# 何處へ

## Part 3

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健次《けんじ》は妻君《さいくん》に添《そ》うて博士《はかせ》を玄關《げんかん》に見送《みおく》り、その車《くるま》の後《あと》から自分《じぶん》も歸《かへ》らうとしたが、强《し》いて引留《ひきと》められて元《もと》の書齋《しよさい》へ舞戾《まひもど》り、母《はゝ》の傳言《でんごん》を慇懃《いんぎん》に述《の》べた。

妻君《さいくん》は眉《まゆ》を顰《ひそ》め袖《そで》を動《うご》かして、「まあ、ひどい煙《けむ》だこと」と、カーテンを手繰《たぐ》つて窓《まど》を開《あ》けた。烟《けむり》は渦《うづ》を卷《ま》いて風《かぜ》のない空《そら》へ流《なが》れて出《で》る、 「で、奧《おく》さん何《なに》か御用《ごよう》ですか」と、健次《けんじ》は浮腰《うきごし》になつて問《と》ふた。 「別《べつ》に用事《ようじ》といふ程《ほど》でもないんだけど、一寸《ちよつと》お話《はな》したいと思《おも》つて、貴下《あなた》お急《いそ》ぎなの」と、上目葢《うはまぶた》を上《あ》げて健次《けんじ》を見《み》た。 「えゝ、もう社《しや》へ行《い》かなければ」と、力《ちから》なく云《い》つて、見《み》るともなく妻君《さいくん》の油氣《あぶらけ》もない頭《あたま》の髮《かみ》から、爪先《つまさき》の汚《よご》れた足袋《たび》まで見下《みおろ》した。洗《あら》ひさらしの地味《ぢみ》な銘仙《めいせん》か何《なに》かを着《き》て、只《ただ》菊《きく》模樣《もやう》の襦袢《じゆばん》の襟《えり》に艶《つや》があるばかり、健次《けんじ》は蓆《むしろ》で包《つゝ》んだ美人像《びじんぞう》を連想《れんさう》した。 「では、何時《いつ》かの西洋《せいやう》小說《せうせつ》の續《つゞ》きは聞《き》かして預《いただ》けんのですね、私《わたし》あの女《をんな》の行衞《ゆくゑ》が聞《き》きたくてならないんだけど」 「いや、もうあんな馬鹿《ばか》々々《〳〵》しい話《はなし》をする氣《き》にやなりません、女《をんな》は虎烈剌《これら》か何《なに》かで死《し》んぢまつたとしとけば、それで直《す》ぐ結果《けつくわ》が付《つ》いてしまうんです」 「それぢや酷《ひど》いわ、あんなに苦勞《くろう》しちやつて、これからと云《い》ふ所《ところ》で死《し》んぢまつては、……あの續《つゞ》きは屹度《きつと》面白《おもしろ》いに違《ちが》ひない」 「そりや小說家《せうせつか》が有《あ》りつ丈《たけ》の拵《こしら》え事《ごと》を書《か》き並《なら》べて長《なが》くするから、矢鱈《やたら》に面倒《めんだう》になるんですが、世《よ》の中《なか》の事《こと》はさう誂《あつら》へ向《む》きに出來《でき》てやしないでせう、假《か》りに女《をんな》と男《をとこ》と日比谷《ひびや》公園《こうゑん》で出會《であ》はうと約束《やくそく》してゝも、その晚《ばん》女《をんな》が電車《でんしや》に轢《ひ》かれて死《し》ぬるか、男《をとこ》がペストに罹《かゝ》るか分《わか》つたもんぢやない」 と、投《な》げつけるやうに云《い》つてハツ〳〵と笑《わら》ふ。妻君《さいくん》は頭《あたま》を簪《かんざし》で搔《か》きながら淋《さび》しく笑《わら》ふ。 「貴下《あなた》は何故《なぜ》そんなに暢氣《のんき》なんだらう。私《わたし》はね、堪《たま》らない程《ほど》哀《あは》れな小說《せうせつ》か芝居《しばゐ》が見《み》たくつてならないんですが、西洋《せいやう》にはそんな小說《せうせつ》はないんでせうかねえ」 「そりや幾《いく》らもあるでせう、先生《せんせい》は日本《にほん》の小說《せうせつ》はお嫌《きら》ひだが、西洋《せいやう》の者《もの》はお讀《よ》みのやうだから、聞《き》かせてお貰《もら》ひなすつたらいゝでせう」 「だけど先生《せんせい》に話《はな》して頂《いたゞ》くと、ちつとも面白《おもしろ》くないんですわ、悲《かな》しいことでも凄《すご》いことでも、御當人《ごたうにん》がちつともお感《かん》じなさらんのだもの」 「そんな事《こと》を感《かん》じてた日《ひ》にや大學者《だいがくしや》にやなれんでせう」 健次《けんじ》は椅子《ゐす》を離《はな》れて窓側《まどわき》へ寄《よ》りかゝり、冴《さ》え〳〵した空氣《くうき》に觸《ふ》れ、窓前《そうぜん》の靑桐《あをぎり》の葉《は》の黃《き》ばんで中《なか》にはもうぼろ〳〵［＃「ぼろ〳〵」に傍点］に朽《く》ちかゝつてるのを見《み》て、暫《しば》らく默《だま》つてゐたが、 「奧《おく》さん、もう葉《は》が枯《か》れて來《き》ましたね、この前《まへ》伺《うかゞ》つた時《とき》にや、まだ靑々《あを〳〵》してたのに」と何《なに》をか感《かん》じた風《ふう》で向《む》き直《なほ》つて、「秋《あき》になつたせいか、この書齋《しよさい》も寂《しん》として靜《しづ》かですね、此處《こゝ》で先生《せんせい》は何《なに》にも不滿《ふまん》を抱《いだ》かないで、一｜心《しん》に不朽《ふきう》の事業《じげふ》をして居《を》られるんだ、葉《は》が枯《か》れても落《お》ちても、そんな事《こと》にやお構《かま》ひなしで、本《ほん》ばかり見《み》て被入《いらつ》しやる。僕等《ぼくら》も矢張《やはり》先生《せんせい》の後《あと》を追《お》つて、當《あて》にならん不朽《ふきう》の事業《じげふ》でも企《くわだ》てるのが本當《ほんたう》なんですね」 「そりや私《わたし》にや分《わか》らないけど、男《をとこ》と生《うま》れたら誰《た》れだつて世間《せけん》に尊敬《そんけい》される身分《みぶん》にならなきや虛言《うそ》なんでせう、貴下《あなた》は一度《いちど》も將來《しやうらい》の事《こと》をお話《はな》しなさらんから分《わか》らないけど、全體《ぜんたい》どうなさるの、今日《けふ》はそれを聞《き》きたいのよ」 「聞《き》いてどうなさるんです」 「少《すこ》し私《わたし》に考《かんが》へがあつて」と、目《め》に媚《こび》を呈《てい》した。 「將來《しやうらい》のことつて何《なに》も纏《まとま》つた考《かんが》へはありません、只《たゞ》今日《けふ》社《しや》へ行《い》つて織田《おだ》の拙《まづ》い原稿《げんかう》を賣付《うりつ》けやうと思《おも》つてるばかりで、跡《あと》は何《なに》が何《なに》やら眞暗闇《まつくらやみ》です」 「織田《おだ》さんといへば、あの方《かた》もお困《こま》りのやうねえ、二三｜日前《にちまへ》にも、もつとお金《かね》の取《と》れる仕事《しごと》はないかつて賴《たの》みに入《い》らしつたが、全《まつた》くお困《こま》りのやうね、だから先生《せんせい》も大變《たいへん》同情《どうじやう》なすつて、是非《ぜひ》相當《さうたう》な職《しよく》を見《み》つけてやりたいと云《い》つて被入《いらつし》やる。同《おな》じ樣《やう》に學校《がくかう》を卒業《そつげふ》なすつても、貴下《あなた》と織田《おだ》さんとは丸《まる》で反對《はんたい》ぢやありませんか、顏《かほ》つきを見《み》てもお話《はな》しを聞《きい》てゝも分《わか》りますわ、織田《おだ》さんは何故《なぜ》あゝ元氣《げんき》がないんでせう、全《まつた》くいた〳〵しいわ」 「しかしね、奧《おく》さん、織田《おだ》は貴女《あなた》方《がた》が思《おも》つて居《ゐ》らつしやる程《ほど》くよ〳〵してやしませんよ、あの男《をとこ》は自身《じしん》の書《か》いたものは一｜度《ど》だつて拙《まづ》いと思《おも》つたことはないんです……で、私《わたし》の將來《しやうらい》を聞《き》いてどうなさるんです」 「私《わたし》此頃《このごろ》氣《き》がくさ〳〵しちやて、色《いろ》んな事《こと》が考《かんが》へられるのよ、……何《なに》しろこんな小人數《こにんずう》の家《うち》に用事《ようじ》もなくつてぢつ［＃「ぢつ」に傍点］としてるんだから、氣《き》が滅入《めい》つちまう筈《はず》でさあね、でね、色《いろ》んなことを考《かんが》へてね、つまり貴下《あなた》を立派《りつぱ》にして見《み》たくなつたの、私《わたし》にや子供《こども》はなし、また此《これ》からも出來《でき》つこはないでせう、だから私《わたし》は歲《とし》を取《と》つて、何《なに》も樂《たのし》みがないやうな氣《き》がしてならんから、貴下《あなた》を自分《じぶん》の子《こ》と思《おも》つて、世《よ》の中《なか》へ立派《りつぱ》な人間《にんげん》として働《はたら》かせて見《み》たくなつたの」 「立派《りつぱ》な人間《にんげん》てどうするんです」 「そりや一口《ひとくち》にや云《い》へないけど、洋行《やうかう》して大學者《だいがくしや》になるとか、大發明《だいはつめい》をするとか、そりや貴下《あなた》の腕《うで》次第《しだい》で、男《をとこ》は何《なん》でも出來《でき》るぢやありませんか、お金《かね》のことなら、私《わたし》がどうにでもするから、家《うち》のことは心配《しんぱい》しないで、目的《もくてき》を立《た》てゝ一｜心《しん》に勉强《べんきやう》する氣《き》にお成《な》りなさいな」 「ですが此迄《これまで》お世話《せわ》になつたのに、此上《このうへ》御厄介《ごやつかい》になつちや濟《す》みませんもの、それに先生《せんせい》だつて御承知《ごしやうち》なさらないでせう」 「いゝえ、先生《せんせい》には私《わたし》から甘《うま》く云《い》へば大丈夫《だいじやうぶ》、只《たゞ》貴下《あなた》が先生《せんせい》の前《まへ》で眞面目《まじめ》な口《くち》さへ利《き》いてゐれば、それで澤山《たくさん》なのよ」と、妻君《さいくん》は右《みぎ》の手《て》を机《つくゑ》に置《お》き、左《ひだり》の手《て》で袖口《そでくち》を抓《つま》んで、側《わき》の椅子《いす》に腰《こし》を掛《か》けてる健次《けんじ》の顏《かほ》を覘《のぞ》くやうにして云《い》ふ。健次《けんじ》は妻君《さいくん》がその品《ひん》のある顏《かほ》に巧《たく》みに彫《ほ》り込《こ》んである長《なが》い睫毛《まつげ》、黑《くろ》い瞳《ひとみ》、靑《あを》くぼかした白目《しろめ》に艶《つや》を含《ふく》んで自分《じぶん》を見《み》るを見馴《みな》れてゐる。 「貴女《あなた》は何故《なぜ》そんなことを思《おも》ひついたんです」 「だつて私《わたし》は女《をんな》だから、自分《じぶん》で世間《せけん》へ出《で》て働《はたら》きも何《なに》も出來《でき》やしないでせう。せめて男《をとこ》の子《こ》が一人《ひとり》あれば、私《わたし》の手《て》で理想的《りさうてき》に育《そだ》て上《あ》げれば面白《おもしろ》いでせうけれどね」 「ぢや貴女《あなた》は子供《こども》が欲《ほ》しいんですか」 「えゝ、そりや欲《ほ》しいわ、初《はじ》めの間《うち》は子供《こども》なんか、さぞ五月蠅《うるさ》からうと思《おも》つてたけど、今《いま》ぢや欲《ほ》しくつてなりませんわ、音樂《おんがく》を習《なら》つたり、いろんな事《こと》をして來《き》たけれど、矢張《やは》り駄目《だめ》ね、此頃《このごろ》は何《なに》つてことはない、厭《い》やあになるんですよ、子供《こども》でもなくちや、一｜生《しやう》はどんなに淋《さび》しいでせう」 「貴女《あなた》も淋《さび》しいんですか」と、不思議《ふしぎ》さうに見《み》て、「僅《わづ》かな壽命《じゆみやう》だけれど、人間《にんげん》は何《なに》かで誤魔化《ごまか》されなくちや日《ひ》が送《おく》れないんですね、酒《さけ》で誤魔化《ごまか》したり戀《こひ》で誤魔化《ごまか》したり書物《しよもつ》で誤魔化《ごまか》したり、子供《こども》に奇麗《きれい》な着物《きもの》を着《き》せて飛《と》んだり跳《は》ねたりさせて慰《なぐさ》みにしなけりや、人間《にんげん》は每日《まいにち》泣面《なきつら》をしてゐなくちやならん、私《わたし》の母《はゝ》だつて私《わたし》を玩具《おもちや》にしてるんです、貴女《あなた》だつて玩具《おもちや》が要《い》るんでせう」 「だつて貴下《あなた》、自分《じぶん》の子《こ》を充分《じうぶん》に敎育《けういく》して、思《おも》ふやうに立派《りつぱ》な人間《にんげん》に仕立《した》てれば、どんなに樂《たのし》みでせう」 「しかし貴女《あなた》にや子供《こども》は出來《でき》んから、私《わたし》を子供《こども》代《がは》りにしやうと云《い》ふのですか、急《きふ》に老人《としより》になつたんですね」 「私《わたし》も老込《おいこ》んだでせう」と、神經《しんけい》がピリヽと動《うご》いた。もう藻搔《もが》いても匐《は》ひ上《あが》ることの出來《でき》ぬ谷《たに》に落《お》ちた氣《き》がした。

健次《けんじ》が家族《かぞく》の如《ごと》く屢々《しば〴〵》出入《しゆつにふ》し初《はじ》めたのは四五｜年《ねん》の昔《むかし》だが、その頃《ころ》は寶石《ほうせき》入《いり》の指環《ゆびわ》を光《ひか》らせ、博士《はかせ》の妻君《さいくん》仲間《なかま》では珍《めづ》らしくはしやい［＃「はしやい」に傍点］で、來《く》る人々《ひと〴〵》を攫《つかま》へては、音樂《おんがく》の話《はなし》や小說《せうせつ》の話《はなし》に夢中《むちう》になり、健次《けんじ》などが小說《せうせつ》の話《はなし》から戀《こひ》の話《はなし》に移《うつ》り、こそ〳〵と無遠慮《むゑんりよ》に女《をんな》の品定《しなさだ》めなどをすると、「いやね菅沼《すがぬま》さん」と云《い》つて眉《まゆ》を顰《ひそ》めながらも、心《こゝろ》では悅《うれ》しがつて、顏《かほ》一｜杯《ぱい》に艶々《つや〳〵》しい色《いろ》が漂《たゞよ》ふ。健次《けんじ》は何時《いつ》もこの快活《くわいくわつ》な美人《びじん》が敎授《けうじゆ》の妻君《さいくん》たるがために、花々《はな〴〵》しく交際《こうさい》社會《しやくわい》へ出《で》る機會《きくわい》のないのを遺憾《ゐかん》としてゐた。で、妻君《さいくん》は暇《ひま》な身體《からだ》だから年中《ねんぢう》飾裝《おめかし》をして、狹《せま》い社交《しやこう》の範圍内《はんゐない》では羽振《はぶ》りを利《き》かせて、園遊會《ゑんゆうくわい》などに招待《せうたい》されると、主人《しゆじん》を催《うな》がして出掛《でか》けぬことはなく、新婚《しんこん》當時《たうじ》は夏冬《なつふゆ》の休暇《きうか》に必《かなら》ず温泉《おんせん》か海濱《かいひん》へ旅行《りよこう》したが、そんな時《とき》には自分《じぶん》で服裝《ふくそう》を凝《こ》らすのみならず、博士《はかせ》の髮《かみ》の苅《か》り振《ぶ》りから手袋《てぶくろ》の色合《いろあひ》まで八釜《やかま》しく干渉《かんせう》する。汽車《きしや》も一｜等《とう》でなくては承知《しやうち》しなかつたものだが、この一二｜年《ねん》以來《いらい》はその態度《たいど》が急《きふ》に變《かは》つて、頭髮《あたま》も丸髷《まるまげ》に結《い》つたかと思《おも》ふと、手《て》づくねの束《たば》ね髮《がみ》で平氣《へいき》でゐたり、古代《こだい》模樣《もやう》の品《ひん》のいゝ丸帶《まるおび》を締《しめ》てたかと思《おも》ふと、唐縮緬《とうちりめん》の艶《つや》のない腹合帶《はらあはせおび》に代《か》へたり、家《うち》にゐてもこつてり白粉《おしろい》をつけてるかと思《おも》ふと、戶外《そと》へ出《で》る時《とき》でも素面《すめん》で氣《き》にもしないことがある。 そして妻君《さいくん》には寵兒《ちやうぢ》が一人《ひとり》缺《か》くべからざる者《もの》になつてゐて、健次《けんじ》の目《め》にはそれが誰《た》れであるかよく分《わか》つてゐる。博士《はかせ》の殊《こと》に親《した》しくしてゐる四五｜人《にん》の學生《がくせい》は、常《つね》にその家《いへ》へ出入《でいり》し、妻君《さいくん》の發起《ほつき》で晩餐《ばんさん》に招《まね》かれることもあるが、その中《なか》で殊《こと》に妻君《さいくん》の寵《てう》を辱《かたじけな》ふする者《もの》が一人《ひとり》ある。それが箕浦《みのうら》であることもあれば、健次《けんじ》自身《じしん》であることもある。で、その寵兒《ちやうぢ》となると、芝居《しばゐ》のお伴《とも》も仰《あふ》せ付《つ》かる、矢鱈《やたら》に物《もの》を吳《く》れたがる。一寸《ちよつと》訪問《はうもん》しても、側《わき》を離《はな》さないで、頻《しき》りに話《はなし》をしかける。

健次《けんじ》は差《さ》し込《こ》む日光《につくわう》を遮《さ》けて椅子《いす》を後《うしろ》へうつし、兩手《りやうて》で頭《あたま》をかゝへ、少《すこ》し身《み》を反《そ》らせて欠伸《あくび》をして、 「奧《おく》さん、それ程《ほど》靑年《せいねん》がお好《す》きなら、箕浦《みのうら》でも保護《ほご》して洋行《やうこう》でもさせておやんなすつたらいゝでせう、あの男《をとこ》には先生《せんせい》も望《のぞみ》を囑《ぞく》して居《ゐ》らつしやるんだから、丁度《ちやうど》適任《てきにん》ぢやありませんか」 「ぢや貴下《あなた》は何《どう》もする氣《き》はないの、何故《なぜ》さう意氣地《いくぢ》がなくなつたのです、この春《はる》お母《つか》さんがお出《いで》なすつた時《とき》も、此頃《このごろ》は醉《よ》つぱらつて歸《かへ》つて仕方《しかた》がないつて心配《しんぱい》して居《ゐ》らつしやつたが、どうしてそんなにおなりなすつたの、今日《けふ》も大層《たいそう》元氣《げんき》がないぢやありませんか」 「急《きふ》に眠《ねむ》くつて仕方《しかた》がないんです」と、又《また》欠伸《あくび》をして、「それに今朝《けさ》から、母《はゝ》と先生《せんせい》とそれから貴女《あなた》とに小言《こごと》ばかり云《い》はれて、意氣《いき》銷沈《せうちん》した所《ところ》です、結婚《けつこん》しろ、眞面目《まじめ》になれ、勉强《べんきやう》せいと此頃《このごろ》お題目《だいもく》のやうに私《わたし》の四｜方《はう》に聞《きこ》えるんでうんざり［＃「うんざり」に傍点］してゐます、だから私《わたし》は下宿屋《げしゆくや》へ逃《に》げつちまうつもりです、もう此家《こちら》へも滅多《めつた》にお伺《うかゞ》ひしません」 と、健次《けんじ》は立上《たちあが》つて、風呂敷包《ふろしきづゝみ》を持《も》つたまゝ室内《しつない》を行戾《ゆきもど》りした。 「家《うち》へ來《こ》ないつて、何《なに》か外《ほか》にいゝ事《こと》が出來《でき》たのですか」 「さうでもないけれど、もう此迄《これまで》の友人《ゆうじん》や長《なが》く交際《つきあ》つてる人《ひと》にはあき〳〵しました、これから新奇《しんき》に事《こと》を始《はじ》めなくちや自分《じぶん》の身《み》が腐《くさ》つてしまひます」 「だから私《わたし》が云《い》つてる通《とほり》、新奇《しんき》に何《なに》か目醒《めざま》しい仕事《しごと》をお始《はじ》めなさいな、男《をとこ》なら何《なん》でも出來《でき》るぢやありませんか、御自分《ごじぶん》の名《な》を世間《せけん》に歌《うた》はせようと、人《ひと》の上《うへ》に立《た》つて自分《じぶん》の威光《ゐくわう》を見《み》せようと、男《をとこ》にや世間《せけん》が廣《ひろ》いぢやありませんか」 「それで貴女《あなた》は私《わたし》が苦《くる》しんで仕事《しごと》をして、世間《せけん》に知《し》られるのを御自分《ごじぶん》の慰《なぐさ》みにしやうといふんですか」 「そりや樂《たのし》みでさあね、これまで家《うち》の者《もの》のやうにしてるんだし、私《わたし》は貴下《あなた》が好《す》きでならないんですもの」と口元《くちもと》に力《ちから》を入《い》れて幼兒《えうじ》を綾《あや》すやうに云《い》つた。

健次《けんじ》は長椅子《ながいす》に身《み》を埋《うづ》め、微笑《びせう》して「僕《ぼく》はね奧《おく》さん、誰《た》れにも好《す》かれたくも同情《どうじやう》されたくもないんです、貴女《あなた》がいくら同情《どうじやう》して下《くだ》すつたつて、私《わたし》と貴女《あなた》とは霞《かすみ》を隔《へだ》ててお話《はなし》するんです、現在《げんざい》の親《おや》だつて自分《じぶん》の子《こ》を解《かい》し得《え》ないで、勝手《かつて》に自分《じぶん》の頭《あたま》で拵《こしら》へ上《あ》げて喜《よろこ》んだり悲《かな》しんだりしてる、つまり人間《にんげん》は自分《じぶん》一人《ひとり》だ、自分《じぶん》と他人《たにん》との間《あひだ》には越《こ》えることの出來《でき》ん深《ふか》い溝渠《みぞ》が橫《よこたは》つてるんです、箕浦《みのうら》だつて織田《おだ》だつて、要《えう》するに私《わたし》からは赤《あか》の他人《たにん》で、互《たが》ひに本性《ほんせう》を包《つゝ》んで交際《つきあ》つてるんです」 「貴下《あなた》、今日《けふ》は、どうかなすつたの、いやに理窟《りくつ》ばかり云《い》つて。……ですけど人《ひと》の本性《ほんしやう》が分《わか》らなけりや分《わか》らないで、それでいゝぢやありませんか、好《す》かれたら好《す》かれたで、それ以上《いじやう》穿鑿《せんさく》するにや及《およ》ばないわ」 と、今日《けふ》は常《つね》の如《ごと》く無駄《むだ》話《はな》しに笑《わら》ひ興《けう》ずることもなく、二人《ふたり》で默《だま》つて相手《あひて》を見《み》てゐたが、書生《しよせい》が戶《と》を開《あ》けて、「箕浦《みのうら》さんがお出《い》でになつた」と知《し》らせたので、健次《けんじ》は急《きふ》に妻君《さいくん》に挨拶《あいさつ》して、歸《かへ》りかけた。 「貴下《あなた》、下宿屋《げしゆくや》へ何時《いつ》お移《うつ》りなさるの」と妻君《さいくん》は階子段《はしごだん》で尋《たづ》ねた。 「まだ分《わか》りません」 「私《わたくし》遊《あそ》びに行《い》きますよ」

（七）

社《しや》の階子段《はしごだん》は社員《しやゐん》の多年《たねん》の足《あし》の力《ちから》で凹《くぼ》んで、砂埃《ほこり》がその中《なか》に溜《たま》つてゐる。健次《けんじ》はそれを一つ〳〵踏《ふ》み上《のぼ》る每《ごと》に、夕暮《ゆうぐれ》の果《は》てのない旅路《たびぢ》を辿《たど》るごとく感《かん》ずるのだが、たまたま編輯《へんしふ》の相談會《さうだんくわい》だとか、自分《じぶん》の月給《げつきう》の前借《ぜんしやく》の談判《だんぱん》だとか、多少《たせう》でも波瀾《はらん》があると、少《すこ》しは活氣《くわつき》がついて二｜階《かい》へ駈《か》け上《のぼ》る。今日《けふ》は織田《おだ》の原稿《げんかう》を賣付《うりつ》ける役目《やくめ》を帶《お》びてゐるので、編輯長《へんしふちやう》の年中《ねんぢう》變《かは》らぬ顏《かほ》を見《み》るにも張合《はりあ》ひがあつたが、さて說《と》き付《つ》けて見《み》ると、彼《か》れは頑《ぐわん》として聞《き》かぬ。さう幾月《いくつき》も續《つゞ》いて同《おな》じ人《ひと》の飜譯《ほんやく》は出《だ》せぬといふ。大威張《おほゐば》りで受合《うけあ》つたものを拒絕《きよぜつ》されては顏《かほ》が立《た》たぬと思《おも》つたが、强請《がうせい》する譯《わけ》にも行《ゆ》かず、少《すこ》し萎《しを》れて社《しや》を出《で》た。

彼《か》れは何時《いつ》ものやうにガツカリして電車《でんしや》に乗《の》つたが、織田《おだ》の方《はう》も棄《す》て置《お》けぬので廻《まは》り道《みち》をして麹町《かうぢまち》のその家《うち》を訪《たづ》ねた。家族《かぞく》に會《あ》つては面倒《めんだう》だから、勝手口《かつてぐち》から便所《べんじよ》の側《そば》を通《とほ》つて座敷《ざしき》の緣側《えんがは》へ出《で》ると、織田《おだ》は既《すで》に夕闇《ゆふやみ》の迫《せま》つてるのにランプも點火《つけ》ず、障子《しやうじ》を開《あ》けて机《つくゑ》に向《むか》ひ何《なに》やら書《か》いてゐた。 「おい君《きみ》、原稿《げんかう》は駄目《だめ》だぜ」と突如《だしぬけ》に云《い》ふと、織田《おだ》は頭《あたま》を持上《もちあ》げて「やあ」と云《い》つたきり、ぢろ〳〵健次《けんじ》の顏《かほ》を見《み》て、「駄目《だめ》かい、何故《なぜ》だ、困《こま》るねえ」と、むく〳〵と身《み》を起《おこ》して、緣側《えんがは》へ出《で》た。 「まあ心配《しんぱい》し玉《たま》ふな、おれがどうかする、まだ十や二十の金《かね》にや不自由《ふじゆう》しないよ」 「當《あ》てにしてたのに困《こま》るねえ」 「今《いま》に僕《ぼく》がどうかしてやらう、これから何處《どこ》かへ出掛《でか》けないか」 「僕《ぼく》は出《で》られりやしない、留守番《るすばん》がないから」 「病人《びやうにん》はどうだ」と、健次《けんじ》は今《いま》思《おも》ひ出《だ》したやうに小聲《こごゑ》で聞《き》く。 「別《べつ》に變《かは》りはない、まあ上《あが》り玉《たま》へ、今《いま》君《きみ》のシスターが見舞《みま》ひに來《き》て吳《く》れて、僕《ぼく》の妹《いもと》と何處《どこ》かへ出《で》て行《い》つた」 「さうか、彼女《あいつ》も此頃《このごろ》は浮《うか》れ步《ある》いてやがる」 織田《おだ》はランプを點火《つけ》て、薄《うす》い座布團《ざぶとん》を出《だ》した、健次《けんじ》は靴《くつ》を穿《は》いたまゝ緣側《えんがは》から寢《ね》そべつて、室内《しつない》を見《み》まはした。狹《せま》くはあり裝飾《そうしよく》もないが、彼《か》れの家《うち》ほど見《み》つともなくはない。床《とこ》の隅《すみ》には新聞《しんぶん》や原稿紙《げんかうし》の側《そば》に、ナポレオンの小《ちひ》さい石膏《せつかう》が置《お》いてある。これは織田《おだ》が學校《がくかう》時代《じだい》に五｜圓《ゑん》で買《か》つたものだ。 「君《きみ》の家《いへ》も陰氣《いんき》だね」 「うゝん」と氣《き》のない返事《へんじ》をして、織田《おだ》は書《か》いてしまつた原稿《げんかう》の枚數《まいすう》を數《かぞ》へてゐたが、襖《ふすま》一重《ひとへ》の隣室《りんしつ》にはコホン〳〵喘《せき》をして、それから呟《つぶや》く聲《こゑ》がする。

健次《けんじ》は厭《いや》な顏《かほ》をして起直《おきなほ》つて、小《ちひ》さい聲《こゑ》で、「僕《ぼく》はもう歸《かへ》らう、妻君《さいくん》にも會《あ》はないから、よろしく云《い》つて吳《く》れ玉《たま》へ」と石段《いしだん》に立《た》つと、 「まあ待《ま》つて吳《く》れ玉《たま》へ、君《きみ》に話《はなし》がある」 「だつて、此處《こゝ》で話《はなし》なんかしちや惡《わる》いんぢやないか」 「何《なに》、構《かま》やしないが、君《きみ》が遠慮《えんりよ》するなら、一寸《ちよつと》其《そ》の邊《へん》を散步《さんぽ》しながら話《はな》さう」 と、織田《おだ》は帽子《ぼうし》も被《かぶ》らずに小《ちひ》さい庭下駄《にはげた》を引掛《ひつか》けて外《そと》へ出《で》て、直《す》ぐ近《ちか》くの九｜段《だん》坂《さか》の方《はう》へ向《むか》つた。 「桂田《かつらだ》さんがね」と、織田《おだ》は兩手《りやうて》を壞内《ふところ》に入《い》れて、健次《けんじ》を下目《しため》に見《み》て、「君《きみ》何《なん》だよ、あの人《ひと》が僕《ぼく》に同情《どうじやう》して、遠《とほ》からず僕《ぼく》にいゝ職《しよく》を周旋《しうせん》してやると云《い》つてたよ」 「さうかい、ぢや僕《ぼく》も君《きみ》の原稿《げんかう》に苦勞《くらう》しなくともよくなるね、で、僕《ぼく》に話《はなし》といつて何《なん》だい、金《かね》なら明日《あす》までに必《かなら》ず拵《こしら》えてやる」 「それも是非《ぜひ》賴《たの》んどくが、實《じつ》は妹《いもと》の事《こと》で話《はな》したいと思《おも》つて」 「何《なん》だ妹《いもと》のことだつて、シスターを誰《た》れかに遣《や》るんか」 「まあそんな者《もの》だ、でね、一｜言《げん》で云《い》ふと、あれを君《きみ》が貰《も》らつて吳《く》れんか」 と、織田《おだ》は事《こと》もなげに云《い》つて、無論《むろん》健次《けんじ》も左程《さほど》反對《はんたい》もすまいと思《おも》つてゐる。 「僕《ぼく》にかい」と、健次《けんじ》は冷笑《れいせう》した。 「昨夜《ゆうべ》君《きみ》の注意《ちうい》で少《すこ》し氣《き》がゝりになつたから、歸《かへ》つて妻《ワイフ》に聞《き》くと、妻《ワイフ》が、そりや屹度《きつと》菅沼《すがぬま》さんだらう、あの方《かた》なら丁度《てうど》相當《さうたう》だから、早《はや》く定《き》めてしまうがいゝつて云《い》ふんだ、僕《ぼく》も同意《どうい》だから一つ君《きみ》承知《しやうち》して吳《く》れないか」 「そりや妻君《さいくん》の見當《けんたう》違《ちが》ひだぜ、多分《たぶん》何《なん》だらう、シスターが邪魔《じやま》臭《くさ》いから、早《はや》く追片付《おつかたづ》けたいんだらう」 「いや、そればかりぢやない、僕《ぼく》も早《はや》く定《き》めて妹《いもと》の身《み》に間違《まちが》ひのないやうにしたいんだ、世間《せけん》に惡《わる》い噂《うはさ》でも立《た》つと困《こま》るからね、あれについちや、僕《ぼく》も責任《せきにん》を感《かん》じてるんだからね」 「ぢや僕《ぼく》をシスターの防腐劑《ばうふざい》とするんだな」と、面白《おもしろ》さうに笑《わら》つたが、織田《おだ》は飽《あく》まで眞面目《まじめ》で、 「打明《うちあ》けて云《い》へば、さうして貰《もら》うと僕《ぼく》も大《おほい》に助《たす》かるんだ、今《いま》ぢや實際《じつさい》弱《よわ》つてる、彼奴《あいつ》にや金《かね》がかゝつてねえ」と、平生《いつも》の癖《くせ》で粘《ねば》り强《つよ》く一つ事《こと》を繰返《くりかへ》し出《だ》すので、健次《けんじ》は弱《よわ》つたが、頭《あたま》から反對《はんたい》も出來《でき》ず、 「僕《ぼく》よりか箕浦《みのうら》にやり玉《たま》へな、君《きみ》はあの男《をとこ》を嫌《きら》つてるが、情合《じやうあひ》もあるし人間《にんげん》がゼントルだからいゝぢやないか」 「いや箕浦《みのうら》にや困《こま》るよ、あゝいつた詩人肌《しゞんはだ》の男《をとこ》は僕《ぼく》は蟲《むし》が好《す》かん、花《はな》の散《ち》るのを蝶蝶《てふてふ》だと思《おも》つたり、木《こ》の葉《は》が落《お》ちるのを見《み》て、萬物《ばんぶつ》凋落《てうらく》の秋《あき》が來《き》たといつて淚《なんだ》を流《なが》す奴《やつ》には信用《しんよう》して妹《いもと》を托《たく》するに足《た》らんと思《おも》ふ」 「そりや尤《もつと》もだ、君《きみ》は箕浦《みのうら》を評《ひやう》する時《とき》には妙《みやう》に名言《めいげん》を吐《は》く、平生《ふだん》は平凡《へいぼん》な淚臭《なみだくさ》い事《こと》ばかり云《い》つてるのに、しかし君《きみ》の妹《いもと》は箕浦《みのうら》には釣合《つりあ》つた緣《えん》ぢやないか」 「いかんよあの男《をとこ》は…………それに箕浦《みのうら》ぢや妹《いもと》は制馭《せいぎよ》して行《い》けやしない」 「君《きみ》にも手綱《たづな》は取《と》れんだらう」と、健次《けんじ》は眠《ねむ》りの足《た》らぬ目《め》をこすつた。身體《からだ》は倦《だる》くて持《も》て餘《あま》すやうである。

空《そら》は晴《は》れて、空氣《くうき》は肌《はだ》に快《こゝろよ》く、周圍《しうゐ》は人出《ひとで》も多《おほ》くて騷《さわが》しいが、二人《ふたり》は元氣《げんき》なく刻《きざ》み足《あし》に步《ある》いてゐた。 「やあ、今日《けふ》もやつてるな」と、織田《おだ》は向《むか》うを見《み》たので、健次《けんじ》も目《め》を向《む》けると、坂《さか》の中途《ちうと》に一｜團《だん》の群衆《ぐんじゆう》の中《なか》から、演說《えんぜつ》めいた聲《こゑ》が聞《きこ》える。 「何《なん》だいありや、廣吿屋《くわうこくや》か」 「救世軍《きうせいぐん》だよ」 「さうか」と、健次《けんじ》は別《べつ》に氣《き》にも留《と》めなかつたが、自然《しぜん》に側《そば》へ近《ちか》づいたので、立留《たちとま》つて、人垣《ひとがき》の間《あひだ》からのぞくと、木綿《もめん》の紋付《もんつき》を着《き》た二十｜前後《ぜんご》の靑年《せいねん》二人《ふたり》と、黑《くろ》い袴《はかま》をつけた若《わか》い女《をんな》とが立《た》つてゐて、その一｜人《にん》が今《いま》演說《えんぜつ》の最中《さいちう》である。左《ひだり》の手《て》を腰《こし》に當《あ》て右《みぎ》の手《て》を動《うご》かし、色《いろ》の黑《くろ》い角張《かくば》つた顏《かほ》を少《すこ》し仰向《あふむ》け、 「今《いま》私《わたくし》が申上《まをしあ》げた通《とほ》り貴下方《あなたがた》も罪《つみ》の人《ひと》です、早《はや》く悔《く》い改《あらた》めなければ誠《まこと》の人間《にんげん》にはなれません、つまり罪惡《ざいあく》のある人《ひと》だから」 と、ゴツ〳〵した調子《てうし》で、甘味《うまみ》も辛味《からみ》もない言葉《ことば》を吃《ども》り〳〵叫《さけ》んでゐるが、滿身《まんしん》に力《ちから》を籠《こ》めてゐるため、顏《かほ》は少《すこ》し赤《あか》くなり、額《ひたひ》には汗《あせ》さへ浮《うか》んでゐる。 「あの男《をとこ》は何を云《い》つてるんだらう、何《なん》の事《こと》やら分《わか》りやしない」と、健次《けんじ》の側《そば》の老人《らうじん》が笑《わら》つて去《さ》つた。 「馬鹿《ばか》ツ」と何處《どこ》からか聲《こゑ》がする。

子供《こども》が二三｜人《にん》前《まへ》へ進《すゝ》んで、口《くち》を開《あ》けて不思議《ふしぎ》さうに見《み》つめてゐるのみで、外《ほか》の者《もの》は皆《みな》冷笑《れいせう》してゐる、通《とほ》りがゝりに物好《ものず》きに足《あし》を留《と》めて、「何《なん》だ耶蘇《やそ》か、喧嘩《けんくわ》かと思《おも》つたのに」と、失望《しつぼう》して行《ゆ》く者《もの》もある、誰《た》れも眞面目《まじめ》に聞《き》く人《ひと》もないのだが、かの靑年《せいねん》は聲《こゑ》を張《は》り肩《かた》を怒《いか》らせて 「皆樣《みなさま》懺悔《ざんげ》なさい、神樣《かみさま》にお縋《すが》りなさい、日本國《にほんこく》の興廢《こうはい》は軍人《ぐんじん》や政治家《せいぢか》によつて决《けつ》するのでありません、神樣《かみさま》の道《みち》を世間《せけん》に行《おこな》ふか行《おこな》はぬかによつて定《さだ》まるのであります」 と說《と》く。

健次《けんじ》は甲《こふ》去《さ》り乙《をつ》來《きた》る間《あひだ》に、知《し》らず〴〵前《まへ》に進《すゝ》んで、その演說振《えんぜつぶ》りを見《み》つめてゐたが、織田《おだ》は後《うしろ》から肩《かた》を叩《たゝ》いて、「おい君《きみ》、行《ゆ》かうぢやないか」と聲《こゑ》をかける。 「まあ待《ま》て、も少《すこ》し聞《き》いて行《ゆ》け」 「何《なに》が面白《おもしろ》いんだ、こんな者《もの》が」 と織田《おだ》が云《い》つたが、健次《けんじ》は何《なに》も答《こた》へず、目《め》を傳道者《でんだうしや》から離《はな》さない。そしてかの靑年《せいねん》は話《はなし》を續《つゞ》けて今日《けふ》の社會《しやくわい》の淫風《いんぷう》や飮酒《いんしゆ》の害《がい》を堅苦《かたくる》しい拙《つたな》い言葉《ことば》で述《の》べ立《た》てゝゐると、誰《た》れの惡戯《あくぎ》か、小石《こいし》が彼《かれ》の肩《かた》を掠《かす》めて健次《けんじ》の前《まへ》に落《お》ちた、健次《けんじ》は思《おも》はず後退《あとずさ》りしたが、かの傳道者《でんだうしや》は微塵《みぢん》も動《うご》かず泰然《たいぜん》として說《せつ》を進《すゝ》める。 かくて凡《およ》そ二十｜分《ぷん》もして、健次《けんじ》は摺《す》り物《もの》を女《をんな》の手《て》から貰《もら》つて群衆《ぐんじゆ》を分《わ》けて出《で》た。 「君《きみ》は何故《なぜ》あれが面白《おもしろ》い」と、織田《おだ》は長《なが》く待《ま》たされたので恨《うら》めしさうな顏《かほ》をする。 「面白《おもしろ》いぢやないか。彼奴《あいつ》は地球《ちきう》のどん底《ぞこ》の眞理《しんり》を自分《じぶん》の口《くち》から傳《つた》へてると確信《かくしん》してる。あの顏付《かほつき》を見給《みたま》へ。自分《じぶん》の力《ちから》で聽衆《てうしう》を皆《みな》神樣《かみさま》にして見《み》せる位《くらゐ》の意氣込《いきご》みだ。人間《にんげん》はあゝならなくちや駄目《だめ》だ」 「何《な》にも感心《かんしん》しない君《きみ》が、何故《なぜ》今夜《こんや》に限《かぎ》つてあんな下《くだ》らない者《もの》に感心《かんしん》する？」 「さうさ、僕《ぼく》は救世軍《きうせいぐん》にでも入《はい》りたいな。心《こゝろ》にも無《な》いことを書《か》いて、讀者《どくしや》の御機嫌《ごきげん》を取《と》る雜誌《ざつし》稼業《かげふ》よりや、あの方《ほう》が面白《おもしろ》いに違《ちが》ひない、あの男《をとこ》は欠伸《あくび》をしないで日《ひ》を送《おく》つてるんだ、生《い》きてらあ」 「はゝゝ」と織田《おだ》は大口《おほぐち》開《あ》けて勢《いきほひ》無《な》く笑《わら》つて、「僕《ぼく》は靑年《せいねん》が淺薄《せんぱく》な說敎《せつけう》なんかして日《ひ》を送《おく》るのが不憫《ふびん》になる」 「しかし淺薄《せんぱく》や深刻《しんこく》は本當《ほんたう》は問題《もんだい》ぢやないんだね、打《う》たれやうが罵《のゝし》られやうが、自分《じぶん》のしてる事《こと》が何《なん》であらうと關《かま》うものか、もつと刺激《しげき》の强《つよ》い空氣《くうき》を吸《す》はにや駄目《だめ》だ」 と、健次《けんじ》は歎息《たんそく》する如《ごと》く云《い》つたが、織田《おだ》のぼんやり［＃「ぼんやり」に傍点］した顏《かほ》を見上《みあげ》ると、急《きふ》に「ぢや此處《こゝ》で別《わか》れやう」と、早口《はやくち》に云《い》つて輕《かる》く會釋《ゑしやく》し九｜段《だん》の坂《さか》を下《を》りた。で、「まだ話《はな》しがあるんだ」と、織田《おだ》が呼留《よびと》めた時《とき》は、もう人影《ひとかげ》に隱《かく》れてゐた。

（八）

まだ月初《つきはじ》めであれば、健次《けんじ》も五六｜枚《まい》の紙幣《さつ》はポツケツトに潜《ひそ》ませてゐるので、「櫻木《さくらぎ》」へでも行《ゆ》かうかと思《おも》つたが、お雪《ゆき》の顏《かほ》も、もう見飽《みあ》いて鼻《はな》につく。型《かた》に取《と》つた定《きま》り文句《もんく》は並《なら》べるが、キヤツ〳〵と騷《さわ》ぐ外《ほか》には能《のう》がなく、頭《あたま》から足《あし》の裏《うら》まで何處《どこ》を押《を》したつて、碌《ろく》な音《ね》一つ吐《は》き出《だ》さぬ癖《くせ》に、二三｜日《にち》續《つゞ》けて足《あし》を向《む》けると、此方《こちら》に思召《おぼしめし》でもあるやうに自分《じぶん》定《ぎ》めに自惚《うぬぼ》れたがる女中《ぢよちう》共《ども》を相手《あひて》にして、拜顏料《はいがんれう》を差《さ》し出《だ》すのも馬鹿《ばか》々々しいと今夜《こんや》は思《おも》ひ留《と》まつた。で、彼《かれ》は西洋《せいやう》料理店《れうりてん》でウヰスキーを傾《かたむ》け、二三｜品《ぴん》の洋食《やうしよく》を貪《むさぼ》り、それから氣《き》まぐれに神田《かんだ》の西洋《せいやう》書店《しよてん》へ立寄《たちよ》つた。何《なに》か自分《じぶん》を刺激《しげき》して、新《あたら》しい生命《いのち》を惹起《ひきおこ》す者《もの》はないかと、新着《しんちやく》の文學《ぶんがく》政治《せいぢ》宗敎《しうけう》から工業《こうげふ》や銃獵《じうれふ》の書類《しよるゐ》まで、殘《のこ》る隈《くま》なく覘《のぞ》いたが、どれにも自分《じぶん》を魅《み》するやうな破天荒《はてんくわう》の文字《もじ》が潜《ひそ》んでる氣《き》もする。で、あれか此《こ》れかと撰擇《せんたく》を重《かさ》ねた揚句《あげく》、遂《つひ》に或《ある》露國《ろこく》革命家《かくめいか》の自傳《じでん》と、偶然《ぐうぜん》目《め》についた棚《たな》の隅《すみ》の或《ある》冒險家《ばうけんか》の北極《ほくきよく》紀行《きかう》とを購《あがな》つた、書物《しよもつ》を抱《かゝ》えて上野《うへの》で電車《でんしや》を下《を》りたが、醉《ゑ》ひはまだ醒《さ》めず、家《うち》へ歸《かへ》るのも厭《いや》であれば、ふら〳〵公園《こうゑん》を步《ある》いて銅像《どうぞう》の側《そば》のベンチに腰《こし》を掛《か》けた。後《うしろ》へもたれて目《め》を瞑《つぶ》つてると居睡《ゐねむ》りをしさうで、足元《あしもと》に力《ちから》がなく、身《み》ぐるみ地《ち》の中《なか》へ吸《す》ひ込《こ》まれさうな氣《き》がする。電車《でんしや》の音《おと》も遠《とほ》い世界《せかい》で響《ひゞ》いてゐる如《ごと》く、自分《じぶん》は此《この》まゝ動《うご》けなくなるやうに感《かん》ぜられる。身《み》をベンチの脊《せ》に投《な》げ出《だ》し、帽子《ぼうし》の落《お》ちさうなのも關《かま》はず、心《こゝろ》を夢現《むげん》の境《さかひ》に迷《まよ》はせてゐたが、書物《しよもつ》が膝《ひざ》から辷《すべ》り落《お》ちるので、パツチリ目《め》を開《ひら》くと、木《こ》の葉《は》が顏《かほ》に觸《ふ》れ、埃《ほこり》を含《ふく》まぬ澄《す》んだ空氣《くうき》が身《み》に染《し》み、自分《じぶん》の周圍《しゆうゐ》のみは薄暗《うすくら》いが、空《そら》には星《ほし》が多《おほ》く、目《め》の下《した》には燈火《あかり》が煌《きら》めいてゐる。四五｜間《けん》前《まへ》には黑《くろ》い人影《ひとかげ》が二つ。深沈《しめやか》に話《はなし》をしてゐたが、やがて暗闇《くらやみ》の中《なか》に消《き》えてしまつた。

彼《か》れは孤獨《こどく》の感《かん》に堪《た》えぬ、淋《さび》しく心細《こゝろぼそ》くてならぬ。少年《せうねん》時代《じだい》に自分《じぶん》より强《つよ》い奴《やつ》、脊《せい》の高《たか》い奴《やつ》にぶつ付《つ》かつて喧嘩《けんくわ》をしてゐた頃《ころ》は、身體《からだ》中《ぢう》に生命《いのち》が滿《み》ちて、張合《はりあひ》のある日《ひ》を送《おく》つてゐたのだ。近松《ちかまつ》や透谷《とうこく》の作《さく》を讀《よ》んで泣《な》き、華々《はな〴〵》しいナポレヲンの生涯《しやうがい》に胸《むね》を躍《をど》らせた時分《じぶん》は、星《ほし》は優《やさ》しい音樂《をんがく》を奏《そう》し、鳥《とり》は愛《あい》の歌《うた》でも讀《よ》んでゐたのだ。しかし不幸《ふかう》にも世《よ》が變《かは》つた。何《なに》が動機《どうき》か幾《いく》つの歲《とし》にか、自分《じぶん》にも更《さら》に分《わか》らぬが、星《ほし》も音樂《おんがく》を止《や》め鳥《とり》も歌《うた》を止《や》め、先祖《せんぞ》傳來《でんらい》の星冑《ほしかぶと》も白金《しろかね》作《づく》りの刀《たち》も、威光《ゐくわう》が失《う》せて、自分《じぶん》には古道具屋《ふるだうぐや》の賣物《うりもの》と變《かは》らなくなつた。今《いま》から思《おも》ふと、子供《こども》の折《をり》によく自分《じぶん》に喧嘩《けんくわ》を吹《ふき》かけた隣《となり》の鐵藏《てつざう》なんかゞ壞《なつ》かしい。彼奴《あいつ》のお蔭《かげ》でどの位《くらゐ》元氣《げんき》よく力《りき》んでゐたことか。今《いま》の自分《じぶん》はどちらかと云《い》へば愛《あい》されて日《ひ》を送《おく》つてゐる。箕浦《みのうら》も織田《おだ》も桂田《かつらだ》も、いやそれ計《ばか》りぢやない、桂田《かつらだ》夫人《ふじん》にも織田《おだ》の妹《いもと》にも櫻木《さくらぎ》のお雪《ゆき》にも愛《あい》せられてこそゐれ、さして嫌《きら》はれてはゐない。何處《いづこ》にも鐵藏《てつざう》が居《ゐ》ないのだ。「愛《あい》せらるゝは幸《さいはひ》なり、愛《あい》する者《もの》も幸《さいはひ》なり」、聖人《せいじん》だの詩人《しじん》だのは勝手《かつて》な定義《ていぎ》を云《い》つてやがる。少《すくな》くもおれにや適用《てきよう》出來《でき》ぬことだ。愛《あい》せられゝば愛《あい》せられる程《ほど》、自分《じぶん》には寂《さび》しくて力《ちから》が拔《ぬ》けて孤獨《こどく》の感《かん》に堪《た》へぬ。いつそのこと、四｜方《はう》から自分《じぶん》を憎《にく》んで攻《せ》めて來《く》れば、少《すこ》しは張合《はりあひ》が出來《でき》て面白《おもしろ》いが、撫《な》でられて舐《な》められて、そして生命《いのち》のない生涯《しやうがい》それが何《なん》にならう。「迫害《はくがい》される者《もの》は幸《さいはひ》なり」、ていふ此奴《こいつ》は當《あた》つてる言葉《ことば》だ。苦《くる》しめられやうと泣《な》かされやうと、傷《きず》を受《う》けて倒《たほ》れやうと、生命《いのち》に滿《み》ちた生涯《しやうがい》。自分《じぶん》はそれが欲《ほ》しいのだ。

健次《けんじ》は立上《たちあが》るのも物憂《ものう》さうに、かう考《かんが》へてゐる中《うち》に、酒《さけ》が醒《さ》めて夜風《よかぜ》が冷《つめ》たくなつた。彼《か》れは主義《しゆぎ》に醉《よ》えず讀書《どくしよ》に醉《よ》えず、酒《さけ》に醉《よ》えず、女《をんな》に醉《よ》えず、己《をの》れの才智《さいち》にも醉《よ》えぬ身《み》を、獨《ひと》りで哀《あは》れに感《かん》じた。自分《じぶん》で自分《じぶん》の身《み》が不憫《ふびん》になつて睫毛《まつげ》に一｜點《てん》の淚《なみだ》を湛《たゝ》へた。

靜《しづ》かな風《かぜ》が足許《あしもと》の落葉《おちば》を吹《ふ》きころがし、樹上《じゆじやう》よりも二｜片《ひら》三｜片《ひら》頭《あたま》を掠《かす》めて飛《と》ぶ。

巡査《じゆんさ》が橫目《よこめ》で健次《けんじ》を見返《みかへ》りながら、悠然《いうぜん》として步《ある》いてゐる。

健次《けんじ》は無意識《むいしき》にベンチを離《はな》れ、帽子《ぼうし》を被《かぶ》り直《なほ》して、暗闇《くらやみ》の道《みち》を辿《たど》つて新坂《しんざか》へ出《で》た。 「結婚《マリエーヂ》？」と、思《おも》はず口《くち》へ出《だ》したが、その瞬間《しゆんかん》口元《くちもと》に皮肉《ひにく》な笑《わら》ひを洩《も》らした。 「ノンセンス！、結婚《けつこん》して家庭《かてい》を造《つく》る、開闢《かいびやく》以來《いらい》億萬人《をくまんにん》の人間《にんげん》が爲古《しふる》したことだ。桂田《かつらだ》の家庭《かてい》織田《おだ》の家庭《かてい》、家庭《かてい》の實例《じつれい》はもう見飽《みあ》いてゐる」と胸《むね》の底《そこ》から答《こた》へる。

（九）

