# 法螺男爵旅土産

## Part 3

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拙生《せつせい》が銀《ぎん》の手斧《てをの》を探《さが》して一｜度《ど》月《つき》の世界《せかい》へ行《い》つた事《こと》は、既《すで》に諸君《しよくん》御承知《ごしようち》の通《とほ》りである。其後《そのご》拙生《せつせい》はもつと愉快《ゆくわい》な方法《はうはふ》で再《ふたゝ》び同地《どうち》へ旅行《りよかう》し、姑《しばら》く滯在《たいざい》の間《あひだ》に種々《しゆ〴〵》面白《おもしろ》い觀察《くわんさつ》をした。今《いま》次《つぎ》に其《そ》の槪略《がいりやく》を拙生《せつせい》の記憶《きおく》が許《ゆる》すだけ精確《せいかく》にお話《はなし》して見《み》たい。

拙生《せつせい》は遠《とほ》い親類《しんるゐ》の者《もの》の依賴《たのみ》によつて、探險《たんけん》航海《かうかい》の途《と》に上《のぼ》つた。其《そ》の親類《しんるゐ》といふのは頗《すこぶ》る妙《めう》な空想《かんがへ》を抱《いだ》いてゐた。彼《かれ》の信《しん》ずる所《ところ》によると、ガリバーの大人國《たいにんこく》にあるやうな巨大《おほき》な人間《にんげん》は必《かなら》ず此《この》世界《せかい》にあるといふのであつた。拙生《せつせい》は自分《じぶん》の意見《いけん》では大人國《たいにんこく》は作《つく》り話《ばなし》だと定《き》めてゐたが、彼《かれ》は拙生《せつせい》に財產《ざいさん》を讓《ゆづ》つてくれたから、其《その》恩《おん》報《ほう》じの爲《た》めに、探險《たんけん》を引受《ひきう》けて南海《なんかい》に向《むか》つた。南海《なんかい》に着《つ》いても別《べつ》に珍奇《ちんき》なものは見當《みあた》らなかつたが、空中《くうちう》に跳背戯《うまとび》や、舞踏《ぶたふ》をしてゐる幾群《いくむれ》かの翼《つばさ》ある男女《だんぢよ》に出會《であ》つた。 キヤプテン、クックがオマイを連《つ》れ出《だ》したといふオタハイテ島《たう》を過《す》ぎてから十八｜日《にち》の後《のち》、暴風《ぼうふう》が起《おこ》つて拙生《せつせい》共《ども》の船《ふね》を少《すくな》くとも海拔《かいばつ》四千リーグの所《ところ》に吹上《ふきあ》げた。拙生《せつせい》共《ども》は當分《たうぶん》其《そ》の高《たか》さに碇《いかり》を下《おろ》してゐると、又《また》も大風《おほかぜ》が吹起《ふきおこ》つて帆《ほ》といふ帆《ほ》を悉《こと〴〵》く孕《はら》ませ、我等《われら》は目《め》の廻《まは》るやうな速力《そくりよく》で旅《たび》を續《つゞ》けた。斯《か》くして進《すゝ》む事《こと》六｜週間《しうかん》の後《のち》、竟《つひ》に拙生《せつせい》共《ども》は丸《まる》い光《ひか》つてゐる島《しま》のやうな一｜陸地《りくち》を發見《はつけん》した。そこで便利《べんり》のいゝ港《みなと》に入《はい》り、次《つ》いで上陸《じやうりく》し、間《ま》もなく人《ひと》の住《す》むでゐる事《こと》を確《たしか》めた。拙生《せつせい》共《ども》の下《した》には都會《とくわい》山脈《さんみやく》森林《しんりん》川海《かはうみ》等《とう》を持《も》つた地球《ちきう》が見《み》えた。多分《たぶん》拙生《せつせい》共《ども》の後《あと》にして來《き》た此《この》世界《せかい》だらうといふ鑑定《かんてい》であつた。此處《こゝ》で拙生《せつせい》共《ども》は頭《あたま》の三個《みつ》ある非常《ひじやう》に大《おほ》きい禿鷹《はげたか》に乗《の》つた人々《ひと〴〵》を見《み》た。此《この》鳥《とり》の巨大《おほき》さは、翼《つばさ》の片《かた》一方《いつぱう》の幅《はゞ》が拙生《せつせい》共《ども》の乗《の》つてゐた六百｜噸《とん》の船《ふね》の大《おほ》帆索《ほづな》の長《なが》さの六｜倍《ばい》あると申《まを》したら、大體《だいたい》の見當《けんたう》が付《つ》くだらうと思《おも》ふ。我等《われら》が此《この》世界《せかい》で馬《うま》に乗《の》るやうに、月世界《げつせかい》（既《すで》に拙生《せつせい》共《ども》は知《し》らぬ間《ま》に月世界《げつせかい》に入《はい》つてゐたのである。）の住民《ぢうみん》は皆《みな》此《この》鳥《とり》に乗《の》つて步《ある》く。拙生《せつせい》共《ども》の謁見《えつけん》仰《おほ》せ付《つ》かつた帝王《ていわう》は、當時《たうじ》太陽《たいやう》と戰爭《せんさう》最中《さいちう》で、拙生《せつせい》を是非《ぜひ》司令官《しれいくわん》に任用《にんよう》したいとの仰《おほ》せであつたが、拙生《せつせい》は同伴《つれ》もある事《こと》だし、事情《じじやう》に通《つう》じてゐないから、只管《ひたすら》陛下《へいか》の有難《ありがた》い思召《おぼしめし》を御辭退《ごじたい》申上《まをしあ》げた。月《つき》の世界《せかい》では凡百《すべて》の物《もの》が法外《はふぐわい》に巨大《おほき》い。一｜例《れい》を申《まを》せば蚤《のみ》が羊《ひつじ》ぐらゐある。いや、羊《ひつじ》よりも少々《せう〳〵》大《おほ》きからうか。兎《と》に角《かく》其樣《そん》な工合《ぐあひ》だから、他《た》は皆《みな》以《もつ》て類推《るゐすゐ》する事《こと》が出來《でき》るであらう。戰爭《せんさう》に當《あた》つて主《おも》なる武噐《ぶき》は大根《だいこん》である。大根《だいこん》を投槍《なげやり》として用《もち》ゐ、あれで負傷《ふしやう》すると即死《そくし》するといふ話《はなし》だ。彼等《かれら》の楯《たて》は蕈類《きのこるゐ》で出來《でき》てゐる。投槍《なげやり》は大根《だいこん》の無《な》い時節《じせつ》には石刀柏《つまばうど》の先端《さき》の方《はう》を代用《だいよう》するさうだ。此處《こゝ》では天狼星《てんらうせい》の住民《ぢうみん》を見《み》る事《こと》が出來《でき》た。彼等《かれら》は商業《しやうげふ》の民《たみ》で彼地《あつち》此方《こつち》と漂泊《へうはく》する。顏《かほ》は犬《いぬ》に似《に》て眼《め》は鼻《はな》の頂上《てつぺん》にあるが、眼瞼《まぶた》といふものがない。しかし眠《ねむ》る時《とき》には舌《した》を伸《の》ばして眼《め》を塞《ふさ》ぐといふ。身長《みのたけ》普通《ふつう》二十｜尺《しやく》、月世界《げつせかい》の住民《ぢうみん》に至《いた》つては尙《な》ほずつと大《おほ》きく、三十六｜尺《しやく》以下《いか》は矮小《せいつぴく》の部類《ぶるゐ》に入《はい》る。彼等《かれら》は人間《にんげん》とは呼《よ》ばれてゐない。料理《れうり》動物《どうぶつ》といふ名《な》である。即《すなは》ち動物《どうぶつ》ではあるが、普通《ふつう》の動物《どうぶつ》と異《ことな》つて、我等《われら》のやうに火《ひ》を用《もち》ゐて食物《しよくもつ》を料理《れうり》する。而《しか》も彼等《かれら》は食事《しよくじ》の爲《た》めに時間《じかん》を潰《つぶ》さない。料理《れうり》が濟《す》むと左《ひだり》の腹《はら》を開《ひら》いて一｜時《じ》に悉皆《すつかり》塡《つ》め込《こ》み、次《つぎ》の月《つき》の食事《しよくじ》の日《ひ》までは其儘《そのまゝ》固《かた》く閉《と》ぢて置《お》く。彼等《かれら》は年《ねん》に十二｜回《くわい》、即《すなは》ち月《つき》に一｜度《ど》以上《いじやう》は食事《しよくじ》を取《と》らぬ。大食家《たいしよくか》や食道樂《くひだうらく》を除《のぞ》いては、此《この》方法《はうはふ》が簡便《かんべん》で好《よ》からうと思《おも》ふ。

此《この》料理《れうり》動物《どうぶつ》には一｜性《せい》しかない。彼等《かれら》は皆《みな》木《き》から生《うま》れる。料理《れうり》動物《どうぶつ》を生《う》む木《き》は他《た》の木《き》よりも美《うつく》しい。枝《えだ》が眞直《まつすぐ》で葉《は》は肉色《にくいろ》を帶《お》びてゐるから、一｜見《けん》して區別《くべつ》が付《つ》く。實《み》は胡桃《くるみ》の類《るゐ》で、長《なが》さ少《すくな》くとも一ヤードの堅牢《けんらう》な殼《から》の中《なか》に入《はい》つてゐる。熟《じゆく》し始《はじ》めると色《いろ》が變《かは》るから知《し》れる。其《それ》を極《きは》めて丁寧《ていねい》に收穫《しうかく》して、適宜《てきゞ》の時間《じかん》貯《たくは》へて置《お》く。此《この》胡桃《くるみ》の種《たね》を生《い》かさうと思《おも》ふ時《とき》には、湯《ゆ》の煑《に》たぎつた大釜《おほがま》の中《なか》へ投《ほう》り込《こ》む。數時間《すうじかん》茹《う》でると、殼《から》が蜆《しゞみ》のやうに口《くち》を開《あ》いて、中《なか》から料理《れうり》動物《どうぶつ》が飛出《とびだ》す。

造化《ざうくわ》は眞《まこと》に妙巧《めうこう》で、生《うま》れぬ前《まへ》から彼等《かれら》の心性《しんせい》に從《したが》つて其《その》職業《しよくげふ》を定《き》めて置《お》く。即《すなは》ち第《だい》一の殼《から》からは軍人《ぐんじん》が生《うま》れ、第《だい》二の殼《から》からは哲學者《てつがくしや》が生《うま》れ、第《だい》三の殼《から》からは神《かみ》が生《うま》れ、第《だい》四の殼《から》からは辯護士《べんごし》が生《うま》れ、第《だい》五の殼《から》からは百姓《ひやくしやう》、第《だい》六の殼《から》からは田舎漢《ゐなかもの》、第《だい》七の殼《から》からは盜賊《どろぼう》といふ風《ふう》で、彼等《かれら》は生《うま》れると直《す》ぐに、既《すで》に理論《りろん》で承知《しようち》してゐる所《ところ》を實行《じつかう》に依《よ》つて完成《くわんせい》に取《とり》かゝる。

年《とし》が寄《よ》つても彼等《かれら》は死《し》なぬ。空氣《くうき》に化《くわ》して煙《けむり》のやうに解《と》けて了《しま》ふ。飮料《いんれう》としては何物《なにもの》も用《もち》ゐない。手《て》には唯《たゞ》一｜本《ぽん》の指《ゆび》があるばかり、而《しか》も此《この》指《ゆび》を用《もち》ゐて我等《われら》が五｜指《し》を動《うご》かすよりも完全《くわんぜん》な仕事《しごと》をする。彼等《かれら》の頭《あたま》は右《みぎ》の腕《うで》の下《した》にある。旅行《りよかう》をしたり荒《あら》い仕事《しごと》をしたりする時《とき》は、頭《あたま》だけ家《うち》へ置《お》いて來《く》るのが通例《つうれい》である。といふのは遠方《ゑんぱう》にゐても隨時《ずゐじ》頭《あたま》と相談《さうだん》する事《こと》が出來《でき》る、是《これ》は家常《かじやう》茶番《ちやばん》の事《こと》である。若《も》し月人《げつじん》中《ちう》高貴《かうき》の者共《ものども》が平民《へいみん》社會《しやくわい》の出來事《できごと》を知《し》りたいと思《おも》ふ時《とき》には、家《うち》に引籠《ひきこも》つてゐて、頭《あたま》だけを派遣《はけん》する。彼等《かれら》の頭《あたま》は人《ひと》の目《め》につかぬやうに、何處《どこ》にでも居《ゐ》る事《こと》が叶《かな》ふから、充分《じうぶん》事情《じじやう》を觀察《くわんさつ》して歸《かへ》つて來《こ》られる。

此國《このくに》の葡萄玉《ぶだうだま》は宛然《さながら》雹《へう》のやうである。月《つき》の世界《せかい》に大風《おほかぜ》が起《おこ》つて葡萄《ぶだう》の蔓《つる》を震《ふる》ひ、玉《たま》を落《おと》す時《とき》には、拙生《せつせい》は何時《いつ》も大恐悦《だいきやうえつ》、丁度《ちやうど》人間《にんげん》の世界《せかい》に雹《へう》の降《ふ》るやうな光景《くわうけい》である。所《ところ》で拙生《せつせい》は拙生《せつせい》と同意見《どういけん》の諸君《しよくん》にお勸《すゝ》め致《いた》すが、今度《こんど》雹《へう》の降《ふ》つた時《とき》には貯《たくは》へて置《お》いて、月世界《げつせかい》の葡萄酒《ぶだうしゆ》を造《つく》つて見《み》たら宜《よ》からう。尙《な》ほ重要《じうえう》な見聞《けんぶん》を話《はな》し落《おと》した。其《それ》は料理《れうり》動物《どうぶつ》が我等《われら》が袋《ふくろ》を使《つか》ふやうに腹《はら》を利用《りよう》する事《こと》である。何《なん》でも必要《ひつえう》があると腹《はら》の中《なか》に仕舞《しま》ひ込《こ》む。其《それ》といふのも胃袋《ゐぶくろ》同樣《どうやう》に彼等《かれら》の腹部《ふくぶ》は開閉《かいへい》自在《じざい》なのである。而《しか》して彼等《かれら》の間《あひだ》には内臓病《ないざうびやう》といふものがない。又《また》着物《きもの》は一｜切《さい》用《もち》ゐない。丸裸《まるはだか》でゐるけれど、見苦《みぐる》しい所《ところ》とては一｜箇所《かしよ》もない。

彼等《かれら》の眼《まなこ》は自由《じいう》自在《じざい》に取外《とりはづ》しが出來《でき》る。之《これ》を手《て》の先《さき》に付《つ》けても頭《あたま》と同樣《どうやう》に物《もの》を見《み》る事《こと》が出來《でき》る。若《も》し何《なに》かの過失《まちがひ》で眼《め》を失《うしな》つたり損《そん》じたりすると、他人《たにん》から借用《しやくよう》も出來《でき》、買入《かひいれ》も出來《でき》、自分《じぶん》の眼《め》と異《ことな》る所《ところ》なく明瞭《はつきり》と物《もの》を見《み》る事《こと》が出來《でき》る。斯《か》ういふ次第《しだい》だから、月《つき》の世界《せかい》では何《ど》の地方《ちはう》へ行《い》つても目《め》商人《しやうにん》が至《いた》つて多《おほ》い。そして又《また》此《この》品物《しなもの》に限《かぎ》つて流行《はやり》がある。或時《あるとき》は黃眼《くわうがん》が流行《はや》り、或時《あるとき》は綠眼《りよくがん》が流行《はや》る。

以上《いじやう》の見聞《けんぶん》は諸君《しよくん》には耳新《みゝあたら》しい事《こと》と信《しん》ずる。しかしながら、若《も》しマンチヨーゼン奴《め》、好《い》い加減《かげん》なちやらつぽこを言つてゐる等《など》と疑《うたがひ》を起《おこ》す人《ひと》があるならば、拙生《せつせい》は何《なん》とも言《い》はぬ、唯《だゞ》一｜度《ど》彼《か》の地《ち》へ旅行《りよかう》して實地《じつち》踏査《たふさ》をするが宜《い》い。百｜聞《ぶん》一｜見《けん》に若《し》かずで必《かなら》ずや拙生《せつせい》の言葉《ことば》に懸價《かけね》のない事《こと》が分《わか》るであらう。

法螺男爵旅土產終

明治四十二年三月卅一日印刷 法螺男爵旅土產 明治四十二年四月五日發行 定價金貳拾五錢 著作者 佐々木邦 不 許 發行者 山縣文夫 東京府下北豐島郡巢鴨町 大字上駒込十九番地 複 製 印刷者 藤本兼吉 東京市牛込區市ケ谷加賀町 一丁目十二番地 印刷所 株式會社 秀英舎第一工場 東京市牛込區市ケ谷加賀町 一丁目十二番地 發行所 東京巢鴨郵便區上駒込山縣邸内 内外出版協会 電話（長距離加入）下谷四百三十八番 （振替貯金口座東京三百五十五番）

Transcriber's Notes（Page numbers are those of the original text）

誤植と思われる箇所は以下の通り訂正した。

原文 世《よ》の常《ねの》（p.21） 訂正 世《よ》の常《つね》 原文 投《とん》じ（p.26） 訂正 投《とう》じ 原文 小枝《こえ》と新芽《だめ》（p.29） 訂正 小枝《こえだ》と新芽《しんめ》 原文 惡戯をした（p. 45） 訂正 惡戯をした。

●文字・フォーマット・その他に関する補足

本文の前に「はしがき」が二頁にわたって書かれていたが、字がかすれて判読できず、割愛せざるをえなかった。

原文の爵の字は「嚼」から「口」をのぞいたもの。 また節の字は「卽」に竹冠。 p. 43 「拙生《せつせい》は或時地中海で……」の段落は一字字下げした。

