# 下宿人

## 第四章

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ミセス・バンティングは翌日の朝、実に、実に、久しぶりに、幸せな気分で目を覚ました。 しばらくはどうしていつもとちがう気分でいるのか、わけが分からなかったが、次の瞬間、はっと思い出した。

何という安心感だろう、二階の、ちょうど自分の頭の上に下宿人がいるということは。彼は、彼女がベーカー街のお屋敷のオークションでほくほくしながら買いこんだ上等のベッドに横たわっており、家賃として毎週二ギニーを支払ってくれる！彼女は何となくミスタ・スルースがいつまでも下宿してくれそうな気がした。そうならないとしても別に彼女の責任ではない。あの人の、何て言うのだろう、変人ぶりについて言えば、まあ、誰だって一つくらい妙な癖があるものだし。しかし起きあがって、時間がたつにつれ、ミセス・バンティングは少しずつ心配になってきた。というのは新しい下宿人の部屋から物音が一つも聞こえてこなかったからである。しかし十二時になると客間の呼び鈴が鳴った。ミセス・バンティングは急いで二階にあがった。ミスタ・スルースのご機嫌を取り、意を満たそうと、それはもう必死だった。なにしろ恐るべき破滅まであと半歩というところを彼に助けられたのだ。

下宿人はとうに起きて身支度をすっかり調えていた。客間の真ん中にある丸テーブルに座り、女主人の大型聖書を前に広げていた。 ミセス・バンティングが入ってくると顔をあげた。彼女はその疲れ切った表情が気になった。 「コンコーダンスをお持ちじゃなかったですか、ミセス・バンティング？」 彼女は首を横に振った。コンコーダンスが何か、見当もつかなかったが、そんなものがないことは確かだった。

新しい下宿人はつづいて買ってきてほしい物を並べたてた。彼が持ってきた鞄には文明的生活に必要な小物――たとえば櫛とか剃刀とか歯ブラシ、そしてもちろん寝巻きなど――が入っているだろうと思っていたのだが、しかしどうやらそうではなかったらしい。ミスタ・スルースは今あげたようなものをみんな買ってきてほしいと頼んだからである。 おいしそうな朝食を用意してから、ミセス・バンティングは彼がとりあえず必要としている品を急いで買いに出かけた。

財布のなかにまたお金が入っているのだと思うと胸が躍った。それは他人のお金であるだけではない。今まさにこうして気持ちよく働き、自分のものにしようとしているお金でもあるのだ。 ミセス・バンティングはまず近所の小さな床屋へむかい、櫛と剃刀を買った。妙な、きつい臭いのする店で、彼女は早々にそこを出た。彼女の注文を聞いた外国人が、二日前に起きた復讐者の猟奇的殺人、バンティングに病的な興味を抱かせたあの事件についてしきりに話しかけようとするものだから、なおさら長居するわけにはいかなかった。 その話はミセス・バンティングの神経をかき乱した。このような日に痛ましい不愉快なことは考えたくなかった。

家に帰り、買ってきた品々を下宿人に渡した。ミスタ・スルースはそのどれにも満足し、丁寧に感謝の意をあらわした。しかし寝室を整えましょうかと尋ねると、顔をしかめ、ひどく怒ったような色を浮かべた。 「夕方まで待ってください」彼は急いで言った。「昼はずっとうちにいることにしているんです。明かりが灯るまで外を歩く気にならないんですよ。わたしは少々、ほんの少々、あなたが慣れていらっしゃる下宿人とちがうかもしれませんが、ミセス・バンティング、どうか我慢してください。それからお願いがあります。問題について考えているときは決して邪魔しないでください――」彼は急に言葉を切り、それから重々しく言い足した。「生と死にかかわる重大な問題ですから」 ミセス・バンティングは快くその要望に応じた。ミスタ・スルースの女主人は、その几帳面な態度と規律にうるさい性格にもかかわらず、女性らしい女性だった。つまり男の気まぐれや奇癖に対して限りない忍耐力を持っていたのだ。 もう一度下に降りたとき、驚きがミスタ・スルースの女主人を待ち受けていた。しかしそれはいたって嬉しい驚きだった。上で下宿人と話しているあいだに、バンティングの若い友達、刑事のジョー・チャンドラーが訪ねてきたのだ。居間に入ろうとしたとき、夫がテーブル越しにジョーにむかって十シリングを押しやるのが見えた。 ジョー・チャンドラーのハンサムで気さくな顔が満足に輝いていた。お金が返ってきたからではない。どうやらバンティングが話していた知らせ――理想的な下宿人があらわれ、突然彼らにすばらしい運がむいてきたというニュース――を聞いて喜んでいたのである。 「ミスタ・スルースはお出かけになるまで寝室の整理をしてほしくないんですって！」と彼女は大きな声で言い、一休みしようと椅子に腰をおろした。

下宿人は朝食をおいしく食べており、彼女はほっと一息ついた。しばらくは彼のことを考える必要はない。あと少ししたら、下に降りて自分とバンティングのディナーを作ろう。彼女はジョー・チャンドラーに、いっしょに食事をしていけばいいわ、と言った。

彼女は若者をやさしくもてなしたかった。ミセス・バンティングはめったに襲われたことのない気分――目にするものすべてに喜びを感じる気分になっていた。いや、それだけではない。バンティングがジョー・チャンドラーにあの忌まわしい復讐者の殺人の最新情報を求めたとき、おざなりにではあったけれど、彼の話に最後まで聞き入ったのである。 バンティングがその日の朝からまた取りはじめた朝刊は、今やロンドンじゅうで話題になり出している奇怪な謎を三段にわたって報じていた。バンティングは朝食を食べているときその記事の一部を読みあげ、ミセス・バンティングは思わず身震いするような興奮を感じたのだった。 「噂によると」とバンティングは用心深く前置きして言った。「噂によるとだね、ジョー、警察は手がかりをつかんでいるけど、発表しようとしないんだって？」彼は期待するような目で訪問者を見つめた。バンティングにとって、チャンドラーがロンドン警視庁の刑事であるという事実は、この若者に一種不吉な栄光を帯びさせているのだ。とりわけ今、身の毛もよだつ、謎に満ちた犯罪が、この都市を驚愕と戦慄に陥れているときは。 「そりゃちがいますよ」とチャンドラーはゆっくりと言った。当惑したような、憤慨するような表情が感じのいい冷静な顔にひろがっていった。「警視庁が手がかりをつかんでるなら、ぼくも大助かりですけど」 ミセス・バンティングが口をはさんだ。「どうしてなの、ジョー」彼女は優しくほほえんだ。若者の仕事熱心な態度を彼女は好ましく思っていた。ジョー・チャンドラーは彼らしい、ゆっくりした、着実なやり方で、ひたむきに、真剣に仕事に取り組んだ。職務に全身全霊を傾けていたのである。 「うん、実をいうと」と彼は説明した。「今日からぼく、この事件の捜査に加えられたんです。ミセス・バンティング、警視庁はいらだってますよ、実際。ぼくらは、それこそ、みんな必死です。このまえ事件が起きたとき、通りで交通整理をしていた巡査にはまったく同情しますよ」 「本当かね！」バンティングは信じられなそうに言った。「警官がいたのかい？現場のすぐ近くに」 この事実は新聞では報じられていなかった。 チャンドラーは頷いた。「その通りですよ、ミスタ・バンティング！彼はくやしくて気が狂いそうだって話です。叫び声は聞こえたんだけど、注意を払わなかったんですって。ほら、ロンドンのあの辺りじゃ叫び声なんて珍しくないですから。ああいう貧民窟じゃいつも喧嘩やいさかいが起きてるんです」 「通り魔が名前を書いた灰色の紙を見たかい」バンティングは熱心に尋ねた。

三角形の灰色の紙が、犠牲者のスカートにピンで留められ、そこに赤い無骨な活字体の字で「復讐者」と書きしるされていた、という噂が大衆の想像力を激しくかきたてていた。

丸い、肉付きのいい顔は答えを聞きたくてうずうずしていた。両肘をテーブルについて期待するように若者を見つめている。 「ええ、見ましたよ」とジョーは短く答えた。 「妙ちきりんな名刺だねえ！」バンティングは笑った。その思いつきがおかしくてたまらなかった。 しかしミセス・バンティングは顔色を変えた。「冗談を言うようなことじゃありません」と彼女はたしなめるように言った。 チャンドラーは彼女のほうに加勢した。「ほんと、冗談じゃありませんよ」と彼はしみじみと言った。「この仕事で見せられたものは忘れられそうにありません。あの灰色の紙切れですがね、ミスタ・バンティング――いや、三枚の灰色の紙切れですがね」と彼は急いで言い直した。「今、警視庁にあることは知っているでしょう――あれは鳥肌ものですよ！」 そう言って彼は飛びあがった。「そうだ、こんなふうに楽しく時間をむだにしているわけにはいかない」 「一口でもディナーを食べていかない？」とミセス・バンティングはしきりに誘った。 しかし刑事は首を振った。「いいえ。出かける前に食べてきたんです。ぼくらの仕事は変わった仕事なんですよ。大体のことは、何て言うか、自由にやっていいんだけど、でも怠けている暇もないんです、本当に」 彼はドアのところで振り返り、いかにも何気ないふうをよそおって「ミス・デイジーはまた近々ロンドンに来ないんですか」と訊いた。 バンティングは首を振ったが、顔は輝いていた。彼は一人娘が可愛くてたまらなかったのである。めったに会えないことが残念だった。「いいや。予定はないよ、ジョー。わたしらが『｜伯母さん《オールド・アーント》』と呼んでる例のご老人がなかなか手もとから離そうとしないのさ。娘が六月に一週間うちに泊まったときは、気が気でない様子だったからなあ」 「そうですか。じゃ、さようなら！」 妻が彼らの友人を送り出すと、バンティングが愉快そうに言った。「ジョーはうちのデイジーに気があるみたいだね、エレン」 しかしミセス・バンティングは蔑むように首を振った。彼女は娘が嫌いなわけではない。ただ｜伯母さん《オールド・アーント》がバンティングの娘を教育する仕方は賛成できなかった。甘やかすだけの、役に立たないしつけ方で、彼女自身が孤児院で受けた教育とはまるっきりちがう。ミセス・バンティングは子供のとき、思いやり深いキャプテン・コーラム（註 十八世紀英国の慈善家。ロンドンに孤児院を設立）が与えてくれた家と家族以外は、どんな家も家族も知らなかった。 「ジョー・チャンドラーはしっかりしているもの、まだしばらく女の子のことなんか考えたりしないわ」と彼女は辛辣に言った。 「ああ、そうだね」とバンティングは同意した。「時代が変わったんだなあ。おれが若かった頃は、そのことばっかり考えていたが。なに、ちらっとそんな気がしただけさ、やっこさんがそわそわと娘のことを訊くもんだから」

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街灯が輝き出す五時頃、ミスタ・スルースは外出した。その晩、二つの小包が女主人の元に届けられた。どちらにも衣類が入っていたが、しかしミセス・バンティングが見るところ、新品でないことは明らかだった。どうやらいい品を置いている古着屋で買ったものらしい。ミスタ・スルースのような本物の紳士がこんなことをするとはおかしい。それはなくした荷物は戻らないと、すっかり断念したことを意味していた。

下宿人が出かけるとき、鞄は持っていなかった。ミセス・バンティングは自信を持ってそう言える。しかし部屋のなかを隈なく探してもその隠し場所が分からなかった。彼女が頭の切れる、記憶力のすぐれた女性でなかったら、さんざん調べたあげくに、こう思いこんでいたかもしれない。あんなものはなかったのだ、あると想像していただけなのだ、と。 しかし、そんなはずはないのだ！彼女は奇妙で怪しげな見かけのミスタ・スルースがはじめて玄関の入り口に立ったときのことをはっきりとおぼえている。 さらに最上階の居間で鞄を置き、ついぼんやりしてそのことを忘れてしまった彼が、怒りと恐怖の入り混じった声で、鞄はどこだと食いかかるように彼女に尋ねたこともおぼえている。鞄は何事もなく足元に置かれていたというのに！

時間がたつとともに、ミセス・バンティングはあの鞄のことがやけに気になり出した。というのは、奇怪な、驚くべき事実なのだけれど、彼女はミスタ・スルースの鞄をそれ以後二度と見かけることがなかったからである。もちろん鞄がどこにあるかは、すぐに見当がついた。ミスタ・スルースが到着したあの午後、唯一の荷物であったあの茶色の革鞄は、まずまちがいなく、客間の飾り棚の下の引き出しに鍵を掛けてしまいこまれているはずだ。ミスタ・スルースは部屋の隅の小さな棚の鍵をいつも肌身離さず持ち歩いているようだった。ミセス・バンティングは鍵も丹念に探しまわったけれど、結果は鞄のときと同じで、影も形もなかった。彼女はそのどちらも二度と目にすることがなかったのである。

