# 雲形紋章

## 第十二章

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修復計画がブランダマー卿の寛大な寄付によってしかるべく修正され、作業も順調に進捗する段階に入ると、当初は細かい点までみずから厳しい監督の目を光らせていたウエストレイにも、ときには軽くくつろぐ余裕が生まれた。ミスタ・シャーノールは夕べの祈りのあと、半時間以上も演奏していることがしばしばあり、そんなときウエストレイは暇をとらえてオルガンのある張り出しにむかった。オルガン奏者も彼を喜んで迎え入れた。どれほどさりげない形ではあれ、そうした訪問に示される関心のしるしをありがたく思ったのだ。ウエストレイは専門知識はなかったものの、張り出しの見慣れぬ様子に大いに興味をそそられた。そこはそれ自体でひとつの不思議な王国をなしていた。カラン大聖堂の聖歌隊席を身廊からへだてる、巨大な石の障壁の上にあり、まるで無人島ででもあるかのように、外界から遠く切り離されているのである。そこへ行くには障壁の南端、身廊の側から狭い石の螺旋階段を登らなければならなかった。この窓のない階段は、下のドアが閉められると、登っている者が一瞬うろたえるほどの真暗闇に包まれる。彼は足で階段をさぐり、中心の小柱に手をかけながら進まなければならなかった。それは過去、数え切れないほどの手によって大理石のような滑らかさにまで磨きあげられていた。 しかし六段も登ると暗闇は薄れていく。まず夜明け前の薄明かりが見え、やがて階段の上に達し、張り出しに足を踏み入れると柔らかな光があふれてくる。そこで何よりも目を惹くものが二つあった――一つは南袖廊の入り口に架かる、巨大なノルマン様式のアーチで、その表面には雅やかで繊細な刳り形が施されていた。もう一つはその背後にあるブランダマー・ウィンドウの上端で、複雑きわまりない狭間飾りの中心に、海緑色と銀色の雲形紋章が光り輝いている。それから彼は延々とつづく身廊の天井を見上げたり、ノルマン様式の穹窿天井を山形模様のリブが交差し、斜め十字を形作りながら柱間を区切っている様子を眺めたり、中央塔のランタンに目をやり、ヴィニコウム修道院長の垂直様式の羽目板が軽やかな線を描いて上昇し、はるか頭上の窓のところで消えているのを眼で追ったりするのである。

張り出しにはありあまるほどの空間があった。ゆったりした線に囲われ、演奏者の席の横には椅子を一、二脚置く余裕があった。側面には楽譜を納めた背の低い本棚が並んでいる。この棚にあったのはボイの偉大な二つ折り版、クロフト、アーノルド、ペイジ、グリーン、バティシル、クロッチ――どれもこれも裕福だったその昔、「カラン大聖堂主任司祭兼創設委員」が惜しみなく金を出して購入した本である。しかしこれらは後の世に生まれた子供たちにすぎない。そのまわりには年上の兄弟たちが控えていた。カラン大聖堂には今も十七世紀の楽譜が残されていたのだ。それらは有名な楽譜集で、百冊以上あり、古い黒光りする子牛革の装丁に、大きな金の丸い浮き彫り模様が施され、どの表紙の中央にも「南側聖歌隊席テノール」とか「北側聖歌隊席コントラテノール」とか「バス」とか「ソプラノ」などという字が刻印されていた。中を開くと赤い線で縁取られた羊皮紙があらわれ、実に黒々とした太い活字で礼拝名や「ヴァース・アンセム」、「フル・アンセム」と書かれている。次に目次が何ページもつづく――ミスタ・バテンにミスタ・ギボンズ、ミスタ・マンディにミスタ・トムキンス、ブル博士にジャイルズ博士、すべてがきれいに整理されページ番号を打たれていた。ミスタ・バードは、とうに墓場の土と化した歌い手たちを鼓舞して「太鼓を打て、快いハープを、ビオールを鳴らせ」と歌わせ、六つの声部と赤い大文字を使ってもう一度「快いハープを、ビオールを鳴らせ」と繰り返させた（註 バードのアンセム「神にむかいて喜びもて歌え」から）。 オルガンのある張り出しは埃だらけだった――舞い落ちる埃、舞い上がる埃、虫に喰われた木の埃、ぼろぼろになった革の埃、蛾に喰われてずたずたになったカーテンの埃、古い緑のベーズの埃。しかしミスタ・シャーノールはこの埃を四十年間吸いつづけ、他のどこよりもここにいると気持ちが落ち着くのだった。ここがロビンソン・クルーソーの島だとしたら、彼こそはクルーソー、見渡すものすべての上に立つ支配者だった。 「ほら、この鍵をあげるよ」彼はある日ウエストレイに言った。「階段の入り口の鍵だ。しかし来るときはあらかじめ知らせるか、階段を登るときに音を立ててくれ。びっくりさせられるのは嫌なんだ。入ったらドアを閉めること。鍵はかってにかかる。わたしはいつもドアに鍵をかけるよう注意しているんだ。さもないと、どんなやつがここに上がって来ようとするか分からないから。まったく不意を襲われるのはたまったものじゃない」そう言って彼は目に奇妙な色を浮かべ、後ろをちらりと振り返った。

主教がやってくる数日前、ウエストレイはミスタ・シャーノールとともにオルガンのある張り出しにいた。彼は礼拝が行われているあいだ、ほとんどずっと隅の椅子に座って、明かり層の窓と交差リブが織りなす光と影の不思議なダイヤモンド模様を見ていた。野外にいた者は白い雲の島々が青い空を渡っていくのを目にしただろう。その一つ一つの雲が通り過ぎるとき、刳り形を施された重量感あふれる内部のリブは交差する線をくっきりと際立たせ、ニコラス・ヴィニコウムがリブの交点に飾りとして加えさせた「ブドウの葉の輪に梳き櫛」という判じ絵紋をあざやかに浮上がらせた。

建築家はのしかかる天井に、ほとんどいわれのない畏怖を抱くようになっていた。しかもその日は不思議な効果に見とれて、ミスタ・シャーノールに話しかけられるまで、礼拝が終わったことすら分らなかった。 「きみはわたしの変ニ長調のサーヴィスを聴きたいといっていたね。『シャーノール変ニ長調』を。聴きたいなら、これから弾いてあげよう。もちろん合唱なしだから、だいたいの感じしかつかめないよ。もっともここの聖歌隊の声じゃ、まともに曲を鑑賞できるか怪しいがね」 ミスタ・シャーノールが色あせた手書きの楽譜を見ながらサーヴィスを演奏しはじめると、ウエストレイは夢心地から覚めて注意を集中する姿勢になった。 「ほら」彼は曲の終りに近づいたとき言った。「聴いてごらん。ここがいちばん盛り上がるんだ――フーガ風のグローリアで、ペダル音で終わるんだ。ほら、ここだよ――主音のペダル音だ、この変ニ音、新しい足鍵盤の端っこの突き出たペダル、これを最後まで押さえておくんだ」そう言って彼はペダルに左足を載せた。「マニフィカトをこういうふうに終えるのはどうかね」演奏を終えて彼は言った。ウエストレイはすぐにありきたりの賞賛のことばを浴びせた。「悪くないだろう？しかしこの作品の聴きどころはグローリアだよ――本物のフーガじゃないんだが、フーガ風の曲で、ペダル音を使っている。さっきのペダル音の効果は分ったかい。あの音だけちょっと響かせてみるよ。そうすればはっきり識別できるから。それからもう一度グローリアを弾こう」 彼が変ニ音のペダルを押さえると開管の鳴り響く音が長い身廊のアーケードを抜け、トリフォリウムの奥の暗がりにこもり、のしかかるような穹窿天井の下を通って、わななきながらランタンの中を昇っていった。最後のほうになると、それは瀕死の巨人のうめき声のように聞えた。 「やめてください」とウエストレイは言った。「ずんずん響く音は我慢ならない」 「分かった。じゃあ、グローリアを弾くから聴いていたまえ。いや、もう一回サーヴィス全体を弾いたほうがいいな。そのほうが自然に曲の最後に入っていける」 彼はサーヴィスを再度演奏しはじめた。独創的な音楽家が自作を演奏するとき、こめずにはいられない細やかな注意と感情をこめて。同時に彼は嬉しい驚きを味わってもいた。何年も顧みず、半ば忘れかけていた作品が、想像以上の出来栄えで力強いことに気づいたのである。衣装ダンスから古いドレスを出してみたら、色褪せもせず、いまだに値打ちがあると分かってびっくりするようなものだ。 ウエストレイは張り出しの隅の壇の上に立っていた。そこからだとカーテン越しに聖堂内が見渡せた。音楽を聴きながら彼の眼は建物の中をさまよった。しかしだからといってその分、音楽をおざなりに聴いていたわけではない。いや、それどころか、かえって真剣に耳を傾けていたのである。何人かの文人が気づいているように、文学的感受性と表現能力は音楽の刺激を受けて活気づくのだ。大聖堂はがらんとしていた。ジャナウエイは午後のお茶を飲みに帰っていた。扉には鍵がかけられ、部外者は誰も入って来られない。オルガンのパイプの声を除けば、いかなる音も、いかなるささやきも、いかなる声も聞えなかった。ウエストレイは耳を澄ました。いや、待てよ。他には何の声も聞こえないだろうか。聞こえるものは何もないだろうか――彼の心の中で何かが語ってはいないだろうか。はじめのうち、それは「何か」としか意識されなかった――彼の注意を音楽から逸らそうとする「何か」としか。しかし注意を妨げるこの力は、そのとき、いまひとつの声に変わった。かすかな声だが、「シャーノール変ニ長調」が流れる中でもはっきりと聞こえた。「アーチは決して眠らない」とその静かな不吉な声が言った。「アーチは決して眠らない。彼らはわれわれの上に背負いきれないほどの重荷を載せた。われわれはその重量を分散する。アーチは決して眠らない」。彼は塔の下の交差部のアーチに目をむけた。そこ、南袖廊のアーチの上には巨大なひび割れが黒々と、稲妻のようなねじくれた姿を見せていた。それは過去百年間見せていた姿と少しも変わっていないように思えた。普通の観察者なら何ら異変を認めなかっただろう。しかし建築家は違った。彼は一瞬割れ目を凝視し、ミスタ・シャーノールのことも音楽のことも忘れて、張り出しを降り、石工たちが天井下まで組み上げた木の足場へむかった。 ミスタ・シャーノールは彼が下に降りたことすら知らないまま、陶酔したようにグローリアへと突き進んだ。「フル・グレイトにしてくれ」と後ろにいるはずの建築家に呼びかけた。「第一鍵盤の音栓をリード以外全部入れるんだ」しかし返事がないので彼は自分で音栓を引っ張り出した。「今度のほうがうまくいったよ――ぜんぜんいい」最後の音が鳴り止んだとき、ウエストレイに感想を聞こうとして振り返った。しかし張り出しには誰もいない。彼は一人だった。 「あいつめ！」と彼は言った。「出るなら出ると、少なくとも一言断るべきだ。ふん、確かにつまらん曲だ」彼はその厳しい批評とは反対に別れを惜しむような愛情のこもった手つきで手書きの譜面を閉じた。「駄作だな。どうして聴いてくれる人がいるなどと思ったのだろう」 ウエストレイがベルヴュー・ロッジのオルガン奏者の部屋に飛びこんできたのは二時間も後のことだった。 「申し訳ありませんでした、シャーノール。挨拶もせず立ち去ったりして。音楽の分らない無礼なやつだと思ったでしょうね。でも本当はびっくりしすぎて、思わず理由を言わずに出て行ってしまったのです。演奏の最中にたまたま南袖廊のアーチの上の大きな割れ目を見上げたのですけれど、そうしたらごく最近動いたような跡があったのです。すぐ足場に登って、それからずっとそこにいたのです。まずいですよ。割れ目が大きく広がっているみたいです。深刻な事態になるかも知れないので、今晩、最終列車でロンドンに行くことにしました。すぐサー・ジョージ・ファークワーの意見を聞かなければなりません」 オルガン奏者は唸った。繊細な心が受けた傷は深くうずいたが、憤りはすでに優しく慰められていた。ウエストレイには一言文句を言うつもりだったが、説明を聞くと至極もっともで、彼はその機会が奪われたことを残念に思った。 「謝るなんてよしてくれ。きみが出て行ったとは気づかなかったよ。いたことすらすっかり忘れていた」 ウエストレイは自分の発見に気を取られ、相手の不快感を感じ取ることができなかった。彼は慌てることを機敏と勘違いする興奮しやすい人間の一人だった。 「そういうわけで、半時間後にロンドンへ発ちます。今回ばかりはいい加減に放って置くわけにいきません。アーチに支柱をかうまでオルガンの演奏を中止するとか、聖堂の使用を全面的に禁止するなんてことにもなりかねませんよ。もう荷物をまとめなくては」 こうして英雄のごとき迅速と決断を持って彼は最終列車に飛び乗り、沿線の各駅で停車を繰り返しながら夜の大部分を過ごした。手紙を一本出すか、翌日の朝、カラン街道駅から急行に乗っても同じように目的を達することができたのであるが。

