどうしてもできなかった。それは神聖な委託物であり、（Ｊの字を彫りこまれた銀のスプーンをのぞいて）むさ苦しい現在を裕福な過去につなぐ最後の輪だった。それは家の宝であって、手放す気にはとうていなれなかった。 そのとき呼び鈴が鳴り、彼女は手紙をポケットに滑りこませ、ドレスの前のしわを伸ばすと、ミスタ・ウエストレイの用を聞きに石の階段を登った。建築家はカラン滞在中はここに下宿しつづけたいと彼女に告げ、その知らせがミス・ジョウリフに大きな喜びを与えたのを見て、自分の寛大さに満足した。彼女は大いに安堵して、羊歯やらマットやら貝殻サルビアやら蝋細工の果物を取り除き、彼の望み通り調度品にさまざまな小さな変更を加えることに快く同意した。建築家であるにもかかわらず、ミスタ・ウエストレイはひどく趣味が悪いように思われたが、その優しい態度や彼女の下宿に残りたいという気持ちに免じて可能なかぎりの寛容を彼に示した。それから建築家は花の絵の取りはずしに話を持っていった。彼は遠回しに、絵がこの部屋には大きすぎるのではないか、とか、絶えずカラン大聖堂の見取り図を参照しなければならないので、それを貼る場所があるとうれしい、とか言った。ちょうど沈む太陽の光がまともに絵に当たって、下品なけばけばしさを照らし出し、何としてもこの絵を取りはずそうという彼の決意をさらに固いものにした。しかしミス・ジョウリフの顔に広がる動揺の色は攻めかからんとする勇気をいささか萎えさせた。 「ほら、この部屋にはちょっと派手すぎて気が散るんですよ。ここは作業場として使うことになるんですからね」 ミス・ジョウリフは、この下宿人には審美眼がまったく欠けているのだと確信し、次のように答えるとき、驚きと悲しみを隠しきることができなかった。 「おっしゃる通りにして、便宜をお図りしたいのはやまやまですわ。家柄のよい方に下宿して欲しいといつも思っているんですもの。紳士じゃない方にお貸しして評判を落とすような真似はできません。でもこの絵をはずせ、なんておっしゃらないでください。この家に来てからずっとここにかかっていたのです。わたしの兄、亡くなったマーチン・ジョウリフは」――無意識のうちにポケットの手紙に影響されていた彼女は、あやうくマーチン・ジョウリフ殿《エスクワイア》と言うところだった――「とても価値のあるものと考えて、死ぬ前、病気に冒されながらも、何時間もここに座ってこれを見つめていたものです。絵をはずせなんておっしゃらないでください。もしかしたらお分かりじゃないかも知れませんが、わたしの母が描いた絵というだけじゃなくて、絵としてみても、とても価値のある芸術作品なんですのよ」 そのことばには、ごく微かではあれ、下宿人の趣味の悪さを見くだし、その無知を啓発してやろうという調子があり、ウエストレイをいらいらさせた。彼は小馬鹿にしたような口調で言い返した。 「ああ、もちろん感傷的な理由からそのままにしておきたいというのなら、それ以上は何も言いませんよ。それにわたしがあなたのお母さんの作品を批判するなんてとんでもない話です。しかしですね――」そこまでしゃべって彼は口を閉ざした。老婦人のひどく傷ついた様子を見て、些細なことに腹を立てたことを後悔したのである。 ミス・ジョウリフは悔しさを呑みこんだ。絵の価値が正しく評価されていないと思ったことは一再ならずあったけれど、面とむかってけなされたのははじめてだった。しかし彼女は絵の価値を保証するものをポケットに持っていたので心を広く持つことができた。 「この絵はたいへんな値打ちものだと、今までずっと評価を受けてきたんです」と彼女はつづけた。「といってもわたし自身、その美しさのすべてが分かるわけではありません。充分絵の勉強をしませんでしたからね。でも手放す気にさえなれば、高値で引き取ってもらえることは絶対間違いありません」 ウエストレイは暗に美術に関して無知だと言われてかちんときた。また片意地としか思えない売値の誇張のせいで、絵に対する女主人の、家族的な愛着に同情する気持ちがだいぶそがれてしまった。 ミス・ジョウリフは彼の心のうちを読み、ポケットから一片の紙切れを取り出した。 「これはこの絵に五十ポンドを支払うという、ロンドンのとある紳士からの申し入れです。どうぞ読んでください。間違っているのがわたしでないことが分かるでしょうから」 彼女は業者からの手紙を差し出し、ウエストレイは彼女に調子を合わせるようにそれを受け取った。彼は手紙を注意深く読み、読み進むにつれますますいぶかしく思った。いったいどういうことなのだろう。この申し出は別の絵に対するものだろうか。なにしろボーントン・アンド・ラターワースといえばロンドンの美術商でも有数の業者である。レターヘッドつきの便箋紙や、手紙の全体的な様式から見て、偽物であるとは考えられない。彼は問題の絵に視線を投げかけた。陽の光がまだ当たっていて、今まで以上に醜悪に見えた。が、再びミス・ジョウリフに話しかけたとき、彼の口調は変化していた。 「この絵のことを言っているんだと思いますか。他に絵はないんでしょうか」 「ええ、こんなのは他にありません。間違いなくこの絵のことですわ。だって隅に毛虫が描いてあるって書いてありますでしょう」そして彼女はテーブルの上をはうぶくぶくした緑色の虫を指さした。 「そうですね。でもどうやって彼らはこの絵のことを知ったのだろう」彼は新たな問題の出現に絵を取りはずすことなどすっかり忘れてしまった。 「たぶん本当にいい作品は業者もよく知っているんじゃないでしょうか。問い合わせがあったのはこれがはじめてじゃないんです。わたしの兄が亡くなった当日にも紳士の方があの絵のことでこちらにいらっしゃったんです。家にいたのは兄だけで、わたしはその方を見てはいないんですが、きっとあれをお買いになりたかったんでしょうね。でも兄は売ろうとしなかったのです」 「これは悪くない取引だと思いますよ」ウエストレイは言った。「断るなら、よく考えてからにするべきですね」 「ええ、事情が事情ですからよく考えなければいけませんわ」ミス・ジョウリフは答えた。「わたしはお金持ちではありませんから。でもどうしてもこの絵は売りたくはないのです。だって小さいときからずっとこの絵と一緒でしたし、父がそれは大切にしていましたからね。ミスタ・ウエストレイ、はずしてしまおうなんてお考えにならないでください。もうしばらくこのままにして見ていたら、あなたもきっと好きになると思いますわ」 ウエストレイはそれ以上議論をしなかった。絵をはずすことが女主人にとってつらいことであることが分かったし、必要なら間に合わせの手段として、絵の上に見取り図をはることもできると考えたのである。こうして協定は成立し、ミス・ジョウリフはボーントン・アンド・ラターワースの手紙をポケットに戻し、少なくとも幾分かは心の落ち着きを回復して、再び請求書のもとへと帰っていった。

彼女が部屋を出て行ってから、ウエストレイはもう一度絵を子細に眺め、今までにもましてその価値のなさを確信した。色づかいが粗く、輪郭が強調されすぎた最悪の素人画で、与えられた空間を塗りつぶす以外、何の目的もないような印象を与えた。その印象は金箔をかぶせた額縁がことさら凝った、巧みな作りであるという事実によって強められた。ソフィアは何かの折りにこの額縁を手に入れたのだろう、そして内側を埋めるためにこの絵を描いたのだ、彼はそう結論した。

窓を開け、屋根屋根のむこうに広がる海を望むと、太陽は赤い玉となって水平線に浮かんでいた。夕暮れはしんと静まりかえり、町は深い休息のなかに浸っていた。青い煙が町の上を長く水平にたなびき、草を燃やす匂いがかすかに空中をただよっていた。中央棟の鐘釣り場は夕陽に照らされて淡紅色に輝き、ねぐらに帰る前のコクマル烏が大群となってけたたましくさえずりながら、金色の風見鶏のまわりを旋回していた。 「目を奪われるような眺めじゃないかね」肘のところで声がした。「秋の空気には不思議なかぐわしさがあって、はっとさせられる」オルガン奏者がいつの間にか部屋に入ってきていた。「わたしはつきに見放されたような気分だよ。今晩はわたしの部屋で食事しながら話をしよう」 ウエストレイはそれまでの数日間、彼とはあまり会っていなかったので喜んで晩を一緒に過ごすことに同意した。ただし場所は変更になって、夕食は建築家の部屋で取ることになった。その晩の二人は多くのことを語り合い、ウエストレイは相手に心ゆくまでカランの住人や風習についておしゃべりをさせた。人の話を聞く気分になっていたのと、自分が住むことになった場所にはどんな人がいるのか、できるかぎり詳しく知りたかったためである。

彼はミスタ・シャーノールにミス・ジョウリフとの会話のことや、絵を取りはずしてもらえなかったことを話した。オルガン奏者はボーントン・アンド・ラターワースの手紙のことは何もかも知っていた。 「可哀想にあの人はこの二週間というもの、あれに良心を悩まされているんだよ。悶々と絵のことについて思いわずらい、幾晩も眠れぬ夜を過ごしている。『売るべきだろうか、売るべきではないのだろうか』『売れ』と貧乏は言う。『売って債権者どもに胸を張ってみせてやれ』。マーチンの借金も『売れ』と言う。ムク鳥の雛みたいに大きな口を開けて彼女のまわりに群がり、『売って俺たちを満足させてくれ』と言うのさ。『いけない』と自尊心は言う。『売ってはいけない。家のなかに油絵があることは、立派な社会的地位を示すしるしなのだから』。『いけないわ』と家族への愛着が言い、彼女が子供だった頃の妙に甲高い小さな声が『売らないで。可哀想なお父さんがどんなに絵を愛していたか、愛しいマーチンがどんなに大切にしていたか、覚えてないの』と言う。『愛しいマーチン』か――ふん！マーチンは六十年間、彼女にとって疫病神でしかなかった。しかし女は身内のものが死ぬと聖者の列に加えてしまうんだよ。きみは信心深いと言われている女が悪人をこっぴどくののしるのを聞いたことがないかい。ところが彼女の夫や兄弟が死ぬと、生前どんなにろくでもない人生を送ったとしても、彼女は非難しないのさ。愛は彼女の刑法典をも無効にする。自分の家族には抜け道が作ってあって、愛しいディックや愛しいトムのことはまるでバクスター（註 十七世紀英国ピューリタンの指導者）描くところの聖人より二倍も偉かったかのように語るのさ。いやはや、血は水よりも濃い。家族に地獄の劫罰はくだらないんだ。愛は地獄の火よりも強く、ディックやトムに奇跡を示す。その代わり彼女は釣り合いを保つために、他人に対しては余計に硫黄の火を燃やさなきゃならん。

最後に世俗的な知恵、というか、ミス・ジョウリフが知恵と考えるものがこう言う。『いや、売るな。あれだけの逸品なら五十ポンド以上の値をつけさせるべきだ』こんな具合に彼女は翻弄されているんだ。カラン大聖堂に修道士がいた時代なら、彼女は聴罪師に尋ねていただろうね。聴罪師は『スンマ・アンゲリカ』（註 道徳神学の辞書と呼ばれる著作）を手に取り、Ｖの項目――『売るべきか《ウェンデトゥル》？売るべきか 売らざるべきか』――をのぞき、彼女を安心させてやっただろう。わたしがラテン語でその道の最高の学者とだって話ができるとは知らなかっただろう？ああ、しかしできるんだよ。主任司祭はネビュルスとかネビュルムとか言っておったが、彼の相手だってすることができる。ただわたしはあまり知識をひけらかさないようにしているだけだ。今度わたしの部屋に来たら『スンマ』を見せてあげよう。けれども今は聴罪師なんていないし、親愛なるプロテスタントのパーキンは『スンマ』を持っていたとしても読めやしない。だから彼女の悩みを解決できる人は誰もいないんだよ」 小男は気持ちがたかぶってきて、目を輝かせながら自分の学識についてしゃべった。「ラテン語か」と彼は言った。「くそっ。わたしのラテン語は誰にも負けないぞ――そう、ベーズ（註 十六世紀フランスの神学者）にだって負けるものか――ラテン語で思わず耳をふさぎたくなるような話をすることだってできる。ああ、わたしは馬鹿だよ、なんて馬鹿なんだ。『我がパウロよ、パウロ、このふしだらなるページに満足せよ』（註 アウソニウスの詩から）」彼はラテン語でそうつぶやくと神経質そうに指でテーブルを打ち鳴らした。 ウエストレイはこうした発作的な興奮を恐れていたので、話題を元に戻そうとした。 「理解に苦しみますね、こんなまずい絵に価値がないことくらい、見たら分かりそうなものなのに――まったくおかしな話ですよ。それにしてもロンドンの業者はどうしてこの絵を買い取ろうとしたのでしょう。あの商会はよく知っているんですが、一流の美術商ですよ」 「『ポップ・ゴーズ・ザ・ウィーゼル』と『ハレルヤ・コーラス』の違いが分からない人間がいるように、絵を理解しない人間もいるのさ。わたしもそんな人間の一人だ。もちろんきみの言うことは全面的に正しいよ。この絵はまともな人間にとっちゃ目障りでしかない。しかしわたしは長いこと見てきたせいか、これが好きになってきたよ。売られたら残念に思うだろう。それからロンドンのバイヤーたちだが、たぶんどこぞの無知蒙昧の輩がこの絵を気に入って買いたがっているんじゃないか。たまに一晩か二晩、この部屋に泊まっていく不時の客があったからね――もしかしたら、さんざんけなしたにもかかわらず、それはアメリカ人かも知れないよ――あの連中が何をやらかすか分かったものではない。マーチン・ジョウリフが死んだ日にも、彼からこの絵を買いあげようとして誰かが来たそうだ。あの日の午後は、わたしは聖堂にいて、ミス・ジョウリフはドルカス会に行き、アナスタシアは薬剤師のところに行っていた。家に戻ってからわたしはマーチンの顔を見よう思って、今われわれがいるこの部屋まで上がってきたんだが、彼は話をしたくてうずうずしていた。彼によると玄関のベルが鳴ったかと思うと、誰かが家の中に入ってくる音が聞こえ、ついにはドアが開いて、見知らぬ男が彼の部屋に上がりこんできたのだそうだ。マーチンはわたしが今座っているこの椅子に座っていた。あの頃は身体が弱っていて、ここから動くことができなかったんだ。それで男が部屋の中に入ってくるまでじっとしていなければなかったんだよ。見知らぬ男は丁寧な口調で花の絵を買いたい、といったそうだ。なんと二十ポンドも出すというのさ。マーチンはその頼みを聞こうとせず、その十倍払うと言われても手放すつもりはないと言うと、男は帰っていったそうだ。そういう話なんだが、あのときはただのでまかせで、マーチンは幻覚でも見ていたんだろうと思った。ひどくふらふらしていて、夢から覚めたばかりみたいに顔が紅潮しているようだったから。でもしゃべっているとき、彼の目はずるそうな色を浮かべていた。そして、あと一週間すれば、おれはブランダマー卿になるんだ、そうなりゃ絵を売りたいなんて思いもしないだろう、と言うんだ。彼は妹が戻ってきたときもそう言っていたよ。しかし男の人相については、髪の毛がアナスタシアに似ているということ以外、何も言えなかった。 マーチンは命数つきて、ちょうどその日の晩に死んだ。ミス・ジョウリフは恐ろしく気を落としていたよ。というのは彼女は睡眠薬を与えすぎたのじゃないかと思ったからだ。エニファーは彼が睡眠薬を飲みすぎたのだと彼女に言い、彼女は自分が間違って渡したのでないかぎり、彼が薬を手に入れるはずがないと考えたのだ。エニファーが死亡証明書を書いたので死因審問はなかった。しかしそのおかげでわれわれは見知らぬ男のことを忘れてしまい、思い出したときは、もう捜そうにも手遅れになっていた。もちろん男が病人の頭から生まれた幻じゃないとすれば、なんだけれど。他には誰も見ていないし、手がかりはウエーブした髪の毛だけだ。男はマーチンにアナスタシアを思い起こさせたということだからね。しかしそれが本当だとすると、この絵に入れこんだ人間が他にもいたっていうことになる。可哀想なマイケルには大事な絵だったんだろう、こんなに立派な額に入れたんだから」 「どうでしょうかね」ウエストレイは言った。「わたしには額の中を埋めるために絵を描いたような気がするんですけど」 「そうかも知れないね、そうかも知れない」オルガン奏者は素っ気なく言った。 「どうしてマーチン・ジョウリフは、夢の実現は間近いと思ったんでしょう」 「ああ、そんなこと、わたしには分からないよ。彼はいつも丸を四角にし、謎にぴたりと当てはまる欠けた一片を見つけたと思っていた。しかし彼は自分の企みを他人に打ち明けることをしなかった。死んだときに書類でいっぱいの箱をいくつも残していってね、ミス・ジョウリフが燃やすかわりに調べてくれと、それをわたしに寄こしたんだ。そのうち中身をあらためるつもりだが、きっとろくなことは書かれていないだろう。かりに彼が手がかりをつかんでいたとしても、彼の死とともにそれもなくなってしまったさ」 短い沈黙が訪れた。聖セパルカ大聖堂の組鐘が「エフライム山」を奏で、大鐘がカラン・フラットに真夜中を告げた。 「ぼちぼち寝る時間だ。ウイスキーを一杯もらえないかね」彼は暖炉の前の三脚台にかけられた薬罐を見ながらいった。「おしゃべりして喉が渇いた」 その懇願には石のような心をも溶かす哀れさがあったが、ウエストレイの原則はびくとも揺るがず、彼はかたくなな態度を貫いた。 「残念ですが、置いていないんですよ。お酒は飲まないので。ココアをお付き合い願えませんか。薬罐が沸きましたから」 ミスタ・シャーノールはがっかりした。 「きみは婆さんになるべきだったな。ココアを飲むのは婆さんだけだ。まあ、それでもいい。急場をしのげれば」 その晩のオルガン奏者は模範的なくらいしらふの状態でベットに入った。自室に戻ってから棚の中を探したが酒は見つからず、マーテレットがくれた最後のブランデーはお茶の時間に飲んでしまい、新たに買おうにも金が一銭もないことを思い出したのだ。

