# 腕くらべ

## Part 2

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一時は水道の水が切れると騷いだ旱《ひでり》の八月末、暮方近くなつて突然篠つく如き夕立から一夜半日降りつゞいた大雨。がらりと晴れると時候はすつかり變つて、秋は忽ち空の色柳の葉の目にもさやけく、夜ふけた町の下駄の響車の鈴の音にも明に思知られ、路次の芥箱に鳴く蛼の聲が耳立つてせはしくなり出した。

駒代は吉岡さんにつれられ箱根か修善寺へ行く處であつたが、かの大雨で鐵道は東海道線のみならず東北線にも故障が出來たとかいふので、吉岡さんにすゝめて森ケ崎の三春園へ泊る事にした。三春園といふのは新橋中で幅をきかしてゐる木挽町の對月と云ふ待合の別莊で、公然お客を泊《と》める旅館ではない。始めは對月の女將が榮華のあまり氣保養にと建てたのであるが、地體慾には目のない輩《てあひ》のこと、これだけ立派な廣い別莊を普段明けて置くのは惜しいものだと、木挽町の待合は養女と物馴れた女中にまかせ、女將はこゝを出店のやうにして、御贔負のたしかなお客筋または出入の藝者衆に賴んで連れ込みのお客を呼んで貰つてゐるのである。お客は宿屋とちがひ相客がないので貸別莊にゐるのも同樣な處から自然と心持よくお茶代も過分にはづむ譯《わけ》。藝者は又新橋中で幅のきく待合對月に對して一人でも餘計にお客を連込んでやれば何んとなく自分の顏がよくなるやうな氣がするので時には自腹でお土產を買ひ東京へ歸つてからわざ〳〵木挽町の帳場へ「昨晩は大崎でいろ〳〵お世話になりましたわ。」と鼻高々と報吿に行くものさへある。駒代が三春園を吉岡さんに勸めたのも矢張この邊の魂膽《こんたん》からであらう。

女中が朝飯の膳を下げて行つた時はもう十時過であつた。初秋の空は薄く曇つて徐ろに吹き通ふ風時折さつと緣先の萩の葉の露をこぼしながら、蟲の音はそれにも驚かず夜と同じやうに靜に鳴きしきつてゐる。

駒代は敷島を啣へ腹這ひに寢そべつて女中の置いて行つた都新聞を見てゐたが、生叭《なまあくび》一ツ、やがて顏をあげると急に取つて付けたやうに「いゝわねえ、閑靜だわねえ。」 葉卷を啣へて吉岡は最前から女の姿に餘念もなく見惚れた樣子であつたが、靜に肱枕の身を起し、「だからさ、惡い事は云はん。好加減に藝者はよしたらどうだ。」 駒代は默《だま》つて唯だ花《はな》やかな笑顏を見せたばかりである。 「駒代、一體お前はどうして止《よ》す氣になれないんだ。乃公《おれ》を信用せんのだな。」 「信用しなかないわ。ですけれどさ……。」 「そら見ろ。矢張信用しないんぢやないか。」 「だつて無理だわ。あなたには力次姐さんがついて居るんだし、それから濱町の村咲の内儀《おかみ》さんもあるんでせう。ですから私なんぞそれア一時はいゝかも知れないけれど、きつと直にいけなくなつてよ。」 「力次の方はもう切れたも同樣ぢやないか。昨夜もあれほど話したのにまだそんな事を云つてゐるのか。濱町はもと〳〵きまつて世話をしてゐるんぢやなしさ。そんなに不安心ならまアそれでいゝさ。」 「あなたすぐ怒《おこ》るんだもの。ちよいと――。」と女はきつぱり云切つた男の調子に忽ち鼻聲になり、男の胸の上に顏を押付けた。

吉岡は全く我ながら不思議でならない。以前洋行する時分には平氣で捨てゝ行つて此の女が今更となつてこれ程氣に入つて來《こ》やうとは全く意外である。つい此の夏のはじめ偶然帝國劇場で出會つた晩、築地の濱崎へ呼んだ折には、唯學生時代の昔を思返して見る面白さ、云はゞ其夜かぎりの物好であつたが、一度二度と度重る中にどういふ譯ともわからず唯何んとなしに徹頭徹尾駒代を我がものになし終《を》ふせてしまひたくなつた。

全く不思議だ。さういふつもりでは決してなかつたのだが……と吉岡は駒代の顏を見る度自分の心がその思ふやうに自由にならないのを不思議がる。これまで隨分遊散してゐるが、實際吉岡はかういふ妙な心持になつた事は唯の一度もなかつた。書生の時分から吉岡は非常に規則正しい代り潤ひのない薄情な、折々木で鼻をくゝつたやうな事を言ふ男だとよく人からいはれてゐた。蕎麥屋や牛肉屋へ上つても友逹からおごられるのが嫌ひ、又友逹をおごるのも嫌ひ、勘定は厘毛まできちんと割前にするといふやり方、其時分始て藝者買をし出したのも、云はゞ確固たる分別あつての事であつた。それはなまじ性慾を抑壓して却て下宿屋の下女のやうな素人《しらうと》の女に引掛り飛んだ耻をかくよりも、金で立派に買ふ女に間違はない。間違のない女を安心して買つて、それで性慾の壓迫を排除し精神爽快となつて學期試驗每に上席を占めればこれ則ち實益と快樂を一擧に兩得する譯であると思つてゐた。所謂現代の靑年たる彼には前時代の人々の心を支配した儒敎の感化は今や全く消失せてゐたので、最終の勝利たる其の目的の貫徹に對しては手段の如何を問ふべき必要も餘裕もないのであつた。其の人の罪ではない。これ則時勢の然らしむる處であらう。吉岡は每月何囘遊べば其勘定は大略どの位といつもきちんと豫算を立ててゐるので、もし豫算を超過しない場合には、その剰餘は惜しまず女にやつてしまふ代り、また豫算の額より以外にはいかほど買馴染の女から呼出しの手紙を貰つても嚴として應じなかつた。

社會に出てからも矢張その通りである。これまで湊家の力次の旦那になつてゐた譯は性慾からでも戀愛からでもなく、所謂當世紳士の巧妙心とも云ふべきものからであつた。力次は先年井藤春步公が手をつけた女だとかいふ事で今だに何かあると藝者仲間の評判、當人は其當時から一足飛びに貴婦人になりすました樣な氣位。俄に茶の湯に琴書畫までを習ふといふ有樣。吉岡は近頃賣出した若手の實業家として、いづれどの道藝者の旦那になるなら、よかれ惡しかれ取られる金は同じこと。さすれば都新聞の艷種に出されても人を驚すやうなのがよいと無鐵砲に力次を口說いた。ところが男振のよいのと切放れのいゝのとで力次はお高くとまつてゐるといふ評判にも似ず案外譯なく落ちたのである。然し力次は吉岡より年も既に三ツ上《うへ》、白襟に紋付でも着て出る時には流石に押しも押されもせぬ本場所の藝者と見えるが、普段つくらずに居る時は小皺の寄つた目の緣の黑ずみ、額の廣い、口の大きい、どことなく底意地の惡るさうな中年の婆さんである。吉岡は力次に對して最初からどういふ譯か一｜目《もく》置《お》いてゐたので、いくら旦那になつたからとてさう何も彼も自分の自由にする譯には行かない。殊にどうかするとこの若僧《わかぞう》がと人を馬鹿にしてゐるやうな氣がしてならない事がある。又時にはもう少し年が若くて、根こそぎ男の自由になるやうな色ツぽい女がと思ふ事もある。元はお茶屋の女中で萬事｜安手《やすで》に出來てゐる濱町の待合村咲のおかみと兎角手が切れないのもつまりは其れや此れやの原因からであつた。ところが茲に偶然、書生時代に買馴んだ駒代に再會して見ると、何となく其の情交がしつくりと合つて誠に自然であるやうな氣がした。以前から知つてゐるので何を爲《し》やうが云はうが氣の置けるといふ處はない。それに年增盛りの容貌もよく人に見られてもさして自分の顏のよごれる虞もない。吉岡はそこで駒代を引かして妾にし、日頃望んでゐた別莊を鎌倉邊に新築してそこへ駒代を置き、自分は土曜から日曜日へかけて氣保養がてらに遊びに行かうと思立つたのである。 お前の爲に別莊を建て、立派に引祝までして身受をしてやると云つたら駒代は二返事で承知するだらうと思ひの外、これは兎角はつきりした返答をしないので吉岡は侮辱されたやうに腹も立つ、又早くも掌中の玉を失つたやうに落膽もする。一體どういふ譯で自分のいふ事をきかないのか、女の心中を見定め、とても駄目なものなら此方《こつち》も男の意地、これなりきつぱり關係を絕たうと決心しながら、さて今日《けふ》も目《ま》のあたり、いかにも素人《しらうと》らしい丸髷の艷かしくも崩れ亂れて、細帶しどけない姿を見ては、これが思ひ通り自分のものになつて新築の別莊に居たならと兎角未練な氣が出る……。

吉岡は眞實駒代の丸髷がよくて〳〵ならないのだ。何でも四五度目に呼んだ時、駒代はさる病院へ朋輩の病氣見舞に行つたとかいふので、其の爲に結つた丸髷のまゝ着物も端折《はしを》つてお座敷へ來た事がある。其の姿がいつも潰島田《つぶし》か銀杏返に裾を引いた藝者の姿とはちがつて、如何にも目新しく、どこやら新派の河合にも似た處があるやうに思はれ、今まであまり藝者になりきつてゐる力次と、又一方には、いかにも重苦しくそして又時にはいやにぢゞむさい村咲のおかみと、此のいづれにも見られなかつた新しい特別の心持を覺えた。其の時から不圖《ふと》この女を此れなりこの姿のまゝにして置きたいと思出したのが、やがて呼ぶ度每にいよ〳〵押え難くなつてしまつたのである。

吉岡はこの夏中《なつぢう》通《とほ》して出勤してゐた代り秋口になつてこの一週間ほどゆつくり休暇を取つた處から、是《ぜ》が非《ひ》にもこの間に駒代を說伏せてしまはうと急《あせ》つてゐる。それには二人ぎり鼻をつき合せて外に氣のまぎれやうがない、外に邪魔のはいりやうがないこの三春園は箱根や修善寺の溫泉なぞにも增して猶好都合だと見て取つたので、三日目の朝ふと東京の江田から株の賣買か何かの事で電話がかゝり、據處なく一寸市中まで歸らなければならない用事が出來たが吉岡は遲《おそ》くも夕方までには戾つて來る。其の間誰か友逹でも呼んで待つてゐるやうにと、十吉の家の花助と別の家の千代松といふ二人へ遠出の口をかけて出て行つた。

駒代は獨り座敷へ立戾ると、ばつたり倒れるやうに坐ると共に疊へ突伏して泣出した。自分ながら何が何やら分らないまでに氣が上《うは》づツてしまつたのである。この二日二夜といふもの、逃げたいにも逃場がなく立通《たてとほ》しにしつツこく問ひ詰められ、煩《うる》さく付《つ》きまとはれて、機嫌も氣褄ももう取りやうがない。身體《からだ》はつかれきつて頭はぴん〳〵痛む。まだこの上二日も三日もこゝに留められてゐたらどうなる事だらうと思ふと、最初は自分から勸めて泊りに來たこの三春園が牢屋としか思はれなくなつた。 どこかで鷄の鳴く聲が聞えた。駒代の耳にはそれが際立つて田舎らしく聞えると、忽ち遠い〳〵秋田にゐた時の辛《つら》い事悲しい事心細い事のさまざまが胸に浮んで來《く》る。鷄につゞいて鴉《からす》の鳴く聲。緣先には絕えずかすかに蟲が鳴いてゐる。駒代はもう堪《たま》らなくなつた。もうこゝに愚圖《ぐづ》々々してゐたら一生新橋へは歸られなくなつてしまふかも知れない。何故新橋がそんなに懷しく心丈夫に思はれるのか。唯譯もなく駒代は夢中でこの家を逃げ出さうと、厠の外はよくも案内知らぬ廊下へと細帶のまゝ飛び出した。 すると出合《であひ》頭《がしら》に、駒代よりも猶更びつくりしたのは、團扇片手の浴衣がけ、誰もゐないと思つて間每《まごと》々々《〳〵》の普請でも見步いてゐたらしい綺麗な男である。年は二十七八、剃つた眉の痕へ墨を引き、髮を五分刈にした中肉中｜丈《ぜい》、すぐに役者と知れる樣子、藝名瀨川一糸といふ女形である。 「あら兄《にい》さん。」 「駒代さんか。冗談《じようだん》ぢやない。びつくりさせるぢやないか。」と一糸は片手を胸に殊更動悸を押へる風《ふう》をしてほつと大きな息をついた。

駒代はこの前新橋から出てゐた時分一糸とは踊の師匠花柳の稽古場で知合つてゐた。其の時分一糸はまだ修行最中の少年であつたが、二度目に駒代が藝者になつてつい此の春歌舞伎座の新橋演藝會の折樂屋で逢つた時には既に立派な名題役者になつて大勢の藝者から兄さん〳〵と云はれてゐた。駒代は無暗とわが身が心細く夢中で寢衣のまゝ此家を逃出さうと思詰めた矢先、思ひもかけず一糸の姿を見ると、忽然どういふ譯ともわからず、宛ら他國で圖らず同鄉のものに出遇つたやうな懷しさを覺え、あたりの物淋しさが俄にそれほどでもないやうに、自然と心丈夫な氣がして、あまりの嬉しさに思はず寄添はぬばかり進み出《で》て、 「兄さん、びつくりして。御免なさいよ。」 「まだ胸がどき〳〵してゐるぢやないか。譃ぢやない。そら觸《さは》つて御覽。」と一糸は無造作に駒代の手を取つて其胸を押へさせた。

駒代は俄に顏を赤くしながら、「ほんとに堪忍して頂戴よ。」 「いゝよ。今に仕返《しかへ》しするよ。」 「あら兄さん、あやまつてるぢや無いの。兄さんが惡いのよ。默《だま》つてそんな處《とこ》に立つてるんですもの。」 兄《にい》さんは駒代の髮も亂れ裾も亂れた姿をぢろ〳〵見ながら、猶もその手を握つたまゝで、昨日明治座が千秋樂《らく》になつたから二三人で約束してこゝへ花を引きに來たのであるが、まだどうしたのか誰も來ないと云ふのである。 「お樂しみねえ。兄さん。」 「何がさ。」 「何がつて。お連《つれ》はだれなの。東京へ行つたら奢つて頂戴よ。」 「お前さんこそ。人知れずしけ込［＃「しけ込」に傍点］んでゐる處を、お邪魔樣でしたね。」 駒代は急に情けなくなつて、其の儘行かうとする一糸の袖を捉へ、「お苦しみなのよ。兄さん。察して頂戴よ。」 「どうせ泊《とま》つて行くんだらう。後で又逢はうよ。」 「誰もゐやしないわよ。あたい一人置いてき［＃「置いてき」に傍点］堀なのよ。」 「さうかい。それぢやお前さんと私と二人ぎりだね。内儀《おかみ》さんは用たしに濱《はま》へ行つたんだとさ。」 「さう、女將《おかみ》さんもお留守なの。」 誰もゐないと思ふと廣い家の中は一際｜寂《しん》としたやうに思はれ、廊下の窓から見える裏庭一面、激しく照りつける殘暑の日の光に、構内《かまへうち》は勿論垣根の外の往來まで何の物音もなく、只耳に入るのは蟬の聲と蟲の音ばかりである。

二人は佇んだまゝ暫くは默つて顏を見合はしてゐた。

六 ゆひわた

吉岡はまだ日の高い中に酒好きの肥《ふと》つた江田さんをつれて三春園へ歸つて來た。その晩最終の電車で江田は東京へ歸る筈なのを駒代は一同《みんな》と一緖《いつしよ》に雜魚寢《ざこね》をしようと云つて無理に引留め、そして夜半《よなか》過《す》ぎまで流石《さすが》の江田さんをも辟易させる程ウイスキイのコツプをさしつ押へつして遂に其の場に打倒《ぶつたふ》れ、やがて小間物店を出して一同《みんな》に厄介をかけた揚句、翌日《あくるひ》は一日氷で頭をひやす始末。旦那の吉岡もこれには閉口して、一先づ三春園を引揚げる事にした。元より狂言半分の大病なので、駒代は藝者家へ歸ると其足ですぐにも日頃信仰してゐる新宿のお稻荷さまへ行つてお伺を立て、吉岡さんの世話で今が今急に商賣をよしてしまつても大事はないか。一時はよくても以前のやうに不運な廻《めぐ》り合《あは》せになるやうな事はあるまいか、能く占つて貰つた上、家の十吉姐さんや待合濱崎のおかみさんとも相談して、それから旦那の方へ返事をしようと思案をきめたのである。

髮を結び直し錢湯から歸つて來て、鏡臺の前に坐つたが、すると慌忙《あはたゞ》しく梯子を駈上つて來たお酌の花子が、「駒代｜姐《ねえ》さん、お座敷よ。」 「困《こま》つたねえ。また濱崎屋さんぢやないかい。」 駒代は今方自働車で三春園を引上げた吉岡さんがお屋敷へは歸らずすぐと築地へ廻つて其處から又呼びによこしたものと思つたのである。ところが 「いゝえ宜春《ぎしゆん》さんですよ。」 「宜春さん――珍しい家《うち》から掛つて來たんだね。間違ひぢやなくて。」と駒代は首をかしげながらも稍安堵の吐息《といき》を漏した。然し今まで一度も行つた事のない待合なので、駒代は髮も出來ませんし、それに少し加減がわるくて休《やす》んで居ますからと斷《ことわ》つて貰つたが、すると、普段のまゝ一寸でいゝから是非といふ再度の電話。お客樣はどなたかときくとお馴染の方だといふ返事に、誰とも思當りはないが、さう情《すげ》なくも斷《ことわ》りかね、しぶ〳〵ながら、又何となく半信半疑こは〴〵ながら農商務省の裏通り、大小の待合軒をつらねた其の中の一軒、宜春と嵯峨《さが》樣《やう》で書いた柴折門の家へ車を走らせた。すぐお二階へと云はれて、おそる〳〵梯子を上つて行くと、まだ晝《ひる》の事ではあり、葭戶を開放した表二階、廊下からも見通される一間の床柱に背を倚せかけて、唯《たつ》た一人《ひとり》三味線を爪｜彈《びき》してゐるお客――誰あらう其れは圖らず三春園で忍び逢つた瀨川の兄《にい》さんである。 「あら。」と云つたまゝ駒代は嬉しいやら、耻しいやら、餘りの意外に少時《しばし》座敷へは這入《はい》りも得なかった。

一昨日《をととひ》の眞晝中《まひるなか》、人氣のない三春園の廊下で、何方《どつち》から、どうしたともどうされたとも分《わか》らず、駒代は唯只《たゞ〳〵》嬉しい夢を見た。然し相手は何を云ふにも引手あまたの藝人衆の事、大方その場かぎりの冗談であらう。よし唯《たゞ》の一度その場かぎりの冗談《じようだん》にしても藝者してゐる此方《こつち》の身に取つては此れにました冥利はないと思つてゐる矢先、まだ三日とたゝぬ中、突然｜向《むかう》からちやんとお座敷にして人知れず呼んでくれるとは、全く思ひもよらない、何といふ親切な實情《じつ》のある仕打《しうち》であらう。さう思ふともう嬉淚が眼の中一ぱいになつて駒代はどうする事も、何《なん》と云《い》ふ事も出來《でき》なくなつた。 わざとらしく「待ちわびて」といふ小唄を彈《ひ》いてゐた兄《にい》さんは三味線を膝の上に抱《かゝ》えたまゝ、「此方《こつち》が凉しいよ。こゝへお坐《すわ》り。」 「えゝ、有《あ》りがたう。」といふのも殆ど口の中、駒代はまるで見合《みあひ》につれられて行つた生娘《きむすめ》のやうに顏を上げる事が出來ないのである。 この樣子に、瀨川はすつかり嬉しくなつてしまつた。同時に又意外な好奇心にも驅られ始めた。瀨川は駒代をばこれほど初生《うぶ》な氣まじめな藝者とは思つてゐなかつたのである。二十四五の年合から見ても一人や二人藝人の肌を知らない筈はない。一昨日の晝日中三春園で其の場の冗談《じようだん》から思はずあゝ云ふ譯になつて見れば、何ぼ何でも其儘｜打捨《うつちや》つて知らぬ顏も出來まいと、云はゞ藝人の義理半分またお詫半分にお座敷へ呼んでやつた。お座敷へ來て自分の顏を見れば何の臆《おく》する氣色《けしき》もなく、 「あら兄《にい》さん隨分ねえ。」ぐらゐの事は云ふに違ひないと思つてゐた。ところが全く豫想外な駒代の樣子、もうぞつこん自分に迷込んでしまつたらしい樣子に此方《こつち》は男の自惚《うぬぼれ》が手つだつて無上《むしやう》に嬉しくなり、唯一遍の冗談《じようだん》でこの位の結果を現はすなら、此の上斯うもしてやつたら先《さき》はどんなに逆上《のぼせ》るだらうと思ふと、もう面白半分瀨川は調子にのつて、此迄《これまで》の經驗で覺えのある秘術のありたけを爲盡さずにはゐられなかつた。

駒代はもう夢に夢見る心地といふも愚《おろか》。端《はて》は狐にでも化《ばか》されてゐるのではないかと云ふやうな氣もして口《くち》もきけず手も出せず、只々うれしい有難いの一念が身にしみるばかりである。瀨川は何から何まで痒《かゆ》い處へ手が屆くやうに、さて自分も姿をとゝのへて風通のいゝ次の間の窓の側へ坐つた。遠くから夜廻の拍子木が聞え出したので夜は十時を過ぎたと覺しい。 「駒ちやん、お茶一杯ついでおくれ。」 「冷《さ》めてるわ、もう。入替へて來ませう。」とまめ〳〵しく立掛ける其の手を取つて、 「いゝよ〳〵。女中が來るとうるさいぢや無いか。」 「さうねえ。」と駒代は手を引かれるまゝべつたり膝を崩して寄掛り、「私も咽喉《のど》が渇いてしやうが無いのよ。それほど頂《いたゞ》きもしなかつたのに。」 「それぢや駒ちやん、いゝかい。きつと都合して逢つておくれ。」 「兄《にい》さん、きつとよ。きつと逢つて頂戴よ。兄《にい》さんが其の氣なら私《わたし》どんな苦勞でもして見せるわ。」 「義母《おふくろ》がやかましくなければ泊《とま》つて行くんだけれど、まゝにならないねえ。」 「ほんとねえ。兄《にい》さん、今度《こんど》いつ逢つて下さるの。私は十一時過ぎならいつでも身體《からだ》があいてますから。」 「うつかり泊《とま》つて旦那《だんな》にでも目付《めつ》かるといけないよ。用心に用心が肝腎だよ。」 「旦那は滅多にお泊りになる事はないから大丈夫よ。それよりか兄《にい》さんの方《ほう》が泊《とま》れないんだから。」 「何《なに》、泊《とま》らうと思へば泊《とま》れない事はないけれど、家《うち》の義母《おふくろ》位《くらゐ》野暮な女はありやしない。自分だつて舊々《もと〳〵》素人《しらうと》ぢやあるまいしさ。ぢやア駒ちやん、明日《あした》の晩逢はうよ。明日の稽古は大槪八時か九時頃にはすむだらう。僕は芝居からすぐ此家《こゝ》へ來るよ。此家《こゝ》でいゝだらう。それとももつと人目につかないお茶屋を知つてゐるかい。」 「此家《こちら》でいゝわ。ぢやア私《わたし》そのつもりで待つてますよ。若しか據所ないお座敷だつたら貰つて來るまで屹度《きつと》待てゝ下さいよ。」 「ぢや約束したよ。」と瀨川は初めて遊びをする若旦那のやうに改めて女の手を握り、「それぢや車を呼んで貰はう。」 車の仕度の出來るまで瀨川は猶も盛に甘《あま》い事を云ひならべた。駒代は瀨川を送出して帳場へ挨拶をすまし、不圖車を呼ぶのも忘れたまゝ、其れなり外へ出ると初秋の夜は星影凉しく鬢の毛を弄ぶ夜風何とも云へぬ良《よ》い晩である。駒代は農商務省の前からやがて出雲橋の方へと一人ぶらぶら駒下駄を引曳りながら、唯《たつ》た今過ぎてしまつた今夜の事をば、幾度となく繰返し繰返し思返しながら步いて來たが、橋の向うに遠く銀座《ぎんざ》の灯《ひ》を見ると、もう一度、何を思ふともなく思ひに沈んで見たい氣がして、行先さだめず唯人通のない寂《さび》しい方へと辿《たど》つて行つた。

通りすがる待合の二階の火影、流して來る新内は云ふまでもなく、見るもの聞くもの、世の中はまるで今までとは違《ちが》つて了《しま》つたやうな心持がする。駒代は瀨川の兄《にい》さんには自分の外に深い色《いろ》があるか否かを疑つて見る餘裕はなかつた。唯々《たゞ〳〵》うれしくてならないのである。秋田の田舎へ片付いて其處《そこ》で落付《おちつ》いて年を取つてしまつたら、世の中にこんな嬉しい事のあるのをも知らずにしまつたのだと思ふと、今までの不仕合が何とも云へない程有難くなつて、人の身の上ほどわからないものはない。辛いも面白いも藝者してゐればこそだと、駒代は始めて藝者の身の上の深い味がわかつたやうに思つた。それと共に同じ藝者はしてゐても昨日までの藝者とは譯がちがふ。今は引手あまたの人氣役者を色にしてゐる押しも押されもせぬ藝者だと、駒代は俄に藝者の位も上り貫目もついたやうな云ふに云はれぬ得意な心持になつて、折から行きちがふ藝者の車を見てもおのづからあれはどこの妓《こ》だらうと云はぬばかり。向《むか》ふが薄暗い街《まち》の火影に振返れば此方《こつち》も惡びれず振返つてやるやうな勇氣が出て來た。

七 ゆふやけ

金春通の尾花家の二階、表通の出窓にさげた簾にはそろ〳〵殘暑の西日が、向側の屋根を越してさしそめる頃、「皆さんお風呂が湧きましたよ。」と梯子の下から御飯焚の聲。二階にはいづれもごろ〳〵亂次《だらし》もなく寢《ね》そべつてゐる藝者｜逹《たち》、手拭浴衣に伊達卷をしめてゐるのは駒代。白かなきんの西洋寢衣を被《はを》つてゐるのは菊千代。晒木綿の肌着に腰卷一ツなのは花助。それにお酌の花子にお鶴といふまだ仕込の子供總勢五人である。

菊千代は二十二三の身丈《せい》の低い丸《まる》ぽちやで、皆《みんな》から金魚と綽名をつけられてゐる通り、顏も圓く眼も圓く鼻も高からず、猪首の坊主襟、姿はよくないが、拔ける樣に色の白いくゝり頤《あご》の咽喉《のど》のあたり、猫のやうに撫でゝ見たいやうな氣がする程である。いつも極つて潰島田に結ひ油をこつてりつけて鬢と前髮へアンコを入れて思ふさま張出させ、いかな暑中でも剝げるやうな厚化粧に無暗とはでな物を着たがる處から、お座敷へ出る時の姿どことなく華魁らしい心持がするとやら、その爲めに年も若く見られ却つていゝお客がつくのだと影口を云はれてゐるのである。

肌襦袢一枚の花助といふのは髮のちゞれた色の淺黑い眼のどんよりした平顏、身體付《からだつき》のがつしりした女で年は駒代とたいした違ひはないと云ふのであるが、誰が見てももう三十前後の年增としか思はれない。當人もそれはとうから承知。容貌《きりやう》や柄《がら》では千人近い新橋の藝者に立交つて到底《とても》賣れるものではないと悟り、自分の柄《がら》相應にお茶屋へ行けば女中よりも能く働いて見せ、若くて奇麗な流行《はや》る妓と一座すれば直《すぐ》に腰を低くして如才なくそのお取卷にと、また呼んで貰ふ樣に立廻つてゐるので、結句｜一同《みんな》から調法がられ、お座敷も割合にいそがしく、それに又、容貌がよくないから安心だと妙な處を買つてこの二三年引きつゞき世話してくれる金貸の旦那さへ付いてゐるので、懷《ふところ》はなか〳〵有福、郵便貯金の通帳をば肌身放さずお守のやうにしてゐる。

二人してお染をさらつてゐた花子とお鶴は三味線を片付ける。菊千代は潰島田《つぶし》の一を氣にしながら色氣のない大叭《おゝあくび》、花助は起ち上りながらに欠伸《のび》をした後、いづれも鏡臺の抽斗《ひきだし》から毛筋棒《けすぢ》を取出し鬢を上げ風呂へ行く仕度も、駒代ばかりはまだ起きやうともせず、壁の方を向いて寢そべつたまゝ、 「何時だらう、もうお湯の沸く時分なのかねえ。」 「さアお起きよ。擽《くすぐ》るよ。」 「はゞかり樣ですが斷《ことわ》つてお出でだ。」 「あら、おのろけかい。驚いたよ。此の人は。」 「お前さん昨日《きのふ》から餘ツ程どうかしてゐるよ。昨夜なんぞ大きな聲でお前さん寢言をお云ひだらう。わたしア誰かと思つてびつくりしたぢやないか。」 「あらさう。」と駒代は流石にそれ程の事もあつたかと我ながら意外な面持。始めて退儀さうに起直つて、「いゝわ。おごるわよ。」 「お前さん、いよ〳〵何か出來たんだね。」 「氣が早いよ、この人は。一昨日《おとゝい》三春園でお前さんに大變世話をやかしたからさ。」 「馬鹿にしないねえ。」 「ウイスキイをあらかた一本呑んぢまつたんだもの。今だに頭がふらふらしてゐるわ。」 「駒ちやん、一體お前さんどうする氣なんだえ。何だか姐《ねえ》さんも内々心配しておゐでのやうだよ。」 「私《わたし》、ほんとに困《こま》つちまうわ。彼方《あちら》も今のところしくじり度くないし、さうかと云つて引くやうな噂を立てられるのも困るんだしねえ。ほんとにもう、くさ〳〵しちまうわ。」 「今夜、お前さんお約束なのかい。」 「いゝえ。あれツきりよ、だけれどきつと今に見えるだらうと思ふのよ。全く何て御返事していゝか困つちまうわ。」 梯子段に足音がした。上つて來たのは内箱のお定である。年は四十五、六｜身丈《せい》はすらりとして、眼の大きい鼻筋の通つた面長の顏立、若い時にはまんざら見られなくも無かつたらしい。今こそ髮は薄く前髮のあたりに早くも白髮が見えるが、白粉燒した顏の色から着物の着こなし一體の樣子。元は洲崎の華魁であつたとやら。一時亭主を持つたが死別れ、七年程前に始めて桂庵からこの尾花家へ下女奉公に住込み、見やう見まねで自づと箱屋の遣口を覺えた時分、丁度以前の内箱が勘定を胡魔化して首になつた處からその後を引受けてもう三年程になる。

駒代はお定の顏を見ると、噂をすれば影のたとへ。もう吉岡さんが來た知らせかと思はず、「お定さん。私《わたし》………。」 「いゝえ、菊千代さん。眞福《しんぷく》さんから掛りました。綠屋さんの御約束は六時ですから廻れませう。」とお定は命令するやうな相談するやうな一種の調子で、相手の返事を待たず、「お召《めし》は昨日の着換《きかへ》で能《よ》う御座んすか。」 菊千代は何にも云はず急いで風呂場へ下りて行つた。

菊千代と駒代とは別に仲のわるいと云ふ譯ではないが、一人は丸抱《まるがゝえ》の年季をすまして去年から分《わけ》になつた家中での古顏《ふるがほ》、某省の課長さんと地方の資產家なる議員さんとを目ぼしい旦那にして一人で羽振をきかしてゐた處、後から來た駒代の評判が稍ともすれば自分を凌ぎさうにするので、心甚｜平《たひらか》ならぬ處がある。それが自然と樣子に現はれることがあるので、駒代の方でもあんな御多福のくせに生意氣なと腹の中で冷嘲すると云ふ具合。この間に挾《はさま》つて容色美ならざる悧巧な花助はつかず離れず兩方へ愛想よくして取卷のお座敷を一ツづゝでも餘計に稼《かせ》がして貰ふ算段。然し何方《どつち》かといふと其年齡からも、又いろ〳〵苦勞した其の境遇からしても、駒代とはお互にしんみりした話が能く合ふのである。花助は以前葭町に出てゐたが引かされて圍者になり、やがて其の旦那に捨てられて三年ほど前新橋へ出たのである。

吉岡さんが身受の話を持出した時駒代が第一に相談したのは花助である。花助は私も實は覺えがあるんだけれどと、其の身の上を繰返し〳〵述べ立てゝ男といふものはいゝ時はいゝけれど一つ氣が變ると實に薄情なものだからと、日頃駒代が考へてゐた男子輕薄說に有力な根據を與へた。二人はそれから別けて話が合ふやうになり、お互に稼げる中稼げるだけ稼いで男なんか當にせず行末は小商賣《こあきなひ》でもして氣樂に一人で暮《くら》して行けるやうな算段をするが一番だと云ふやうな事を語り合つた。

駒代は秋田の家を出てから身の振方に窮して舊の藝者にはなつたものの、何にしても六七年も素人《しろうと》になり然《しか》も遠い田舎へ行つてゐたので、妙に氣が陰氣《いんき》に固《かた》くなつてゐて、自分では隨分陽氣に馬鹿な事をいつてお座敷も賑につとめ、又お金になるお客の事なら隨分我慢して見るつもりではあるが、其の場に臨むとどうしても以前十代の時分に東西分らず何も彼もはい〳〵と云つて勤めてゐたやうな譯には行かない。いやに權柄づくなお茶屋の女中又は否應なしにお客を取れと云はぬばかりな待合の内儀の素振《そぶり》がぐつと胸にこたえて、駒代は今日まで全く吉岡さんの外枕席に侍するお客は一人も出來なかつた。花助はそれをば我が事のやうに、今の中うんと稼いで置かないと末へ行つて損だよ。私がお前さんだけの容貌《きれう》さへあればと頻に惜しがつて意見をする。然し駒代にはそれほどにして稼ぐ必要もなく從つて勇氣もなかつたのが、こゝに一夜にして其の必要と勇氣とは共に湧く如く差起つて來たのである。

菊千代が大急ぎで眞福のお座敷へ行つた後、二人は後《おく》れて風呂から上り西日のさし込む表の窓際から鏡臺を裏屋根の物干へ通ふ小窓のほとりへ移し仲よく並んで化粧をしはじめた時、駒代は突然、 「花ちやん、お前さん此頃あの方にお目にかゝらなくつて。」 「誰《だれ》さ。」と花助は今縮毛の鬢を直す大苦心の最中である。 「そら、あたいが出た時分によく御前さんと一座した………あの千代本のお客樣さ。」 「杉島さんの御連中…………？」 「あゝ、さう〳〵杉島さんさ。あの御連中は何なの。議員さんなのかい。」 駒代は一心に鏡の面を見詰めて髮をかいてゐる最中、突然何の聯絡もなく、杉島さんと云ふ赧顏《あからがほ》の紳士からお弘《ひろめ》の當時幾度となく呼ばれて口說かれた事を思出したのである。旦那の吉岡さんとは萬が一身受の話《はなし》を承知せぬ事から機嫌を損じるやうな事があつたら、もう否應いふべき時ではない。誰か一人其の代りを目つけて瀨川の兄《にい》さんと逢引の仕度をしなければと、今まで何か云はれたお客の名を改めて一人一人思返しはじめたのである。 「あの御連中はたしか大連だつたか知ら。何でも支那の方にお店のある方なんだよ。」 「そう、それぢや此方《こつち》にやお居でぢやないんだわね。」 「每年《まいとし》お正月と夏中は此方《こつち》に居らつしやるんだよ。そう云へばこの夏は一度もお目にかゝらないわねえ。私《わたし》南京繻子と紋縮緬をお賴みしたんだよ。いつでも彼方《あちら》へお立ちの時お賴みするのさ。それア品がよくつて安いんだよ。」 「さう、それぢや私も何か賴みやアよかつた。だけれど何だかネチ〳〵した、助平衞ツたらしいやうな厭《いや》な方ねえ。」 「お前さんにや隨分惚れてたんだよ。何でもいゝから取持てツて仰有《おつしや》るんで、私アあの晩位困つた事はなかつたもの。」 「あの時分は、私も久しくひいてた後だつたからね、何だか氣まりが惡くつて、それにさつぱり樣子が分らなかつたからさ。」 「見たとこは武骨なやうだけれど、あれで中々女の兒には親切なんだとさ。ずつと先に君川家の蝶七さんがあの方に出てゐた時分なんざ、三年も病氣でひいてゐたのをずつと別莊に置いて世話をしておやんなすつたのだと云ふ話だよ。」 「さうかい。さういふ方なら、何だらうねえ。大抵な我儘をしても大目に見て下さるだらうね。私ア顏なんざどんなに惡くつてもいゝわ。唯長く變らずにチツトは我儘をしてもさう怒らずに世話してくれる人がほしいのさ。」 「お前さん口でこそそんな事を云ふけれど吉岡《ヨウ》さん見たやうな奇麗な人を旦那にしてゐちやア、とても外の人はつとまりやしないよ。」 「吉岡《ヨウ》さんはそんなに奇麗か知ら。私ア何んだか仁丹の廣吿見たやうな氣がして、ちつともいゝ男だとは思つてゐないわ。唯以前に出てゐた人だからね。然し花ちやん、私は吉岡《ヨウ》さんも最《も》う長つゞきはしまいと思ふんだよ。」 「どうしてさ。外に誰か出來たらしいのかい。」 「いゝえ、さうぢや無いけれど…………。身受の一件もあるしさ、それに………。」と駒代はさすがに云淀んで俯向《うつむ》いた。實の處は昨夜宜春で瀨川一糸に再會していよ〳〵深く云ひかはしたからには、此の先長い間にはどうしたつて吉岡さんに知れずにはゐまい。並大抵なお客なら自分の腕一ツでどうにでも隱しおほせて見せるけれど、あの吉岡さんと來てはどうして〳〵一筋繩で行くお客ぢやないと、流石その人の持物になつてゐるだけ能く男の銳い事がわかつてゐるので、駒代は先づ花助を身方に引入れて、外はお客、内は朋輩から姐さん初め萬事この戀の邪魔になるやうなものを、知れぬ先から巧《うま》くして置きたいものだと心を定めたのである。 「いろ〳〵話したい事があるんだよ。花ちやん、お前さん、どこもお約束がないんなら、今の中因業家か何處《どこ》かへ御飯たべに行かないかい。私アほんとうにどうしやうかと、思案にあまる事があるんだよ。」 「さうかい、今夜はどこも受けちやゐないから…………。」 「さう、それぢや急いで行かうよ。」と駒代は飛上るやうに立上つて、「お定さアん。」と箱屋のお定を呼び、「鳥渡因業家まで行つて來るわ。七時か八時頃に昨日の宜春さんから掛つて來るかも知れないわ。それまでにや歸つて來るけれども、電話が掛つたら知らして。いゝ事。」 ばた〴〵と二階を下りる。

入れちがひに上つて來たのは吳山老人物干の朝顏に水をやらうと如露片手にすぐさま屋根の上に出た。今まで彼方此方の二階でさらふ三味線もぱつたり音をとゞめ、何處の家でも内風呂のわく刻限と見えて物干の浴衣を飜す夕風につれてコークスの臭氣盛に漲り電話の鈴次第にいそがしく鳴出す色町の夕まぐれ。吳山は物干の上から空一面棚曳渡る鱗雲のうつくしさ。朝顏の蕾數へる事も打忘れしばしはお濱御殿の森さして歸り行く鴉を眺めてゐた。

八 枕のとが

その晩駒代は丁度花助と因業家から歸つて來て、煙草を一服してゐる處へ心待に待つてゐた嬉しい宜春のお座敷。行くとすぐに花助を呼び瀨川の兄さんに引會はせて面白可笑しく十時過まで遊んだ。花助は後から掛つた他のお座敷へ廻る。駒代は兄さんとそれなり奧座敷へ引けて、十二時頃には起るつもりの處、何を云ふにも色になり立ての若い同志、つい別れにくゝて其の儘泊れば翌日は丁度稽古が一日休みと云ふ嬉しさ。晝寐の夢から覺めてすき腹に一二杯酌みかはした時である。 「駒代さん電話…………。」と知らせに來た女中もさすが氣の毒さうに聲をひそめた。

駒代は電話口へ出てお座敷はどこだと聞くと對月と云ふ待合だと箱屋の返事に、一先づ斷つたが、またもや呼びに來る電話。 「兄さん、どこか遠出に行きたいわねへ。」と云ひながらも商賣なれば是非もなく、駒代は再び電話へ出ると、今度は花助の聲で、是非お前さんが見たいと云ふお客樣が居らつしやるんだから、鳥渡でいゝから貰つて來てくれとの事、そして出先は先刻《さつき》の對月である。

駒代は是非なく承知して瀨川には一時間ほどすればきつと歸つて來るからどうか待つてゐるやうにと賴んで、しぶ〳〵車を呼び鳥渡家へ歸つて化粧を仕直し着物を着換へて對月へ出掛けた。

風通しのいゝ二階の十疊に、御客は一人、藝者は家の姐さんの十吉に房八といふ少し年下の老妓、それに花助、稻香、萩葉、杵子、おぼろなんぞと云ふ二十三四の年增四五人に半玉二人を交へた賑な座敷である。これなら直に貰つて歸れると駒代は内心喜びながらも、家の姐さん十吉がゐてはさすがにさう我儘も出來ぬと思つてゐる中、十吉はそれぢや又お近い中にと丁寧に挨拶して何處か外の座敷へ廻つて行つた。 お客は五十年配の色の眞黑な海坊主のやうな大男である。羽織は拔いで紺飛白の帷子に角帶を〆め、右の小指に認印の指環、兜町のお客かとも思はれる樣子。一座の老妓房八と花助とを兩傍に麥酒の酌をさせながら、別に話をするでもなく唯にや〳〵笑つて、杵子、萩葉、稻香なんぞいふ色盛の藝者が手放しの痴言《のろけ》、またはお酌が遠慮もない子供役者の品定めを面白さうに聞いてゐるばかり。

駒代は時分を計つて座敷を貰はうと何氣なく立つて階下《した》の箱部屋へ行かうとすると、いつの間にか同じく座を立つて後について來た花助、「駒ちやん、鳥渡。」と廊下の角でそつと駒代を呼び止め、聲をひそめて、「駒ちやん、お前さん、今夜都合が出來ないかい。」 駒代は何の事かと花助の顏を見る。花助はぢつと近く寄添つて、「昨夜ね、實は宜春さんから貰つて廻るとあの方のお座敷なんだよ。その時是非お前さんをと仰有つたんだけれど、昨夜はお前さんも兄さんがおゐでだし、其れにもう時間が時間だつたから、いゝやうに云つて置いたのさ。ところが又今夜お出でになつて是非私からツて仰有るのさ。橫濱の大きな骨董屋さんなんだよ。以前日本橋にお店があつた時分から、葭町でちよい〳〵お目にかゝつたんだよ。此方へ來てからも時々お目にかゝるんだけれど、此方にやまだ誰もお馴染はないらしいんだよ。」 花助は一足二足と押すやうにいつか廊下の角の丁度空いてゐる座敷へと駒代を誘ひ入れ、どうやら卽座に話をつけてしまはうとするらしい。駒代は何しろ今夜初めて呼ばれたお客の事、さすがによいとも云はれず、さうかと云つて昨夜も昨夜わざ〳〵花助を連出してビステキを食ひながら、何も彼も打明けて賴んだ事があるので、今夜になつてあれはみんな譃だとも云はれず、返事に困《こま》つて立ちすくんだまゝ默つてゐるより仕樣がない。 「駒ちやん、あの方なら萬が一瀨川さんの事がばれたつて、少しも心配する事はないんだよ。役者買をするやうな藝者でなくつちや世話しても面白くないつて、いつでもさう云つておゐでなさる位な、何しろ華美《はで》一｜方《ぱう》の方《かた》なんだからね。なまじツかな大臣方や華族さんなんざ足下にも追付きやしない。だからね、私ア打捨《うツちや》つといて、ひよいと外の人に取られちやつまらないと思つてさ、私ア餘計なやうだつたけれども昨夜、實はお前さんの話をしてお賴みしてしまつたんだよ。」 「あら。」と駒代は思はず顏を眞赤にして眼には淚を浮べた。然し空いた座敷は廊下の電燈に薄明く照らされてゐるばかりなので、花助には駒代の顏色も眼の中もよくは見えない。それに一體が早呑込の世話好で麁々ツかしい花助の事、駒代が思はずアラと云つたのは同じ驚いたにしてもそれは意外な好運に驚喜したものと一圖に早合點する方の組なので、この場合駒代がどうやら厭《いや》さうにもぢ〳〵してゐるのは、唯今夜折角兄さんが來てゐる處をその儘他の座敷へ廻るのは何ぼ何でも流石に心持がよくないと云ふ位な事。それは女の身として花助も尤至極と推察はするものゝ、さう云ふ間の惡い廻合せも其れが勤めの是非ない處。その是非ない處を我慢してくれゝばすぐにそれだけの云ふ芽は出るのだからと、何處までも泥水家業の親切氣。それに又花助は自分の口一ツで今夜是が非にでも駒代を取持つてしまへば、待合の仲口《なかぐち》は入らないので、お客がぢかに出す御祝儀が五十圓と相場を踏めば二十圓は自分のもの、百圓とすれば五十圓、こゝ等が面《めん》のよくない取卷藝者のいさゝか息をつく處と、銀行の貯金通帳をいつも肌身放さず持つてゐる女だけに慾心滿々。花助は兎角の返事をきくよりも、いや、そんな事で暇《ひま》をつぶしてゐては却て出來る事も出來なくなる。何でも構はないから切破つまつた是非ないハメにしてさへしまへば、自然に埒は明くものと、さすがに馴れた道は先を見越して、 「それぢや賴んでよ。よくつて。」と花助はそれなり駒代を空いた座敷へ殘して階子段の方へ行つてしまつた早業に、駒代はまアお待ちよと云ふ暇もなく、唯胸のみどき〳〵させながら途法に暮れてしまつたが、いつまでも此の空座敷にぼんやりしてもゐられず、折から丁度廊下に女中らしい足音が聞出した處から詮方なくもとの座敷へ立戾つた。見ると、老妓の房八はとうに居ず、稻香、おぼろ、杵子、萩葉なぞ揃ひも揃つていつの間にか引さがり、居殘つたのは僅に飛丸といふ半玉一人、海坊主のやうな骨董屋の旦那は女中に脊中をあふがせながら、相變らず悠然として大杯を傾けてゐた。

九 おさらひ

每年の春秋三日間歌舞伎座で催す新橋藝者の演藝會もいよ〳〵秋期大會の初日となつて番組の第一番目花やかな總踊が今方丁度幕になつた處である。 「あなた、早く來てようござんしたわ。お玉ケ池［＃「お玉ケ池」に傍点］はこの次の次ですよ。」と手にした摺物を南巢に渡して、茶碗に茶をつぎかけたのは其の妻と覺しい三十四五の丸髷。その側にはぱつちりした目付のすぐに母娘《おやこ》と知れる十二三の可愛らしいお孃さんに、五十前後の小さな丸髷小紋の羽織に宇治の紋所をつけた出入の師匠と覺しい四人連で場所は正面桟敷の少し東へよつた一升を占めてゐる。 「あら、奧さん、どうも恐入りました。」と宇治の師匠らしい女は茶碗を受取り、「もう十年近くになりませうね。たしか先代の瀨川さんがおやんなすつたんでしたね。あの淨瑠璃で御在ませう。」 「さうですよ。近年はどうした事か、折々時ならない時分に私の書いた碌でもない狂言や淨瑠璃が出るんで實は閉口してゐるんです。何しろ氣まりが惡くていけません。」 「宅ではいつでも御自分のものが出ると御氣嫌が惡いんですよ。その位なら始めからお書きにならなけれアいゝのに…………ほゝゝゝほ。」と丸髷は笑ながらお孃さんのつまめるやうにと大きな羊羹を楊枝でちぎり始める。 「はゝゝゝは。」と南巢は番組の摺物を眺めて唯可笑しさうに笑つた。番組には其の三番目に南巢が舊作なるお玉ケ池由來聞書といふ淨瑠璃名題その下に常磐津連中と踊る藝者の名が三人並べてあつたが、南巢は一向氣にも留めぬらしい樣子で直樣あたりの混雜に眼を移した。劇場は今しも追々おくれ走せに押掛けて來る看客に廊下運動場は勿論東西の花道平土間の間の步《あゆ》みまで出入の人往交ふ人、挨拶し合ふ人々、混雜する上にも混雑する眞最中である。

倉山南巢は自作の淨瑠璃や狂言の演ぜられるのを看るよりも今は唯芝居の中の混雜や見物人の衣裳髮形の流行なんぞを何の氣もなく打眺めるのを遙に面白いと思つてゐるので、劇場から劇評家として或は作者として招待される事があれば場末の小芝居だらうが本場の檜舞臺だらうが、そんな事には一向頓着せず必ず義理堅く見物に來る。然し十年前のやうにもう力瘤を入れて議論はしない。實際見てゐられぬ程下手だと思ふ藝にも何とか愛嬌をつけて褒めた批評を書かうと勉めるが、折々褒めそこなつては巧《たく》まずして自然の皮肉に陷る事がある。それが知識ある方面の好劇家を深く喜ばせるので、南巢の劇評家たる地位は今日では當人自ら輕じ切つてゐるに係らず意外な方面に却て意外な勢力を保つてゐるとやら。そも〳〵南巢が狂言や淨瑠璃の新作に苦心したのは、十年前熱心に劇場へ出入した頃の事で、其の後年々に時代の趣味の變遷につれ、劇場興行の方法やら俳優の性行藝風やら看客一般の趣味やら、萬事萬端自分の思ふ事とは全く反對してゐる事に氣がつき、世が世なれば是非もない、腹を立てるも馬鹿々々しいからと力めて自分からこの方面の興味には遠ざかるやうにしてしまつたのである。ところが二三年この方どう云ふ世の風潮か、十年前に書いたものが折々年に一二度はきまつて何處かの芝居で興行され始めた。それをば最初は誠に苦味々々《にが〳〵》しい事に思ひ、次にはその反對に世間も漸くそろ〳〵目が明いて來たのかと内心稍得意になり、最後に今の世の中はいゝも惡いも新しいも古いも全く無差別、何が何でもおかまひなしと云ふ風潮から、これも一時のまぐれ當りと思定めて、南巢は唯その舊作の興行に逢へば獨り心の中にその若かりし日の事を思返して悲しいやうな又嬉しいやうな思に耽るばかり。その爲めに誘出されて再び梨園の人たらんとする野心は更に起さないのであつた。南巢は最早や何事にかぎらず活動進取の現實よりも唯惘然たる過去の追憶に何とも云ひやうのない深刻な味を覺ゆるのである。 「おきねさん。」と南巢は連《つれ》なる宇治の師匠を呼び、「あすこの、東の桟敷の二番目にゐるのは荻江のお萬ぢやないか。年を取つたね。」 「あらお萬さんが來てゐますか。奧さん一寸眼鏡を拜借します…………成程々々お萬さんですよ。見ちがへるやうになりましたね。その手前の桟敷にゐなさるのはアレは對月の女將ですね。」 「家の親爺が盛んに呑んだ頃にや、あんなに肥つてやしなかつたが金が出來るとえらいもんだな。まるで相撲だな。」 見てゐると土地に勢力のある女將の處へはしつきりなしに藝者が四人五人と打連れて挨拶に來る。役者も藝人も幇間も通りかゝりに腰をかゞめる。お遣物の水菓子鮓のたぐひが引かへ取りかへ引きも切らず運ばれる有樣、打眺める南巢の眼には舞臺の演藝よりも遙に面白く見えるのであつた。殊に、今日の見物と云へば平素興行の劇場とは又一種ちがつて、東西の桟敷鶉へずらりと並んでゐるのは新橋を中心にして、新橋への義理で東京中の重立つた茶屋待合の女將や藝者を網羅したと云つてもよい。それに加へて役者に役者のかみさん、音曲諸流の家元師匠の連中から相撲取もゐれば幇間もゐる。さう云ふ仲間から敬い尊ばれてゐる紳士旦那方御前なんぞ云ふ人逹の顏も見える。或はそれと反對に花柳界の寄生蟲とも云ふべきセルの袴や洋服を着た一種の人間もうろ〳〵徘徊してゐる。藝者家の亭主親方女中箱屋もしくは藝者の身寄のものは先づ大抵平土間の末の方に寄集つてゐた。

南巢はかう云ふ人逹を見るため獨り廊下へ出てぶら〴〵してゐると往交ふ人の中から花やかな聲で、 「先生ようこそ。」と呼びかけられ其の方を見返るとこれは白襟裾模樣髮は鬘下地にした尾花家の駒代であつた。 「お前さんの出し物は何だい。」 「保名です。」 「さうか、何番目だ。」 「まだなか〳〵ですよ。五番目位でせう。」 「いゝ處だな。おそからず早からず、見物が一番氣乗りのする時分だ。」 「あら大變だわ。猶心配になつちまふわ。」 「吳山さんはお逹者か。」 「ありがたう。もうその中參りませうよ。姐さんと一所に出掛けるツてさう云つて居りました。」 通りかゝる同じ鬘下地の藝者が駒代の姿を見て、「駒代姐さん、さつき御師匠さんがさがしてゐてよ。」 「あらさう、先生それぢや又後ほど。どうぞ御ゆるり。」と云捨てゝ駒代は人込の廊下を小走に馳けて行く折から、舞臺では番組の第二番目が始まると見え拍子木の音が聞えて、廊下の往来は一層《いつそう》烈《はげ》しくなるが中にも、駒代の鬘下地を見付けて摺《す》れちがふ人逹は男も女も振返つて見ないものはない。駒代は氣まりの惡いやうな氣もするし、同時に又何とも云へない得意な心持にもなるのであつた。此春の演藝會の折にはまだ弘めをしてから間もない時ではあり、それに肝腎な費用を出してくれる人がなかつたので駒代は猿廻しを出す藝者の相手にと、師匠から勸められて據處なくお染をつとめたのであつた。ところが非常に評判よくその爲めにお扇子で呼んでくれるお座敷が一時はなか〳〵急しかつたので、駒代はすつかり氣が大くなり、此の秋の大會《たいくわい》には見物をあつと云はせるやうな大物を出さうと意気込《いきご》むやうになつた。それに何より安心なのは今度は萬事の費用を吉岡さんと、それから吉岡さんには内々で新｜規《き》に出來た他の旦那とこの兩方から出して貰へることである。そして藝の方にかけては専門の瀨川一糸がついてゐて、舞臺の呼吸を敎へ、演藝の當日には瀨川の弟子が後見につくと云ふので、駒代はもう立派な役者にでもなつたやうな心持。この演藝會で以前にも增して一層の好評を博すれば、いよ〳〵新橋切つて踊りではすぐに駒代さんと星をさゝれ、誰知らぬものなき第一流の名妓になれるは知れた事、さう思《おも》ふとどうぞ首尾よくやれるやうにと、さすが幕の明くまでは心配で心配でならないのである。

廊下のはづれの出入口からすぐ舞臺の裏へ出て、駒代はいつも芝居のある折には大抵瀨川の部屋に定められてある二階の一室へ急いだ。駒代はこの三日の間瀨川の兄さんの部屋を借り兄《にい》さんの鏡臺で化粧をして、兄さんの使つてゐる男衆や門弟に世話して貰ふ其の心の中の嬉しさ。自分ながら何と云つていゝか分らぬ位である。瀨川の兄さんは今方樂屋口から遊びに來た處と見え、薄セルの外套を脫《ぬ》ぎかけてゐたが、駒代の急しさうに這入《はい》つて來るのを見て、 「何だい。あんなに電話で人をいそがして置いて、お前今來たのか。」 「お氣の毒さま。」と人前はゞからず其の側に坐つて「いま表へ御挨拶に行つてゐたのよ。兄さん、今日《けふ》はほんとにいろ〳〵有難たう。」 「何だい、そら〴〵しく御禮を云ふぢやないか。それアさうと、まだなかなかお前の番ぢや無いだらう。」 「えゝ。」 「表に誰か來てゐるかい。」 「○○さんも□□さんも（役者の本名を云ふと知るべし）みんな居らしつてよ。」 「さうかい。」 「みんなお二人づれよ。」と駒代は何といふ譯もなくつい言葉に力を入れて云つたのを自分ながら心付いて「岡燒したつて始まらないわね。ほゝゝゝほ。」 その時床山が駒代の鬘を見せに來た。

十 うづらの隅

